もの食う人びと (角川文庫)

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著者 : 辺見庸
  • 角川書店 (1997年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043417018

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もの食う人びと (角川文庫)の感想・レビュー・書評

  • 齋藤孝さんの本で取り上げられていたご縁で読んでみました。
    なんだこの襲ってくる圧倒的な何かは。上手く説明が出来ないけど、食というテーマが貫かれているからこそ、浮かび上がってくる様々なこと。こんなものしか食べれないんだ、可哀想、という薄っぺらい感想に留まらない色々な思いがわいて出てきます。的確な言葉がみつからなくて悔しい。辺見さんすごい。

  • 食に対する著者の探究心
    世界中での様々な食の在り方にすごく衝撃を受ける
    文が非常に上手いため読みやすい
    海外に行きたくなる作品

  • ニュースで聞いていたことはただの単語でしかなかったと思い知らされた。背景や人の動き、著者の心情、もちろん食べ物もとにかく細かく記されているから、とても生々しく感じることができ、呼んでいるだけで胸がドキドキした。見たこともないのに、記された人たちの顔が迫ってくるような迫力もあった。

  • 人は今、何をどう食べているのか、どれほど食えないのか…。飽食の国に苛立ち、異境へと旅立った著者は、世界各国をめぐっては現地の人たちと膝を突き合わせ、あらゆるものを食べまくる中で搾り出されたルポです。

    この本を初めて知ったのは鴻上尚史さんのエッセイ『ドン・キホーテのピアス』で掲載されていたのを高校時代に読んで、実際に本編を初めて読んだのは大学時代のことと記憶しております。そのときも衝撃を受けましたが,今回再読して、改めて衝撃を受けました。内容を簡単にかいつまんで書くと、世界各国を回ってそこで出るものは何でも、それこそ、喰って喰って喰いまくり、人と『食』とのかかわりを考察するすルポルタージュです。

    しかし、久々にこういう『重い』本を読むと、あまりの衝撃で読んだあとはしばらく何もできなくなりますね。どこで何を食べてきたのかというとダッカの残飯、ビター、猫用缶詰、ソムタム、キャッサバ、ジュゴンの歯の粉末、スズメ、フォー、バインザイ、ドイツの囚人食、ドナー・ケパブ、サチカオルマ、ボグラッチ、旧ユーゴ難民向け援助食糧、アドリア海のイワシ、コソボの修道院の精進料理、聖なる水、ソマリアPKO各国部隊の携帯食、ラクダの肉と乳、インジェラ、塩コーヒー、バター・コーヒー、ウガンダはエイズ村のラトケ、ロシア海軍の給食、チェルノブイリの放射能汚染食品、ラプーフ、択捉島は留置場のカーシャ、ウハ・スープ…etc。

    とここに列挙するだけでもすさまじいラインナップの食材を食べているということに唖然とさせられます。その一つ一つに一筋縄ではいかないエピソードがそれこそてんこ盛りに記されております。たとえばユーゴやコソボが当時、血で血で洗うような民族紛争をしていたあたりで、そのような中でも人は行き、そして食べる。そのありのままの姿、もっと露骨にいってしまうとむき出しの『人間』が『食』を通して描かれております。

    僕が今回再読して唖然としたのは、チェルノブイリ原発事故で現場から20、30キロしか離れていない地域の村で、そこに住んでいる人たちと一緒に汚染された食事を食べ、サマゴン(自家製酒)を飲んでしたたかに酔い、今も廃墟となっているプリピャチ市に佇み、また別な村で現地に生活する人たちと一緒に飲み食いをする…。何でここまでする必要があったんだろうと、読んでいる分にはいいんですが、他にもドイツの囚人食を食べて「うーん、これはまずい」とぼやいたり、バングラデシュのダッカでは低所得者と一緒に残飯を頬張り、コソボの修道院では精進料理を食べながら民族・宗教問題を修道士に問いただしたりと、まさに胃袋で考えた末に記された一冊であると思います。

    『食べる』という行為は本能的なところに根ざした行為で、ともすれば考えようによってはものすごく『業』が深い行為であるので、難しい問題がこの本にもてんこ盛りに取り上げられているんですけれど、それを越えて私たちの奥底に強く揺さぶりをかけてくる本の一つだと思っています。

  • 飽食の時代に嫌気のさした著者が、世界の「食う」現場を旅したルポタージュ。フィリピンでの日本残留兵による食人、バングラの残飯などショッキングな内容もあり、ジュゴンの話やチェルノブイリの話は今日本の抱える問題として考えながら読んだ。従軍慰安婦の語りは、決して消えることのない恨みと、同時にそこにしか同居しえない青春が灯っていて、胸が割かれる思いがした。
    素直に良書だったと思う。

  • ノンフィクションの、絶望的な傑作。人間の根源的な「食」をキーワードに、世界中を巡る。根源的だからこそ、人間の持つ生来の美しさと醜さをまこと鮮やかに照らし出す。20年以上前の作品だが、まったく色あせることはない。

  • 旅行をするたびに思う。
    そこへ住むように旅をしたいと。
    同じ者を同じように食べる事は、旅行者としての何よりの楽しみだと思う。
    そして彼らの背景を考える。

    コンビニだらけの、そして24時間食べ物が売られている日本で暮らす私。食べる事は何か。日々自分に問いかけながら暮らそうと思った。

  • 本編と同じくらい(個人的にはそれ以上に)あとがきが素晴らしくないですか?

    なんというか、
    わたしは「すべてのことに意味をつける必要なんてない」ということに勇気付けられました。
    どんなことでも言語化して、意味をつけて、上やら下やら並べ替えようとする。比較でしか物事や自己を認識できない自分やみんなにつかれていたから。

    「それっぽい解釈を押しつけて上手に説明できる人がエラい」みたいなこのゲームから、早く一抜けしたいものです。
    言葉にはできない感動や違和感を恥ずかしがって捨てることなく、大切にしていきたいと思いまふ。

  • 日本人なら読んでおくべき、読まなければならない本だと思った。
    食うとは生きること。
    人は辛くても死にたくても、食わずにはいられないんだなぁ。

    自分がいかに「飽食」というぬるま湯に浸りきっているか、
    そしてその事実に麻痺しているかを思い知らされた。

    「菩提樹の香る村」が特に印象に残った。

  • 食べる行動から、世界を伝えるノンフィクション作品。

    現状をそのまま羅列して悲惨な現実を伝えるより、食を通して描かれる現実の方がよりこころに入ってきたかも。

    あとがきでの著者のインタビュー「ミクロを通してマクロを知る」ことの面白さ、わかりやすさは本著でも体感できたし、自分も心掛けたい。

  • 少し読むのに時間がかかってしまったが、読み終わった後よくわからない涙が出た。世界中どんなところでも人間は食べているんだなぁと思った。そして私たちは「食べる」ということが当たり前にできすぎて「食べる」ということに関する研ぎ澄まされた感覚を完全に失ってしまっているのだと再認識した。あとがきに一番共感する部分が多くてよかった。
    私にはこれほどのバイタリティーはないなぁ…などと思ったが、「世界を回る、実際に見る、臭う、味わう、話す、触る、過ごす……」ということはいろいろなことを知るのに本当に大事だと感じた。私も外国に行きたい。知りたいことを知りに、調べに、この目で確かめに行かなきゃなぁと思った。日本にあってその国にないもの。その国にあって日本にないもの。見習うべきもの、捨てるべきもの。そういうものを見ることができたら、私もこの作者のように、それを伝えていきたいと思った。

  • 初めて読んだときは、衝撃的やったな。

  • 今読んでも、状況があまり変わっていないような気がするのが、怖い。

  • 確か一人暮らしをする時に実家の書架から拝借し、引っ越しを繰り返しながらもいつも棚の後ろのほうに隠れていたので、今まで手に取らなかった一冊でもある。
    今年度の蔵書整理により当校図書館より廃棄処分になったものを引き取り。今回は「別荘」にある単行本ではなくこちらを一読した。

    もしかしたら単行本のほうは読んでいたのかもしれないが、内容はまったく覚えていない。が、このタイミングで読んだのはなぜ?と思ってしまうくらい、私自身のタイミングがハマり過ぎた。

    チェルノブイリ原発事故の汚染地域での食事。

    人間は食べなければ生きてい行けないのであり。
    うちの近所でも農作物に基準値(何をもって基準とするかはこの際置いておいて)以上のセシウムが検出されているが、御年88歳になる婆さんが「オラはおっかねぇから食わねぇ」と言う。確かにそれ以外に食べられるものはあるから笑い話にできる(笑い飛ばすしかない、とも言う)状況だが、さて、コレが世界的な食糧難になり自国の農家が作ったもの以外食べられなくなったら?とか考えないのだろうか、この国の人たちは。それもそうなったら「想定外」の一言で済ます?食えなくなったらその人は死ねということ?

    車やコンピューターを作って売るのもいいですが、鉄は食べれませんからね。。。

    ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」新版を読んでいたので、ドイツの囚人食の項も興味津々で読んだ。

    辺見氏は石巻の出身。彼はこの震災をどう書き表すのだろうか。

  • 食べる。いつも、あたりまえに 食卓に 座り 頂く。しかし、世界中には 生きるために 食べる。その、直面した 人々の 生活力に 圧倒されます。飽食の今‼ 是非 一読の価値あります。

  • 臭いが、味が漂ってくる、「食」のルポルタージュ。チェルノブイリの話が、今になるとリアリティをもって胸に迫る。福島もこうなるのだろうか。是非読んでほしい。

  • 図書館でふと目に付いてなんとなく借りて読んだ一冊でしたが、内容はとても印象深いエピソードばかりで、今でも読み返したくなります。

  • 食べる、を生きる目標とする人々。食べる、の裏の歴史。日本の美味しいごはんと味噌汁が食べたくなりました

  • 何度も読み込んでいる。
    しばらくすると、また読みたくなる。


    食事は、その国や家庭環境、経済状況を一番わかりやすく表しているのだろう。
    そしてそれは、真実に近いのだと思う。

  •  日本人は飽食だとよく言われる。確かに一歩外に出れば世界各国の料理店が軒をつらね、美味しそうな匂いをただよわせている。だが一方で、2,3年前に話題になったように日本でも餓死者が発生している。現在の日本には、たらふく食べられたのが食べられなくなる逆説のかすかな気配があるのではなかろうか。著者は上記のような問題を提起し、旅に出ることにした。
     本書は東南アジアからヨーロッパ、アフリカを食を求めて巡った著者の体験記である。第一部ではインド、ベトナムなどの東南アジア、第二部ではヨーロッパ、第三部ではアフリカ、第四部ではロシア、そして第五部では韓国をめぐる。
     どの旅にも新しい発見があったのであるが、とりわけ印象的だったのは第一部と第五部であった。
     第一部で著者はインド、バングラデシュ、フィリピン、ベトナムを巡るのであるが、私はベトナムの人々のフォーを食べる速度が以前よりも早くなっており、それと経済発展が相関関係にあるという事実に驚いた。経済が発展して何かと忙しくなったために、食事の所要時間が短くなったというのである。私は食からその国の社会状況が判断できるとは思っていなかったので、著者の指摘はとても新鮮に思えた。
     もう一つは第五部である。第五部では隣国韓国が取り上げられているが、その中でも特に従軍慰安婦のお年寄りが登場する部分が印象に残った。彼女たちの一生消えることのない心の傷が食を通じてまざまざと伝わってきた言いようのない怒りと悲しみにさいなまれたからである。従軍慰安婦の問題は戦後長い間政府が触れようとしてこなかった問題の一つであるが、本書を読んで、現実から目を背けてはいけないと強く感じた。
     本書は世界を「食」というユニークな媒体を通して分析しており、その結果導かれる考察も一線を画したものとなっているので面白みを感じた。また、ただ食について考えるのではなく、そこから過去の戦争の傷跡や人々の内面にも思いをはせることができ、非常に有意義な本であった。
     ただ、本書は一部の地域に偏った記述を行っているため、世界を一望しているようで実はできなかったのが心残りであった。しかし、食という人間の原点に立ち返り、そこから人間の在り方を考察する本書は、我々読者に今まで盲目となっていた視点に気づく機会を与えてくれるため、概して良書といえよう。飽食時代に生まれ育った今の若者が本書を読み、自分がいかに恵まれているのかを痛感し、食に対する意識を高めてくれることを願ってやまない。

  • 食べることは、おいしいこと、楽しいこと。
    そんな風にしか考えられない自分が
    どれほど狭い価値観の中でしか育ってこなかったのか、思い知らされました。

    人びとはいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか。
    あるいは、どれほど食えないのか。
    それを確かめるために著者はもの食う旅へ出る。
    酸味を帯びたダッカの残飯、
    ネオナチに追いやられたトルコ人のドナー・ケバプ、
    チェルノブイリの放射能汚染スープ・・・
    食べものには人びとの、思想や、文化や、経済状況、記憶、かなしみやよろこび、
    あらゆるものがこれでもか、というほど滲み出ている。

    食べることは、世界を知ること。
    この本が与えてくれた、新しい価値観。

    いやーそれにしても読むの時間かかってしまったなあ。笑
    ボリュームたっぷりでした。

  • 五千人が同時に食事できるこの店で、民族、宗教問題緊急国際会議を開いたらどうであろうか。
    旧ユーゴスラビアのクロアチア、セルビア、ボスニア勢力代表には、絶対に参加してもらいたい。インドのヒンズー、イスラム教徒過激派代表、アイルランド共和国軍(IRA)代表あたりにも出席してほしいところだ。イラク、グルジアも代表を派遣してほしい。
    ともに食いながら話せば、果てしない殺しあいら、食う楽しみを取り戻すほうがいいと、胃袋で理解できはしないか。(65P)

  • 人間は大体が食べることでエネルギーを得て生きてると言うことを思い出した。
    その当たり前の悲しさ。

  • ■残業して帰宅すると23時とかになっている。ここでご飯を食べてたらダメだ、健康に悪いとわかっていても、おかずを用意してお味噌汁をつくってご飯を食べることをやめられない。これでそのまま野菜ジュースだけ飲んで寝た日には、私はぜんぜん満たされない。
    たぶん食卓に座ってもぐもぐしてるときに、私はその日いちにちも一緒にかみ締めている。
    ■で、この本です。タイトルどおり、世界中の「もの食う人々」が出てくるのですが、この「食う」が全然たのしそうじゃない。
    放射能危険地帯の食事、塀の中の食事、誰かの食べ残しを食事にする…。でも、その人たちにとっての食事の時間も、食事以上に思うようにならない生活や社会や毎日を進めるための大事な時間なんですよね。読んでいてそう思った。食べることは生きること、ってほんと真理だ。

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もの食う人びと (角川文庫)の作品紹介

人は今、何をどう食べているのか、どれほど食えないのか…。飽食の国に苛立ち、異境へと旅立った著者は、噛み、しゃぶる音をたぐり、紛争と飢餓線上の風景に入り込み、ダッカの残飯からチェルノブイリの放射能汚染スープまで、食って、食って、食いまくる。人びととの苛烈な「食」の交わりなしには果たしえなかった、ルポルタージュの豊潤にして劇的な革命。「食」の黙示録。連載時から大反響をよんだ感動の本編に、書き下ろし独白とカラー写真を加えた、新しい名作文庫の誕生。

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