- Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041021705
感想・レビュー・書評
-
裁判員制度など、現代の司法制度の課題や問題点にテーマを当てた社会派ミステリー。
『このおっさんが父さんを殺したんだ!』
広島で起きた殺人事件、唯一の目撃者であるまだ幼い息子の悲痛の叫びも虚しく、被告人は無罪となった。
14年後、当時の裁判で無罪を言い渡した元裁判長が、判決を誤ったとして、何者かに刺殺された。
そして、更なる悲劇が、残った2人の判事に襲いかかる。
果たして、元裁判長を刺殺したのは、被害者の息子なのか?それとも?
様々な伏線が散りばめられ、読者の予想を裏切ります。
真犯人が逮捕され、事件は終わったと思ったその先に、更なる真実が見えてきます。
最後の1ページによって、表題の『確信犯』と言う言葉が、意味を持って来ます。
本当の『悪』は、誰なのか?詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
響子は答えずに歩み寄ると、無言で高遠の大きな背にもたれかかっていた。高遠は驚いた様子だったが振り向くことはなかった。わたし、何やってるんだろう……その思いが少しだけあった。 「正木くん、君は……」 高遠は初めてこちらを向いた。悲しそうな目をしている。やはり気づいていたのだ。だがそんなこと、責める理由にはならない。わかっている。自分は恰好いいキャリアウーマンなどでは決してない。本当は弱い女なのだ。甘えん坊なのだ。一度火がついた激情を鎮めることはできなかった。精一杯あらがう。秘めてきた思いを抑えながら言う。 「たまにでいいんです。気が向いたときでも……こんなおばさんじゃ、駄目ですか」 それは精一杯の譲歩だった。だがそれでも身勝手だ。卑怯な問いだ。高遠は黙ってかぶりを振る。 「そんなことはない」 高遠は太い腕で響子を優しく抱きしめた。だが続いて出てきた言葉は、期待したものとはまるで別のものだった。 「すまない、正木くん」 どういう意味ですか──問いは言葉にならない。響子は高遠の腕の中、続く言葉を待った。 しばらくして高遠は、響子をその腕から放した。 「君は充分に魅力的だよ。それにわたしだって男だ、いまだに欲望はある。その提案はわたしにとってすごくありがたいものだ。だが……」 「駄目……なんですね」 「ああ、わたしにはできない。わたしは妻を裏切ることはできない」 高遠は頭を下げた。響子は口元に手を当てる。高遠はもう一度すまないと言った。気づかないうちに響子の頰を涙が伝っていた。拭うと、響子は持ってきた資料を鞄に詰め込む。そして黙って深い礼をした。後ろを向いて扉に手をかける。もう勝負はついているとわかっているのに未練だろうか、響子は一度開けるのをためらった。 「本当にすまない」 後ろからは高遠の謝罪の言葉が聞こえる。だがその声があまりにもつらかった。響子は叫びたい思いを抑えてすみませんでしたと言うと、部屋を後にした。