厩橋

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著者 : 小池昌代
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041101179

厩橋の感想・レビュー・書評

  • 今住んでる場所ピンポイントを舞台にした小説。知ってる地名とか場所とか沢山出て、小説の中の街をイメージしながら読むこと出来た。ストーリーも、下町情緒溢れてて割と好き。

  • 樋口一葉は、しらないけれど、
    『たけくらべ』の朗読場面、いいなと思う。

    一番最後らへん、おばあさんのセリフが好き。

    月子が、子供から女へと変わっていく感じも好き。

    震災やら、スカイツリーやらでてきて、ふん?と感じる。
    最近の本だったのかと、発行日を確かめてしまう。

  • スルスルと読めちゃったけど、一体全体なんだったのかよくわからず。たけくらべ知らないからわからなかったのかな?面白くないとかでもなく、読了後に「ん?え?」という感じで。かと言ってスッキリしないという程、拘りたい箇所もなく。私の理解力がないだけな感じがすごくするけど、よくわからんかったという事。

  • 月に帰るかぐや姫、一葉の「たけくらべ」、建設中のスカイツリーそして震災まで厩橋を中心に隅田川周辺の橋による掛け渡しと時間への掛け渡し。その土地の記憶を縦横無尽に組み合わせておりなす「物語」にうなりました。

  • 隅田川の河岸に住む黎子と親雄.花火大会の夜,月子を見つけて育てる.長じて月子は墨さんの家で樋口一葉の「たけくらべ」の朗読のバイトをする.大きな事件も出てこない淡々とした物語だが,隅田川の水のにおいが,下町の雰囲気があちこちに感じられるしっとりした短編だ.

  • 東京スカイツリーは通勤で眺めるだけで十分だと思っていましたが、その土地にいって、見上げてみたくなる小説です。建設途中をずっと見守りながら足下で暮らす人々に、ツリー完成後、変化があってもおかしくないと思ったお話。

  • 小池昌代は、いよいよ小説家の書くような小説を書くようになったのか。そのことに軽い衝撃を覚えてしまう。これまで小池昌代の書いて来た小説はどこかで彼女の詩の延長線にあることが読んでいて意識されるようなものであって、自分はそれが気に入ってもいたので、そんな感慨が湧いてしまうのである。

    どこがそんなに違うというのか、と訝る人もいるかも知れない。きちんと分析をしてみた訳ではない。しかし確信できるのは、間、である。この文章には思わず息を止めてしまうような間がない。それが違う。とにかく、すらすらと読み易い。それが悪いことだとも思えないのだが、何か気持ちを引き留めてくれるようなものがなく、目だけがつるつると頁の上を滑ってゆく。

    一葉を語る内に見えない世界に入り込む。そういう構成が嫌なのではない。例えば蜂飼耳の小説に出てくる異界の混在は、小池昌代の世界観に繋がるような気がするが、その混在に切れ目のようなものを感じることはない。切れ目は仕掛けを意識させる。仕掛けが意識されると騙されないぞという気分がわく。蜂飼耳の小説ではそういう気分が立ち上がることはない。印象としてはもっとわざとらしく異界が現実に介入してくるように思える村上春樹のカエルくんのような世界でも切れ目が意識されることはないので拒絶は不思議と起こらない。小池昌代の短篇集、例えば裁縫師を読んで、そんなことを感じたことはなかったのだが。

    例えば、それは、耳、という機能に関連しているものなのか、とも思ってみたりする。自分は黙読をしながらも音読をする。情報を得ようとぱっぱっと映像的に読んだりすることも出来ないではないけれど、時間が掛かっても音読したい気持ちが勝つ。すると不思議と実際の音を聞いている訳でもないのに、脳の中の音を聞き分ける部位が動いているような気がするのである。そしてその部分に刺激的である文章のことが気になる。そんな文章を書く人が好きなのだと、結果的に解る。

    小池昌代の詩の音には間違いなくそんな魅力がある。そして小説を書き始めた頃の文章にも。それがこの厩橋では物語を読ませる方向へ転換しているように感じるのである。物語を聞いて活性化する脳の部位は耳を司る部位とは異なっているのだろう。そして自分の脳はその部分に対してとても疑い深い性質を発揮するように構成されているような気がしている。物語を読まされていると思った瞬間、何故かその部分を沈静化しようとするのである。

    だから小池昌代が悪いわけではないのだが、新作を期待して待つ作家ではなくなってしまうのかも知れないと、勝手に危惧してしまうのである。

  • 何を表現したいのか分からなかった。
    凡人には分からないのかもしれないが、もうちょっと現代版か歴史物にするのかした方が良かったのでは・・・。
    なぞです。

  •  どこか郷愁を誘う題名とはうらはらに、東京スカイツリーの建設を間近に眺める現代の下町が舞台。
     『弦と響』を読んだ時と同様、人生の折り返し地点を過ぎて、生活に疲弊し始めた男女の、そこはかとない憂鬱や心の逸脱を描くのがうまい。ただ本作では、若さと無防備な美の象徴である月子が対照的な存在として登場するのだが、やはりというべきか、脇役の域を出ていない。作中でも使われている『たけくらべ』に引っ張られたのか、薄幸の美少女である月子に焦点をあてすぎて、余韻の広がりを抑えてしまった感がある。

  • ≪ストーリー≫
    スカイツリーの足下に広がる東京の町。
    そこに暮らす坂下親雄と黎子の夫婦は、ある日、厩橋に捨てられていた赤ん坊を拾う。時は穏やかに流れ、「月子」と名付けて育てた娘は16歳になり、老婆のために『たけくらべ』を朗読するアルバイトを始めた。一方、黎子は職場の図書館で会う「川向こうの男」の存在を意識するようになる。
    親雄はと言うと、あずきという月子と年の変わらない女と逢瀬を重ねるようになり、そして月子はついに、この街を出る決意をする。
    最後まで『たけくらべ』を朗読した月子は、一人街を出ていくのだった――

    ≪感想≫
    ひとつになっていた他人同士の家族が、少しずつバラバラになっていく様を描いた作品。純文学的な作品で、内容はあるような、ないような。盛り上がりも特になく、淡々と進む。

  • 厩橋で花火の夜に拾われた月子。

    かぐや姫のように、たけくらべのの語りの向こうに帰っていった月子。

  • 表紙の美しいこと。
    厩橋で見つけた月子と、穏やかな幼なじみの夫との暮らし。
    月子に『たけくらべ』朗読を頼む不思議な女性。
    勤め先の図書館に来る心惹かれる男性のことな、ど断片的な展開が絡まって、どれが欠けても成り立たない不思議な世界を築いている。

  • 厩橋を毎日渡っていた私には当時を思いだす切欠となった。窓から見える隅田川や毎月のように催される浅草界隈のお祭りやイベント、何気ない状況描写を懐かしく思った。 マンションの屋上から見た花火は、浴衣の彼女とともに忘れえぬ一こまである。気になったというか、引っかかった記述はリベットの頭である。あれは半円ではなく半球ではないのか・・・。また馬の糞はとぐろを巻くのか? あれはぼたぼたとぼたもちのような物ではないか・・・。この二点の引っ掛かりが無ければ星は4つを差し上げたい。

  • あまりにも淡々としていた。しすぎていた。

  • スカイツリーと震災と揺れる心と・・・現実だけど、う~ん、何というか、やっぱりお伽話かな。

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