太陽黒点 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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感想 : 39
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041356609

作品紹介・あらすじ

昭和30年代後半の東京。才気に満ちた美貌の苦学生・鏑木明は、アルバイト先の屋敷で社長令嬢・多賀恵美子と出会い、偶然にも特権階級への足掛かりを手にする。献身的だが平凡な恋人・容子を捨て、明は金持ち連中への復讐を企て始める。それが全ての悲劇の序章だとは知らず…。"誰カガ罰セラレネバナラヌ"-静かに育まれた狂気が花聞く時、未曾有の結末が訪れる。戦争を経験した著者だからこそ書けた、奇跡のミステリ長編。

感想・レビュー・書評

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  • これほどまで怨念に満ちて、それでいて間接的な殺人があるだろうか。さきの戦争そして戦争後の「幸せな」時代への呪詛。
    15歳で日中戦争、19歳で太平洋戦争を経験した著者のミステリー。

    この本は一生の記憶に残る。

    「太陽黒点」、太陽でもっとも低温のシミのような場。

  •  山田風太郎の世評高いミステリ。戦後十数年を経て平和な時代の中にも若い学生たちの間には裕福な者とそうではない者の間には将来への希望に格差が生じていた。持てる者たちの華やかな暮らしに暗い嫉妬心を宿した鏑木は自らの生活を崩しながらも多賀恵美子とのつき合いを止めることはできず、恋人の容子はそんな破滅的な彼の行動に否応もなく巻き込まれていく。
     という現代にも通じるような若者たちの青春群像ミステリが終盤一転して、太平洋戦争の悲劇が背景に虚無的な影を落としていることが明らかになる。犯人のトリックは失敗の可能性が高いところに多少疑問もなくはないが、解説にもあるようにそこは犯人も理解しているという解釈が成り立つし、作品の核はなんといっても戦争に翻弄され人生を徹底的に歪められた人達の怒りと無念の重さと何ともいえない無常感だろう。テンポのよい展開と重い読後感のコントラストが際立つ傑作である。

  • ああ素晴らしい。
    純文学かと見紛うほどの綺麗な文体とストーリー展開。
    しかしそれでいて本作は第一級のミステリでありノワール小説なのだ。

    いままでこんなにも規模の大きい◯◯◯殺人(読めばわかる)は見たことない!!

    この結末だけをとって、やれリアリティがないだの、実現不可能だとか言うのは全くの見当違いだろう。

    作者がやりたかったのはこの結末ではなく、この時代に行きた人達の慟哭を文字にして伝えることではないだろうかと僕は思うのだ。
    その過程でミステリの体裁をとってしまっただけのこと。
    まぁ、そこが山風らしいのだが…

    正直、平成生まれの僕は登場人物たちの気持ちを理解できたとは言えない。
    きっと不可能だろう。
    しかしこれだけは確実に言える。
    本書は傑作であると。

  •  昭和30年代後半、苦学生の鏑木はバイトで訪れた屋敷で社長令嬢と出会う。鏑木は特権階級への反抗の意思から、彼女に近づくのだが……

     他の本や映画のalwaysではこの時代は貧しくても希望があった時代だとか、頑張ればそれが給料に反映された時代だとか、どこか希望的な側面で語られやすいのですが、この小説に出てくる登場人物たちは、将来への希望をなくしていたり、時代に疑問を持っていたりしています。

     敗戦からおよそ10数年、復興や高度経済成長のイメージが強い時代ですが、その時代の暗部というか、語られにくいところを見事に描き切った作品だと思います。

     中でも印象的だったのが鏑木が将来への希望を持てない様子でした。先に書いたようなイメージの強い時代だったので、この時代にこういう若者がいたのだな、という意外な気持ちが浮かんでくるとともに、とても感情移入してしまいました。彼と同年代で、現代も希望が持ちにくい社会であるからかもしれません。

     青春小説としても一級品の出来! 特権階級に近づくため自分を見失っていく鏑木を心配する容子の描写も感情表現もとても上手く引き込まれました。また自分を見失っていく鏑木の描写も読んでいて切なかったです。

     そして最後に明らかになる狂気の存在……。時代の闇を凝縮したような黒さを感じるとともに、でも一方でとてつもなく痛切な叫びを聞いたような気にもなりました。この狂気と叫びの前には何者も無力にならざるを得ない、そんな風に感じてしまいます。

     読後はしばらくぼーっとなってしまいました。それだけ、この叫びが自分の中におおきなしこりを残したのだと思います。幕引きも鮮やかでした。その後について語りすぎないことで、読後の深く切ない余韻が心にじっくりと沁み渡っていったように思います。

  • やっと、初山風。期待も大きかった半面、乱歩や横溝あたりを殆ど楽しめない自分には、きっと山風も…みたいな不安もあったりして。で結果、概ね感じた不安の通りだった。やっぱり自分、古めかしい会話とかを根本的に受け付けないのですね。古い貞操観念とかも含め、基本的に自分とはあまり相容れない世界観でした。

  • 読んでいる最中は、若者の破滅を描いた青春小説としか思えなかったが、最後にある人物の独白があり、ミステリー作品へと変貌する。
    事件の構造と動機に特色がある。
    また、戦争による犠牲の無意味さへの作者のメッセージが込められている。

    (ネタバレ)
    犯人はこの犯罪を「遠隔操作の殺人」と称しており、これがこの作品の狙い、特色になっている。作品の初めの方に出てくる、ある書物の内容が事件の真相に直結する核心となっているところが実に巧妙である。
    「プロバビリティーの犯罪」で、遠大で相当大掛かりな計画に基づく犯罪であり、このようなタイプのミステリーを読んだときにいつも感じることだが、そんなに都合よくいくだろうかという疑問は持たざるをえないが。
    各章の「死刑執行・〇〇前」という見出しがミスリードになっているところも面白い。
    動機の間接性、屈折している点も、この作品の特徴である。犯人の戦争時の体験と、その後の人生で気づかされた戦争犠牲の無意味さ。「誰カガ罰セラレネバナラヌ」というメッセージに触発されて行われた「観念」による殺人である。

  • 昭和30年代後半(=1960年代前半)の東京で、
    アルバイトしながら大学に通う青年が、
    金持ちの娘と知り合い、ブルジョワの毒気に当てられて、
    勤労や苦学には意味がないと思い始め、
    上手く立ち回って「逆玉(の輿)」に載った方が利口だ、
    と考えるようになり、周囲の人間を憎悪しながら野心を燃やす
    という筋立てだと思ったのだが……一杯食わされた。
    なんという理不尽な苦悩、そして死(二重の意味で)!
    なるほど、これは戦争体験者にしか書けないだろうなぁ。
    被害者もかわいそうだし、犯人も悲しい、
    じゃあ誰が悪いのだと問えば「それは君たち読者だ!」と
    指を突き付けられる気が――って、あ、それじゃ某「奇書」と一緒か(笑)
    直接の関係はないけれど、そういえば、
    山田風太郎と中井英夫は同年生まれの人だったと思い出し。
    ところで、解説でも詳しく触れられていないが、
    二転三転して決定したというタイトルは「磁場」のイメージからだろうか。

    【付記】
     読んでいる間、人間椅子の同タイトル曲が頭の中をグルグル回っていたが、
     詞の内容は本書と特に関係なさそうです。

  • 昭和30年代東京。
    苦学生ながらも容姿淡麗、頭脳明晰、可愛らしい恋人もいる鏑木明は、ひょんなことから富裕層の集まるパーティーに参加。そこから彼の人生の歯車が狂いだします。

    それまで平穏に過ごしていた明が、富裕層との格差に打ちのめされて野心を抱き、自分を失っていく様が滑稽でもあり恐ろしい。

    高度成長期を迎えようとしている日本で、しかし将来に希望を見いだせない戦後を生きる若者の苦悩を背景にした、恋愛小説でもあります。

    出来ればなんの前知識もなくいきなり作品世界に浸ってほしい小説です。
    山田風太郎という作家自身を知るのにも、彼の書く小説がどういうものなのか知るのにも良い1冊だと思います。
    読めば分かる、というのはなんでもそうなんですが、本書に対しては特にそうとしか言えません。
    読めば分かる。

    ネタバレ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






















    生まれは平凡でも才能と容姿に恵まれた明にはサクセスストーリーを期待しましたが、享楽的なお金持ちの人々に振り回されるのが哀しいです。
    そしてそれをどうしようもない思いで眺めている容子の健気さと執着。
    若くて青い。その純粋さと頑なさが読んでいて非常に辛かったです。
    ところで明を振り回す天衣無縫の恵美子はとても魅力的。豪胆で自由で、なぜか嫌味を感じませんでした。

    そして最後で明かされる驚きの真相ですが、思えばいつも山瀬はターニングポイントで登場していたように思います。しかし、まさかこんな計画を胸に秘めていたとは分かるはずもありません。
    彼自身の哀れな生活さえも利用し、必要とあらば散財も土下座も厭わなかった所に恐ろしさを感じます。

    操作殺人は自身の安全は守られるかもしれませんが、目的を達する為の方法としては確実性が低く、時間もお金もかかるものなのであまり現実的とは思えないのですが、本書の一番凄いところはそんな疑問をも包括した動機でしょう。
    これだけ手間暇かけて何人もの犠牲の上に杉麻子を追い詰めた理由には理解の範疇を超えるものがありますが、ここで改めて「誰カガ罰セラレネバナラヌ」という言葉が大きな意味を持って思い出されます。
    作者自身の思いともとれるような戦争への強い憤りが感じられ、終盤の山瀬の独白には身震いする思いでした。

    山田風太郎の作品には深いテーマとともに稚気が感じられるのが好きなのですが、本書でそれはあまり感じらなかったので、私の好みとしては本書は高評価ではありません。
    しかし、操作殺人の真相、物語の構造、意外な犯人、そしてなによりも戦争や時代に対しての強烈な人間の心模様など、☆5をつけないわけにはいきませんでした。
    読後、深く重く、いつまでも心に残る作品となりました

    • kwosaさん
      ニコルさん

      『太陽黒点』はミステリとして傑作だと思っていますが、戦争を経験していない世代の自分が、エンタテインメントとして割り切るのが躊躇...
      ニコルさん

      『太陽黒点』はミステリとして傑作だと思っていますが、戦争を経験していない世代の自分が、エンタテインメントとして割り切るのが躊躇われる深いテーマがある事も確かです。ニコルさんのレビューを拝読してあらためて思いました。
      山田風太郎には『戦中派不戦日記』などの名作があるそうですが、そちらは未体験。
      現代もの(?)のミステリには、戦争の残り香や醒めた視線を感じるものが確かにありました。
      ニコルさんの言葉を借りるならば「稚気」
      僕も好みですが、それを求めるならば『忍法帖』や『明治もの』の方がいいのかも知れませんね。
      2012/12/16
    • ニコルさん
      kwosaさん

      コメントありがとうございます。
      戦争の経験がこの作家に強く影響しているのだと感じられる作品の一つでした。
      kwosaさんの...
      kwosaさん

      コメントありがとうございます。
      戦争の経験がこの作家に強く影響しているのだと感じられる作品の一つでした。
      kwosaさんのおっしゃる通り、戦争を知らないわたしが読み解くには難しい作品です。ミステリとしてはわたしも傑作だと思いますが、それだけで評価していいものか…。
      もし、ほかの作品を知らずにいきなりこの作品を読んでいたら、忍法帖シリーズなどにも違う印象を持ったかもしれません。
      山田風太郎、奥が深いです。
      2012/12/17
    • kwosaさん
      ニコルさん

      こちらこそコメントありがとうございます。

      >ほかの作品を知らずにいきなりこの作品を読んでいたら、忍法帖シリーズなどにも違う印...
      ニコルさん

      こちらこそコメントありがとうございます。

      >ほかの作品を知らずにいきなりこの作品を読んでいたら、忍法帖シリーズなどにも違う印象を持ったかもしれません。

      確かにそうですね。
      作品によってはギャグすれすれで馬鹿馬鹿しさすら漂う忍術合戦も、すべからくカッコイイ「戦争」などあるはずもなく、全ての争いは馬鹿馬鹿しいという事なのかも知れません。
      そんな滑稽な争乱の中でも、それぞれの人物に矜持がある。奥が深いですね。
      2012/12/17
  • 東西ミステリー国内版48位の本作を読了。
    有るパーティーで知り合った社長令嬢に"有る計画"を企てる男がいたが、、、。と言うお話。

    9割恋愛、1割ミステリとは良く言ったもので、途中の処女・童貞喪失を巡る問答やその他諸々の関係性など今にも通じる感覚で物語がテンポ良く展開して行きます。

    そして最終章の種明かしパートでひっくり返るミステリの王道展開です。確かに、よくよく考えると1番"らしい"のはあの犯人なんですよね。

    ブランデンブルクの『ビスマルクから世界大戦へ』を下敷きに、戦中派の持つ屈折した感情、戦後派が享受する快楽をうまい具合にストーリーの背骨にさてくれています。ミステリ用語で言う所のwhy done itです。

    山田風太郎は高木彬光、鮎川哲也と同世代の作家のようですが、今のところは1番面白い作家だと思いました。

  • 法月綸太郎さんと若林踏さんのトークライブ、ワットダニットの回で話題にのぼった本。

    とある青年の堕落劇かと思いきや……

    冒頭と真相をうまく繋いだこと、とある人物の怪演技首を捻りながら、しかし、どんな高尚な理由をつけたとしても結局は「羨望」なのかもしれないなと。氷河期世代を起点にその上下世代に向け、鬱屈とした感情を育てている人はいるのではないか。物語の本当の主人公の予備軍はたくさんいると私は思う。

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著者プロフィール

1922年兵庫県生まれ。47年「達磨峠の事件」で作家デビュー。49年「眼中の悪魔」「虚像淫楽」で探偵作家クラブ賞、97年に第45回菊池寛賞、2001年に第四回日本ミステリー文学大賞を受賞。2001年没。

「2011年 『誰にも出来る殺人/棺の中の悦楽 山田風太郎ベストコレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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