幸福論 (角川文庫)

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著者 : 寺山修司
  • 角川書店 (2005年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041315262

幸福論 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

  • どう生きたらこう成れる

  • 幸福とはこれこれ、こういうものだということを述べる書物ではない(そもそも筆者は書物から幸福論は学べないと言う立場を取っているし、「幸福論」という理論があり、それを実践するという、理論ー実践の二項対立を嫌っている)。筆者が幸福論という語から連想する事柄を次々にテーマ別に書き連ねていっているという印象だ。想像力をもって、ふんだんに自分自身を表現してゆけということが言いたかったのかな、と解説を読んだ後に思った。

    _________________
    目次:
    マッチ箱の中のロビンクルーソー
    肉体
    演技
    出会い

    偶然
    歴史
    おさらばの周辺部
    _________________

    (なぜ出会いは偶然の項目に含まれなかったのか疑問だ)

  • 日本文学ですね。 #日本文学 #幸福論

  • 説得力のある冗談と共に、想像力をもって生きぬく知恵を教えてくれた。

  • 初の寺山修司。カドフェスより。
    『書を捨てよ、町へ出よう』を、先に読んでおくべきだったかな、と感じている。

    「幸福論」の不在から唱えられる『幸福論』。
    有名なアランのものなどは、けちょんけちょんにのされてしまう。
    なぜなら、書物の中でのみ生を与えられた論に学ぶことなどないから(と言いたいのだと思う)。

    書物とはモノローグである。一方向的に説かれる幸福とは、いかなるものか。
    そこで寺山修司は、身体性•双方向性を持つことに意味を見出す。とはいえ、それを説くためにはやはり書物という媒体を通すしかない不自由さに苦さを感じてもいるのだが。

    「想像力も、交換可能の魂のキャッチボールになり得たときには、「幸福論」の約束事になり得るのである。」

    「山椒魚人間にとって、変装は想像力の超克になり、生き方の選択につながるように思われる。」

    「陽が昇ったり沈んだりすることは、必然であり、それ自体に少年たちのギターの神話の力が及ぼすものは何もないだろう。だが、それでもギターを弾かねば偶然と「幸福論」とのあいだをつなぐ、時の架橋工事などはじまらないのである。」

    「幸福は決して一つの「状態」ではないのだと知ったとき「幸福になってしまったあと」などということばは失くなるはずである。」

    自己否定ではなく自己肯定に繋げるように歩み続ける寺山修司の後ろ姿くらいは、見つめられたように思う。

  • 解説を読んでそういう本だったのかとなった。
    「○○論」という作品だからなのか、どうも否定的な言い方が多すぎてつまりどういうことだと読み取るのが大変。

  • 「私たちの時代に失われてしまっているのは、
    幸福ではなくて幸福論である。」

    哲学といっしょで、幸福そのものよりも(そんなものはきっとない)、どうすれば幸福か、なにが幸福かを考えて行動することのほうが大切、だと思う。


    ・書物の歴史性を、現在化していくおは、読者の肉体である。
    →どういう肉体のコンディションで本を読むか。

    ・スクリーンがあれば、人は何度でも死に、何度でも生きられる。

    ・変装の役割。差別の克服。
    自分を解放する日常的な冒険。

    ・演技を生き方の方法にすることで、想像と現実の間の階級を取り除く。

    ・交際を広げたい人は、身近な人も他人とみなす疎外感。
    出会いに期待する心は、幸福を探す心。

    ・アトム畑井。自分がボクサーになって殴られる様子がテレビに映ることで、母に自分を探してもらえるという期待。

    ・売春婦は、「遊んでいかない?」とは言うが、「愛していかない?」とは言わない。
    ホイジンガ「愛が遊戯であり、性がまじめである」

    ・なぜ「いく」っていうんだろうか。
    なにかが逃げていくのか。

    ・オナニーはランプの魔人と似てる。

    ・「オナニーは、出会い。自分の中に同胞を見出す行為」寺山修司

    ・距離と歴史。
    100mを11秒で走るランナーにとっては、10000mは18分の歴史。
    走ることは、過去をたぐりよせること。

    ・歴史で大切なのは、伝承されるときに守られる真実の内容。どうつくりかえ、再構築していったか。そこにどういう意図があったか。

    ・寺山修司の劇団は、身の上相談。
    不幸な人が、不幸を演じればいい、という考え方。

  • 幸福論は未来にしか存在せず。
    アラン的幸福論による認識の転換、雨の日でも良い側面がある、などといった思考を無理に変えるような自己欺瞞ではない幸福論を。
    その鍵はー想像力か?
    幸福である事に対する理性的判断も捨て去る?

    引用
    想像力も、交換可能の魂のキャッチボールになり得たときには、幸福論の約束事になりえる。

    →山の向こう、まで想像力が到達すればばいいのか?

  • 極めて難解。正直に申し上げて様々な文献の引用が多岐にわたり、ワタクシには十分理解が出来なかった。
    表面的かつ一般的な社会性を(処世術)・理性を考慮したり希望を持つことなく、深層心理に近いレベルにおいて正直に自己表現が出来ているのかどうかということなのか?

  • 『本を読むということは「人生をおりている時の愉しみ」か、あるいは「人生を何かによって閉ざされている状態の代償行為である。』
    『「正義」の最大の敵は「悪」ではなく「べつの正義」なのだ、というのが確信犯の倫理である。』
    『想像力があれば存在することができる』

  •  わたしの幸福とは噛み合わなかった。けれど、随所に食いこんでくる痛みのようなものを感じた。ちなみに、「幸福論」という名前のつく本はこの世にたくさんあるようですが、わたしはこの名前の本を読むのは、これが初めてです。
     最初に「わたしの詩のなかには、いつも汽車がはしっている」とあるけれど、たしかにこの文章は、めまぐるしい景色を汽車のなかでひたすら追い続けるようなところがあったなと思う。わたしの胸にひっかかったのは、「出会い」と「偶然」だった。いずれも経験による裏づけがある。新学期の朝の幸福。あれは出会いへの期待からくるものだった。それに、親になにもいわずにサンタさんからのプレゼントを待つ夜なんていうのは、偶然を期待する行為そのものだったんじゃないか。
     しかし、幸福とはなんだろう。彼の追った幸福とは、どんなものだったんだろう。

  • 自分の内なる欲望に逆らわずに真実を語る「健やかさ」と、書物が伝える思想や歴史など外なる何事にも批判を忘れず、主体的に思想や行動を構築しようとする「逞しさ」がある。

    だって

  • 寺山修司の著作を読んだのは初めてだったのですが、とにかく引用が多いこと、登場する人物名が多岐に渡ること、文の表現や比喩、状況の描写などが独特であること、競馬の知識が皆無であること等から、その言わんとすることはなかなか理解し難かったのですが、彼の伝えたいことはその独特の文章から少しばかりは汲み取ることが出来たかなと感じました。
    寺山の幸福論を読み解くための手掛かりになると思われる想像力や演技、出会い、偶然と必然などの言葉にはいささか得るものがあったのかと思われるところがあります。「出会いに期待する心とは、いわば幸福をさがす心のことなのだ」、「偶然の本質、偶然をそれ自体の存在として受けとめようと思い立ったときに、はじめて自由になれるのだ」といった言葉にも考えさせられる部分があり、読んでいて飽きない作品でした。
    寺山の幸福論は多くの哲学、数学、社会学等の学問や映画、詩などの著作を引用しており、幅広いジャンルの書物の紹介書のようでもあるため、これを読むことでさらなる知的好奇心をかきたてることができることからも、是非読んでいただきたい一冊です。

  • 恋愛映画みてる場合じゃない。

  • 難しい。自分の勉強不足をひしひしと感じた。

  • 寺山修二、久々に読んでみました。普段考えたり、感じたりしていることをこうして理論的に捉えていくのも時にはおもしろかったりしますね。

  • よく理解できなかった。という以前に知らない言葉が多すぎて、勉強不足を感じるという読書とは別の方面の趣旨でへこんだ。
    ということで評価は保留。

    ただ、「わるい天気」を根本から無くすべきである、という主張には納得。
    よく見かけるのは「わるい天気」をあたかも「よい天気」と考えてしまう、というものだが、それでは世界としての根本的な成長は何もない気がする。

    対症療法ではない方が、大変ではあるが、大切だと感じる。

  • 難解な本でした。
    以前から読みたいと思っていた人ですが、ちょっと苦手な分類のようでした(残念)。
    「言葉の錬金術師」と異名を持つように、確かに独特な雰囲気は感じます。また、歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、俳人、評論家、俳優、写真家などとして活動していたそうで、広いジャンルの引用文がかなり掲載されていました。
    私的な解釈は幸福とは、想像力を広げることによって幸福に満たされるのではないだろうか?という答えでした。
    きっともっと深い話しなのかもしれませんが、それ以上の理解は難しかったです。

  • 一番好きな作家。
    正直文章自体は理系の自分には中々難しく、かなり読み飛ばしている部分もある。
    けど、この人の書く文章には力学がある。秩序を前提とした「当たり前」の矛盾に立ち向かってるパワーがひしひしと感じられる。

    私の詩のなかには
    いつも汽車が走っている
    だが私はその汽車に乗ったことがない

    心を撫でてくれるような文章はないけど、だからこそがつんときました。出会えて良かった

  • 優しさのある分、いつもの修司らしさである毒気に欠けるが、小さな幸せの見つけ方を教えてくれる一冊。数々の著書中、わりと女性向き。アラン、ラッセルなどいくつかの「幸福論」の中、椎名林檎のそれはここからのテイストであろう。

  • 眩しい。
    昔を思い返すスタイルを割とよく取るけども、この人の本質はきっと広くて真っ青な空の下にあるんだろう。

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