数えずの井戸 (角川文庫)

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著者 : 京極夏彦
  • KADOKAWA/角川書店 (2014年8月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (731ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041015964

数えずの井戸 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 最後に何が起こったか、自分なりには描けたけれど。
    菊が皿を数えるのは、何が起こったかわからないから、なのね。

    しかし、菊の態度はイライラするわ。バカで阿呆で無自覚に傲慢で。

  • かつて覗き小平次の一文にあれほどに救われ、今は菊の心持にしっくりと馴染む。
    変節とは面白いものだと思うし、こうして言葉として読まなければそれに気づかなかったりするのだと振り返ると、私はどんどん莫迦になっていくような気もするし、「満たされてはいけない」のだろうと思ったりもするのだが、まあそれは本心かといえばきっと然うでもなく。

    さて、空でも眺めていようか。

  • 読むんじゃなかった。
    言ってもしょうがないことを、くどくど言う。
    考えてもしょうがないことを、くよくよ考える。
    こちらまで、物語に取り込まれて、神経を病みそうだ。
    読み始めた以上、最後まで読みたいと思うが、ぐじけそぅだ。
    とりあえず、最後まで読んだけど。
    かなり辛かった。
    小説は、読む時期がある。
    この本は、今じゃなかった。

  • 京極さんお得意のバッドエンドだなあと思った。
    久々に700ページ超えの本を読んだのでもっと時間がかかるかと思ったが数日で読み終わった。


    真相は全て井戸の中に落ちてしまったのかな。
    でも、それでいいのだろうな。
    関わる人間が集まって、崩れ始めてからは早かった。

    このシリーズの中では嗤う伊右衛門が一番好きです。

  • なかなか進展しないから途中で投げ出し、数ヶ月後に再びスタート。

    数ヶ月空いたけど、読み始めると人物像を案外覚えている。筆者の描き方がうまいんだろう。

    そして、後半からゆっくりした歯車が急速に回り出し、すべて壊れた。

    ずっとゆっくり回り続けられたら、何も変わらずいられたかもしれないのに…

  • 2015.7.18

  • 久しぶりに読むのに随分かかった。
    でも、このくどさがこの湿度の高い全体の世界観には必要だったということにしよう、そうしよう。

    もう少し、人物が絡んでややこしーい関係性があればよかったなぁ、などとも思う。

  • 番町皿屋敷を知らないものは日本人にはいまい。女中の菊が、足りない皿を数える声が、夜な夜な井戸から聞こえるというものだ。
    しかしなぜ、を仔細に知る人はそう多くないのではないだろうか。
    皿が足りないくらいで殺されて、恨みを持つようになったのはなぜ?

    その問いかけに答えるよう、よく知られた結末に向かっての道筋を描くのが本作だ。
    「数える」ことに対する個々人の主張を主として章立ては進む。
    先を考えすぎてしまい、身動きができなくなってしまうから数えたくない器量よしの菊。
    数えても数えても足りない気がする、青山播磨。
    数え切れない米搗きの三平。
    誉を数える十太夫。
    際限ない欲深さの吉羅。
    満ち溢れる遠山主膳。

    そこに家宝の皿という要素が加わった瞬間に、全ての歯車は狂う。

    途中まで、これがどう収斂するのかまったく読めない展開でわくわくしてました。
    ページ数としてはいつものごとく分厚いのだけれど、出勤時間とかの合間合間に読んでも3日くらい。
    むしろあっけなく終わってしまった印象すらあります。

    仕掛けの部分に時間をかけて、畳むところは第三者の視点からの語りで終わらせているせいか、後味はややそっけないような。
    とかく引っ掻き回すのは主膳という人物なのだけれど、彼は播磨が自分と同じでないことが許せない。羨望とも少し違う、播磨の中にある自制心や箍を壊させて、自分と同じところまで落としてやろうという気持ちだけで、引っ掻き回す。
    最後の人死にはさながらシェイクスピアのハムレット、敵味方なく死ぬ。そのときの主膳と播磨はなぜか同じに見えた、と語る徳次郎。
    個人的には、箍の外れた播磨は主膳も慄くようなばけものであってほしかったのだけれど。(家来を斬り捨てていった、というあたりがその描写かもしれないけれど)

    吉羅を誰が斬ったのか、菊を誰が斬ったのかは本編では語られない。
    播磨恋しさに縁談を妨げようと皿を隠した腰元の仙が主膳に斬られて以降、何故菊が斬られ吉羅が斬られたのかの子細は不明である。

    吉羅を斬ったのが播磨であることは恐らく確かだが、なぜそうなるだろうか。
    菊が皿を井戸に投げ入れたとして、吉羅は手打ちの罰を受けるべきだと叫ぶ。主膳が菊を斬り、播磨が吉羅を斬るだろうか。
    播磨が菊を斬っていたら、と思うとぞっとする。

    否、どちらが斬ったかはおそらく問題にはならないのだ。この時点ではすでに播磨と主膳は、同じものだったのだから。

    よく知られた怪談をアレンジする京極氏の作品の中では、「嗤う伊右衛門」が一番の出来だったように思う。
    よく出来た物語ではあるが、感情移入は難しい。

  • 長い。くどい。登場人物全員がなぜああもくどくどと考える?いっこうに話が進まない。
    道を歩くだけでなぜにああも考えることがある?初登場人物がでるたびに、場面が変わるたびに、くどくど考える人たち。人物の性格の設定や説明でその文がいるのでしょうが、くどすぎる。
    物語は、嗤う伊右衛門とあまり大差ない登場人物たちが同じような配置で同じようなことを思い、同じようなことが起こったような気がする。

  • 番町皿屋敷、本当はこんなストーリーだった!?


    と本気で信じてしまいそう

    京極ワールドで切なく悲しい物語が紡がれます
    又市シリーズです

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