新島八重 おんなの戦い (oneテーマ21)

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  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041103067

感想・レビュー・書評

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  • 戊辰戦争については触れないわけにもいかないだろうが、兄の覚馬や新島襄はもちろん、会津戦争の女性たちや維新後にアメリカに留学した女性も紹介されていて、八重を中心とした人たちを描いた内容だった。

    ・松平容保の兄には、14代尾張藩主の徳川慶勝、後に一橋家当主になる一橋茂栄、弟には桑名藩主の松平定敬がいて、高須四兄弟と併称された。
    ・西郷頼母は、白河の戦いに敗れて和戦を主張したため免職され、母成峠を破られた後に再び入城するが、周囲と折り合わなかったため、容保から萱野権兵衛に君命を伝える表向きの任務を与えられて、長男とともに城外に出た。萱野のもとに赴いた後、米沢から仙台に行き、榎本武明の艦隊に加わって函館に向かった。
    ・覚馬は、佐久間象山、勝海舟、横井小楠、西周、レーマン、グラバーなどから学んだ。京都の薩摩藩邸に幽閉されていたとき、西軍が兵を進めれば、会津はひとり残らず討ち死にし、国力が衰えるばかりで諸外国に乗じられるだけだと主張したが、薩摩藩主への面会は認められなかった。新生日本のイメージをまとめた意見書「管見」には、三権分立、商工業の振興、人材の育成、教育への科学や法律の導入、太陽暦への改暦など23項目があげられていた。「管見」に注目した京都府知事は、覚馬を京都の町おこしのプランナーとして迎えた。
    ・新島襄は18歳の時にオランダ軍艦を目にしたことをきっかけにして、幕府の海軍伝習所に入って数学、航海学を学んだ。1864年、22歳の時に函館からアメリカ船に乗り込んでボストンに渡り、自然科学を学んだが、西洋文明の背後にキリスト教の精神があることを知って洗礼を受け、神学校で学んで宣教師の資格をとった。明治5年の岩倉使節団がアメリカに渡ったときには通訳を引き受けた。明治7年に帰国すると、日本にキリスト教主義の学校をつくるために動いた。

  • にわかに興味が出て読んでみた。
    会津出身の人がこんなに活躍していたことを今まで全く知らなかった。
    幕末の時代の知識はどうも妙に偏ってしまっているんだよなぁ。

著者プロフィール

京都生まれの京都育ち。しかし今はなぜか埼玉に在住。同志社大学法学部卒業。小説「電車ごっこ停戦」で第14回太宰治賞を受賞する。主な著書:小説『電車ごっこ停戦』『織匠(上・下)』『湖の子たちの夏』『新島襄とその妻』『疾走する家族』、エッセイ集『ここだけの話だけど』『企業のトップはこれを読む』、ルポ『ボランティアを生きる』『夢があるからがんばれる』など多数。現在、小説(知的障害児と家族をテーマにしたもの、歴史に素材をもとめた伝記物、スポーツを背景にした青春物)、エッセイ、ドキュメンタリー、児童文学(創作)などを中心に、執筆活動をつづけている。

「2011年 『武州かわごえ 繋舟騒動』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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