翻訳百景 (角川新書)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店
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感想 : 34
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041018637

感想・レビュー・書評

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  • 翻訳家、越前敏弥さんのエッセイ。
    二〇二〇年、「なんだか日々疲れるから夢中に読書をして癒されたい」という思いからエラリー・クイーンを読み返そうと決めたとき、越前さんは「エラリー・クイーン作品の新訳をしている人」として私の人生に登場した。それまで翻訳者の名前など気にしたことがなかったが、越前さんがこの新訳にまつわるあれこれについて語るトークイベントのアーカイブ動画を見つけて視聴したらとても楽しかったので、「気になる翻訳家」としてばっちり胸に刻まれた。
    そして同じころにたまたま見つけて読んだ、『世界物語大事典』(二〇一九)というファンタジーやSFに重きを置いた文学事典の翻訳者も、偶然にも越前さんだった。この事典に収められた系統の作品が私はけっこう好きだと自覚したので、その後この事典をきっかけとしていくつかの翻訳作品を読み、楽しんだ。
    これまでなんとなく「翻訳ものってなじみにくい」という印象を少なからず持っていたのだが、そういうわけでここ最近急激に翻訳作品づいている。しかも例の動画視聴のおかげで、「そういえば今まで当たり前のように思っていたけど、ほにゃらら語で書かれたこの作品を汗水流して日本語に訳した人がいるんだ」ということを、今さらながら強く意識して読んでいる。
    と、このように、私にとっては翻訳作品を読む楽しさに目を開かせてくれた張本人である越前さんの翻訳業四方山エッセイが、面白くないわけがない。どんな仕事なんだろう?舞台裏は?修業時代は?そのさらに前史は?同業者は?といった興味がほどよく満たされ一気読み。特に印象に残ったのは、邦題の決め方(特に『夜の真義を』)、『思い出のマーニー』の超短期翻訳プロジェクト(華麗なチームプレーに感嘆、と同時にどんな仕事も肝は同じ?という親近感も)。
    誰の訳は好きだとか素晴らしいとか言えるような見巧者の域に達する日がくるかどうかはわからないが、翻訳者がいて翻訳してくれていることがなんと有難いことか!それだけで幸せ!という思いを持ってこれからも楽しく生きていけそうです。

    (それから、翻訳そのものの話ではないが受験勉強についての話も胸に刺さった。努力したという経験が大事、と。。。)

  • 例えば「自分は技術翻訳者だし文芸なんてやることないから…」と思っているようならそれは間違いである。英語を日本語に翻訳するという作業はまったく同じことだし、書き手の言いたいことを読み手に正確に伝えるという、尊い作業なのだ。そんな当たり前のことに改めて気づいた。

  • 翻訳について小難しく書かれている本かと身構えて読んだが、
    とても読みやすく、楽しみながら読むことができた。
    またそれだけでなく、濃い霧の中をさまよっているような状態の自分の心の中に一筋の道を照らしてくれたような、厳しくもあるが温かい励ましをいただけたような、そんな気持ちにもなった。
    読みながら、本の中に線を引きたくなる箇所がたくさんあった。私のように翻訳に携わりもっと上を目指している者はもちろんだが、どんな職業でもスキルアップを目指す人々にとっても指南となる箇所が多くあったのではないかと思う。
    私自身、英文科出身なのですが、学生の頃読んだ、というか、読まされた古典文学はどれも難解で(笑)いや、きっと私の読解力が悪すぎただけなのだろうけど。。。それ以来海外文学は避けて通る羽目となった。
    しかし越前氏の訳書「ダ・ヴィンチ・コード」を読んだことがきっかけで、海外小説にも手が伸びるようになった。
    言葉の力って偉大だ。選んだ言葉ひとつでその作品の良し悪しに影響する。読者の心にどれだけ響くかも変わってくる。読者をその作品の世界へと誘い魅了できる文芸翻訳という仕事ってやっぱり素敵だな。

  • またまたおもしろかったーっ!
    途中、マーニーを読むために中断したけど、マーニーも含めてほぼイッキ読み。

    今回は英文読解のテクニック指南本ではなくて、翻訳者としての日常および翻訳業についてのエッセイ。
    やっぱり修行時代の話は感動するなぁ。
    全力で頑張る人の話は、それがどんな職業の話だろうとおもしろいものだけれど。

    すべての章が興味深かったけれど、一番印象に残ったのは東江一紀さんについての章。
    何に驚いたって、「センターピース」という作品の冒頭、"ハートリンゲン家の大黒柱" の訳!
    英文を読み、4人の訳例を見た瞬間、うおぉぉぉ! これすごい!と東江さんの訳に身体が震えた。この人の訳だけが、カラー映像つきに見えたよ・・・
    (でも、東江さんのすごさを一番わかりやすい形で紹介できる越前さんも相当スゴイと思ったが)

    東江一紀って記憶にないなぁ、たぶん読んでないんだろうなぁ・・・と思ったけど、マイケル・ルイスを訳されている方なのか! 納得。
    いい訳だと、読んでいる時、訳のことなんてまったく考えないものです。

    以前、本屋で洋書が500円くらいで叩き売られていて、マイケル・ルイスを見つけたので、買おうかどうしようか迷ったけど、「いや、あの人のは日本語版で読む方がいいな」と思って買うのをやめたんだった。
    そうかー、読書量が全然多くない私でも、やっぱりしっかり恩恵は受けているんだなぁ、と感動した。

    越前さんの本を読んでいると、外国文学がどんどん読まれなくなっている、という危機感をすごく感じられているのが分かる。
    私はむしろ日本の小説を読む方が苦痛に感じる方なので、「世間ってそうなのかー」とぼんやり思った。
    外国人の名前が覚えづらい、とかよく聞くけど、全く理解不能な感覚だわ。日本人の名前だろうと外国人の名前だろうと、いっぱい出てきたら覚えにくいし、少ないと普通に問題ないのは同じじゃないのかと言いたいが・・・
    あ、でも、高校の世界史の名前は憶えづらかったなぁ。ああいう感覚なのかな?

    たぶん生まれた時代のせいもあるのかな。
    私の子どもの頃、家にあった児童書って、圧倒的に欧米のものが多かったような気がする。たくさん買ってもらえなかったから、同じ本を何度も何度も何度も何度も・・・子供ならではの狂気に近いリピーティング。

    それはさておき、越前さんはただ危機感を感じて憂いているだけでなく、裾野を広げるいろんな活動をされていて、そういう点でもとても尊敬した。

  • 翻訳がますます楽しく感じられる。越前先生の膨大な勉強量と調査に感服するしかない。

  • 翻訳家がどのような点に気を配り、翻訳を仕上げているかがよくわかった。
    わかりやすい訳文はもちろんだが、柔らか過ぎる日本語ではかえって外国の雰囲気を台無しにしかねない。
    そのため、わざと歯ごたえを残し、未知の世界を感じてもらう。
    最終的には翻訳者の裁量で、咀嚼し、異言語に移し替えるのだが、原文の雰囲気は感じてもらいたいので、長文派の文章を切り刻むようなことはしない。
    細部にも気を配るべきだが、忠実でありすぎれば全体を見失う恐れがあるので、広く見渡す視点も重要だ。「ゆっくり読み込んで、さんざん迷いながら訳語をひねり出す」、これが翻訳家の「日々の仕事」なのだ。

    東江さんの業績でも触れられているが、翻訳の作業は、原書に関係する分野の調べ物が非常に多い。
    あまりに門外漢だと分からないところは監訳者に丸投げする訳者もいるかもしれないが、苦労して長く深く調べた経験は、訳文にきっと現れる。
    東江さんの凄いところは、特定の作家だけの文芸翻訳だけでなく、政治から金融に至るまでの幅広いテーマのノンフィクションを次々に手がけていたところだった。

    いまやTVで引っ張りだこの林修先生のように、予備校出身の人がマルチに活躍する姿を見ることが多いが、本書の著者も元講師で、講演や教室、ネットなど多方面で発信を続けている。
    いまでは受験参考書の指南役も務める元外交官の佐藤優氏や、かつて塾の講師でも成功していたと思うと語った養老孟司氏など、こうした方面に親和性の高い人に共通しているのは、その道の専門分野について門外漢にもわかやすく解説し伝える能力と、学習の取り組み方に対する並々ならぬ自覚の強さだろう。

  • 再読。ある翻訳講座の参考書だったので、久しぶりにリアル本棚から取りだして読んだ。翻訳者のひとりとして「名訳」に憧れるが、ある訳が「名訳」と呼ばれるのは、その裏にある膨大な知識の蓄積と緻密な訳出作業あってこそのものだということがわかる。同著者の「日本人なら必ず…」シリーズも折に触れて再読したい。

  • 子供のときから本の虫だったわたしだが、翻訳ものは大嫌いだった。不自然な日本語に言い回し。何の本を読んでそう思ったかは定かではないが、小学校低学年の時分には既にそう思っていた。原書を読み始めたのも翻訳ものに対する苦手意識からだったが、最近、本当に最近翻訳ものの良さを感じ始めている。翻訳という作業を大変さを少しだけ経験したことが原因に他ならないものの新たな世界が開けて結構楽しいものである。
    本書は文芸翻訳の大変さや楽しさと共に知的好奇心まで刺激してくれ大いに楽しんで読んだ。図書館で借りたものの線を引きたくなり、Kindle版で買いなおした。越前氏の「海外文芸」に対する深い愛を感じる一冊。今年はもっと翻訳ものの世界に浸りたい!

  • 越前先生のナマの声が聞こえてきそう!

  • 翻訳を志す人はもとより、英語が好きな人、本が好きな人、すべてにお勧めしたい。売れっ子翻訳者である一方、翻訳文学をもっと多くの人に読んでほしいと積極的な活動家としての一面があることも知った。
    なかなか知り得ない訳者と編集者とのタグの組み方の話も面白ければ、著者の職人気質が垣間見える翻訳秘話も面白い。
    そして最後の、東江一紀さんに捧げる一章は胸を打つ。

    プロとしてたゆまない努力を続け、なおかつ仕事を心から楽しむ著者の姿は大きな刺激となる。そして、本書を読み終えたとたんに何か本が読みたくなる!のである。

著者プロフィール

越前 敏弥
1961年生まれ。文芸翻訳者。訳書『世界文学大図鑑』『世界物語大事典』(以上、三省堂)、クイーン『Yの悲劇』、ブラウン『ダ・ヴィンチ・コード』(以上、KADOKAWA)、ダウド『ロンドン・アイの謎』、ブラウン『真っ白な嘘』(以上、東京創元社)、ハミルトン『解錠師』(早川書房)、マッキー『ストーリー』(フィルムアート社)など。著書『文芸翻訳教室』(研究社)、『翻訳百景』(KADOKAWA)、『名作ミステリで学ぶ英文読解』(早川書房)、『はじめて読む! 海外文学ブックガイド』(河出書房新社、共著)など。

「2023年 『オリンピア』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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