昭和二十年夏、女たちの戦争 (角川文庫)

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  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041003824

作品紹介・あらすじ

近藤富枝、吉沢久子、赤木春恵、緒方貞子、吉武輝子。太平洋戦争中に青春時代を送った5人の女性たち。それは悲惨な中にも輝く青春の日々だった。あの戦争の証言を聞くシリーズ第2弾。

感想・レビュー・書評

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  • 所謂「銃後」であった女性たちの証言。
    取材された当時(もう亡くなられた方ばかりになってしまったが)、それぞれの分野で名を成した方ばかりであるためか、裕福な家庭に生まれた方ばかりのためか、予想より悲惨ではないな、と緒方貞子さんまでは思っていた。
    が、最後の吉武輝子さんでガツンときた。
    多分、この本を読んだ人はみんなそうなんじゃないか。
    想像を絶するほどの経験。奪われたのは肉体ではなく「幸せになろうとする意志」だった、と。この壮絶な体験が吉武さんの人生にどれだけ大きな影響を及ぼしたかと思う。
    著者がつらい経験をプラスに転化できたように見えると吉武さんに言ったあとの言葉も忘れ難い。
    戦争中に行った教育を悔いる女性教師の姿も。

    緒方貞子さんは裕福なだけでなく非常に知的な家庭で育ち、その教養、賢さ、行動力を難民支援などに使った。これを名家のお嬢様で恵まれていたからとやっかむ人もいるが、本来こうあるべきでは。
    吉武さんのように生きる気力を失うほどの経験をせず、社会的弱者支援に能力を使う。
    これこそ理想的な生き方であるように感じた。
    吉武さんの最後の言葉を実践したのが緒方貞子さんであるように思える。
    こんな経験は誰もしないほうがいい。
    しかし、今も同じ経験をしている女性がいることを忘れずにいたい。

  • わたしが一番きれいだったとき、わたしの国は戦争をしていた。『昭和二十年夏、僕は兵士だった』の著者が描く。10代、20代の女性たちの青春。

    目次
    ・実らないのよ、なにも。好きな男がいても、寝るわけにいかない。それがあのころの世の中。それが、戦争ってものなの。(近藤富枝)
    ・空襲下の東京で、夜中に『源氏物語』を読んでいました。絹の寝間着を着て、鉄兜をかぶって。本当にあのころは、生活というものがちぐはぐでした。(吉沢久子)
    ・終戦直後の満洲、ハルビン。ソ連軍の監視の下で、藤山寛美さんと慰問のお芝居をしました。上演前に『インターナショナル』を合唱して。(赤木春恵)
    ・はじめての就職は昭和二〇年春、疎開先の軽井沢。三笠ホテルにあった外務省の連絡事務所に、毎日、自転車をこいで通いました。(緒方貞子)
    ・終戦翌年の春、青山墓地で、アメリカ兵から集団暴行を受けました。一四歳でした。母にだけは言ってはいけない。そう思いました。(吉武輝子)
    ・薔薇のボタン―あとがきにかえて

  • 「梯久美子」のノンフィクション作品『昭和二十年夏、女たちの戦争』を読みました。

    先日、「青島幸男」の『人間万事塞翁が丙午(にんげんばんじさいおうがひのえうま)』を読んで、戦時下を過ごした女性の実際の姿を知りたくなったんですよね。

    「梯久美子」作品は昨年の夏に読んだ『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』以来ですね。

    -----story-------------
    妻でもない、母でもない、女として戦時下を生きた5人の女性の証言!

    人生で最も美しい時を戦時下で過ごした5人の女たち。
    作家「近藤富枝」、評論家「吉沢久子」、女優「赤木春恵」、元JICA理事長「緒方貞子」、作家、評論家「吉武輝子」。
    明日の見えない日々にも、青春の輝きがあった。
    妻でもなく、母でもなく、ただの若い女性だった彼女たちは、あの戦争をどのように生き抜いたか。
    大宅壮一ノンフィクション賞受賞の作家が綴った、あの戦争の証言を聞く、シリーズ第2弾。
    -----------------------

    『人間万事塞翁が丙午』の主人公「ハナ」よりは10歳~20歳くらい若い世代… 10代~20代で終戦を迎えた五人の女性の証言を「梯久美子」がノンフィクション作品としてまとめた作品です。

    一人ひとりの女性の体験が、以下の五章構成で描かれています。

     ■実らないのよ、なにも。
      好きな男がいても、寝るわけにいかない。
      それがあのころの世の中。
      それが、戦争ってものなの。
      (近藤富枝)

     ■空襲下の東京で、夜中に『源氏物語』を読んでいました。
      絹の寝間着を着て、鉄兜をかぶって。
      本当にあのころは、生活というものがちぐはぐでした。
      (吉沢久子)

     ■終戦直後の満洲、ハルビン。
      ソ連軍の監視の下で、藤山寛美さんと慰問のお芝居をしました。
      上演前に『インターナショナル』を合唱して。
      (赤木春恵)

     ■はじめての就職は昭和二〇年春、疎開先の軽井沢。
      三笠ホテルにあった外務省の連絡事務所に、毎日、自転車をこいで通いました。
      (緒方貞子)

     ■終戦翌年の春、青山墓地で、アメリカ兵から集団暴行を受けました。
      一四歳でした。
      母にだけは言ってはいけない。
      そう思いました。
      (吉武輝子)

     ■薔薇のボタン ― あとがきにかえて


    戦中から戦後にかけて、価値観も環境も大きく変化する中、辛い体験を経て生き抜いた証言は、生々しく、そして共感する部分も多かったのですが、、、

    女性の証言を女性がまとめた作品ということもあってか、感情移入するというところまでは至りませんでしたね。


    でも、戦時下を生きた女性の喜びや不安や悔しさには強く共感できたし、そして戦後を前向きに生きようとする逞しさには学ぶべきものが多いと感じました。

    そして、これまで具体的なイメージが湧かなかった、戦時下におけ市井の市民の生活、の銃後の生活が、少し鮮明になりましたね。

  • カテゴリ:図書館企画展示
    2019年度第5回図書館企画展示
    「追悼展示:緒方貞子氏執筆本等」

    展示中の図書は借りることができますので、どうぞお早めにご来館ください。

    開催期間:2019年11月1日(金) ~ 2019年12月23日(月)
    開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース

  •  ザッピング回避の備忘記録。

     まず、本書のスタイルの如き極少数の(特異な)例をもって、事象を一般化する愚は避けたい。

     赤木春恵(終戦時21歳)は慰問劇団の舞台女優として満州各地へ。終戦時はハルピン在。ちなみにあの松竹新喜劇の藤山寛美も同地におり、戦後は共に、進駐していたソ連兵慰問のためインターナショナルを詠唱していた。

     吉武輝子は終戦時14歳。青山墓地での米兵の蛮行。

     緒方貞子は終戦時には軽井沢在。外国人の強制疎開地で、語学力を錆びつかせないための親の配慮。見事。

  • P269
    戦時中、戦後の激動期を実話からもっと悲惨な情景が読みとれる。

  • [青春の必死]戦時中の女性の遺品の「美しさ」に心奪われた著者は、先の戦争において男性の影に隠れてしまいがちな女性の生活に興味を覚える。その結果、緒方貞子や赤木春恵らに対して行われた、戦時中に青春を送った経験を持つ5名の女性とのインタビューを基にした作品です。著者は、本書の執筆をきっかけとして、女性と戦争というテーマで語ることも多くなったという梯久美子。


    例えば「銃後」という言葉に代表されるように、「男性を前面に押し出した上での」戦時下の女性というテーマの作品は過去に多く著されてきたと思うのですが、上記の「」部分をなくした女性の実像に迫ったという点で大変に意義深い作品だと思います。どなたのエピソードも非常に詳細であるが故に当時の生活を追体験することができますし、同時に普遍的なメッセージを携えているように思えます。


    戦後かなりの時間が経過してから振り返っているということが一因にあるのかもしれませんが、それでもどなたも戦中・戦後を通して前向きな姿勢を失っていなかったというところに感動を覚えました。前向きにしてくれる要素は希望から怒りまで人によって異なっていたようですが、それでも顔を下げないようにしようと努めたところに、時に郷愁の対称となる戦後を生きた個々人の強さの理由が秘められているように思います。

    〜戦時下にも青春の輝きはあった。ただしそれは無条件に与えられたものではない。明日の命も知れない中で、それでも明るく生きようという意志に支えられた輝きであった。〜

    著者はご自身で本作を地味と評していますがとんでもない☆5つ

  • こういう本を読みたかったんだ、と思いました。

    戦争を題材にした本はたくさんあるけど、確かにそのほとんどが女は脇役。
    夫や息子を戦争に取られ、戦死してしまって悲しむ役どころが多かった。
    確かにそういう女性は当時たくさんいたのだろうけど、普通の若い女子は当時どんなことをして、何を考えていたのかにも興味がありました。

    本の構成の良さもあると思いますが、一気読みでした。

    みなさん、戦争からもう何十年も経っているからなのでしょうが、「お隣の○○さんが死んで……」みたいなことを淡々と(文字だけだとそう思ってしまう)語っておられるので、それがもう戦争というものの異常さを物語っているなあと思いました。
    私、今までの人生振り返って、そんな風に語れる話ないもの。

    近藤さんが「戦争はじわじわ来る」と語っているのを読んで、怖くなりました。
    今の日本がその「じわじわ、じわじわ」に当たらないとは言えない気がして。

    あと私は、家で仕事や編み物なんかをするときに、録画してある「渡る世間は鬼ばかり」を観ながらやることが多いので、赤木春恵さんの話が聞けたことが嬉しかった。
    嫌な姑役がうまいこの女性も、そんな大変な経験をしてこられたのかと思うと、見る目が変わります。

    みなさん、当時のことをすごくハッキリ覚えているけど、それはあまりに強烈だったからだと思う。
    戦争を体験した方、そして被災した方と比べるのはおこがましいけど、私も東日本大震災が起こった日のことは、今でもハッキリ覚えていて、聞かれれば昨日のことのように話すことができる。
    戦争って、そういう日が何日も何日も続くってことなんだ。

    三浦しをんさんの解説もよかった。

  • (2014年 9/9三読)

    (2012年 8/19了、9/14二読)

  •  『昭和二十年夏、僕は兵士だった』は、現在著名な5名の男性の戦時中の体験談だったが、こちらは現在著名な5名の女性の体験談。それも、兵士の母、妻、娘という立場ではなく、当時10代20代の独身だった方たち。

     著者も書かれているけど、銃後の生活の話なので、戦地の体験談と違い、目を覆いたくなるような無残な場面は少ない。
     それでもやはり、戦争の恐ろしさはヒシヒシと感じる。
     むしろ、自分は今のままの制度であるなら、性別的にも年齢的にも戦地へ行く事はまずないので、成る程、ひとたび戦争が起これば、自分たちの生活はこうなるのだと、その恐ろしさをより具体的に感じた。

     当時NHKのアナウンサーをしていた近藤富枝氏の話の中で、終戦後数日経った頃、局内で「戦地から男性放送員が帰ってくるから、女子の放送員は辞めて職場をゆずれ」という声が出たというくだりがある。
     これを読んで思い出したのが、アメリカ映画の『プリティ・リーグ』。野球選手たちが皆兵隊に取られてしまい、プロ野球の運営が難しくなってしまった。その為に作られた女子野球リーグの選手たちの、実話を元にしたストーリー。
     国力の差を感じる話ではあるけど、彼女たちもまた、戦争が終わる頃になると、オーナーたちに「男の選手が帰ってくるから、女子リーグはお役ご免、女子選手たちは台所へ帰せ」と言われてしまう。
     それからもう一つ、『硫黄島からの手紙』で、亡くなった米兵の所持品に故郷の母親からの手紙があり、それをバロン西が翻訳しながら読み上げる。周りで聞いていた日本兵たちが「自分たちと何も変わらない」と感じるシーンも思い出した。

     他にも色々な印象に残る出来事、言葉があったけれど、一番衝撃を受けたのが吉武輝子氏の話の中の「本当の民主主義教育がなされたのは、敗戦から朝鮮戦争まで」という言葉。朝鮮戦争以降は、軍国主義時代とはまた違った形の管理教育に変わって行ったと。
     確かに世の中どんどん管理社会になって行くよな、という印象は常に持っているけど、そうか、もう私が生まれた時には「本当の民主主義」ではなくなっていたんだと思ったら、えー、じゃあ今までの自分て何だろうという気持ちがした。
     吉武氏が言う「本当の民主主義」ではなくても、一応「民主主義」の中で育って来た私が、「本当の民主主義ではない」というたった一言でこんな衝撃を受けるのだから、自分が今まで信じてきたイデオロギーが一瞬にして覆されるというのはどういう気持ちなんだろうと、改めて考えようと思った。

     それにしても、操縦しているアメリカ兵の表情が見える程近くから機銃掃射に狙われた、そして戦後、14歳で9人のアメリカ兵から性的暴行を受けた吉武氏の、相手をただ呪うのではなく、何故彼らはああだったのかと思いを巡らせた事、何て強い女性なのだろうと思ったけれど、氏の「心の傷などなくても、深くものを考え、勇気を持って行動する。そんな人生がよかった。そんな女性でありたかった」という言葉は心に刺さる。
     戦争に限らず、色々な争い事の原因を知ると、必ず想像力の欠如があると思う。
     悲惨な経験をしなければ何事も分からない、それでは人間である意味がない。人間には考える力、想像力があるのだから。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』、『この父ありて 娘たちの歳月』などがある。

「2023年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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