雪と珊瑚と

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著者 : 梨木香歩
  • 角川書店(角川グループパブリッシング) (2012年4月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (319ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041101438

雪と珊瑚との感想・レビュー・書評

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  • くららさんが、とてつもなく素敵だ。

    私が崇拝する三大おばあちゃんの一人、『西の魔女が死んだ』の
    まいのおばあちゃんを彷彿とさせるような、しなやかな強さと温かさ♪
    (おばあちゃんと呼ぶにはまだまだお若いので、
    崇拝するおばあちゃん軍団には加えられないのが残念だけれど)

    母によるネグレクトで、帰宅しても食べるものもなく、ひとりぼっちで調味料を舐め
    給食でなんとか生き永らえ、21歳にしてシングルマザーとなった珊瑚の

    愛情こめた家庭料理がひとかけらも入ったことのない淋しい胃袋を
    ホクホクのおかずケーキや大根の茹で汁のスープで温かく満たし、
    疲れた人をおなかの底から支えるお惣菜の店を出す、という
    飢えを味わい続けた珊瑚ならではの夢を抱くきっかけを作り、
    人見知りの真っ只中の雪ちゃんを預かりつつ、その夢を後押しする。。。

    そんなくららさんや心ある仲間に支えられながら、
    カフェで出すメニューを選び、ネーミングに頭を悩ませる珊瑚に
    「ほらほら、アトピーでも食べられる、あの長芋のメロンパンもどきも入れないと!」だの
    「『エビとブロッコリ』、『カニとブロッコリ』は、あんまりだよ!
    もちょっと飾り気があっても。。。」だのうるさく語りかけ、
    すっかりスタッフになった気分でメニュー作りに参加している自分にハッとしたりして。

    。。。というくらい感情移入して読み耽っていたので
    珊瑚がネグレクトを受けて、食事を満足にとることすらできなかったことも
    人の好意を利用するような振舞いを薄汚いと感じ、何につけても遠慮がちであることも
    彼女が抱える事情を何ひとつ知らないのに、
    「私はあなたが嫌いです。」とわざわざ手紙を送りつけ
    「周りから少しずつ親切と同情を掠め取る浅ましい人」と決めつけ
    「中身がなにもない、不愉快だ、あなたの生き方が鼻についてたまらない」
    と、悪意を投げつける美知恵には、珍しく怒りがこみ上げてしまった。。。

    そんな一方的な手紙にまで怒りより先に納得と反省を抱いてしまう珊瑚に呼びかけたい。

    人の胃袋も心も温めるお店を出せたのは、
    さみしい胃袋と心に悩んだあなたへの、紛れもない「お計らい」だよ。
    素晴らしい人たちがあなたの周りに自然に集まって支えてくれるのは
    同情でも施しでも哀れみでもなく、
    あなたが不器用だけど真摯に生きようとしているからだよ。
    自分の観点に凝り固まって勝手にあなたを格付けして
    投げつけてくる毒を、唯々諾々として飲み込まなくていいんだよ。

    母の愛を得られずに大きなうろを抱え、
    外についた内臓に傷を負いながら生きていく糧を得ようとしていた
    さみしい木のようだった珊瑚は
    お腹の中に雪というあたたかい命を宿すことで、
    空っぽだった内側と傷ついてボロボロになった外側をくるっとひっくり返して
    「おいちいねえ、ああ、ちゃーちぇねえ」と、雪と一緒に幸せをかみしめられる
    おかあさん、という人間になれたんだよ。

  • 母からネグレクトを受けて育った珊瑚。
    食べることもままならず、母の愛情を受けずに育った珊瑚が
    雪という子を持ち、周りの人に支えられ、「雪と珊瑚」というお惣菜カフェを開く。

    くららさんが素敵です。
    こんなおばあちゃんみたいな存在の人がいたらどれだけ心強いか。(おばあちゃんっていったらくららさんに失礼かも・・・)

    出てくる料理もどれも美味しそうで、食いしん坊の私はメニューの名を見ながら想像が膨らみ、お腹がすいてしかたなかった。

    珊瑚は多くの人に助けられ、支えられ雪と2人で生活していくことができている。現実は、こんな甘いことはないだろうな・・と思いながら読み進めてたけど、人との出会いはやっぱり大切にしないとなぁと改めて思ったし、
    自分が年をとったとき、くららさんみたいな人になりたいなぁと思った。

  • まず、美しい響きのタイトルがいい。読むまえからずっと思っていた。
    表紙はどことなく哀しみのような寂しさのようなものを感じた。
    それはきっと珊瑚の覚悟なのかもしれないと
    読み終えたいまは思う。

    生まれたばかりの雪のかわいらしいことといったらない。
    珊瑚の自立心はそのかわいさに比例するほど確立している。
    頼る人はいない。ひとりで生きていかなければならない。
    雪を育てていかなくてはならない。
    その気持ちの強さ。まだ21にして、なんと立派なことか。

    出会いは大切だと心の底から思う。珊瑚は出会いに恵まれた。
    そして珊瑚の生き方はそれに応えている。

    美知恵の言動は、わたしのおなかのなかに重いものがたまっていった。
    もう関係がなくなってから、そんなことをわざわざ伝えるなんて
    なんの自己満足だ。


    料理が作っているときからおいしそう。ネーミングもいい。
    わたしも「雪と珊瑚」に行ってみたい。
    自分を休めることのできる場所にできるだろう。

    夢中になって読み、夜更かしをしてしまった。

  • 二十一歳のシングルマザー、珊瑚。
    ようやくお座りが出来るようになった娘の雪。
    散歩の途中で見つけた張り紙で出会って、娘の預け先となったくららさん。

    珊瑚は生活のために娘を預けて、パン屋でのアルバイトを始めたけれど、「人の生活を支えるような食べ物を提供したい」とカフェを開こうと考えるようになる。

    背の高い屋敷林に囲まれた古い家。
    顔の見える生産者が育てた無農薬の野菜をふんだんに使って、手間暇をかけて作ったお惣菜。
    ネルドリップで丁寧に入れた芳醇なコーヒー。

    ずいぶん前にNHKの昼の番組で武蔵野の面影を求めて、三鷹か吉祥寺あたりの家から中継しているのを見たことがある。
    あれは、夏の終わりだったか秋口で、少し和らいだ陽射しが木々の間から差していた。家はまるで旧軽井沢あたりに建っていてもおかしくないような雰囲気があった。
    屋敷林という言葉からその家を思い出した。

    豊かなうまみや力強い味わいを持つ野菜を丁寧に料理をして、人を養う食べ物をつくる描写。
    人の温かな思いやりや善意、妬みや複雑な感情。
    丁寧に丁寧につづられていく。

    自身もシングルマザーの母親に育てられ、愛された記憶が薄い珊瑚が不思議と人を引き付け、助けられて、カフェの営業も軌道に乗る。資金もなく、飲食店でろくに働いた経験もない珊瑚が店を切り盛りして成功することや、彼女を支えてくれる人たちの献身ともいえる態度も、現実にはなかなか難しいことだと思う。

    日常は淡々と過ぎていき、何かが起こっても、期待されるような解決もないし、その事実を深追いすることもなくそれで終わっていく。
    とてもあっさりしているようでいて、けれどリアル。

    P316
    すべてのことに解決がつかないまま、けれど生活はそんなことはお構いなしに次から次へと続いていく。朝が来て夜が来て確実に日々は流れる。

    本当に、そう。
    それでも、つかの間、丁寧に料理をしたり、誰かのために時間を割いたり、けれど結局効率的でもなく、一見無駄が多いような日々を時には必死に、時には淡々と過ごしていく。

    子どもを持つということも、シングルマザーであるということも、
    独身でいるということも、嫌いな人がいるということも、とにかく否定されない。すべてあり、と思わせてくれる。

    少し疲れている人に是非ともおすすめしたい。

  • ラストがいい。すごく好き。
    なんてなんて喜びに満ちた瞬間なんだろう。
    この幸せはきっと彼女のことを包み続けるはず。
    そして彼女も周りの人に安らぎと喜びを与え続けるはずだ。

    物語の最初、珊瑚さんと雪ちゃんがくららさんに出会う場面から、圧倒的な安心感に包まれた。
    くららさんが作る料理の湯気が私のことまで癒してくれるようだった。

    珊瑚さんが出会う人が彼女に優しいのは、珊瑚さんが魅力的な人だからだと思う。
    好きになれない人に対して、他人はこんなに近寄ってきてはくれない。
    私には美知恵さんの言うことが正しいとは思えない。
    手紙で言いたいことを一方的にぶつけるというやり方も気に入らない。
    顔を見ないで言葉を受け取ることはとても難しい。
    書き手にそんな意図がなかったとしても、受け手は攻撃的なニュアンスを強く受け取ってしまうことが多いように思う。
    美知恵さんの手紙は、そもそも攻撃的なものなのだから尚更だ。
    卑怯だと思う。偉そうなことを言っているけど、あなたのしていることはなんだと言ってやりたい。

    珊瑚さんや雪ちゃんには、そんな悪意をおおらかに受け流せる余裕を常に持ち続けてほしい。
    そしてきっと大丈夫だと、物語のラストの2人は思わせてくれる。
    幸せってこういうものだとわかった気がした。

  • 「赤ちゃん、お預かりします」

    そんな貼り紙を見て、藁にもすがる思いでくららを訪ねるシングルマザーの珊瑚。娘の雪を育てるため、生きるために働かなければならない。

    パン屋で働く中、アレルギーを持つ男の子、その母親と出会う。アレルギーを持つこどもにしてあげられることはないか、ナーバスになることもやむを得ない母親の力になれることはないか。
    くららと過ごし、一緒に食事を取る中、他者から何かあたたかいものを手渡してもらうということが、生きる力に繋がるということに気づき、珊瑚はカフェを開きたいと思うようになる。


    カフェを開くまでの過程がきちんと書かれてあるのがとてもよかったです。
    また、シングルマザーであることの気負い、同情されたくないという気持ち、嫉妬心などを素直に認めて克服しようとする珊瑚が清々しいなと思いました。
    前向きで料理上手のくららがとても魅力的です。相手の全てを認め、受け入れるという姿勢、彼女の信仰に関わるものもあるかもしれないけれど、すごいなぁと思いました。くららの作るごはんが食べたい!
    時生さんも場を和ませてくれる素敵なキャラでした!

    母親に愛されないということを受け入れた珊瑚の気持ちは想像を絶します。それでも雪の母親として、一人の人間として前を向いて生きる珊瑚の強さ、母親の強さを感じました。

    最後の雪の「おいちいねえ、ああ、ちゃーちぇねぇ」はほんとに泣けました。
    「食べる」こと。「生きる」こと。
    ごはんを食べると元気になる。
    それは一杯のスープでもたとえさ湯だってかまわない。「食べる」という行為は明日も頑張ろう、生きようと思わせる、心の「復興」に繋がる。
    単純だけれど、その本質に気付かされる、考え直すきっかけになる一冊です。

  • 働く女性、子供のいる女性、日々の生活に疲れてる女性、夢がある女性、そんな女性に読んで貰いたい一冊です。

    シングルマザーの珊瑚、そしてその娘の雪の物語。珊瑚が子供を育てながら働いて生きることの難しさに直面しているところから物語は始まります。そこで出会うのが、くららというお祖母ちゃん。このお祖母ちゃんは元修道女で、作者の梨木さんっぽい登場人物。くららと出会うことでゆっくりと珊瑚の人生が動き出して、ついにはお惣菜屋さんを開業します。その過程での珊瑚のゆっくりとした心の動き。多くの女性が共感するんじゃないでしょうか。

    途中で美知恵っていうとにかく性格の悪い女が登場するのですが、私は彼女のストレートな思い(というか悪意といっても良いかも)にもっとも共感してしまった。この女性は珊瑚に出会った先から敵意むき出し。とにかく性格が悪い。
    それは「シングルマザーの何が偉い?」っていう本当にストレートな負の感情から来ているのだけど、そんな美知恵に対して馬鹿正直な潔さを感じた。隠そうとしない悪意。すごく良く言えば正直。
    そんな美知恵の直截な悪意に晒された珊瑚はそこで初めて自分を客観視します。
    わたしはこの物語ではこのシーンが一番好きです。

    賛否両論だと思うけど、くららとの出会いで得たものが珊瑚の光だとしたら、対照的に美知恵との出会いで得たのは珊瑚自身の影の部分。でも嫌な出会いだからって本人に負の影響があるわけじゃありません。光と影、両方の自分を知ることで人は大きく成長できるんです。

    地味な作品だけど色々考えさせられました。

  • 山野珊瑚は、21歳。
    同棲のような結婚。出産は同じアパートで助産師養成学校に通っていた那美に手伝って貰った。
    そして離婚。生後7ヶ月の赤ちゃんの雪を抱え、途方に暮れていた。
    まず預けなければ働くことも出来ない。
    さまよっていたら「赤ちゃん、お預かりします」という張り紙を見つける。
    古びた普通の民家に一人で住む中年の女性・藪内くらら。
    くららの好意に救われ、背水の陣からの暮らしが、どうにか始まる。

    高校を中退したときから勤めていたパン屋に戻ろうとすると、今は歓迎するけれど、実は来年店を閉めると言われる。
    親切な店主夫妻だが何か事情があるらしい。

    くららは料理上手で、知恵と包容力がある。
    尼僧として海外に行ったこともあるという変わった経歴は、少しずつゆっくりとわかってきます。
    くららの甥の貴行は農業をやっていて、美味しい野菜を作っていました。
    珊瑚は生い立ち故にあまり人に馴染まない方だったが、少しずつ、くららに料理を習っていきます。
    くららさんの料理と気配りが何とも素敵なのです。

    パン屋「たぬきばやし」で働きながら、仕事帰りで疲れた人に、身体にも心にも優しい料理を作りたいと思い立ちます。
    店を出したらいいと助言され、驚愕するが。起業のために借金する方法があるのだ。
    店を出すとはどういう事か教えて貰うために、知り合いの店の手伝いに行くと、何もかも初心者なのできびしく怒られてしまう。
    しかし物件を見に行くと、少し駅からは遠いが、木立に囲まれた雰囲気のある古い家で、すっかり気に入ったのだ。
    パン屋のバイト仲間・由岐も積極的に協力。
    意外にとんとん拍子に、店の話は進んでいく。

    珊瑚自身は、やはりシングルマザーだった母にネグレクトされて、家に何の食べ物もないまま何日も放っておかれたという育ち。
    給食で生き延びていた。
    スクールカウンセラーの藤村に思い切ってそのことを訴え、毎朝トーストを食べてから教室に行くようになる。
    高校に行けたのも彼女のおかげだが、母親は学費を払わないまま連絡が取れなくなったので、中退。
    その後は連絡できなかった藤村にようやく連絡してみると…

    赤ちゃんの雪がとても可愛い。
    子供は無条件にかわいいと思う方ではないんですが、この描写にはやられました。
    夜泣きをされて苦しむ珊瑚にはちょっと同情するけれど。
    そういう時期は大変だよね。
    わずか1時間、雪のいる部屋の扉を閉めてしまったことに深い罪の意識を抱く珊瑚。
    こんな一途な人だから、周りも手助けしたくなる。

    パン屋のバイト仲間だったが、珊瑚を嫌っていた美知恵。
    後にわざわざ手紙に「あなたが嫌いです」と強い非難を書いてくる。
    人に甘えていいのか迷っていた珊瑚は、全否定された思い。

    こういう事が起きうるってことは、年の功でわかります。
    異質なものがよく思われないことは時々あるけど、きついことをわざわざ言ってくる場合というのは~
    言われた側の真実を見ていることはまずない。言う側の性格やこだわり、コンディションのほうが大きいもの。
    ネグレクトされた生い立ちの珊瑚に、ようやく訪れた幸運の方が多かった時期。
    こんな人の様子をポーズと思うのがねえ…美知恵は心得違いをしていると思うけど。
    おそらく店を見に来て、すごい労働量で苦心もしていることに気づいたら、少しは見方が変わるでしょう。少しは。
    言われた側が深く考えた結果、何か成長することもありますよ。
    一人で生きてきたのではないと、珊瑚が改めて実感したように。

    若い無責任な元夫・泰司が顔を出したり、その両親が孫に会いたいとやって来たり。
    行方がわかった母に会いに行ったことも。
    はっきりした結論を出さないまま、珊瑚がなんとなく希望を抱く心境になるのがいいですね。
    そして、雪の生命力溢れる言葉。
    無敵だなあ!

  • 梨木香歩の小説を読むときって、自分が何かに躓いたり気になったりするときだなあと思います。今の自分の心境とシンクロ率が高かったので星5つです。21歳のシングルマザーの珊瑚が、カフェを併設した惣菜店を開くことを決意し、開店後も葛藤しながら娘の雪と生きていく自分の居場所をつくっていくお話でした。

    珊瑚は、何かにぶつかるたびに不安を抱え、やりたいと決めたことなのに自信をぐらつかせながら、綱渡りのように一歩一歩進んで行きます。確たる支えがないまま進んでいく様子があまりに等身大で夢中で読んでしまいました。支えがないというのは珊瑚がシングルマザーで身分が不安定であるというようなことではなく、自分の決断を絶対的に肯定してくれる存在はいないということです。

    お店を開くことを決断しても、開店しても、そのお店が軌道に乗っても、絶対的な安心感はやってきません。不安を抱えながら、でもやっていくしかないという現実感が丹念に書かれていました。中でも美知恵からの手紙にはひやっとさせられました。文面だけ読めば悪意のある手紙ですが、驚き傷つきながらも「ひどく納得している自分がいる」と思う珊瑚の心情にかなり共感。

    この作品でも、エッセイでも、梨木さんは、自分の人生を遠くから見ているような、自分と現実が乖離しているような、本当は自分はからっぽじゃないか、という不安にたびたび触れています。ついつい不安なときに梨木さんの本を読んでしまうのは、こうした不安に共鳴しているからだと思います。

  • 帯の惹句は「シングルマザーのビルドゥングスロマン」。
    たしかに主人公の成長物語という読み方も出来るけれど、私は著者が『西の魔女が死んだ』からずっと一貫して書き続けているテーマ、傷を負った人がその傷を治していく過程を描いたものだと感じる。

    「癒し」という言葉を使いたくなかったのかもしれない。すっかり薄っぺらなイメージが染み付いてしまったから。残念な事だ。

    そして、小説のフリをしているが「ファンタジー」に分類される物語だとも感じる。
    ファンタジーには異世界を描いて私たちの生きる世界の深い部分を教えてくれるものもあるが、私たちの生きている社会をモチーフにして普段は見えていないものを見せてくれるものもある。
    冒頭から主人公を助けることばかりが起きるストーリーに対して「現実はこんなにうまくいくはずがない」という意味でファンタジーと言いたいのではない。(そういう論調のレヴューがたくさんあるようだけれど)

    私たちの生きているこの世界ではこういうことは起こりうる。それは声高に語られないので他の人には見えることがない。ひとつのきっかけが次のきっかけを呼びあれよあれよという間に自分をとりまく現実が変わってゆく。自分はただ流れてくるものを拾っているだけ(というか拾うのに精一杯)という状況がしばらく続き、気がついたら前にいた場所と全然違う地点に自分が立っている。
    たくさんの人がこういう体験をしているに違いないのだが、その真っ只中にいるときには客観的に見て書き留めている場合ではないし、過ぎた後では夢の中にいたような心地がして今更書き留めたり誰かに伝える気にはなれないし、うまく伝えられる自信もない。
    ただ自分の奥深いところに「こういう時間を自分は過ごした」という記憶がしっかりと根付いて支えとなり続ける。
    これを物語で、一人の人に起きた事柄として描いていくと、こういうストーリーになるのではないか。主人公の内側ではとても深い体験が起きているのだが外側を描くと「なんだかご都合主義」に見える物語になってしまう。

    著者は河合隼雄氏との関わりがあった人。おそらくユング心理学を学んだ事もあるかと思う。作品を読んでいると心理療法の症例を読んでいるような心持になる事がたびたびある。河合隼雄氏の著書の中に、患者が”治っていく”過程で”うまいこと”が起きて、それが大きなきっかけになる事があるという事が書かれていた。
    この物語を一人の患者の治療過程として読んでみることも出来るのかもしれない。そういった意味でも、ファンタジーだと思う。

    ファンタジーだと思う一方で、登場人物そのもののありようには何か現実味がある。主人公が関わる女性達の自立っぷり(良くも悪くも)に対して、別れた男(夫という呼称には値しない)のコドモっぷりはあまりにありふれていて呆れるを通り越して爆笑してしまう。立派な男のように見える時生氏も「肉じゃが」信仰にこだわっていたり、梨木氏の男性観が仄見えて面白い。

    主人公のようにネグレクトや強姦(はっきりとは描かれていないけれど)の経験をして育った人が、人の親切に頼り切る事がなかなか出来ないという描写にはとても共感できる。さしのべられた手をとる事が恐ろしいのだ。それまでの「学習」によって。
    主人公の心の内が語られる箇所で、読みながら「いや、そんなことはない」と相手を信頼すればいいのに、と感じるところがたびたびあった。読む人によっては、「そうそう、信用してはダメ」と感じるのかもしれない。いやもっと若いときの私だったら「信用してはならない」と思いながら読んだかもしれない。パン屋の主人がニュージーランドへ行く理由が登場人物には判らず読者には判るように描かれていたり、書かれていないくららの気持ちを感じられたり。そういうところはまるでグリム童話のようだ。グリムの主人公達はわざわざ危ないところへ行ってしまったりする。そして読者はそれを「危ないのに」と思いながら読む。読者自身の体験や経験値によって見える世界が変わる物語である。

    物語の終盤で自分の過去と向き直り、自分の核を手に入れた(取り戻した)主人公の姿はすがすがしく少しうらやましくもある。続編が書かれそうな気もする。続きを読みたいような、読みたくないような、微妙な心持である。

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雪と珊瑚との作品紹介

珊瑚、21歳。生まれたばかりの赤ちゃん雪を抱え、途方に暮れていたところ、様々な人との出逢いや助けに支えられ、心にも体にもやさしい、惣菜カフェをオープンさせることになる……。

珊瑚(さんご)
21歳。家庭の事情により高校を中退し、20歳で結婚するが、約1年後に離婚。雪とふたりで暮らしている。

雪(ゆき)
珊瑚の子。生後約7ヶ月。

強くたくましく人生を切り開いていくシングルマザーのビルドゥングロマン!

雪と珊瑚との文庫

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