f植物園の巣穴 (朝日文庫)

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著者 : 梨木香歩
  • 朝日新聞出版 (2012年6月7日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022646675

f植物園の巣穴 (朝日文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 不思議な世界感に豊彦と同じように戸惑いながら、さ迷うように読んでいました。

    読んでいくうちに、ひとつひとつの出来事が主人公の過去、現在に繋がっていって・・・
    坊との最後の会話、意識を取り戻した豊彦と千代との会話ではほろほろと涙が流れていました。
    いろんな場面に出てくる穴、水、植物、その構造が隠喩しているもの・・・
    伏線がちりばめられていたんですね。もう一度しっかり読みなおしてみようと思いました。

    シリアスな部分もありますが、不思議なことを受け入れていく豊彦の姿や歯医者とその妻とのやりとりはやはりおかしかったです。

    読み始めはじめっとした空気感が漂っていましたが、読後は雨があがった後のしっとりとした、澄んだ空気を感じることができました。

    蓋をしていた心の奥深くに、潜っていくように、穴に落ちていく。忘れてはいけないもの、命と向き合い、背負い、また上っていく。滞っていた水が流れ出したように、豊彦の人生(時間?)もやっと、穏やかに進み出したのではないでしょうか。
    穴や水、植物のモチーフが物語と繋がる味わい深いお話です。

    解説にあったタイトルについての考察がおもしろかったです!

  • 読み始めしばらく「あれ?今は現実?それとも異世界?さっきのシーンからどこに来たの?」と、どこで起きている話なのかわからなくなること数度。
    主人公の一人称なのに主人公の立ち位置がわからないので読んでるほうとしても不安定さを感じつつも、読み進める。

    物語の進行場所など考えずにさっさと物語の流れに身を任せて読むのがいいんだろうな。読んでりゃわかるだろうし―と思えるまで時間がかかってしまったのはしばらく続けてロジックたっぷりのミステリばかり読んでいたせいか。

    主人公の落ちた穴は主人公自身の心の中の深いところへ降りていく穴だったのだと思う。
    そこは「坊」や「ねえやの千代」の世界とリンクして異世界を作り出して。

    主人公は自覚せず、失くしたものも実は失くしていなかったものも、乗り越えるべき痛みごと無かったことにして心の奥深くにしまいこんでしまった。
    それはひとつの自己防衛であるのだから、掘り起こして正視するのはその時よりもさらに苦く痛いものになっている。
    だけれど、坊の助けによりその苦く痛いはずのものと向き合い受け容れる。

    滞っていた水は、滞っていた時間。
    溜まっている水を流すことは、止まっていた時間を動かすこと。
    動き出した心の時間は置き去りにしていた過去を連れてくる。
    過去は現在の自分に追いつき、融合し、喪失したものを見据えることで喪失したと思っていたものを取り戻す。
    優しい結末でよかった。

    主人公の内部という閉じられている部分のお話なので「家守綺譚」や「村田エフェンディ滞土録」などに比べると、同じ男性一人称でも主人公への共感具合によって読みやすさや好き嫌いが変わるかも。
    わたしはあまり主人公の感情に入り込めなかったのでお話自体には☆3つ。ただ梨木作品の世界や文体が好きなので☆ひとつ追加。

  • この物語は宮澤賢治の童話の世界に出てくるような豊かな自然界が舞台になっています。主人公の佐田豊彦は水生植物園の園丁です。1年前からの任地であるf郷で、彼は歯の痛みに襲われ歯医者に診てもらいにいきます。そこでは奇妙な体験が待っていました。治療してもらった歯医者の家内は前世では犬だったというのです。このように夢ともうつつともわからぬまま、この界隈で不思議な生き物たちと出会い、さらに幼児の頃の体躯になっていった彼は、川で泳いでいると一人きりでいるカエル小僧と出会います。見捨てておけないままカエル小僧の後についていった彼は、その問答の中でついにカエル小僧が誰なのかに思いあたります。幼い頃大叔母から聞いたというアイルランドの妖精譚や抜けた乳歯を縁側から屋根に投げるという風習にまつわる秘話、祖先が譲りうけたという屋敷にまつわる切腹の話など、記憶は過去と現在、死者と生者とがいっしょくたになりながら果ては「千代」という名の現世での妻との確執にたどりつくのでした。この異次元の体験は実際のところは植物園の大木のうろ、すなわち巣穴に落ちて人事不省に陥った二日間のできごとだったということが明らかになるのですが、そのお蔭で未来につながる明るい話題でお話は幕を閉じるので、読後感は気持ちの良いものになりました。

  • 長いこと歯痛に悩む園丁は歯医者に行くことにした。
    そこでは前世が犬だったという歯科医の家内が手伝いをしていた。どうにもあぶなっかしい治療。
    麻酔を打つたび、薬を飲むたびに園丁は不思議な夢に墜ちてゆく。
    懐かしき3人の「千代」。ナマズ神主、烏帽子を被った鯉、アイルランドの治水神。そして道行を共にする「坊」――。

    昏い“穴”を覗けばそこに、忘れてきた過去が佇む。匂やかに動植物、水辺の風景を描く異界譚。

    「家守奇譚」のような雰囲気と思いがちだったが、開けてみれば「裏庭」の世界観に近かった。
    己が忘れ、またはとるに足らないこととして流し去り、または気づくことすらなかった過去と、そのために残る傷や心残りと向き合い、そうしてまた己の生きる世界に戻ってゆく。読後に漂う不思議な余韻が心地よい。

  • 読み始めてみて これほどに難航するとは
    思わなかった。200ページあまりの作品に
    かなりの時間を費やしてしまった。

    佐田豊彦の
    封印していた過去の記憶に再会して子供時代から
    もう一度生き直すような時間を過ごす経験が
    父を亡くした昨春頃から始まっていた私の内面の
    化学変化に酷似しており 時折立ち止まっては
    自身の記憶を確かめずにはいられなくなったから
    である。

    豊彦の迷い込んだ世界は 面妖かもしれないが
    彼の魂を救った。

    私のたどった迷い道も どうしても思い出したく
    なくてなかったことにしてしまっていたらしい
    傲慢で利己的な性情を養った子供の頃を私に蘇らせ
    私の人間性の問題を自覚させられるものだった。

    「相手が自分を尊ばないと言って腹を立てるのは
    まちがっている。尊ばれない己が身を省みるべき
    なのであった。相手が自分に礼を尽くさない、
    目下の目上に対する礼を失している、となじる
    のは、それだけで礼を尽くされない理由になって
    いる。」

    私はそんな男だった。
    もちろん今もそのままのはずだ。
    そして…豊彦もそうだと思う。

    しかし 見ようともせず無意識に心の深奥に
    しまいこんだものに今では気づき 認めている。

    私も豊彦も 成長段階における大きな喪失から
    自身の心をかばうために
    自己による自己把握と他者による自己把握の
    あるべき統合をやめてしまった男だったのだ
    と思う。

    私たち2人の人生の共鳴・共振はおそらく
    ほかの人たちよりも強かったため 時折目眩に
    襲われながらの読了だったのである。

    まだ読んでいない人のために ストーリーへの
    言及は最小限にとどめるが
    やはり…道彦の命名の場面では
    言葉にできぬほどのあたたかさと感動に
    衝き動かされてしまった。

    梨木香歩氏の作品に出会ってからの自分の変化に徐々に気づき始めている私である。
    それは喜び以外の何物でもないが
    「以前の自分」が見失ってきたものの大切さと
    夥しさに 寂しさをかみしめる私でもある。

    半世紀を生きてようやく成長を再開した私の魂を
    静かに見守れる自分になれそうだ。

    それは、梨木作品の霊力でもあるのである。

  • やっぱり私は梨木さんが好きだなぁ、と再認識。喪失と、再生の物語です。

    虫歯に耐えられなくなった主人公が歯医者に駆け込むけれど、何かがおかしい。次第に現実が溶け出していき、夢か現かわからない、過去と現在が何層にも重なった世界へと降りていく。
    虫歯にできた大きなうろは植物園の椋のような木のうろとリンクし、歯にも心は宿る、ということは心に大きな穴が空いているということ。
    主人公が失ったものとは、そしてそれを取り戻し、木のうろから抜け出ることはできるのか…というお話。

    幾重にも重なったの暗喩や、いたるところに張り巡らされた伏線など、読むたびに新しい発見がありそうです。
    2013.01.07

  • やや古めかしく硬い文体ながら、決して読みにくくはない梨木香歩。日本語の美しさと可笑しみをいつも感じさせられます。

    本作も摩訶不思議な話。主人公は勤務地となった植物園の近くに引っ越す。ところがこの町はどことなくおかしい。通り過ぎる人の頭が鶏のように見えたり、歯痛に悩まされて歯科に行ってみれば、歯医者の「家内」が犬のように見える。自分の気がふれたのかと尋ねてみれば、「家内」の前世は犬で、パニくると犬になってしまうらしい。けれどしっかり日本語を話す。迷い込んだ場所でカエル少年に助けを求め、道中をともに。そこでもナマズ神主やまな板から逃げ出した鯉とも出会う。

    封印してきた過去の記憶と向き合う旅が楽しく切なく心にしみます。何度も読み返したい作品です。

  • 暗喩と隠喩、植物と水で作られたモザイク。
    それぞれ形は異なるもののなめらかに繋がり一つの美しい均衡を成す。

    あー、なんだかよくわからないけれど救われた気がする。おだやかにゆるやかに繋がって連なって辿り着く全体像のなんと美しいこと、まやかしもあやかしも渾然一体となって一本の糸に布になる快感。
     読み返せばきっと意味が違ってくる情景を溶けてしまった飴玉みたいに味わっている。
    あー面白かった。

  • 梨木果歩の小説は境界が曖昧だ。隣を見れば異世界。親しい人は幽霊。
    今回はそれが顕著で、まるで夜明け近くの夢の中にいるようで、はっきり筋が通っているようなのに現実味が欠けている奇妙な感覚だった。
    村田も家守もわりと時間をかけて読んだが、半年以上かかるとは予想だにしなかった。
    面白いが入り込むまでに時間がかかり、そこから浮上するのにも時間がまたかかる。
    本当なら自分一人の時間が楽しめる場所でゆるゆる読むべき本なのだが、あいにくそんな贅沢な時間は持っていない。
    しかし、千代たちについては彼の記憶は生々しい。そこだけ妙に精彩だ。
    最後にはすべて明かされ、ものすごく納得しました。
    やっぱりあのシーンと、千代さんとの思い出は泣いてしまいました。
    全体的に和風を強くした「裏庭」ぽいです。

  • 梨木果歩の和風「不思議の国のアリス」みたいな。

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f植物園の巣穴 (朝日文庫)の作品紹介

月下香の匂ひ漂ふ一夜。歯が痛む植物園の園丁は、誘われるように椋の木の巣穴に落ちた。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、烏帽子を被った鯉、アイルランドの治水神と出会う。動植物と地理を豊かに描き、命の連なりをえがく会心の異界譚。

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