いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件

著者 :
  • KADOKAWA
3.67
  • (28)
  • (29)
  • (33)
  • (10)
  • (3)
本棚登録 : 364
感想 : 46
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041025222

作品紹介・あらすじ

「闇サイト」で集まった凶漢三人の犯行により命を落とした一人の女性がいた。彼女はなぜ殺されなくてはならなかったのか。そして何を残したのか。被害女性の生涯に寄り添いながら、事件に迫る長編ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • あとがきにある「書かれたくないであろう人の人生を書いてしまったことに、ひきつるような後悔の念がなくはない」という一文にこの一冊が世に出ることの大きな意味があるのだろう。
    この事件があったとき、私にとっては同じ名古屋に住んでいるとはいえそれは新聞やテレビを通して知るだけの「どこかであった恐ろしい事件」であった。
    けれど、自分の娘が一人で外に出かけるようになるにつけ心のどこかで得体の知れない不安と恐怖がくすぶり始めた。
    「行ってきます」と出かけてから「ただいま」と帰って来るまでその不安。今日も無事に帰ってきてくれたという、その当たり前の生活のありがたさ。
    大切に育てて来た娘を、愛してやまない娘を、ある日突然に奪われる、その理不尽さ、怒り、悲しみ、そして守ってやれなかったという後悔。許せない。絶対に許せない。
    もしも、私に超法規的な力があったなら、この犯人たち三人に、利恵さんがあの日あじわった恐怖、苦しみ、そして痛みをその何倍もの大きさで味わわせてやりたい。何の関係もない第三者でさえそう思うのだから家族なら、きっともっと強く思っただろう。悔しい。悔しすぎる。
    利恵さんが最後まで守ろうとしたもの。自分の骨のくだける音を聞きながらも「生」への希望を捨てなかった彼女、決して犯人たちの暴力に屈しなかった彼女の最後の抵抗が、遺された母親にとって生きる望みではあるけれど、その誇りはあまりにも哀しい。
    私は読みながら血の涙を流していました。いままでこの世に生まれる命すべてが尊いものだと思ってきた。どんな人も生まれて来たことに意味があると思ってきた。
    いろんな事件をみるたび、その裏側のやむになまれぬ事情を想像し、犯行のもとになった「何か」を思いやってきた。けれど、この三人に関してはイチミリもそんな思いはない。この犯罪のどこにもやむにやまれぬ事情も、思いやるべき何かも、どこにもない。あるのは、ただひとつ。怒り、それだけだ。

  • 死刑廃止論者は必読。嫌な言い方をすれば、後半4分の1は娘を奪われた遺族の仇討ちのドラマ、犯人を合法的に殺す(死刑にする)作業の実況である。これを読んで犯人がかわいそうと思えるだろうか。

    裁判というやつは、長い時間をかけてやっていくうちに、どんどん当事者の手を離れて裁判官や弁護士といった「プロ」の仕事になっていく。彼らの主眼はあくまで論理的に矛盾のない(後から他人に突っ込まれない)結論を導くこと。一般人から見ればしごくまっとうな死刑判決が「勇気ある判決」などと評価されるのは、裁判が一般人のものでないことを物語っている。著者は本作で弁護士を「職人」と呼んだ。カネをもらって頼まれたことをするだけの人、という意味だろう。

  • 実際にあった事件を書いているので、とても重たく読むのに体力がいりました。
    しかし、大崎さんの文章は読みやすく、場面も容易に想像でき、(だからこそ読むのが辛いけれど)あっという間に読み終えてしまいました。

    被害者や遺族の心情を思うとやりきれません。

    人間とはこんなに恐ろしい事ができるんだと震えましたし、被害者や遺族に対しては、人はお互いを想い合う事でこんなに強くなれるんだと、、。

    言葉でうまく表す事ができないけれど、忘れられない本になりそうです。

  • 2007年に起きた闇サイトで知り合った3人が31歳の見知らぬ女性を拉致、殺害、遺体を遺棄した事件を追うルポ。読み始めは不自然さを感じるほどに、被害者の生い立ちや当時の人間関係、生活に踏み込んだ描写が続く。それはこの加害者の異常さ、そして被害者の強さを際立たせるための描写。犯罪を憎む、犯罪の起きる世の中を変える力が働く社会にするために必要な描写。そこに協力した遺族、関係者の方々の強さに敬意を表したい。

  • ちょっと感じたことをまとめるのは、まだ難しいです。

    著者のかたの本書を書くための下調べの努力と、協力した多くのかたに頭が下がります。

    2960は衝撃でした……。

    利恵さん、安らかに。

    同じような事件が二度と起きませんように。

  • 読み出したら、止まらなくなり一気に読破。
    あまりの惨い殺され方に言葉を失う。
    40回もハンマーで殴られても正気を失わず、嘘の暗証番号で母に家を建ててあげる為にコツコツ貯めたお金を守った利恵さん。
    なんの落ち度もないまさに青春を謳歌していたのに、こんな殺され方をさらなければいけなかったのか。
    あの時、姉を頼って名古屋に来なければ、東京のアニメの専門学校に行かせてたら、と冨美子さんは何度後悔しただろう…。
    夫には利恵さんが一歳の時、白血病で先立たれ、たったひとりの娘は惨殺され、神様っているのか?って思う。
    もし、私は富美子さんの立場だったらと思うと気が狂う。
    裁判も傍聴できない、それほど残虐な殺され方だ。

    死刑制度に反対とは安易に言えなくなった。
    この鬼畜たちは極刑でもまだ足りないと思うから。

  • 磯谷利恵さんの生い立ちから描かれているからこそ、犯罪の非道さが際立っている。
    あるレビューで前半はいらないと記されている方がいましたが、被害者目線の前半があるからこそ、単純な犯罪記録或いは裁判記録に陥っていない。

    磯谷利恵さんの無念と犯罪者の悪逆非道が、世の無常を考えさせられる。
    娘を持つ親として、本当に本当に身につまされる思いである。

    被害者のご冥福を心からお祈りします。

  • 闇サイトで知り合った男たちが、たまたま通りかかったOLを拉致、酷い方法で殺した事件は当時マスコミでも毎日報道されていた。

    人の命を全く大切だと思わない鬼畜の所業により、幸せに暮らしていた母思いの若い女性が殺された。最後まで毅然と自分の尊厳と母を守ろうとして。

    たとえ一人しか殺していなくても、極刑をもって罰せられなければ多くの人が納得しないということが33万人の死刑嘆願署名からもよく分かる。

    判決が出たあと、思いもよらない形で犯人の一人の正体が露呈する。被害者の無念が起こした奇跡のように思える。

  • 辛い。
    苦しい。
    恐ろしい。

  •  2007年8月24日夜の11時過ぎ、その事件は起こった。

     帰宅途中の磯谷利恵さん(当時31歳)が、愛知県名古屋市千種区の路上を歩いていたところ、白いワンボックスカーから出てきた男に道を尋ねられた。そして、一瞬の油断をつき、利恵さんは車の中に押し込まれ、手錠をはめられてしまう。バッグから現金とキャッシュカードを奪った3人の男たちは、拉致現場から30キロメートルあまり離れた愛西市の駐車場まで移動。彼女の頭にガムテープをぐるぐる巻きにし、頭にレジ袋をかぶせた上、40回にわたってハンマーで殴りつけて殺害。無残な遺体は、岐阜県内の山林に埋められた。

     凄惨な内容もさることながら、犯人グループがインターネット上の「闇サイト」と呼ばれる場所で知り合い、犯行に及んだこともあり、発生当初から、多くの注目が集まった この事件。あれから10年、作家の大崎善生がこの事件を追ったノンフィクション『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』(角川書店)が刊行された。本書の内容に従って、この事件を振り返ってみよう。

     加害者たちが知り合ったのは、インターネット上の掲示板「闇の職業安定所」だった。

    「刑務所から出てきたばかりで、派遣をやっています。実にばかばかしい。東海地方で一緒になんか組んでやりませんか」

     この書き込みをしたのが、住所不定無職の川岸健治という男。そして、この言葉に呼応して、堀慶末は「どうですか、何か一発やりますか?」というメールを送信。神田司は「以前はオレ詐欺をメインにしていたのですが貧乏すぎて強盗でもしたい位です」と、メールを送った。さらに、途中で離脱するもうひとりを加えた4人の男たちが、犯罪のために動きだしたのだった。

     それぞれ、金に困っていた4人だが、どんな犯罪をするのかは誰ひとり考えていなかった。8月21日、ファミリーレストランで落ち合った即席の犯罪集団は、「夜間金庫を狙うか、パチンコ屋がいいのではないか」などと話し合う。しかし、いざ実行に移そうにも、強盗のターゲットを尾行中に見失い、ダーツバーを襲撃しようとしたら休み、さらに昔勤めていた会社事務所に忍び込み金庫を盗もうとしたところ 、金庫自体が 見当たらなかった。行き当たりばったりで、何一つ成果も挙げられない。これで終われば、ただの間抜けな人間たちだった。

     しかし、初対面から3日後の8月24日。事件は起こった。

     業を煮やした彼らが計画したのが、女性の拉致だった。

    「ブランド品とか持っていなくて、黒髪で、あんまり派手じゃない地味系のOLだったら、たくさん貯金しているだろうから」というもくろみで、名古屋市内をぐるぐると移動しながら ターゲットを物色。磯谷利恵さんの外見は、まさに彼らが考えてたものと一致した。155センチと小柄な彼女の体格は、180センチの堀に押さえつけられるとひとたまりもなく、車の中に引きずり込まれた。

     車内で手錠をはめられ、包丁を突きつけられ、恐怖のどん底に突き落とされた利恵さん。しかし、彼女は、犯人たちに臆することもなく、気丈に振る舞った。母親に家を買うために貯めていた800万円以上の預金が入ったキャッシュカードを奪われても、決して正しい暗証番号を伝えることはない。頭をハンマーで殴られ、血が飛び散りながらも、利恵さんは「ねえ、お願い、話を聞いて」「殺さないって約束したじゃない」「お願いします。殺さないで」と犯人を説得しようとした。彼女は、母親に女手一つで育てられた。もしかしたら、その脳裏には、ひとり残される母親のためにも、死ぬわけにはいかないという強い思いがあったのかもしれない。しかし、そんな希望は、無残にも振り下ろされるハンマーによって打ち砕かれた。

     翌日、犯人グループのひとり、川岸の自首によって、事件は明らかになった。

     被害者の母、富美子さんは、事件後、加害者の死刑を求める署名活動を行い、その数は33万人にまで膨れ上がった。この署名は結果として判決に反映されることはなかったが 、神田・堀両被告に対して被害者がひとりの事件としては異例の死刑判決が言い渡される結果を勝ち取った(堀は、上告で無期懲役の判決となるも、余罪が判明し、死刑判決が下された)。

     闇サイトで集った男たちによる、無計画な犯行の犠牲となった磯谷利恵さん。あまりにも短絡的な犯行によるその死を追っていくと、怒りや悲しみといったありきたり体の言葉ではとうてい表現できないような強い感情に襲われる。しかし、大崎が注目するのは、そんな卑劣な犯人たちを前に堂々と自分を保ち続けた利恵さんの勇気だった。

    「凍りつくような恐怖の中で、 それでも利恵は最後まで自分を保ち続けた。どんなに痛かっただろう、どんなに苦しかっただろう、どんなに怖かっただろう。しかし孤絶する状況の中で、死の恐怖に向かい、 理恵はひとりで戦い抜いた。凍りつくような絶体 絶命の状況で、取り乱すこともなく、また絶望することもなかった。敢然と立ち向かい、ひたすら耐え抜いた。その知性と勇気を“誇り”に思い、また“感謝”する」
     
     死の淵に立っても、利恵さんは暴力に屈しなかった。そして、5歳年下の彼氏に“あるもの”を託した。

     大崎は、その毅然とした態度を後世にまで書き残そうとしている。

全46件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1957年、札幌市生まれ。大学卒業後、日本将棋連盟に入り、「将棋世界」編集長などを務める。2000年、『聖の青春』で新潮学芸賞、翌年、『将棋の子』で講談社ノンフィクション賞を受賞。さらには、初めての小説作品となる『パイロットフィッシュ』で吉川英治文学新人賞を受賞。

「2019年 『いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

大崎善生の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×