ぼくのお姉さん (偕成社文庫 3241)

著者 :
  • 偕成社
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  • Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784036524105

感想・レビュー・書評

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  • 丘修三さんの障害を取り扱った短編集。
    坪田譲治文学賞、新美南吉児童文学賞、日本児童文学者協会新人賞、赤い鳥さし絵賞受賞。
    第1刷は1986年。

    ダウン症のため、17歳なのに赤ん坊のようにしかしゃべれないお姉ちゃん。そのお姉ちゃんが今日は朝からはしゃいでいて、お父さんに早く帰ってきてと伝える。
    帰宅後、家族はお姉ちゃんの指示で出かけるが――?

    ダウン症のお姉ちゃんと周囲の様子を弟の目から見つめる表題作『ぼくのお姉ちゃん』他、時に温かく、時に非情な、障害者を取り巻く人々の心の機微を描く物語。全6編。

    表題作の『ぼくのお姉さん』は、心温まる話だった。
    出かけようというお姉さんの意図に気づいた時、ぼくの両親と同じく、涙がこみあげてくる。
    しかしこの話は、お姉さんの給与袋の中身を知らせることで、いい話だけで終わらせない現実味を読者に与える。一ヶ月毎日働いた給与の額に愕然とした。これは、30年前だから?それとも今でも?
    給与のお札はお父さんが入れ替えたのかな?ここの描写が少しわかりにくかった。

    『歯型』では、「ぼく」を含めた小学5年生三人は、ある時偶然通学路で出会った体に障害を持った少年に足を引っ掛けて転ばせるという悪ふざけを始める(犯罪です)。悪ふざけはエスカレートし、少年を探し出して、公園に追い詰め、暴行を与える。少年は怒り、ぼくの友人のふくらはぎに強く噛み付き、大騒動になる。友人に噛み付いた少年は非難されるが、少年はしゃべることが出来ず…。

    とても胸糞悪い話。そして、重く受け止めるべき話。
    こんな民度の低い小学生、令和にはおらんやろと思って家族に聞き取り調査をするが、夫には「障害者に対する眼差しは昔と今で変わっていない」と言われてしまうし、息子には、そんなことを思いつく友だちもいるかもしれないし、自分もその場のノリで「やめよう」とは言わないと思うと言われてしまう。
    自分的には、障害を持った人を見つけて、悪事を働こうという人の気持ちが全然わからないし違和感しかない。
    そこは度外視して、友人の嘘を、自分にも都合がいいし、勝手に友人を裏切るわけにはいかないし…ということで隠蔽し続けるぼくの気持ちはわかってしまう。
    ぼくの心の中には、あの時の歯型が残り続ける。
    ぼくにきちんとした道徳心と良心があってよかった。
    今は、いじめで人を自殺に追い込んでも、何の反省心もないという人もいるみたいだし…。
    …あれ、やはり時代で民度など上がっていないのか。
    障害を持った少年がひたすら不憫。養護学校の先生がきちんと信じてくれる先生でよかった。

    『あざ』は、知的障害のある6年生の久枝のところに、公子ちゃんという3年生の女の子が遊びに来ると、久枝の体に青あざが出来ているという話。公子ちゃんは久枝のすごいところ(すごく遠くからでも飛行機やヘリコプターが来ると誰よりも早く分かる、いつまでも忍耐強く電車を待つことができる等)に気づくが、相変わらず久枝に青あざを作り続ける…という私にはちょっと意味わからん話だった。お母さん、寛容すぎん?私だったら、いくら公子がいじめられているとは言え、自分の娘が傷つけられていたら許せん。

    『首かざり』は、転校生の朗が、修学旅行などでいつも女物のアクセサリーを買っていたので、女装が趣味と言われてキモがられているが、朗が転校して行ってからわかったことには、朗はそのアクセサリーを近所の重い障害を持った少女にプレゼントしていたという話。
    この話はLGBTの本を読んだ後だったので特に描写に時代を感じた。今だったら、朗が自分のためにアクセサリーを買っていたとしても別にいいんちゃう?と言いたい。
    「朗くんは女装趣味の変なやつじゃありませんでした、ちゃんちゃん」という終わり方では、各方面から非難が出そう。

    『こおろぎ』は『歯型』と並んで、考えさせられる話。
    ぼくと妹が空き地で花火をしていると、いつも近所の障害のある智くんもやってきて、一緒に花火をする。
    ある時、空き地で火事が起こり、近所の人と総出でやっとのことで消火をすると、そこには花火を持った智くんがいた。智くんのお母さんは、智くんにはライターをつけることは出来ないと言うが…。
    『歯型』と同じく胸糞展開で終わったらすごく嫌だと思ったが、お父さんが最終的にちゃんとした選択をしてくれたからよかった。ただ、決して後味はよくない。

    『ワシントンポスト・マーチ』は唯一、主人公が障害者本人の作品。
    脳性麻痺で四肢不全のたけしは翌週に姉の結婚式を控えている。同じく脳性麻痺でしゃべることが出来ない友人の美雪は、週末に兄の結婚式がある。美雪の兄の結婚式の翌日、美雪はとても荒れていた。兄の結婚式にでることが出来なかったのだ。美雪をバカにしていたたけしだったが、だんだんと美雪が不憫になってきて…。

    自分の親戚に障害を持った人はいないのだが(多分)、結婚式にでるということはそんなに難しいことなのだろうか。
    文中にもあるが、恥ずかしいと思う人間の人間性の方に問題があるのではないか?脳性麻痺のある兄弟を隠しておきたいなんて、それこそ昭和前期の感覚ではないかと思ったのだが、果たしてどうなのだろうか。


    いつも、なるべくネタバレをせずに感想を書こうと思っているのだが、今回に関してはだいたいあらすじを言ってしまっていますね。
    短編、どれも面白かったです。
    読みやすいし、妙な忖度もなく、障害者を取り巻く環境にすっと入っていける。
    著者の丘修三さんは、長く養護学校で教員をされていた方だそうで、現実を踏まえて物語を綴っているということ、障害者とそうではない人の両方にきちんと比重を持っている点に、この物語の強さを感じた。
    知的障害を知恵おくれと書いていたり、また全体的な空気感にも昭和の雰囲気を感じるが、テーマとしては普遍的なものなので、現代で読んでも感じ入るところは変わらないのだと思う。
    私は、障害者を取り巻く環境は、昭和と令和では変わってきていると思っていた。学校現場でのあり方も、障害のある児童への補助は、昔に比べると丁寧であると思っているのだが…。障害者と接する仕事をしている夫は、変わらないという。
    変わらないのならなおさら、この作品はまだまだ多くの人に読まれるべきだと思った。
    小学生がおよそ手に取らないであろう表紙とテーマだが。

  • 丘修三の代表作で評価が高く、大抵の学校図書館にはあるが、子どもが借りない本。
    多分表紙絵の地味さ、タイトルの地味さでまず読む気をなくし、内容は「障害者の話」と知るともっと読みたくなくなるという構造。正直言って「ゾロリ」や「マジックツリーハウス」の洗礼を受け、「若おかみ」や「怪談レストラン」を児童書の王道と思っている子どもには敬遠されるのは仕方ない気もする。
    この本を「障害者の子どもとそのまわりの子ども」の物語とするから道徳の教科書みたいなイメージになっちゃうのよ。「歯型」「こおろぎ」なんて、障害の有無を越え(大人も含む)人間の弱さを描いた作品だと思う。
    障害者とどうかかわるか、という発想自体が差別的で、ここには「人間と人間」のふれあいが描かれているし、だからこそ価値がある。
    ぜひ表紙にカバーをかけて(いや、読んでみればいい挿絵なのだけど、アニメ調の絵が好きな子は絵で決めるから)「歯型」を大人が読んであげたらどうかな。
    これは本当に普遍的な話なんだよ。

  • 5年ほど前に一度読んでいますが、再読です。

    障害者をテーマに扱った作品はたくさんあると思いますが、
    それらは筆者の気持ちが障害者寄りになりがちです。
    この作品は健常者と障害者の中立的なポジションで書かれており、
    斬新な角度から障害者を捉えているように思います。

  • 私自身、特別支援学校教諭を目指し、実習やボランティアを通して知的障害や脳性麻痺のある子どもたちと関わる経験をしてきたので、最終章の「ワシントン・ポストマーチ」を読んで胸が苦しくなりました。子どもたちが、言葉にならないけれど感じている障害者であることの苦しみをもっと理解しなければいけないし、障害を受け入れる温かい世の中になってほしいと望むお話でした。
    6人の主人公の短編集、感情移入してあっという間に読みました。「ぼくのお姉さん」「首かざり」も心に響きました。

著者プロフィール

【丘修三・作】  1941年熊本県生まれ。「ぼくのお姉さん」で児文協新人賞、坪田賞受賞。「少年の日々」で小学館文学賞受賞。

「2015年 『おばけのドロロン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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