- Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022561169
感想・レビュー・書評
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絹糸のこまかな雨にくるまれながら夢をみている奇術師の家。そこに住まう女は鳥になって飛び立とうにも羽は失われ、蝶になって羽ばたこうにも翅は破れてしまっている。ただ一度の邂逅のために、夢に仕える侍女となることで生きながらえているのかもしれない。けれども、その手に触れられた家はかつての生き生きとした息づかいを取り戻しているかのよう。家も人も、跡形もなく消えてしまったとしても、とうのむかしに蒔かれた種子は割れない記憶を包んだまま。それが芽吹き、かぐわしい香りを庭にもたらすとき、奇術が本物だったことを教えてくれる。
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魚住陽子さんの「奇術師の家」(1990.3)、奇術師の家、静かな家、遠い庭、秋の棺の4話が収録されています。「秋の棺」、良かった、よかったです。「静かな家」が芥川賞候補になったそうですが、この作品よりはるかに好きです。「静かな家」は浮気性で傲慢な夫に対し、我慢が過ぎる女性を描いてますが、「秋の棺」は、画廊喫茶を営む女性と謎めいた美女の物語・・・。「人間はどっちみち、数々の中毒と依存症の巣なのよ」、そうかもしれませんね(^-^) 私の場合、本と活字の中毒で、平々凡々依存症のような気がします(^-^)
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奇術師・鬼頭との思い出に満ちた家に30年ぶりに戻った母。母の過去に絡め取られてゆく鮎子。表題作ほか二篇収録。
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家を真ん中において話を作る気持ちはよくわかる。家は人が住み、様々な思いや生活の後が残っていくところなので。人だけでなく、家が出てくると物語に奥行きが出る。
ひとつひつとつの話の設定がおもしろく、人物描写もほどよい感じがする。ただ、物語の終わりがあまりに詩的。詩を書いていた人だというのがよくわかった。詩的エンドも嫌いじゃないけど、もっと違った形の終わり方がいくつかあってもよかったんじゃないかなと思う。 -
月おススメ、落ち着いた静かな文章を書く人とのこと。
この本、まず装丁が気に入った。
中表紙の見開きが、右側ページは煉瓦色に近いオレンジ。タントかな。少しざらついた紙。
左側ページは、ツルツルの黄色。
ここに、ノドの位置まで絵がいれてあるんだけれど、左右同じマジシャンの絵が反転して印刷されている。
どちらも銀インク。
なのに、オレンジの紙では銀が吸収されて暗く映り、黄色い紙ではピカピカ光っている。
この対比! 紙とインクの特性をこんなふうに見せられるとは。
表題作の「奇術師の家」が一番よかったな。
「奇術は、何かを出すよりも、消してみせる方が難しいんですよ」
発作を起こして、余命いくばくもない母。その母が新婚時代に住んでいたという家に、一緒に移り住む娘。
借家ではあるんだけれど、持ち主と知り合いであった母が、しまってあった立派な家財を我が物のように使う。
娘はあまりにも遠慮がないと反対するけど、母は本当に自分のものと思い込んでいるように、扱う。
父は交通事故で既に亡く、娘が「母は、この家の主人と不倫をしていたのではないか」と疑うほどに。
消失が、くり返される。
人の消失。
娘の勤務しているカード会社での、ブラックリストの消失。
同僚の母の死。
娘の母の死。
家の、死。
死に際に、幻の噴水を庭に出現させて、母はくるりといなくなる。
美しい奇術だった。
「静かな家」
愛人と、会話する妻の、ものに……自分の築いた、自分が静かに暮らせる、自分の殻に閉じこもるための環境を失うまいとする感情が、自分に似ていてちょっと怖い。
「夫はあなたにあげても、この家は渡さない」
「遠い庭」
子供って、こうだ。無邪気じゃない。大人の前で幼さを使いわけて、でも何処か、まだ甘い。けれど、大人が、自分の失った感受性を指摘されている恐怖を感じるほど鋭い。
「秋の棺」
あなたは、空っぽ。と言われたときに、それが愛がないということではなく、憎しみがないとは。
どちらも人を生かすつよい感情ではあるし、道を誤らせもする。 -
発行されたのは 1990年のことなので もうひと昔以上前のことである。著者 新人の頃の作品集。表題作を含む4つの物語が語られる。
人生とは まさにミステリィの中のミステリィかもしれない。
しかも謎は解かれないまま終幕へと向かうこともままあるのだ。
舞台裏を見てしまえばなんのことはない事柄が 想像するうちは途方もないことだったりすることもある。逆に さらっと簡単に考えていたことが 後になってみると特別な意味を持っていたと悟ることも。
不思議な時の流れをたのしんだ。