文系学部解体 (角川新書)

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著者 : 室井尚
  • KADOKAWA/角川書店 (2015年12月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784040820514

文系学部解体 (角川新書)の感想・レビュー・書評

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  • 地方国立大学の内部にいる筆者による陳情・意見の本なので、極端な例やかなり怒りに満ちた言も見受けられる(評価アンケートや手続き合理性など)。

    が、それをさしひいても、国の政権・行政方針が変わるたびに振り回されてしまう国公立大学の不憫さ(人手不足なのに学部新設させられたと思いきや早々に廃止だの、形式的事務作業圧迫だの、民間の経営手法に倣えだの・・)がうかがえる。

    人文系学問は短期的に役に立たないからと軽視すべきでないし、知の多様性をいかに守るべきかは大きな問題だ。
    まさに、哲学や文学に潜む文脈や歴史から、現世の常識を疑い、新しい問いを立てるための知なのだ。

  •  2015年6月8日付けの文科省通達「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」は、「文系軽視」と大きな反響を呼んだ。「大学は社会が必要とする人材を育てる必要がある」というのがこの趣旨らしい。
     国立大学に限らず、社会全体に「競争原理」が導入され、常に「成果」を求められ、「役に立つ」かどうかということが価値尺度になっているように感じる。
     そのような流れの中で、教養的な学問の優先順位が低くされ、大学が本来持つ「自由の知」が失われつつあることに、著者は警鐘を鳴らしている。教養(Liberal Arts)とは、文字通り「自由な芸術」である。
     さて、福沢諭吉の「学問のススメ」の中では、「実際に生かせる学問」として「実学」を勧めているが、それは、①読書をする、②観察する、③推理する、④議論する、⑤文章を書く、⑥演説をする という6つの行動である。その観点から見れば文系・理系も同じではないかと思った。
     教養は、すぐに役に立つ「特効薬」ではないが、卒業後の社会生活の中で、じわじわと効いてくる「漢方薬」のようなものではないかと思う。

     

  •  著者は、問題の文科省通達「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」(2015.6.8)以前から「廃止」が申し渡されていた横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程長。件の通達のみがクロースアップされるが、文科省による高等教育政策の矛盾と迷走を1990年代に遡るかたちで解き明かしていく。
     「大学院重点化」以降の世代としては、やや旧国立大学・旧教養部的な「文化」へのノスタルジーが強すぎるのではと思う部分もないではない。だが、(1)文科省の現在の統制的な大学政策の起源が国立大学の「独立法人化」をきっかけとしていること、(2)「学長のリーダーシップ」論の内実が、資本=国家に対する隷属と大学(学術)の自律性の剥奪であること、(3)経団連による大学文系擁護の声明は「出来レース」の疑いが濃厚であること、だから(4)「人文系は役に立つ」という正攻法で攻めてもムダであることなど、基本的な論点は大いに賛同。なにしろ相手は、文脈と歴史を無視した「意味」の争いを仕掛けてきているのだから、その土俵には乗らずに、きちんと文脈と歴史を踏まえた批判の論陣を立てるべき、というスタンスにも共感できる。

     教育問題の難しさは、専門家以外のほとんどが「自分の経験」からしか語らない/語れないことにある。大学の「擁護」の議論をする側も、その教員が所属する大学の社会的な位置づけ、学内的な立場、学会/学術界に対するスタンス、所属する分野の学術界の中での配置、世代、ジェンダー等の変数によって、見えている風景はまるで違ってしまう。だからこそ、筆者のような現場で実践を重ねてきた教員たちが、それぞれの現場で見えている風景をもとに語ることで、現場の声を複数化していく努力が必要なのだと思う。

  • あっはっはっは。
    つい声に出して笑ってしまった。室井尚さん。すいません、今まで存じ上げなかったのですが、横浜国立大学の先生なのですね。(内田樹推薦、が目を引いた)うわー、言うべきことを言ってるなーと、楽しくなりました。

    国公立大学から文系学部がなくなる、とメディアがざわついたことは比較的記憶に新しい。で、ここにこんなに憤っている方がいらっしゃったわーと思って嬉しかった。

    12月22日付の朝日新聞、鷲田清一の折々のことばにはこう書いてあった。
    「死ぬとわかっていてなぜ人は生きていけるのか。その根源的な理由を考えるのが、文学部というところです。大宅映子」

    これを見せてもらったとき、しみじみそうだなあと感じたし、これを載せた鷲田清一の思うところにも共感したのだった。

    学問とは使えるか使えないか、便利か不便か、そんな選択でははかれない「知へのアプローチ」だと思っている。
    筆者の言うように、ものをどう見るか、考えるか。本当はそういう所に楽しさがある。

    でも、訳の分からない名前のナンデモアリな文系学部とか、就職が厳しいものだからコーディネイター化してみたりとか、ともすれば資格取得で釣ろうとする高級専門学校化とか。
    学問からずっと離れたアプローチに切磋琢磨してきた大学も沢山ある中で、生き残るってどうしたいの?とも思わなくもない。

    つまり、それが学生のニーズなら、それが国や産業界のニーズなら、って簡単に切ってしまえる大学も少なくはないのかもしれない。残念だけど。

    筆者のような方が声をあげることで、文学部が単に軽視された末に消えてゆくのではなく、文学部が希少であることで本来的な意味で確実に生き残れば良いのにな。

  • 横浜国大の先生が近年の国立大学への文科省の方針を容赦なく斬る。痛快であるものの、実際にこの方向へ国が進んでいるということは憂慮すべき状態なんだ!「国家や企業に奉仕する人材を育てるのではなく、人間を育てる」とは全くその通りで、分かり易い文科省批判の言葉だろう。「人類が長い時間をかけて蓄えてきた文化や藝術、思想や哲学、自国や他国の歴史に愛着も興味ももたず、ひたすら株式会社化した大学や社会に自分を最適化させ、ただ自分の人生をグローバル資本主義におけるさまざまな課題解決だけに捧げる学生しか育てない」とはその通りである。大学における理系重視はその方向を助長させているに違いない。国立大学の学長に理系が増えてきたことも繋がってくる。世界の大学ランキングは理系のことでもある。物事を深く考える文系の軽視は物事を考えることを衰えさせる方向にあることは間違いない。「大学設置基準の大綱化」という用語はよく目にしたが、自由化のこと、つまり、ざっくりさせた!それだけ大学の質は低下したということになるだろう。

  • 以前、娘の受験のために、いろんな大学のカリキュラムを調べていたことがあった。その中に、ずいぶん面白い取り組みをしている大学があり、ここなら、学生も自分の興味を深く掘り下げて勉強できるだろうと思ったのだが、次年度でその課程がなくなる、と書いてあり、残念に思ったものだ。
    この本は、ちょっと前に話題になった本で、やっと手にとってみたのだが、読み進めていくうちに、まさに、ここに書かれているのが、私が以前見つけた大学のことだったとわかり、大変驚いた。よい教育をしていても、問答無用でつぶされるなんて・・・。
    今、大学は本当に難しい局面にきている。大学で働いているので、内情はよくわかる。この本を読んで、「まさにそのとおり!」と思う人もいるだろうし、「何を甘いことを・・・」と思う人もいるだろう。どちらにも一理ある。でも、やはり、大学は、「今すぐ役に立つ勉強」だけをするところであってはいけないと思う。今の社会の枠組みの中でしか通用しないことだけしか知らなければ、これから何が起こるかわからない未来に対し、有効な対策も打てなければ、見たこともない素敵な世界を作ろう、というような意思が生まれることもないだろう。世の中の、様々な価値観を知り、相対的に自分の立ち位置を見つめることができなければ、異質なものを排除する方向でしか物事を考えられなくなるだろう。今すでに、あちこちでそういう事例が増えてきつつあることを感じてしまう。
    とはいえ、多分まだできることはある。この本の最終章も希望を残して終わる。あきらめない人が居る限り、なんとか持ちこたえるだろうし、もしかすると、大学が、大学という場を超えて、違う形で知を守っていくことになるのかも知れない。そういう「余地」がない社会は、息苦しいばかりだ。

  • 必要でなくても神学部や学科を作るとお金がもらえる。環境、情報、国際とかの学部はどれもうまくいってない。結局文理融合なんてできない。どこもかしこも破綻している。
    大学の先生はたこつぼ化しており、それが改善されることはない。隣の先生が何をやっているかなんて興味ない。
    大学の受益者は学生ではなくて、社会や国といった共同体。

  • 大学改革の問題点をストレートに記述。若干のバイアスも感じなくもないが、よくまとまっていると思う。

  • 某国立大学で客員教授をやったことがあるので,大学の教官と話す機会があり,「手続き型合理性も基づく余分な仕事」が山のようにある実態を垣間見た経験がある.諸悪の根源は文科省の官僚たちだが,大学としてお金を絞られることは嫌なので,しぶしぶ対応している.無駄なことだ.文科系学問に存在する「隙間」や「ノイズ」の重要性を,少なくとも一定数の大学教官が認識していることに安堵しているが,それらを無視するような政策を押し付ける行政の力を打破する手段の構築が必要だと痛感した.

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文系学部解体 (角川新書)の作品紹介

文部科学省から国立大学へ要請された「文系学部・学科の縮小や廃止」は、文系軽視と大きな批判をよんだ。自ら考える力を養う場だった大学は、いつから職業訓練校化したのか。

教養を身につけ、多様性を受け止める場だった教育の現場が新自由主義の波に晒されている。競争原理が持ち込まれ、その結果もあいまいなままにさらなる効率化が求められ、目に見える成果を求められている。そもそも教育の成果とはなんなのか。すぐに結果が見えるものなのか?

著者は、この問題が静かに、そして急速に進められつつあった当初から問題を指摘してきた現役の大学教授。「中の人」として声を上げたブログは、10万アクセスにも及んだ。著者が所属する学科は、今回の要請で一方的に「廃止」を宣言されている。1990年代に当時の政策で新たに創設された新設学科だったが、教員たちの尽力もあって、いまや受験生に人気の学科となっていた。にもかかわらず、一方的に廃止が告げられたのである。

その決定に率直に憤り、今や瀕死といっても過言ではない教育の現場を嘆きながらも、大学の存在意義を感じ、希望を見出そうとする著者。大学への希望を見出そうとする思いにあふれた渾身の書。

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