緋色のヴェネツィア: 聖マルコ殺人事件 (朝日文庫 し 10-1)

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  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (354ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022640086

感想・レビュー・書評

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  • 16歳の時に職員室でこの作品に出会わなかったら、生来臆病で出不精な私は、海外一人旅なんて、きっと一生しなかった。
    しみじみそう思う、思い出の一冊。

    「ローマ人の物語」に代表されるように、歴史上実在した登場人物たちの会話や心理描写を描かず、骨太な文体で淡々と事実を記して考察を述べていく形態から、小説というより、ノンフィクション的な歴史書として扱われがちな塩野七生さんの作品群。

    本作「緋色のヴェネツィア」を筆頭にした「都市三部作」のシリーズは、そんな塩野作品の中では極めて異質も異質。
    なんてったって、主人公の男女二人は塩野さんが創造した架空の人物。
    だから、会話も心理描写もかなりある、「ほんとうに小説小説した小説」。
    (変な表現ですが、少なくとも塩野ファンはわかってくれるはず…。)

    16世紀前半のヴェネツィア共和国。
    主人公である貴族青年マルコとその恋人となった高級遊女オリンピアの、大人の遊戯的な恋が本気の恋に変わる様を、歴史的事象に絡めて描いた物語。

    塩野さんがご自身の作風に逆らってあえて架空の主人公を創造したのは、ルネサンスを代表した三都市で彼らを生活させることで、各都市の実態や個性を描きたかったからだそう。
    「この三部作の真の主人公は人間ではなくて都市です」と明言までしています。

    確かに、全盛期を迎えていたオスマントルコやスペイン、神聖ローマ帝国といった大国に挟まれて存亡の危機に扮していたマルコの祖国ヴェネツィア共和国の実情と、そして、二人が暮らした、ヴェネツィア(1巻)、フィレンツェ(2巻)、ローマ(3巻)、それぞれの都市の当時の姿や異なる個性が、とても丁寧に描写されています。

    この本は、高校生の時に立ち寄った職員室(何か用事があったからだとは思うけど、忘れた)で、偶然会った国語の藤井先生が、「あんた本好きだで、これ貸してあげるわ」と、先生の私物をなぜかいきなり貸し出されて初めて読んだ塩野作品。

    それ以来どっぷり塩野ワールドにハマってしまい。刊行済み小説を制覇しました。
    そして、塩野作品としては異質だとしても、初塩野作品が本作だったのは、今思えば、よかったのかもと思っています。
    会話も心理描写も多くて、ロマンス要素も強くて、代表的な塩野作品をいきなり読むよりは、ラノベ好きだった16歳当時の私にはとっつきやすかったので。

    そして、約10年後にお金と時間の両方がそれなりに自由になる環境を手に入れたら、真っ先にイタリアに行きました。
    しかも、初めての地がヴェネツィアだったという。緑がかった海の向こうに見えた、ヴェネツィアの象徴であるドゥカーレ宮殿と鐘楼に、「とうとう来た!」と大感激したのを今でも思い出します。

    そして、イタリア旅行中、観光地でもなんでもないけれどなんだか感じのいい住宅街を歩いていて、「あれ?ここ、マルコが家の近くで特に気に入ってた路地じゃない?」みたいなことがかなりあり(後で確認したら実際にそうだった)。
    それだけ、塩野さんの都市の描写が、歴史的な背景だけでなく、地理や風景描写としても緻密だったのです。

    以来、トルコやマルタなど、塩野ワールドの舞台になった土地を未だに巡り続けてます。(一度外に出た経験と環境を作るとハードルが下がるのか、ウズベキスタンとかロシアとか、塩野ワールドにはまったく関係ないけれど行ってみたい土地にも行くようになりました。)

    人生に何が影響を与えるか本当に分からないと思う、思い出の一冊です。

  • ルネッサンス時代のヴェネチアとトルコを舞台にした、壮大な歴史物語。文章が流れるように美しく、華やかなりし当時に思いを馳せてうっとりした。
    ヴェネチアの貴族に生まれたマルコという青年と、幼馴染で私生児のアルゼッティという青年を中心に描かれたドラマである。作者あとがきによると、本書はフィクションではあるが登場人物以外は史実に基づき、宗教や政治が絡んでくるので非常に興味深い。登場人物は美しすぎる。
    この本を読むとヴェネチアやイスタンブールに行きたくなる。素晴らしい本だ。

  • 第二部に続くんだけど、これだけでも十分おもしろい!七生ちゃんいいよ七生ちゃん!ストーリーもいいけど、うんちくにならない程度にちりばめられた歴史的背景、都市のしくみ、階級制度、人々の気質の地域差などの描写が素晴らしい。『ローマ人の物語』よりも感情移入しやすいので、わくわく度が高いですよ。

  • 古代ローマ・中世ルネサンスの著作が多い塩野氏の作品。

    中世イタリアはヴェネツィアを舞台に、貴族の息子と貴族の庶子の運命的な結末、都市国家ヴェネツィアとトルコや周辺列強諸国とのパワーバランスを華麗に描く。

    ・・・
    先ずもって感じたのは、この本は国際政治の本だ、ということです。

    主人公マルコは貴族の子として、若くしてヴェネツィア共和国の運営に関わり、外交官としてイスタンブールへも派遣される。彼の役割といえば、トルコでの情報収集、ヴェネツィア本国のリエゾンとしてトルコの宰相への口添えなど。

    こうした仕事は何のためかといえば、小国たるヴェネツィアが北のハプスブルク(ウィーン)、西のスペインに蹂躙されないためです。そのために非キリスト教国ながら属国下の他宗教には寛容であるイスラム教国たるトルコと秘密裡に関係を強化しようというわけです。

    外交とは国益を守ることなどという事がありますが、より端的に言えば国が生き残るべく泥臭く根回し・情報操作することなのでしょう。

    本作はそうした政治・外交の機微が非常によく描かれていたと思います。とりわけ、トルコであてにしていた宰相イブラヒムの権力に陰りが出てきて、国際政治的にヴェネツィアに逆風が吹き始め、この先のかじ取りや状況を悲観する主人公の独白は、外交というものの正鵠を射ていると思いました(P.282)。

    とはいえ、内容の2/3はヴェネツィアでの情景です。悪しからず。

    ・・・
    って言いつつ書きますが、時はスレイマン一世(1494-1566)の治世。

    幼馴染にして奴隷であるも宰相にまで上り詰めるイブラヒム、さらにはロシアから奴隷として連行され、これまた王妃にのし上がるシュッレム(作品ではロッサーナ)が権力を増しつつあった時代の話です。

    本作はヴェネツィア側から描かれていますが、トルコ側の当時の様子としてはHulu収蔵のテレビドラマ『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』を見ていただくと非常に分かりやすいと思います。私の記憶では、上記のドラマでは、ヴェネツィアの外交官というとブクブクと太った欲深そうなおべっか使いみたいな描かれ方だったと思います。

    ・・・
    さて、そのほかにも主人公マルコと娼婦オリンピアとのちょっと真剣な関係、ヴェネツィア宰相の庶子アルヴィーゼと有力者プリウリ夫人との道ならぬ恋など、人の性(さが)の機微もじっくりと物語に練りこまれていると思います。

    こうした物語の作りこみが作品の完成度を上げていると感じました。

    ・・・
    ということで、塩野作品は二作目でした。前回はエッセイを読んだので、本格的な作品はこれが初めて。

    歴史ものは結構好きかもしれません。非常に面白く感じました。3部作となっている模様ですので、続編も続いて読んでみたいと思います。

    私のように歴史好きな方以外にも、旅行でヴェネツィアやトルコ(イスタンブール)に行かれる予定のある方、あるいは世界史で中世(オスマントルコ時代、イタリア史)を勉強する必要のある方にはお勧めできる作品かと思います。

  • ゆっくりと読みたい本。
    何度も何度も読み返しました。

    この本を読むのは何度目だろう。
    前回よりも、さらに面白く感じる。

    この時代の人は、飛行機なんてなかったのに。
    イスタンブールとベネチアを軽々と移動していることか!!

    また年数をおいて、読もうと思います。

  • ベネツィアが、ヨーロッパとトルコの間で揺れ動いている時代
    その救世主が、トルコ生まれのベネツィア元帥の息子アルヴィーゼ
    彼の働きはトルコにあってヴェネツィアの協力者。でも、愛する女性のために一世一代の勝負にでたが、、、
    あまりにもかわいそすぎる結末。
    友人のマルコはどうするのか?

  • 緋色のヴェネツィア、銀色のフィレンツェ、黄金のローマで三部作。

    ミステリーっぽい副題ですが、歴史小説です。

  • ミステリーのような副題ですが、どちらかというと史実を踏まえた歴史物語。
    16世紀のヴェネツィア国が、急激に拡大しているトルコやスペインに翻弄されていく姿が描かれています。
    独立国だったヴェネツィアは貿易の国で、海軍は持つものの情報と国交力で生き延びている。
    以前読んだ琉球王国を彷彿とし、独特の文化を保持し続ける国のあり方に興味深く読みました。
    旅行前に知識を深めることができて良かったです。ただの観光地だと思って旅したら、勿体ない。
    そして数年前住む予定だったトルコの歴史もまた、面白かった。

  • この作品は、「銀色のフィレンチェ」、「黄金のローマ」と続く3部作です。

    16世紀前半、海の都ヴェネツィアはトルコ、スペイン、神聖ローマ帝国の3強大国に挾撃され国家存亡の危機に瀕していた。国難にあたる若きヴェネツィア貴族と謎のローマの遊女、貴婦人との秘めた愛を胸に野望を抱く元首の庶子…。権謀術数が渦巻く地中海世界を描いた、ルネサンス歴史絵巻第1部。

    スレイマン大帝率いるトルコには宰相イブラヒムが控えており、ヴェネツィアに最大の危機が迫る。
    ともにヴェネツィア貴族の子弟である、マルコ・ダンドロとアルヴィーゼ・グリッティ。2人は幼き頃から互いに尊敬しあう親友といえる仲である。この2人の命運を分けたものは祖国ヴェネツィア。

    ダンドロ家の嫡子として生まれたマルコ。
    当時のヴェネツィア元首の庶子として生まれたアルヴィーゼ。父からは認知されてはいるが、ヴェネツィアの法は庶子を嫡子になおす事を禁じている。
    マルコは黄金の名簿に連なる一員としてヴェネツィアの政治に深く関わっていくが、アルヴィーゼにはその道はない。
    銀の名簿に名を連ねて、ヴェネツィアの中産階級として生きる道よりも、トルコを舞台にした交易の道を選んだアルヴィーゼ。

    大人になり、ともに愛する人を持ち、それぞれの世界で生きていた2人に再び濃密な関係が形成されていく。
    しかし、それは大国同士の政治と裏で密接に関わることであり、マルコとアルヴィーゼにとっても辛い現実が待ちわびている。
    アルヴィーゼが愛して愛された人は、アルヴィーゼにそこまで求めていたわけではない。一方のヴェネツィアとしては、アルヴィーゼの願いが短期的に成し遂げられるのなら、国益を優先すべきだともいう。
    最終的にアルヴィーゼが危機に陥ったとき、ヴェネツィアの援護ない。
    それでも大切な友のために可能な限り奮闘するマルコの姿に救われてた思いがする。

    色々ありながらもと複雑な思いを胸に帰国したマルコに待っていたのは、CDXからの呼び出し、監禁、尋問により愛する人のもうひとつの姿を知らされることだった。

    友情と愛と政治の話であるが、一連の3部作の中で、本書が一番切なく、胸を締め付けられる思いがする。
    ただただ、切ない。

    しかし、ヴェネツィア共和国の深部を知るには格好の題材ではなかろうかと思う。

  • 久しぶりに読みたくなり再読。
    同じ貴族に生まれながらも嫡子と庶子の違いでその後の運命が大きく違ってしまった友人二人。
    当時のヴェネツィアとトルコの複雑な関係やヴェネツィアの諸制度等が物語の中でさりげなく説明されているので読みやすいです。
    庶子であるがためどれほど才能を持っていてもヴェネツィアでは生かすことのできないアルヴィーゼの苦悩や寂しさが読んでいて辛かったです。

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