f植物園の巣穴

著者 :
  • 朝日新聞出版
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感想 : 281
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  • Amazon.co.jp ・本 (193ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022505880

感想・レビュー・書評

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  • しくしくとした歯の痛みに耐えかねて、ついに歯医者を訪れたその時から、植物園に園丁として勤める「私」の世界はどんどんと位相がずれていくようである。歯科医の「家内」や下宿屋の家主はどうも犬や鶏に見えるようであるし、時間と季節が噛み合わぬ。まるで、自分の歯にぽっかりと空いたうろの中に、自分自身が落ち込んでしまったようだ・・・
    『家守奇譚』など明治時代の紳士たちを主人公にした著者お得意の作品群に連なる物語。よくもこんな遠い時代の男性の内側に入り込んだような文章が自然に出てくるものだと感心する。まるでアリスの穴に落ち込んだ夏目漱石の冒険譚でも読むように、ユーモラスで奇妙だが心地のよい世界だ。精いっぱい威厳をたもとうとしながら、なすすべもなく奇妙なできごとに翻弄されてしまう主人公が情けなくも滑稽。だが亡き妻についての回想からすると、妻の心を思いやろうとしない独善的な冷たさをもった人物でもあるようだ。落下を続ける「私」は時間をさかのぼり、羊水の川で生まれなおして、自意識の底に押し込めてきた「千代」たちとの関係を生き直すことになる。
    儒学教育を通じて女性蔑視を叩きこまれ、洋装のように近代的合理主義をまとった明治の男である主人公は、大切な存在であるはずの女たちを切り捨てることによって、自分自身が生まれてきた世界とのつながりを失って、心にぽっかりとしたうろを抱え込んでしまっていたのだろう。『僕たちはどう生きるか』執筆の過程を通じて性暴力とマスキュリニティの問題について考えざるを得なかったであろう梨木さんが、明治以来無理を重ねてきた男たちに生き直しを優しく促している、そんなふうに見える物語だ。

  • 最初から不思議な話だった。現実なのか幻なのか分からないような世界。そのまま話はどんどん進み、過去に立ち返り忘れていた事を思い出したり、大事な物を見つけていく。
    ずっと、掴み所のない話だと思いながら読んでいたが、読み終わった時に「あぁ、良い話だった」と心から思えた。

  • なんだろう。アリスなんだけど。読んだりやめたり。

  • 2014.7/6 不思議な不思議なズブズブと掴み損ねてぬかるんで...な物語。途中眠気に誘われて、諦めようかと閉じかけたもののその都度鞭打って進み、最後の数ページはひと息に。なるほどな物語。梨木作品、『裏庭』以来の苦行。

  • 不思議な物語。
    植物園に勤める男が、ある日「隠り江」に迷い込み、生まれてこなかった息子と、ねえやの千代や妻の千代という「千代」の記憶を取り戻していく。

    ぐるぐると取り込まれるようで、一気に読みました。
    時代的には昭和初期位?その時代が好きなので、どっぷりつかってしまった感じですね。

    最後に妻のもとに帰れてよかったです。
    千代さんかわいい人ですね。

  • とてもよい作品だった。植物園で働く主人公、佐田豊彦は、不思議な旅に出ることになる。理屈で説明できないことの連続に、最初は腹を立てることもあった豊彦だが、この一連の不思議な出来事が自分にとってどのような意味を持つかを理解してからは、少しずつ変わっていく。

    美しい自然の描写と、現実とファンタジーの上手い融合が梨木作品らしい。ストーリーの内容も、雰囲気も、とても気に入った一冊です。

  • 途中までは、ふわふわぼんやり摩訶不思議な夢の中の世界を当てもなく彷徨う気分で、「こんな歯医者ヤダな」「この主人公は他人に興味がない自己中なんだな」くらいの印象でしたが、終盤になるにつれて焦点が定まり全体像が解った途端のゾクゾク感とやるせない悲しみに襲われ、すごいもの読んだなぁと呆然。。。
    最後まで読みきることが肝心です。素晴らしいです。

  • 梨木果歩さんといえば独特の世界観の話が多い。
    大抵水とか沼とか植物とか出てきて、専門的知識満載で、奇想天外な設定と展開なんだけど、何故か爽やかな話が多い。
    これはまさにどんぴしゃで余りにも訳が分からなくて途中でいい加減にしてくれ!と放り出したくなる話だったけど、最後は落ち着くべき処に落ち着くというか治まるというか、腑に落ちた。
    読了後2、3日経ってから妙にあの世界を懐かしく思う。
    まるで「不思議の国のアリス」のような不思議な話だった。

  • なんとも不思議な世界観と読後感。
    好きな人はすごくハマると思う。
    主人公の心情や境遇と、出て来るキャラクターが比喩的に使われて、深く読むことができる。一度だけではそこまで読み込めなかったが、国語の問題を解くように読むとまた面白いのではないか。

  • 文章は美しく短い。だが、ずっと夢の中のような、不確かな世界で迷子になった気分になり、読んでいると振り落とされそうになる。今市子の『百鬼夜行抄』の異界にいる時みたいで、時間も空間も怪しく、展開が読めない。主人公は、ずっと千代を探している。
    しかし最後には一応納得のいく話の流れがあり、物語として理解しやすかった。

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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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