京都ぎらい (朝日新書)

  • 1110人登録
  • 3.07評価
    • (27)
    • (88)
    • (175)
    • (72)
    • (22)
  • 174レビュー
著者 : 井上章一
  • 朝日新聞出版 (2015年9月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022736314

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
宮下 奈都
又吉 直樹
ジャレド・ダイア...
ピエール ルメー...
エラ・フランシス...
有効な右矢印 無効な右矢印

京都ぎらい (朝日新書)の感想・レビュー・書評

  • web掲載の『大阪まみれ』が面白くて、同じ著者のこの作品も読んでみることに。
    よくある京都についての蘊蓄本や礼賛本と思い込んでいると、あっさり裏切られる。
    そして驚き呆れ、失笑し、だんだんに怖くなるのだ。何が?京都人が、ですよ。

    ちなみに井上章一さんは右京区生まれで嵯峨育ち。日本文化教育センターの教授である。
    この本が書かれるまでの長い歳月で、どれほどの心のもつれがあったことかといたく同情する。
    何しろ冒頭から「洛中の京都人」に田舎者扱いされているのだ。

    私事だが、数年前、映画で見た美しい景色はどこかなどという話になった時、『寅次郎あじさいの恋』の中で、京・丹後地方の舟宿の風景を「あれはいいねぇ、何とも言えない風情を感じるねぇ」と私が言ったところ、ただの田舎や!と吐き捨てるように言った御仁が身近にいた。
    この人、生まれも育ちも京都・中京区で、ご本人の言によれば「自分たちこそ生粋の京都人」で、嵐山も嵯峨も丹後も宇治も、ましてや右京区などと言っても「京都人を名乗る資格もない」らしいのだ。
    見方を変えれば、かなり歪んではいるがそのプライドこそが古都の誇りを守っているともいえる。

    「洛中・洛外」とは、そこまでひとの心を隔ててもいるのだ。いやぁ、奥が深ぅおます。
    狭い日本に、ここまで徹底した中華思想が生々しく現存しているとは、それも海外からも憧憬の眼差しで見られるあの京都に今も深々と根付いているとは、他地域の人間にはおよそ想像も出来ないことだろう。
    笑えるのは、そういった京都のすかした部分を見くびるのが大阪人であるということ。
    著者によれば「だから大阪はありがたい」らしい。

    花街で遊ぶ僧侶の話や、ガイド本に載せるお寺の写真掲載の難しさと拝観料の訳、庭園秘話、
    明治政府の維新後の杜撰な後始末の話とか面白い話も多く、良し悪しは別にして、京都を見る目が、大きく変わる。

    「差別されることを差別する」のではなく、最後まで読むとふふっと笑えるのもまた良い。

  •  私も著者と同じく京の洛外で生まれ育った身なので、本書で何度も言及されている「洛中の中華的価値観」には大いに笑わせてもらった。府外の読者には理解しづらいだろうが、確かに同じ京都府下といえど洛中と洛外では「ニューヨークとナメック星」くらいの差があるといっていい。

     本書では井上氏による京の文化論が展開されている。第一章では洛中の選民意識が著者の実体験から暴き立てられ、毒の強い文体で洛中人士の差別意識が糾弾されている。第二章以降では主に花柳界と僧侶の関係に焦点を当て、寺院のホテル経営や芸子の源流など珍しい視点から京にまつわる仮説が展開されてゆく。全体としては、坊主の世俗化を笑い飛ばすような論調である。終盤は洛中の優越に話が戻り、南北朝時代の歴史的考察を交えてその根源を探ろうと試みている。

     誤解のないよう言っておくが、私は比較的若い世代に属するせいか、自らを京都人だと公言することにさほど抵抗はない。それでも、本書で指摘されている京の「いやらしさ」は否定できない。特に第一章・第四章は洛外で生まれ育った者にしか理解されない面もあるだろう。著者独特の語り口もあり、洛中人士を茶化すような記述に「皮肉っぽくて気分が悪い」と嫌悪感を抱かれる方もいるだろう。しかし、その「嫌悪感」こそ洛外出身者が物心ついた頃から押しつけられてきた屈託そのものなのである。

     ありていにいえば「性格悪いもん同士の罵り合い」なのだが、若い世代に限っていうと、本書で井上氏が暴露しているほど洛中洛外の亀裂は深刻でない気もする。互いに足を引っ張り合うのが一種の様式美になっているというか、見もフタもない言い方をするなら、トムとジェリーのように仲良く喧嘩しているようなものだと思っている。この奇妙な対立関係ばかりは、実際に住んで育って体感するしかないだろう。

     余談だが、第五章で南北朝の歴史についての考察を興味深く読み進めていたところ、唐突に皇室や靖国への批判が始まった。政治的主張を織り込むのは構わないが、期待していた京都論とは無関係なので少々げんなりさせられた。

  • 著者のことは比較的古くから知っていました。ブレイクする前から。
    これほどの有名人になるとは思いませんでしたが。

    様々なフィールドに造詣の深い人でありますが、ボクが知ったのはプロレス者(もの)としてでした。
    まだ、プロレスが日陰者の存在であったころからですね。大方30年くらい前でしょうか。

    兵庫県西宮市に鹿砦社という出版社があり、その会社が出していいたのが、知る人ぞ知る「プロレス・ファン」という冊子でした。

    多分、創刊の原動力となったのは、当時まさに日本プロレスのエポックであった旧UWFであったと思われ、毎号の表紙には藤原喜明や佐山サトルのイラストが載っていたことを記憶しています。

    そこによく寄稿をされていたのが井上章一先生。その頃はプロレスネタについて硬派に理論武装した人は、週刊ファイトの井上(I)編集長くらいしか存在しなかったように思いますが、京大出身のプロレス論客として、その名を心に刻んだのであります。
    尤も書かれていた内容は、ほぼ何も覚えていませんが・・・

    本書にも少しだけプロレスに関することが出てきます。それも、株式上場を狙っている新日本プロレスなどではない、ドマイナー団体のある選手の事で、いかにも井上先生らしいです。詳細は本書でどうぞ。

    井上先生自身はボク達「外部」の人間からすると、嵯峨に生まれ現在は宇治に住まわれるド京都人なのですが、本書を読むとそれが100%否定されます。

    端的に言うと、洛外に生まれ育ったものは京都人とは自他共認められないということだそうです。この「他」というのは、つまり「洛中」に生まれ育った都人(みやこびと)のことです。

    この洛中洛外の人達の間だけで認識される感性に基づくもので、ボクも含めた都以外の人たちからすれば理解しがたいヒエラルキーがあるらしいのです。

    大阪人のボクも薄々は「洛外のお人は京の人間やおへん。」という、京都人の言外の態度は知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。

    前の戦争というのが一般的にはWW2を指すのに対し、その戦災を免れた京都人は応仁の乱の事を言う、というのはジョークだと思っていたのですが、あながちそうでもないようです。

    そんなトンデモ常識がまかり通っている(いた)京都の特殊な状況を冷静に面白くまとめた佳作です。

    といっても、井上先生の視点も結構イケズで京都人の資格は十分にあると思うんですけどねえ。対外的に京都人と言われることに真剣に怒っておられる井上先生です。



    ※本書ではここに記載したような内容ではなく、しっかりとした知識と資料に基づいた表現が用いられ、この駄文はボク一流の表現であることを付記します。

  • 中華思想、姫と坊主、東京“外資系”、寺と花柳界、古都税、怨霊鎮め、町屋の闇…。さげすまれてきた「洛外人」が、京都人のえらそうな腹のうちを暴露する。洛中千年の「花」「毒」を見定める新・京都論。

    京都を旅行したとき,洛中のおっさんに馬鹿にされたことがある…。それを思い出した。気分悪い。

  • 今残っているお寺の建物は江戸時代に建て直され、家康や家光は江戸の寺院復興に力を入れていた…など興味深い話もあったのだが、筆者の洛中への恨みつらみがひどすぎて、読んでいて嫌な気持ちにしかならなかった。
    私は東京の多摩地域の出身だが、正直、多摩地域だって23区の人たちからは東京都民扱いしてもらえなかったし、逆に今住んでいる横浜は、神奈川県民という意識より横浜市民という意識が高すぎて、横浜以外の神奈川県民からはうとましがられてるし、どこの都道府県も多かれ少なかれそういうことはあるんだと思う。確かに、京都の場合洛中の人たちのそれはすごいものはあるんだろうけれども、でも60過ぎたおじさんが、その劣等感をいまだに引きずって、恨みつらみを本で晴らすってどうなんでしょうね…?もっと若いときに折り合いがつけられないものなんでしょうか?
    また、南朝に思い入れがあるからという理由で右翼とか民族主義者だと思わないでほしいっていうのも、この世代の人たちってすぐそういう話になっちゃうんだなあ…。そういう凝り固まった価値観だから、苦しくなるんでないのかなあ‥。
    とにかく、私にはこの本が2016年の新書大賞第1位というのが理解できませんでした。

  • ※万一間違えてこの本読んでも責任はとれません(T_T)

    京都"府"で生まれ育った大変に高慢な著者が京都市!?の悪口を堂々と書く。

    京都以外の人が(でも厳密な旧!?京都の中心地はなんでも「洛中」というらしい。「落陽」ならかなりナイス!だが「洛中」など阿波人のわたしにとってはまぁどうでもよいw) 京都の悪口を書くと喧嘩になりそうだけれど、そうではないので、まいっか。

    でも裏を返すと、反面教師的に京都自慢をしていることに他ならない・・・ということこの高慢作者はきっと気づいてニヤついているのがそこここに垣間見える。

    こういう書き方を「鼻につく」というのであろう。まさにその言い方が尤も適していると思う。しかもこの高慢な作者はわたしと10才も歳離れている訳でもなく、こいつ偉そうなやっちゃな!としか思えない。

    だがしかしなんとこの本わたしが入手した版で第4刷である。こりゃ凄い! ちょっとしたベストセラーなのだ。高慢井上こうまんさん、見直しますたすたすかこらさっさ。
    やれやれ。しかしまあなんだなあ、いろんな本があるもんだなぁ。
    やれすまぬ。m(_w_)m。すまぬ。

  • タイトルと中味・・・・面白い!

  • 宇治市出身で伏見区の学校に通っていた自分にとっては、とても納得のお話。

    高校卒業後、京都府を離れてからのほうが長くなったけれども、未だに「出身は京都」と言えない自分を笑いながら一気に読みました。

  • 著者は京都中心部に住む人からは、京都人扱いしてもらえない、洛外にあたる嵯峨出身である。ずっと田舎者扱いされ、差別されてきたという、著者の長年の被害者意識が隠されず表現されている。
    こういう話はどこでもある。私も、東京の市部出身だが、23区内出身の人の前では、東京出身と言うのをはばかってしまう。東京の下町出身者にも、山の手出身者に対し劣等意識を持っている人もいる。
    つまり、京都以外に住む人からは、著者が馬鹿にされたという話も「わりとどうでもいい」という感じではあるが、最後の章は面白かった。
    嵯峨は南北朝政権時代の中心地だったそうで、北朝と南朝のいざこざの話はあまり詳しく知らなかったので、興味深かった。
    著者は、いじけながらも、やっぱり京都を愛して止まないようだ。

  • 京都のことをよく言わない人がいますが、
    京都という、歴史深い地域だからこそ、
    言われるのだと思いました。

  • 色々な「京都本」の中で、もっとも秀逸だと思う。確かに「1000年のいらやしさ」が全部つまってる。京都のことを知る上でもっともおすすめ。

  • 始めは京都の悪口が並べられるだけなのかと、途中で止めようと思っていたら、お坊さんの話からお寺やその土地の歴史に遡ってゆき、なかなか興味深い考察でした。

  • 「たとえば、身体障害については言及しづらいが、ハゲをめぐる陰口は、ゆるされる。」

    タイトルを読むだけで議論を起こす本とわかる。
    本書を読めば、表面的な話でないとわかる。
    洛中至上主義。それを批判しつつも洛外の中でランク付けする彼ら。

    面白い。

  • 京都大学の教授らしからぬ
    砕けたエッセーのような文章で
    嵯峨育ちで宇治にすんでいても
    洛中に住む者は中華思想を
    もっていてどこかで村八分
    意識を付け上がらせていて
    観光ガイドの本
    1冊作るのでさえ…
    信心さえない
    心付けを要求してくる
    えげつない中華思想…
    千年も昔から何も変わらない
    横柄で傲慢な洛中意識が
    新しい角度から浮かび上がって
    くる京都の佇まいが…
    新鮮でした。
    いけずはいけまへんなぁ〜

  • 京都人とは、洛中に産まれ暮す人のことをいい、それ以外は洛外となり、京都人ではない。京都市民ならみんな、知ってる。そんな洛外の井上さんが書いた京都ぎらい。嫌いと言いつつ、京都愛をとても感じるなー。私も洛外なので、差別される感覚は良くわかる。室町時代まで遡る歴史や、寺社の写真掲載料の話など、意外で興味深い!こんなことまで書いても大丈夫なの?と少し思ったりもしましたが…京都好きな方に、ぜひ読んでみて欲しいですー

  • 京都ぎらいと言えども、著者は京都嵯峨の出身。
    著者によると「京都」というのは、「洛中」のことであり、京都市でも洛外は京都人にとっては、京都ではないそう。
    つまり「洛中ぎらい」ということである。
    それは、洛中の人にバカにされた経験に端を発するようだが、それにしても著者は随分根に持つタイプなのだろう。
    最初こそ、少し大袈裟に表現しているのかと思いきや、その怨念は本書の最後まで続く。
    東京でいうところの都下と23区のようなものではないかと想像してみたのだが、きっとそれ以上のものがあるのだろう。
    そして、全体を通して著者の言いたいことを、書き綴っているだけのように思った。そのあたり、乱雑に感じ、読んでいても腑に落ちなかった。
    とはいえ、拝観料と税金の問題や銀閣寺の古都税に対するストライキの話など、興味深い話もあった。

    ただ、個人的恨みがそこここに感じられて、読んでいても落ち着かず、少しだけ著者に対して嫌悪を感じた。

  • 発売当時から目を引くタイトルだったけど、新書大賞を取るに至って、これは読んどかないとってことで入手。自分の中での内容予想では、京都が好きなんだけど馴染めない筆者が、各方面から高評価を得ている店とか宿とか寺社とか諸々に関して、実はそんな言うほどでもないんだぜ、的内容なのかと思ってました。良い意味でその期待は裏切られ、京都人(というとダメな方)による京都人(として誇りを持っている方)に対するダメ出しだったんですね。終盤に差し掛かるまでは読み流していたけど、最終章で天皇家とかに話題が及び、靖国問題への考察に至る頃、かなり読まされている自分がいました。結論に向けての盛り上がりが良かったです。

  • 結論から言えば、非常につまらない本であった。
    新書大賞って、なんなの?と思うくらいに。
    寺にまつわる話、武士のホテルとしての役割を果たしていたとかいう話、山の景観維持に一役買っていたという話、拝観料に関するアレコレは興味深く読めたけれども。

    ナントカ賞にだまされて、ホイホイと本を手にしてはいけませんよ、という教訓を与えてくれた点では、価値があったか。
    少なくとも、暇つぶしになりこそすれ、ためにはならない一冊である。

  • なんか解るような解らないような京都論。
    洛中・洛外の地域格差はさもありなん。
    似たような意識はうちの地元や東国の方にもありますなぁ。
    京都はさらに千年の歴史が絡んで捻じれて縺れて出来上がった意識なのである意味根深いのかもね。
    実際京都に暮らしていた学生の頃は、生粋の京都人っていたかな~って思い返すと思い当らず、そもそも他府県出身者が多かったうえに、洛外の京都人しかいなかったかも。
    今の京都が江戸時代の景色で1000年の歴史はなかなか感じられないってのは言われてみれば確かになって思う。
    それでも京都すきですよ。
    わたしは洛中だけでなく伏見も嵐山も宇治も鞍馬もすきでっせ。

  • こんな書き方じゃなくても、京都のこと書けると思うけど、
    なんだか、途中で、う~~ん、またか、って。
    嫌み?僻み?

  • [もう、大嫌いどすぇ]「京都府」出身の人物が、「京都」という土地に宛てた「嫌京論」。洛中・洛外の間に横たわる根深い感情や、なまぐさ坊主が支える古都経済など、極めて大胆に、そして過激に京都に対する恨みつらみを吐き出し、2016年新書大賞で見事1位に輝いた作品です。著者は、『霊柩車の誕生』や『阪神タイガースの正体』などの著作で知られる井上章一。


    「第三者間のいびり合いをちょっぴり楽しんでしまう」といういやらしい心性が評者には横たわっているので、著者が京都で遭遇した理不尽な体験やそれに対する愚痴も、大変おいしくいただかせていただきました笑。読後の今となっては、とにかくこれを読んだ洛中の人の感想が聞きたくてしょうがない。それにしても、洛中・洛外の別を批判する著者が、まったく同じ構図を(おそらくは無意識に)チョコレート会社と害虫駆除会社の別として持ち込んでいるところは皮肉というべきでしょうか......。

    〜ああ、京都の中華思想をふりかざす手合いと、今私は似たようなことを言っている。京都の近くに六十年もくらしてきたせいで、私もすっかり京都風に汚染されたのだろうか。私が自分と京都人のちがいを、あれこれあげつらいたくなるのは、そのためかもしれない。誰しも、似たものどうしのなかでこそ、自らをきわだたせようとするものである。〜

    それでも今一番訪れたい場所の一つが京都だったりする☆5つ

  • ぼくには、M子という北海道出身で京都に住まう女友達がいます。
    先日、というかもう2か月ほど前になるでしょうか、久々に電話しました。
    「京都に住んでいるなんていいなぁ」
    北海道に住むぼくは、歴史と風情ある京都に暮らしているM子を羨みました。
    彼女は「それがそうでもないのよ…」
    と云って続けました。
    かいつまんで云うと、京都人は閉鎖的で排他的で鼻持ちならない高慢ちきといったところでしょうか。
    彼女は自身が実際に迷惑を被った具体的事例まで挙げ、口角泡を飛ばし…たかどうかは電話なので分かりませんが、京都人の非をあげつらうのでした。
    もちろん、私だって四十数年も馬齢を重ね、それなりに人生経験を積んでいますから、彼女の言葉を真に受けるほど初心ではありません。
    たまたま、ということは大いにあり得ます。
    でも、本書を読んで、彼女の言葉を信じそうになっています。
    本書は、京都市の嵯峨に生まれ育ち、現在は宇治に住む著者の京都論。
    なぜ、ここまで著者の住所を詳細に記すかというと、嵯峨も宇治も「洛外」だからです。
    著者は嵯峨で生まれ育ったために、「洛中」の人たちから疎まれ侮られ蔑まされてきました。
    たとえば、こんなエピソードを披露します。
    京都の下京で300年近く続く杉本家の9代目当主、故杉本秀太郎氏を取材した時のこと。
    「君、どこの子や」と問われて、著者が「嵯峨からきました」と答えると、杉本氏は「なつかしい」と言ってこう続けたそうです。
    「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」
    著者はそこに「揶揄的なふくみ」を聞き取ったといいます。
    「(洛中の人は)とにかく、みんな中華意識が強い。嵯峨あたりの人間なんて、見下されてあたりまえやないか。私にむかい、そうどうどうと言いはなつ者もいる」
    まあ、しかし、この程度のエピソードなら、何も京都市でなくともある気がします。
    しかし、これはどうでしょう。
    著者がたまたま酒席で知り合った女が、「女も三十をこえるとおしまいだ、いい縁談がこなくなった」と愚痴をこぼします。
    そして、こう云ったそうです。
    「とうとう、山科の男から話があったんや。もう、かんにんしてほしいわ」
    経済的な水準が下がったということではありません、「地理的な条件がおちた」というのです。
    東山の山並みは洛中から眺めれば、文字通り「東側」に広がっています。
    ところが山科から見ると、「東山が西のほうに見えてしまうやないの」と女は説明したのだそうです。
    さらにさらに次のエピソードに、私は驚倒しました。
    上京のKBSホールで開かれた全日本プロレスの興行で起きた顛末です。
    宇治出身のブラザー・ヤッシーという悪役レスラーがリング上で「凱旋」をアピールしたところ、客席からブーイングと痛烈な野次が飛びました。
    「お前なんか京都とちゃうやろ、宇治やないか」
    「宇治のくせに、京都と言うな」
    たとえば、岩見沢出身で中央で活躍する悪役レスラーが札幌興行で同じ凱旋アピールをしたとして、「お前なんか札幌とちゃうやろ、岩見沢やないか」などと野次が飛ぶ事態はちょっと想像できません。
    洛中人士の何と狭量なことでしょう。
    洛中の人たちがここまでつけ上がるのは何故でしょうか。
    著者は首都のメディアが「京都特集」を組むなどして、「おだてるから」と指摘します。
    一方で大阪のメディア人は、近くにいるおかげで京都の「上げ底」のからくりを見抜いており、「安くてうまいところは大阪のほうが多いと、たいていの大阪人は思っている」とか。
    ただ、出版界も放送界も東京への一極集中が進み、大阪メディアに昔日の力はない。
    「京都へのあこがれに歯止めがかけられる大阪の存在感は、弱くなってきた」と著者は残念がります。
    僧侶と舞... 続きを読む

  • 話題になっている部分は、京都に限らず東京の山の手と下町とか、どこでも言えることかな。
    でも、「お上」「京都」を免罪符にして利用した倒幕のひとたちの存在をうまくあらわにしていたとも思います。

  • 京都に住んでる人々の妙な特権意識について書かれたもので
    その鼻持ちならなさに対する反発を踏まえてみれば
    三島由紀夫の「金閣寺」、水上勉「金閣炎上」
    あるいは川端康成の「古都」といった
    京都を舞台とする文学を理解するための助けにもなるだろう
    まあ
    肝心の、京都人の特権意識がなにに根差すものか
    それはじつのところ、日本人なら程度の差こそあれ誰でも持ってる
    島国根性なるもののローカライズにすぎないのではないか
    とも個人的には思ってるんだけど
    それはさておきこの本には、僧侶と花街の関係や
    意外に血塗られた歴史といった興味深いものが多く書かれていて
    おもしろかったです

  • おぉぉ... そうであったのか!同じ世代の同じ郷土。ひょっとしたら同じ学舎にいた時期があったかも。物知り辞典を読んだ感覚!

全174件中 1 - 25件を表示

京都ぎらい (朝日新書)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

京都ぎらい (朝日新書)を本棚に「積読」で登録しているひと

京都ぎらい (朝日新書)の作品紹介

【歴史地理/伝記】あこがれを集める歴史の都・京都! そんな古都を「きらい」と明言するのは、京都育ちで、ずっと京都に住んでいる著者だ。千年積もった洛中人の毒や、坊さんと舞子さんとのコラボレーションなど、「こんなん書いてええのんか?」という衝撃の新京都論。

京都ぎらい (朝日新書)のKindle版

京都ぎらい (朝日新書)のオンデマンド (ペーパーバック)

ツイートする