レモンケーキの独特なさびしさ

  • KADOKAWA/角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041104859

作品紹介・あらすじ

「種明かしをするわけにはいかないので、ここではただ、この本を書いているあいだ、感じやすい(sensitiveである)とはどういうことかについてたくさん考えていた、とだけいっておきましょう」――エイミー・ベンダー

9歳の誕生日、母がはりきって作ってくれたレモンケーキを一切れ食べた瞬間、ローズは説明のつかない奇妙な味を感じた。不在、飢え、渦、空しさ。それは認めたくない母の感情、母の内側にあるもの。
以来、食べるとそれを作った人の感情がたちまち分かる能力を得たローズ。魔法のような、けれど恐ろしくもあるその才能を誰にも言うことなく――中学生の兄ジョゼフとそのただ一人の友人、ジョージを除いて――ローズは成長してゆく。母の秘密に気づき、父の無関心さを知り、兄が世界から遠ざかってゆくような危うさを感じながら。
やがて兄の失踪をきっかけに、ローズは自分の忌々しい才能の秘密を知ることになる。家族を結び付ける、予想外の、世界が揺らいでしまうような秘密を。

生のひりつくような痛みと美しさを描く、愛と喪失と希望の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 「いったい、<すぎる>と<足りない>のあいだに、どうやって線を引けるっていうの?」
    ー「日本の読者のみなさんへ」原作者の言葉より

    上記に引用した言葉は、作者の友人の1人があるとき親族と口論になり、相手から「感じやすすぎる」と言われ、その友人がそのことを振り返っていったもの。
    作者は、「私は、たしかにそうだと思いました。」と同意している。
    そしてこの作品は、このすぎると足りないの境界線を行き来することを余儀なくされた、とある兄妹の物語。

    本書の表紙を飾るのは、美味しそうなチョコレートクリームのレモンケーキと、その上に寂しげに座っている少女の人形。
    ちなみにこのお菓子、本書の表紙のために作られたようで。

    主人公のローズは、九歳の誕生日に母親が作ったレモンケーキを食べたことをきっかけにその「能力」を開花させた。
    開花させたと言えば聞こえはいいが、その魔法のような超能力のような力は、長い間ローズを苦しめ、おそらく彼女の人生すら変えてしまった。
    ローズは食べたものから、その食べものを作った人のあらゆる感情、原材料がどこでどのようにしてどんな人に作られたかまで「感じとってしまう」ようになってしまったのだ。
    ファンタジックな設定だが、この能力は、それを持ち得ない人からしたら素晴らしいものでありながら、当事者のローズにとっては、今まで知らなくて良かった様々な人の様々な感情を突きつけられ続ける地獄のような経験であり、安心して食べられるものが限られるようになる、苦しいものだった。
    少なくとも、私は本書を読みながらそう感じた。
    そんな彼女の能力のことを知っているのは、兄のジョゼフと、兄の唯一の友人・ジョージだけ。
    こんな自身の人生に根深く関わることについて知っている人が2人しかいない…そうなると、常に孤独との闘いだったろう。
    文章は淡々としつつも、面白い表現を使ったものであり、激しい苦しみなどは読みながら伝わってこない、こちらの心の臓まで貫いてくるものではなかったが。常にローズ視点のはずなのに、どこか俯瞰するような。逆に言えばだからこそ読み進められたのか。
    語り手のローズの性格が影響しているのだろうか…ローズは幼いうちから他人の様々な感情を知りながら、極度に依存しない、過度に期待しない性格だと感じたから。
    あとはやはり、食べることで生の感情を常に突きつけられてしまうローズは、自分の人生や感情を、どこか一歩引いていなければならなかったのだろうか…
    だから「あの現象」について、詳しく誰にも言えなかった。

    そしてまた、語り手がローズであるから、最初はローズだけが主人公の物語だと思っていた。
    けれど、実は兄のジョゼフもまた、この物語の主人公であった。
    彼がどうして主人公たるかは読み進めてのお楽しみ。
    ただ、彼もまた、詳しく描かれてはいないが、独特のさびしさを常にまとっていた人間なのだろうと感じた。

    「ただ私の選択は私がこの世界に留まることを許し、彼の選択がそうではなかったことを除けば」

    知ってしまう人と知ることができない人。
    持たざるをえない人とどうしても持てない人。

    これは、とある兄妹と、不思議な能力を通じて、私たちが持っているさびしさの世界にスパイスをひとつまみ足したような物語。

    まさに「独特のさびしさ」と表現するに値する物語。
    ローズらのさびしさはファンタジックな意味で独特だが、作者・訳者が揃って言うように生々しい。
    生々しく感じるのは、能力の要素を別の何かに置き換えてしまえば、私たちの感じるさびしさと同じだったり似ていたり…共感せざるをえないものだから。
    さびしさを常に感じ続ける生活の中で、私たちはどんな生活を送り、何を吸収し、どんな人間になり、どんな人生を送るだろう。
    10年以上の時をローズたちに寄り添った本書は、そんなことについてさえ、考えさせてくれるものだった。
    作者の他の著書も読んでみたい。

  • 面白かったです。エイミー・ベンダーの本を読むのは久しぶりでした。
    料理を食べると、作った人の感情が解ってしまう力を持つローズが哀しくも、でも料理に携わって生きていこうとする光を感じました。
    彼女の家族もつらくて…ローズの兄のジョゼフは世界を手離して、椅子になってしまうのでしょうか。そこがよくわからなかったのですが、この作者さんらしい不思議さでした。
    空気を読む、とかのレベルでなく、人の感情が解ってしまうというのは大変な能力です…人の秘密や、知りたく無いことまで知ってしまう、というのは悲劇です。
    それでも絶望せず、最後は進む道を獲得するローズが眩しかったです。ローズの能力を知っている、ジョゼフの友人のジョージが良い人だったというのもありますが、ローズ自身の力も大きいのではないかと思いました。
    アメリカの料理は美味しそうだというより大柄だなと思っていたのですが、ローズが働くカフェの料理は優しく美味しそうでした。

  • 食べ物から作った人の中身を読み取ってしまう9歳の少女ローズが、その能力故の辛さを抱えながら成長していくストーリー。
    ローズの天才的な理系少年の兄は成長とともに、自分より優秀な少年達が多く存在することを知って内にこもっていく。その兄には説明も理解もし難い能力がありローズだけがそれを理解する。
    この特殊な兄妹に対して両親は基本的に普通なので、このストーリーを現実世界から浮遊させることなく読み進めます。
    ローズの未来に希望を感じつつ、兄のことが気になって、心にざわざわ感が残りました。

  • ファンタジー?文学?

    あらすじ
     9歳の誕生日、母が作ったレモンケーキを食べて以来、食べ物を作った人の感情がわかるようになった私。それを知っているのは、兄とその親友。兄は天才で、人を寄せ付けないタイプだったが、大学に落ち、一人暮らしを始めた。前から時々姿を消すが、ますますひどくなる。母は浮気を始めた。父は無関心だ。兄の親友は優秀で大学で地元を離れ、楽しそうだ。実は兄も能力を持っていた。家具に溶け込める?ことができる。しかしコントロールできないし、だんだん家具の中にいる方が心地よくなってしまったようで、ついに姿を消す。私は力を使ってカフェで働き始めた。

     多分ヤングアダルトだけど難しかったなー。海外のファンタジーってわかりにくい。でも静かな雰囲気とか、それぞれの登場人物が混乱しながらも生活している様子とか、主人公の静かな失恋とか丁寧に書かれていて、読んでいて落ち着いたので最後まで読んだ。

  • ローズは9歳の誕生日のために母親が焼いてくれたレモンケーキを食べたときに、母親がそれを焼いたときの虚ろな気持ちを感じ取ってしまう。以来、ローズは何を食べても、その食べ物の素材や調理について、産地だけでなく関わった人間の感情にまで及ぶ膨大な情報が読み取れるようになってしまい、美味しく食べることができなくなってしまう。とくに母親の料理がひどい。無機質な工場生産のチップスのほうがよほど美味しく食べられる。人なつこく明るい子だったローズは次第にエキセントリックな子になってゆく。

    5歳年上の兄ジョゼフは、天才すぎて偏屈、コミュ障。唯一の友達は同じく天才だが社交的で明るいジョージ。ローズはジョージにほのかな思いを寄せている。父は弁護士で収入も良く大らかで優しい。母は美しく子供たちを愛しており、とくにジョゼフを溺愛しているが、相変わらずローズにとって母の料理は最悪。ある日、母の料理から明るい感情を読み取る。12歳にしてローズは、母が父以外の男性と恋をしていることを料理の味から知ってしまう。同じ頃、兄ジョゼフが突然「消える」ことが何度か起こる。そしてローズが17歳のとき、ついに兄が本格的に失踪し・・・。

    食べ物から一種のサイコメトリーができてしまうローズの不幸。一見幸福そうな家族を覆う見えない亀裂。母親の不倫を知りながら、おかげで母親の料理の味がマシになったことを喜び、それを容認してしまうローズは悲しい。彼女の特殊能力に本気で向きあってくれたのはジョージだけだが、ジョージにとってローズは親友の妹に過ぎない。ローズに奇妙な能力がある以上、ジョゼフの失踪にも何かしらの超常能力があることは予想できたえけれど、突拍子がなさすぎてとても怖い。

    そして家族の中では一番平凡で常識人だと思っていたお父さんが、終盤でするある告白。兄妹が突然変異でなかったことに安心する反面、一歩間違うと超能力SFになっちゃいそう。でももちろんそんな物語ではない。兄妹のそれぞれの能力は、何かしら繊細な個性を暗喩しているだけなのかもしれない。最終的にローズは、その自分の繊細さと折り合いをつけ、うまくやっていける方法を模索していく。大きな絶望と、少しの希望。タイトルが秀逸。

  • エイミー・ベンダーは、はっとするような言葉で読者を引き寄せたりしない。訥々と単純な言葉を重ねてゆく。けれどもその言葉の組み合わせが穏やかではないので、とても非日常的な物語が展開する。しかしそれもよくよく眺めてみれば、誰にでもある小さな違和感を少しだけ別の出来事のように描いてみせるだけなのだ。決して大袈裟に言ったりしないだけで。

    sensitiveとtoo sensitiveの間のどこに線を引けばよいのか、という問い掛けが日本の読者に向けた作家の文章の中に出て来る。恐らくその疑問に対する物語であることが本書の全てであり、結果として、自分を取り巻く世界に対して生まれて初めて抱いた違和感が、実はまだ身体の中に記憶として残っていることを、読み進める内に気付かされることになる。もちろん本書の主人公のように、皆その違和感を、例えばピーマンが食べられるようになるように飲み込み、気にしないようにすることを覚えてゆく。それがsensibleであると、自分を取り巻く社会が要求していることに従うことを受け入れるのだ。たとえそれを善しとしなくとも。

    違和感に共感するという自家撞着。けれども鬼束ちひろの言葉に耳を傾けたり、エイミー・ベンダーの文章に身を寄せたりする人がいるという事は、それが誰にでもある違和感だと言うことを示している。岡崎京子の言葉にあるように『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』。あるいは、忘れたフリをしてしまうね。

  • 表紙とタイトルに惹かれて手に取ってみた。
    親目線で読むと、母親が終始気の毒で辛い。
    ハッキリとした結末を期待して読み進めたけど、釈然としないまま終わってしまった。
    翻訳は、洋書を読んでいるような気分になれてとても良かった。

  • 文体が慣れなくて最初なかなか読み進められなかったけど、真ん中ぐらいから一気読み。
    お父さんやお兄ちゃんのことが結局どうゆうことなのかよく分からなかったけど、予想通りの終わり方でした。

    私小説っぽい?
    好きな人はハマりそうな小説だけど、私にはもう少し短い方が読みやすいかも。

  • 靄に包まれるような気分でした。現実的でそれでいて非現実的だと思いました。短い文を重ねることからたくさんのこころを感じました。

  • 特殊能力やアリエナイコトが起こるこの物語を、ただ深い意味のないファンタジーと捉えることもできるかもしれない。
    でも、誰かの心の中で起こることは、その人の中での真実。現実とそうでないことの境目は、常に曖昧だ。自分には信じられないからと、それを嘲笑ったりたしなめたりすることが、なんの役に立つのだろう?
    著者のエイミー・ベンダー氏に、「あなたはどこまで他人の真実を受け入れられますか?」と聞かれているようだった。

    “食事はあいかわらず食事だし、食べ物はあいかわらず決まったはじまりと終わりのあいだにある、そして私は自分に食べられるもの食べられないものを自分で決められる、と。そして父の場合は完全に避けて通ることもできる病院であり、おじいちゃんの匂いの場合はどうやらお店でのことらしかったけど、もし、ジョゼフが毎日感じたことにはそんなはっきりしたかたちがなかったのだとしたら、どうだろう?避けることも、変えることも、できなかったのだとしたら?いつもそうだったとしたら?”

    わたしたちは例え家族であっても、肌をどんなに重ねも、感覚を、思考をひとつにすることはできない。椅子になってしまったジョゼフは、その孤独さを常に感じていたのかもしれない。
    愛情を注いでも、あなたが必要だと言っても、それは彼の孤独をさらに強めるだけで、彼の救いはただのものになること。ローズはそれを理解したが故に、あの「最後のお願い」をしたのではと思う。

    わたしはローズのようにその選択を尊重できるだろうか。彼の選択を尊重するということ、それが正しいのかすら、今のわたしには、わからない。

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著者プロフィール

1969年生まれ。カリフォルニア大学出身。小学校教諭をつとめた後、最初の短篇集『燃えるスカートの少女』(角川文庫)で鮮烈なデビューを果たす。2010年に刊行した長篇第二作目となる本作は全米ベストセラー入りを果たし、新たな代表作に。邦訳に長篇『私自身の見えない徴』、短篇集『わがままなやつら』がある。2013年には三作目の短篇集『The Color Master』を刊行。南カリフォルニア大学で教えながら精力的に執筆活動を続けている。ロス・アンジェルス在住 。

「2016年 『レモンケーキの独特なさびしさ 』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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