ザ・ベリー・ベスト・オブ「ナンシー関の小耳にはさもう」100 (朝日文庫 な 14-6)
- 朝日新聞出版 (2003年6月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (411ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022614186
感想・レビュー・書評
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久々にナンシーに会いたくなったので本棚から取り出す。
ナンシーの文章に身をゆだねる心地よさよ!
ここまでくると、もはや被評者を知らないとか芸能ネタに興味が持てないなどということはどうでもよい。ただただ酔いしれるのみ。抜き書きしたくなるフレーズがいっぱい、ひとつだけ「思い出の反芻は目減りのしにくい娯楽だ」ー松田聖子の項で。それにしてもここに載っている中で今も生き残って活躍している人もいるわけである意味驚異的。芸能人は足が早い!(失礼ながら)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
なんて鋭い(あるいは穿った)観察眼なんだろう。「明石家さんまがトークの天才であると認知されたことでいちばん大きいのは、さんまが天才であるということではなく、さんまがやっているタイプのトーク形式が本流(のひとつ)であることが認知されたというほうにあると思う」とか、「あの安い復帰特番、それによって許された稲垣吾郎。それが本当に意味するのは、あれで復帰劇大成功とすることができる「力」の誇示である」とか。なるほどな、という独自の見解、いや、こじつけか?「私は、テレビの中に見つけた違和感のようなものに自分なりの屁理屈をつける作業が好きなわけであるが、それは必ずしも「正解」を出すことが目的ではない。正解など知りたくはない、と言ってもいい」と彼女も書いてるように、それは屁理屈なのかもしれない。けど面白い。世の中の大半は面白ければいいような気もするしな。
それにしても芸能界の栄枯盛衰ってなんか儚い。90年代〜2000年代初頭って自分が一番テレビを見ていた時で、この本で評される人も全員ではないにせよ大部分知ってるのだが、果たして今の芸能界の状態を見た彼女はどう思うのだろうか。人気者だった渡辺満里奈もめっきり見なくなったし、薬丸も「はなまるマーケット」が終了してからはかつてのような自然さはどこにもない(どこか必死だ)。彼女の観察眼でもったして今の芸能界を見たらどうなるのか、それを知ることができないのがただただ残念。
文章術も素晴らしいけれど、彼女のような観察眼をもってすればどんな世の中も楽しいだろうな。自分も彼女のような境地を目指してみようかな。 -
著者の洞察力にはもはや圧巻である。
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どうも、しっくりこない。角川文庫、文春文庫は面白いのに、
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ゴム版もさることながら、人物描写が的を得ている。
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稀代のコラムニスト、と聞いていてまだ読んだことがなかったので初挑戦。確かに着眼点には独特のものを感じたけど、そんなに言うほどでも?と感じたのも事実(ゴメンナサイ)。一気に400ページだったので疲れました。
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2006年6月5日に読み終わった感想。
私の心の師である、故ナンシー関さんのエッセイ。
その時代の芸能人の皆さんに対しての、
辛口と言うか、淡々とした思う事が記されてます。
ナンシー関さんの芸能界エッセイ(ジャンル不明)について、
ここの所良く思うのは、
「森重(久弥)さんより、ナンシーさんの方が先に逝くとは。。。。」
の一言。
ナンシーさんのような見方、表現の仕方、に到達できれば、
それが文を書く、私の幸せです。。。 -
ナンシー関は、大学の時に付き合っていた彼女が「ナンシー関の記憶スケッチアカデミー」を薦めてくれて、それで知った。テレビ批評を読んだのは初めて。
明後日はナンシー関の命日だ。亡くなったのが2002年だから、そろそろ10年になる。いまでも面白く読めると思った。でも、たとえば、大橋巨泉の話とかされても、クイズダービーに出てた?人?くらいのイメージしか共有できてないので、汲み取れない部分もかなりあるのが悲しい。 -
ナンシーさんがいなくなってから、テレビの番人の座はずっと空席です。永久欠番ともいえるでしょう。誰も真似できない、唯一無二の存在。