もの食う人びと (角川文庫)

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著者 : 辺見庸
  • 角川書店 (1997年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043417018

もの食う人びと (角川文庫)の感想・レビュー・書評

  • p.16
    「それは、食べ残し、残飯なんだよ」
    …口に酸っぱい液がどくどく湧いてきて、私はしきりに唾を吐いた。

    国語の教科書でおなじみの、ダッカの残飯市場の話から。
    動機が身勝手だとか誇張しすぎているとか、批判はあると思うけど、何重にもヴェールをかけたこの華麗な文章でさえ、現代日本でのほほんと暮らしている私には衝撃だった。こんな世界があるのか。こんな人々がいるのか。よくそんなところで「食レポ」をしてきた。生きている限り、人間である限り、食べなければならないのか。伝統や歴史という言葉では語れない、その地方ならではの生々しい食事。
    この衝撃の感情が、怖いもの見たさの好奇心で終わらないといい。これで「わかった気」になっちゃうのも怖いけど。

  • 淡々としすぎず叙情的になりすぎず読みやすい。

  • 視点は面白いのに偏った主観が多く、事実を曲げてやしないか疑問が残る。不確定要素を断言されるので気をつけて読みたい。

  • 飽食の日本を離れて、辺境での数々の食事とそれを提供する人々との交わりの濃さに圧倒される。

  • 20年以上前に発表された、ノンフィクションのルポ形式の本。著者が世界中の主に貧困地域や紛争地域などを旅して、現地の人が何を食べているかを共通テーマにレポートするもの。アジア、アフリカ、ヨーロッパ、ロシアをカバーしている。身の危険も顧みず、現在で思うとかなり危険な場所にも踏み込んでいる。
    率直に言って、社会の底辺にいる人たちの生活に対する、のぞき見趣味が見え隠れして不快だった。たとえば、アジアの最貧地域に行き、残飯を食べる現地の人の姿を描写したり、餓死寸前の少女の姿、物乞いをさせられている少女、事故から数年しか経っていないチェルノブイリ周辺に住まざるを得ない人々の困窮状況、元従軍慰安婦にインタビューして当時のつらい体験を話してもらったり。もちろん歴史の悲劇は真実で、私たちが知らなければいけないことであることは確かである。でも、興味本位でわざわざ人が恥を忍んでやっとの思いで暮らしているところに出かけて行かなくても、という気持ちになる。
    ところどころ、とても美しい比喩がちりばめられていて、心が洗われる。人によって評価が分かれる本ではないだろうか。

  • なるほど官能的というのはこういうことを言うのだなあ。どの一文も五感すべてに殴りかかってくるようだ。テーマの食にかかわる味覚はもちろん、匂い、手ざわり、温度、湿度、それらが渾然一体としてあたかも自身の生の経験のように鮮明になだれ込んでくる。

    「調べる技術、書く技術」で良いノンフィクションを書くための説明に使われていたことから読んでみたのだが、なるほどこれは、と唸るしかない。

    本の細かな内容については、未読のかたの味わいを損なわせるのが惜しく、一般化も説明もしたくないくらいだが、一点興味深い点があるので記憶にとどめる意味で以下記しておきたい。

    本書は1994年5月にあとがきを書いている。オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした1995年3月の10ヶ月ほど前に当たるわけだが、オウム真理教のアサハラ・ショウコウの著作物が取材対象者の本棚に登場しているのだ。ロシアで乞食まがいのチェロ弾きをして日銭を稼ぐ少女とその母親を自宅。離婚した母親は占いに凝っていて、元夫に仕送りをさせつつも娘に乞食行為をさせていることになんの良心の呵責も感じていない女として描かれている。社会主義は崩壊し、離婚後の家計は貧しい。カルトはその母親の心の隙に人種も国籍の別なく入り込んでいる。著者が意識したのかそうでないのかはわからないが、あくまでさりげなく、神の宿る細部描写のひとつとして挿入されたこの一文に脱帽するほかない。オウム事件後、ロシアでも布教が行われていたことが報道されたが、かの親子はどのような気持ちで日本の報道にふれたのだろうかと考えずにはいられない。

  • ダッカから東欧、アフリカ、チェルノブイリと紛争、貧困、飢餓、危険な地域を巡って、とにかく「食べる」、択捉島、韓国に赴いては、残酷な過去と「食べる」営みの関わりを探る、とにかく、生きることは食べることという厳然たる事実の持つ重みを肌身で感じ取ろうとする渾身のルポ。

  • 学級文庫で偶然見つけて読んだ。日本にいるとまず食糧に困ることがない。そこに嫌気がさした著者が、世界各地の食事情を知るために旅に出る。読んでいくと、日本では考えられないような食材・料理が出てきたりして面白い。また、過酷な旅の様子にも目が離せない。

  • 飽食の時代に嫌気のさした著者が、世界の「食う」現場を旅したルポタージュ。フィリピンでの日本残留兵による食人、バングラの残飯などショッキングな内容もあり、ジュゴンの話やチェルノブイリの話は今日本の抱える問題として考えながら読んだ。従軍慰安婦の語りは、決して消えることのない恨みと、同時にそこにしか同居しえない青春が灯っていて、胸が割かれる思いがした。
    素直に良書だったと思う。

  • 齋藤孝さんの本で取り上げられていたご縁で読んでみました。
    なんだこの襲ってくる圧倒的な何かは。上手く説明が出来ないけど、食というテーマが貫かれているからこそ、浮かび上がってくる様々なこと。こんなものしか食べれないんだ、可哀想、という薄っぺらい感想に留まらない色々な思いがわいて出てきます。的確な言葉がみつからなくて悔しい。辺見さんすごい。

  • 深夜特急の食レポ版をイメージしていたが、全く違った。少し 世界観 変わった。

    この本は 貧困と食の厳しい現実を 伝えるだけでなく、食う楽しみは 宗教、政治、身分に関係ない というメッセージを伝えたいのだと思う

    できるだけ 外国の食べものを 食らおうと思う。子供にも 食らわせようと思う

  • 重たかった。
    一章は軽く読めるのだけど、二章からぐんぐん重くなります。
    クロアチア、爆撃の続く廃墟の村でレザンツェという麺料理を作るアナ。
    栄養失調と結核で死を待つだけのファルヒア。
    エイズにバタバタと死んでいくウガンダの人たち。
    放射能汚染のひどいウクライナで、危険だと言われているキノコを食べる老人たち。
    記憶を殺したいと泣き叫ぶ元従軍慰安婦。

    色んな土地に色んな問題があるけど、そこにいる一人一人に焦点を当てたルポルタージュですが、だからこそ、苦しみやるせなさが詰まっていて、もっとどうにかならんのか、と悩んでしまう。
    1992年から書かれたものらしいので、現在は多少良くなっていると信じたいけど、福島はあんななっちゃうしシリアもひどいし、まだどうにもならない場所だらけだ。
    それでも書かなきゃいけないし読まなきゃいけないんだろうな。

  •  ベトナムの列車の話が面白かった。

  • 共同通信社の特派員であった著者が1992年〜1994年頃にかけ、世界各地を題材にしたルポルタージュ。
    「食べる」という生きる為の基本的行為が、世界中のそれぞれ置かれた立場の違いによってまたその意味合いが大きく違ってくること。
    バングラデシュで残飯を食べる階層の人びとの様子、ベトナムにおいてすし詰めの列車に乗り込んでいる人びと、チェルノブイリの近郊に戻り余生を過ごそうとする老人たち、エイズを発症して飢え、余命幾許の女性…。
    日本にいては決して想像も出来ないような事が日常となっている世界もある事に改めて気付かされた。おすすめの一冊。

  • 共同通信社特派員で、1991年に『自動起床装置』で芥川賞を受賞した著者が、世界の紛争、貧困、社会問題、国際問題などの渦中の人々と食を共にすることによって、世界を描いたルポルタージュ。1993年3月から1年間、共同通信社が全国加盟各新聞に配信し連載された。講談社ノンフィクション賞受賞作(1994年)。
    「人間社会の正邪善悪の価値体系が、主として冷戦構造の崩落により割れちらばり、私たちはいま大テーマのありかを見失っている。現在のなにを描いても、浮きでてくるのは、体系なき世界の過渡的一現象にしかすぎないのではないか。この漠然とした認識のもとに「もの食う人びと」という、丈が低く、形而下的で、そぞろに切ない、人間の主題を私は見つけた。高邁な世界を語るのでなく、五感を頼りに「食う」という人間の絶対必要圏に潜りこんだら、いったいどんな眺望が開けてくるのか」という思いから、著者は旅に出る。
    その著者が、1年余りの旅で食べたものは、ダッカの残飯、バングラデシュの難民キャンプのピター、バンコクで作られる猫用缶詰、タイのソムタム、ピナトゥボ山のキャッサバ、フィリピンのジュゴンの歯の粉末、タイのスズメ、ドイツの囚人食、ドイツで食べたトルコ料理のドナー・ケバブとサチカオルマ、ポーランドのボグラッチ(スープ)、旧ユーゴ難民向け援助食料、アドリア海のイワシ、コソボの修道院の精進料理と聖なる水、ソマリアPKO各国軍部隊の携帯食、ソマリアのラクダの肉、乳とインジュラ(パン)、エチオピアの塩コーヒーとバター・コーヒー、ウガンダのエイズの村のマトケ、ロシア海軍の給食、チェルノブイリの放射能汚染食品、択捉島のラプーフ(フキ)、択捉島の留置場のカーシャ等々。
    そして、この旅で見えたものは何だったのか。著者は、「よほど注意しなければ目には入らぬかそけき風景と人の表情がとてつもなく大切なことに思われた」、「世界にはまだ記録も分類も登録も同情もされたことのない、今後も到底されそうもないミクロの悲しみが数限りなくあると確信しもした」、「行く先々に私は世界の中心を見た。そこには神のような人々が住まい悪魔のような人々が暮らしており、それぞれに例外なくものを食っているのだった」と記している。
    見えない像を見ようとし、聞こえない音を聞こうとした著者の、壮絶な記録である。
    (2008年7月了)

  • 2016/1/3 日本経済新聞 リーダーの本棚 毛利 衛

  • ノンフィクションの、絶望的な傑作。人間の根源的な「食」をキーワードに、世界中を巡る。根源的だからこそ、人間の持つ生来の美しさと醜さをまこと鮮やかに照らし出す。20年以上前の作品だが、まったく色あせることはない。

  • 著者はジャーナリストとしての立場を超えて、地球上での一個人として、世界の厳しい環境で喘ぎながら生存している人々と対したかったのかなと思う。それは、元従軍慰安婦の女性達との交わりで如実となっている。
    公や職業的な立場で語られるより、真実の度合いが高く感じ、
    読んでいて苦しい気持ちになることはあるが、身近に感じさせるものがある。私は今世の中に対してどうあるべきか考えるきっかけになる。現れている現象にとらわれず、人間としての内面に何が起こっているかを考える

  • 20年前の世界情勢は今も色濃く残っていると知った。食と土地から人々の営みと歴史をかいま見た。
    http://www.lib.miyakyo-u.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=142767

  • 食べることで、食べるもので、その国が見えてくる。貧困を目の当たりにして、それを正面から受け止めて、本当に読みやすい文章で、伝える力がすごいと思う。

  • 食に対する著者の探究心
    世界中での様々な食の在り方にすごく衝撃を受ける
    文が非常に上手いため読みやすい
    海外に行きたくなる作品

  • 本館3階東閲覧室(人文系)916||He 009403764
    (shizu)

  • 高校の現代文でダッカの残飯の話を学び、強烈に心に残ってたけど、それから10年後に購入。それぞれの章の題材が濃い。(人肉の話、ベトナムの列車、スーリ族、ラプーフ、バナナ畑、韓国の従軍慰安婦など印象的だった。チェルノブイリは福島と重なり複雑。)

    新聞記者らしい固有名詞や数字が溢れたダイレクトな描写と、詩的な表現の組み合わせのバランスが良い。

    ただ、あとがきにもあったが、所詮は旅行者である著者の取材が不謹慎に見えるシーンも多くて、それが苦しい所。あとテーマの「食」についてはいまひとつ攻め方が足りない気がした。

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