著者は、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校で犯罪学を講じる准教授で、竹内洋教授(教育社会学)の長女。竹内教授は、第6章「アメリカを『鏡』に日本の大学を考える」を執筆している。
日本の大学行政においては、英米(特に米)の大学制度が普遍的で優れていると妄信する傾向がある。しかし、日本の大学には日本の社会・文化に基づく制度が、歴史的背景の中で不完全ながらも構築されてきており、単純に米国の教育制度の「形」を採り入れれば良いというものではない。アメリカの大学の制度から学ぶ場合でも、その長年の経験と精神と現状(裏側)を学ばなければならない。取り分け、日本では欧米と異なり、企業と大学との連携・信頼の欠如が大学改革を阻害する要因となっていることは「重要な相違」である。
本書は、「大学改革の時代はますます大学経営陣の才覚が問われる時代」にあって、アメリカの大学事情を知る第一歩として、貴重な情報を与えてくれる。
特に印象に残った点を以下に列挙する。
〇大学ランキングの攻略事例
ノースイースタン大学(ボストン,MA)の事例を紹介。教員数の増加、志願者数を増やすための簡素なネット出願の導入、新入生の「歩留率」を上げるための新寮の建設、大学のイメージアップを図るため、他大学学長との接触などを積極的に進めた。
〇カーネギー分類と大学評価
2014年以降、インディアナ大学教育学部の管理下にある。博士号授与大学(Doctoral Universities)約300校の中で、R1(約100校)に認定されることは、大きな名誉となる。
〇テニュア制度
本来は、政府や世論からの圧力による解雇をなくし、アカデミックフリーダム(学問の自由)を保障することが目的(1994年に定年制が年齢差別撤廃を理由に廃止されたからは終身身分保障の意味合いが強くなった)。テニュアを持つのは、アソシエイト・プロフェッサーとプロフェッサーのみ。テニュア・トラック(テニュア取得審査対象のアシスタント・プロフェッサー)に乗ってからの審査内容・プロセスが紹介されている。テニュア取得後に「枯れ木教授」にならないための「テニュア・レビュー」を設ける大学も増え、胡坐をかいていられない(世論もテニュア制度に対して厳しい)。テニュアを持つ教員の割合は減少。一方で、非常勤講師の割合が増えており、この傾向は特に州立大学で顕著である。
〇授業料高騰の要因
州立大学では、州からの財政支援金が削減されている(大学は授業料収入が得られるので、州も財政支援を減らしやすい)。公私立大学に共通する原因として、大学運営に係る管理職(高給)の増加、専門職(ITサポート、心理カウンセラー、進路相談員、法務関係など)の増加が大きい。厳しい財政事情の中で、収入確保策として力を入れているのが留学生受入れである。
〇学生ローン地獄
およそ2/3のの学生が、卒業時にローンを抱えている。2000年と比較して、学生ローンの借入総額は4倍以上に。この背景には、学費の高騰だけでなく、「高等教育法」によって、大学就学費用は政府が補助すべきもので、家庭の責任ではないという考え方が浸透していることもある。
一方で、アイビーリーグのようなトップレベルの私立大学では事情が異なる。例えばハーバード大学では基金が約4兆円もあり、アメリカの平均世帯所得(5万ドル前後)よりも多い6万5千ドルを低所得者と見做して授業料を免除するなど、授業料減免・奨学金制度が非常に充実している。
〇ホリスティック(総合評価)入学者選抜
歴史的には、アイビーリーグなどにおいてWASPなどのエスタブリッシュメントが自集団の身分防衛として他の階級や身分集団(従来はユダヤ人。最近はアジア人)を排除するように機能してきた。エリート大学に限定すると、この選抜方法で優遇されるのは、スポーツ選手が多く、続いてマイノリティー人種(大学によってはアジア系は対象外)、レガシー(当該大学の卒業生・教職員の子弟。巨額の寄付金が条件であることも)、早期決断に出願した学生、ファースト・ジェネレーション(初めて大学進学者を送り出す家庭の出身者。但し3年以内に1/3近くが退学する)である。
スポーツ選手が多いのは、大学スポーツが卒業生を含めた大学ブランドに求心力を持たせ、寄附金や志願者増に繋がり大学の収益源になるという発想による。しかし財政面でみると、高給の監督コーチ採用、遠征費、施設の維持費(大学が競技場の建設に力をれ始めたのは1920年代以降)、「タイトルナイン」という男女平等の条例のため、マイナースポーツの女子選手も確保する必要があり、「金食い虫」となっていることが多い。