未来からの遺言――ある被爆者体験の伝記 (岩波現代文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006032463

作品紹介・あらすじ

千人を超える原爆被爆者の肉声を録音し記録してきた著者にとって、長崎で被爆した吉野さん(仮名)が辿った半生ほど心を打つ証言はなかった。だが感動的なその語りに、無視できない謎が含まれていることが判明した。吉野さんは幻を語ったのだろうか。終生にわたって被爆者の声を記録し続けた著者が、被爆者とはだれであるのか、被爆体験とは何なのかを根底から問い続けて記した入魂の一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 作者の伊藤昭彦氏は両親が長崎で被爆し、地震は被曝二世。長崎放送に勤めていた伊藤氏は「被爆を語る」というラジオ番組を企画し、被爆者の肉声を保存し、未来に伝えるという活動を開始する。その後事情があって退社したのちはオープンリールの録音機を担ぎ、日本各地を回って、被爆者の被爆体験を録音するという活動を続けていた。
    その活動の初期、1979年、東京であった会合で一人の男性と出会う。40歳くらいに見えるが小学生のように小柄で頭が大きく色が黒く、痩せて目が窪んでいる。身なりも裕福とはいえない感じ。そして、ひどい吃音だったという。
    彼自身も長崎で被爆したという。空襲警報を聞いて一緒に防空壕に避難した母親は爆風で壁に叩きつけられて死亡、父親は職場で被爆し、本人とはわからないくらいに焼け爛れていたという。彼と、一人の姉だけが生き残ったが、まだ幼い二人では生活に苦しみ、被爆による原爆症で寝てばかりの彼のために姉は学校を諦めて働きに出ていたが、数年してやはり原爆症と思われる症状を発症し亡くなってしまったという。
    そういう男性の語る内容や、話を聞く中でその男性の人となりに触れ、これまで多くの被爆者の声を聞いてきた伊藤氏にとっても、広島や長崎を回ってどれだけ多くの話を聞いたとしてもこれ以上の話に出会うことはないだろうと感じるほどに非常に深い感銘をうけるものだった。人間と原子爆弾の関係の本質に伊藤氏自身が気付かされる内容だったと感じたという。
    しかし、一方で「この話はほんとうだろうか」という疑いも感じてしまい、彼の話が真実であるという傍証が欲しいと考えるようになる。

    伊藤氏は人が語る経験談の内容が一部変わってしまうことを「捏造」といって責め立てることはしない。時間が経つにつれて記憶違いや、記憶が書き直されることは往々にしてあり、それは語る側だけの問題ではない、聞き取りに行くのが遅かった聞く側の問題でもあるという。

    後に、この男性の話が少なくとも全てが本当ではない(一部が改変された内容を語っている場合がある)ということもわかるが、伊藤氏はその男性が嘘を語った、その男性に騙されたということではなく、被爆者手帳も持ち、入退院も繰り返しながら、聞く者に響く被曝の「物語」を語り、「生き甲斐は社会を変革することだ」といって反対運動にも参加していた男性を突き動かしていたもの、ひいては「被爆者」、原爆によって人間が奪われたものは何なのか?という点を追求していく。

  • 推理小説的な面のあるノンフィクション。

    ある被爆者のあまりに凄絶な体験。それを聞いた著者は感動するが話のいくつかの箇所に疑問をおぼえる。さらに偶然にも同じ人物がまったく異なる体験を別の場所で語っているのを知る。
    彼は嘘を語っているのか。
    しかし嘘を語っているような演技のそぶりは話している最中まるでなかった。
    ではなぜ異なる二種類の体験を彼は語るのか。

    その謎解きが、そもそも体験を語るとは何か。それが戦争という人災による被害、絶対悪に対する批判の場合において、という問題に展開していく。

    人間の不思議さ、その営みの奥深さを改めて知る。

  • 『未来からの遺言 -ある被爆者体験の伝記-』
      伊藤明彦 著、岩波現代文庫
    凄い読後感の本です。
    8月6日のあれやこれやで思うところがあり、2012年に復刊されるもすでにプレミア価格(定価920円→Amazon新品3,726円)になっているこの本を取り寄せ、昨日と今日で読み終えました。なんとか8月9日に間に合いました。
    今まで太平洋戦争に関する本は何冊も読んでいますが、原爆に関する書籍はお恥ずかしながら初めてです。『はだしのゲン』も全部読んだという記憶はありません。
    この本が読みたいリストに入ったきっかけは2020年11月18日放送のTBSラジオ「アフター6ジャンクション」で映画ライター・てらさわホーク氏が紹介してたからです。お叱りを恐れずに申し上げますと、戦争・核兵器・平和といったテーマではなく、純粋に書籍として興味を持っておりました。
    千人以上の被爆者へインタビューを行い、その肉声をアーカイブして音声作品として各地の公的機関、平和祈念施設へ寄贈するという活動をライフワークとした、本人も長崎で原爆をリアルタイムに経験した著者が、ある一人の被爆者のインタビューとその後の親交、その被爆者の長崎原爆後の来し方について書かれた本です。
    多くは語りません。語れません。
    ちょうど中盤「暗転(P127)」から始まる迷子にどっぷりハマってください。単純な読み物ではないです。不謹慎は承知の上ですが、こんな題材でなければ私はエンターテイメントとして絶賛していたでしょう。
    繰り返しますが、凄い読書経験になると思います。心地よい感動とかまったくそんなことはなく、戸惑いと思索を繰り返しながら、核兵器と人間という極大な関係性にあぶり出された一個の生命が人間らしさを取り戻す格闘を、パラノイアと呼んでもよい筆者の執念が見出し、記録した本作を、とにかく畏敬の念を持って指でなぞるようにたどっていくことになると思います。
    ルポタージュでありながらノンフィクションの枠で捉えられない、凄本でした。

  • すごい本でした・・・
    著者の伊藤明彦さんの真摯な姿勢に心打たれました。
    伊藤さんの、証言の考え方・向き合い方は、本当に思ってもみなかったもので衝撃的でしたし、被爆証言の「声」を録音テープに集めて後世に残すという目的のため、仕事や住みかを含め生活すべてをそれに捧げる生き方も衝撃的でした。

    最初から最後まで(さらには最後の解説も含めて)謎解きのような面白さもあるので、間違ってもネタバレにならないようあまり言えることはないのですが、自分の証言への向き合い方も、大変考えさせられました。

  • 本書は一九八○年に、青木書店から刊行されたきり、永らく絶版状態となっていたが、二○一二年にようやく岩波現代文庫に収録された。
    著者の伊藤明彦は、原爆被害者の肉声を録音するという作業を通して、吉野啓二(仮名)さんと出会う。吉野さんの語る被爆者体験は、目の前に情景が浮かんでくるほど生き生きとしていた。特に「姉さん」の話に深く感動し、できるだけ多くの人に吉野さんの話を聴いてもらいたいと思う一方、果たして吉野さんの話は本当なのだろうかという疑念も抱く。やがて、吉野さんが別の人に、違う体験を語っていたことが判明する。果たしてどちらの話が本当なのか、あるいはどちらも虚偽の作り話なのか。
    そもそも、人が自分の体験を他人に語る時に、まったく虚偽を交えずに真実のみを伝えることは可能なのか。また、話を聴く立場の人間が、相手に本当のことだけを話してもらうことはできるのか。
    被爆者に限らず、体験の後世への伝承という作業が孕む問題点を浮き彫りにする、衝撃の被爆記録である。すべての読書人よ、また絶版にならないうちに、ぜひ読むべし。

  • こんなに胸が苦しくなる本を読んだのは久し振り。
    「苦悩の意味付け」ということを重く考えた。

  • 結論が出てるわけではないけど,内容は心に深く突き刺さる.
    扱っている題材が重すぎて,何と言っていいのかわからない.

    とにかく凄い話だ.

  • 原爆太郎・・・・・・。
    著者の哲学的苦悩がにじみ出ている。
    被爆者とは何か、被爆者は作り出されていくものであるほどに、それほどに非人間的であり、限りなく重い人類の罪のひとつであるのだろう。
    語られることはすべてが真実でないことは、被爆体験者に限らず、日々の生活において往々にしてあることだ。
    人生を美化し、相手にわかりやすくし、あるいは曲解を好んでしたり・・・・・。
    それはもちろん、罪であるはずがない。

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著者プロフィール

1936年、東京生まれ
長崎で成育
早稲田大学第一文学部卒
1960〜1970年、長崎放送勤務
1979〜1992年、経営コンサルティング(株)信研勤務
著書に
『未来からの遺言−ある被爆者体験の伝記』(青木書店)
『原子野の「ヨブ記」』(径書房)

「1993年 『原子野の『ヨブ記』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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