いちばん初めにあった海 (角川文庫 か 31-1)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043539017

作品紹介・あらすじ

堀井千波は周囲の騒音に嫌気がさし、引っ越しの準備を始めた。その最中に見つけた一冊の本、『いちばん初めにあった海』。読んだ覚えのない本のページをめくると、その間から未開封の手紙が…。差出人は"YUKI"。だが、千波にはこの人物に全く心当たりがない。しかも、開封すると、「私も人を殺したことがあるから」という謎めいた内容が書かれていた。"YUKI"とは誰なのか?なぜ、ふと目を惹いたこの本に手紙がはさまれていたのか?千波の過去の記憶を辿る旅が始まった-。心に傷を負った二人の女性の絆と再生を描く感動のミステリー。

感想・レビュー・書評

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  • いきなりですが、私は”小説内小説”が登場する小説が大好きです!

    そんな風にいきなり主張されても困りますよね。そもそもあなたは、”小説内小説”ってご存知でしょうか?要は小説の中に小説が登場するという体裁を取った小説です。私が知っている中で最も有名だと思われるのは、有川浩さん「図書館内乱」の中でその存在が語られる「レインツリーの国」でしょうか。こちらは、同名小説がリアル世界に刊行されてもいます。一方で、必ずしもそんな風にリアル世界に刊行されずとも小説内でその存在が語られる作品は多々あります。リアル世界に刊行されていれば、それを読むことで更なる満足感が得られます。しかし、リアル世界で読むことができない、あくまで小説の中にのみ存在する小説の方が、却って読者は読みたいのに読めないという枯渇感にさらされるのではないでしょうか?そんな作品の一冊が加納朋子さんの代表作でもある「ななつのこ」です。七つの短編から構成されたその小説には、これまた七つの短編から構成された同名小説が登場するという二階層に物語が展開する凝った作り。読後には、外と内の二冊の小説を同時に読んだかのような贅沢な体験ができる傑作だと思います。

    そして、そんな加納さんがやはり”小説内小説”を巧みに展開した作品がここにあります。加納朋子さん「いちばん初めにあった海」。『藍色と、もう少し薄いブルーのツートン』と語られるその小説の表紙。それは、リアル世界で私たちが手に取る小説と全く同じイメージです。そう、この作品は「いちばん初めにあった海」という小説の中に『いちばん初めにあった海』という小説が登場する物語。主人公・千波とともに描かれる茫洋とした、混沌とした世界の描写に読者が戸惑う物語。そして、それは収められた二つの中編に隠された物語が読者に切なく、優しく語りかけるミステリーな物語です。

    『枕元の時計を見る。夜行塗料でぼうっと緑色に光る二本の針は、午前一時半を示していた』という深夜に『頭だけはしっかり目覚めていた』というのは主人公の千波。『両隣や階上から筒抜けに聞こえてくる音の洪水から逃れて、ようなく眠りについたばかりなのに』、『お二階』から聞こえる電話の話し声で『いきなり釣り上げられた、深海魚の気分』だと眠りを妨げられて困惑する千波。そんな千波は、ふと母親と過ごした日々を思い出しました。『見て見て、お母さん。二玉卵だよ』と、『子供っぽい歓声を上げ』た千波に『あら珍しいわねと言って微笑んだ』母親。しかし、『一拍おいてからかすかなため息をついた』のを聞いた千波は、『また千尋のことを考えている』気のない母親に『お母さん。千尋は死んじゃったのよ』と言います。そして、すぐに『しまったと思った。絶対に口にするまいと思っていた言葉だ』と思う千波。『それきり無言』の食事をしたものの、そんな関係を千波は『簡単に修復できる』と考えていました。しかし、『母が交通事故で病院に運ばれたのは、それから数時間後のことでした』。現実に戻った千波は、翌朝、父親宛に手紙を書きます。『この建物自体の防音設備がかなりお粗末な代物』、『住んでいる人間のモラルも、薄っぺらな壁や天井といい勝負』というその内容。そして、『わたし、ここを出たいの』、『新しい部屋を見つけたら、仕事を探してみるつもり』とまとめた千波は、その手紙を、ファックスで送信しました。そして、引っ越しに向けて大掃除を始めた千波は、一冊の本を見つけます。『いちばん初めにあった海』というそのツートンの表紙を見て『これは海と、空だ』と思う千波は、ページをめくります。『ねえー。いっとう初めに降ってきた、雨の話をしようか。それとも、いちばん最初に地球があった、海の、話を…』という冒頭の記述を読んで『こんな本、持っていただろうか?』と記憶を辿る千波。そして、『不思議と印象的な本』と読み進めていく千波は『息苦しくな』り、『胸の鼓動が速くなって』いくのを感じます。そんな中、『するりと何かがすべり落ち』ました。拾うと、そこには『堀井千波様』という宛名があり、『YUKI』という差出人の名前が記されている手紙です。『どうして未開封の手紙が、こんなところに』?と不思議に思う千波が封を開けると『体調はいかがですか?』と始まる内容が記されていました。『あなたと同じだから。そして、わたしも人を殺したことがあるから』という衝撃的な記述に動揺する千波。そんな千波が『YUKIとはいったい誰なのだろう?』と、YUKIの正体を追い求める先に、まさかの真実が明らかになる衝撃的な結末を見る物語が始まりました。

    〈いちばん初めにあった海〉と〈化石の樹〉というどこか不思議なタイトルの二つの中編から構成されたこの作品。『藍色と、もう少し薄いブルーのツートン』、まさしく『これは海と、空だ』というその表紙には『空の部分に…白抜きのタイトル文字が』書かれています。そんな実物の本の印象そのままの記述が本文中にそのまま登場するこの作品。そう、この作品は小説内に小説が”小説内小説”として展開されるのが一番の特徴となっています。”小説内小説”が登場する作品は数多ありますが、作品と同名の小説が登場するとなると限られます。私が読んできた中では、恩田陸さん「三月は深き紅の淵を」、桜木紫乃さん「砂上」、そして加納朋子さん「ななつのこ」が該当します。読んでいる作品と同じ書名の小説が小説の中に登場するというのは、読んでいて頭の中が混乱してきます。特に恩田さんの作品は、その書名だけが一人歩きするためにその内容よりもその印象的な書名に気持ちがもっていかれました。そもそもそんな風に同名の小説を小説内に展開させるというのは、作者に深い意図があってのことだと思います。読者を単純に混乱させるためだけにそんなことは普通はしない(恩田さんは若干それを意図している気もしますが)と思います。

    そんな同名小説が登場する最初の中編〈いちばん初めにあった海〉は、 そんな小説が登場する以前にどこか茫洋とした、どこか混沌とした雰囲気に包まれています。私のレビューでは、その作品の雰囲気感が伝わるようにその冒頭をダイジェストっぽく抜き出してご紹介しているのですが、この作品ではそれが非常にやりづらいのを感じました。上記した抜き出しではそれなりにまとまった物語にも感じられるかもしれませんが、実際には『水の音が、聞こえてくる』と始まるその本文は、『海?波が岩に当たって…砕けて、パラパラ…』、『…あれは、雨?水滴がガラスを叩く音…』、そして『もしもし…えっ、やだあっ、ふざけちゃって…』といった情景が全く見えない描写が続きます。さらに、『お帽子をかぶらなきゃ…忘れてきちゃった』と言ったような具体的な言葉、さらには『何かが爆発したに違いない』というような物騒な表現まで、とにかく物語の概要を把握したいと思う読者をわざと混乱させるかのような、場面の把握が極めてしづらい表現が続きます。そして、そこに登場する上記した同名の小説は、『大昔、焼けつくような大地に降ってきた雨粒の、最初の一滴からすべては始まった』というなんだか非常に大きい世界観の物語で、読者の混乱にさらに拍車をかけます。そんな物語では、本に挟まっていた差出人の『YUKI』が誰なのかを探し求める千波の姿が描かれていきます。混乱、混沌、そして混濁したようなその物語の理由が全て明らかになる衝撃の結末を迎えるこの作品は、その混乱、混沌、そして混濁の理由を書くこと自体ネタバレになるのでこれ以上ここに書くことは出来ません。読み味としては加納さんの「いつかの岸辺に跳ねていく」で平石徹子視点で展開する〈レリーフ〉同様に、非常に緊迫感溢れる物語、まさしくページを捲る手が止まらなくなるミステリーな物語が展開するこの中編。切なくて、それでいて優しい感情に包まれるその結末を読んで、改めて加納さんの物語作りの上手さを感じました。

    そして、そんなこの作品は二編目の〈化石の樹〉へと続きます。茫洋とした雰囲気感に包まれた前編同様に、こちらの中編も『古い、石の話をしよう。かつて、生きていたことのある石の話』と、またしても不思議感の中に物語は始まります。そんな物語は、『確かに、ぼくは少し風変わりな子供だった』という『ぼく』の独白調の文章で展開していきます。前編では”小説内小説”が登場しましたが、こちらの中編に登場するのは、ある人物が書いたとされる”手記”です。『五月に入ったばかりのことだったと記憶しています』と始まるその内容は、前編の大きな世界観の物語とは違って、その人物が過去に目撃したある事象について触れられたものでした。圧倒的な文章量を持って記されたその”手記”には『あんな人、死んじゃえばいいんだわ』という少女の独白が記されています。そんなノートに登場した少女を探す『ぼく』の物語は、『きみが…あの手記に出てくる少女なんだね?』という結末へと進みます。そして、読者はこの中編と最初の中編が実は繋がっていたということを知るに至り、その瞬間に二編分の奥深さをもって物語に隠されていた真実の全貌が読者に改めて迫ってきます。『あなたと同じだから。わたしも人を殺したことがあるから』という悔悟の思いが解き放たれる瞬間を見る物語。一般的には、こういった謎解き物語をミステリーと呼ぶのかもしれませんが、そんな言葉の次元を超えた物語、そんな奥深い世界をこの作品から感じることができたように思います。

    『ノックしなきゃ、ドアは開かないよ』という通り、私たちが隠された真実を突き止めるためには、自らがアクションを起こしていく必要があります。この作品では、

    『いったいこれは何なのだ?なぜこんな手紙が、本の間にはさんであったのだ?』

    『ぼくはこの手記のなかに出てくる、金木犀の木がどうしても見たくなってしまったんだ』

    とそれぞれ思う主人公の行動の先に、それまで隠されていたまさかの真実の扉が開きました。”小説内小説”が、そして”手記”がそれぞれの中編の中に深い意味を持って展開していくこの作品。加納さんのミステリーの構成の上手さと、その背景に描かれる奥深い物語にすっかり魅せられた、そんな作品でした。

  • 2021/10/12
    だめだ、私の読解力が落ちてる。
    ふわっとしたのが入ってこない。
    怖い、簡単なのばっかり読みすぎた?
    いや?前からこんなもんか。
    エンターテイメント大好きやもんな。
    なんかちょっと汲み取れなかった。何回も睡魔にやられた。

  • あんまり好きにはなれなかった。特に表題作は読むのに時間がかかってしまった。
    主人公の病気というか現状が徐々に明かされていくので我慢して読んでたけど、冒頭ではあまりにも物語が動かないので挫折しそうになった。
    「化石の樹」の方が読みやすかったけど、んー、なんかな~。

  • 記録

  • 誰とも本気で付き合わずに、あるいは高い塀を作ることで、そうやって守ってきたふたつの心の再生物語。[more]解離性健忘症や失声症、強迫観念など全体的に暗い雰囲気が建ち込めるものの、クライマックスにはホンワカした幸福感が包んでくれる。二編の微妙かつ密接な繋がり方が繊細で、その締めくくりにホッと安堵のため息が出た。

  • 2つが繋がりスッキリ。

  • よかった~。2つの話が結局はつながっていたという。やられた~。この小説好きです。

  • 読了後、心の表面が、しん、と凪ぐ。
    加納朋子さんの紡ぐ物語は素晴らしいな。
    そう、何度目か分からないけど、思う。

    優しい語り。
    クルクルと、目まぐるしく変わる場面。
    静かな情景。
    たくさんの謎。

    初まりは、緩やかな混沌。
    転げ落ちるかのように、どんどんと速度を増し、目眩くような急展開。
    突然に訪れる、ふっと息を詰めるかのような空白。
    それに続く、光が弾けたように煌めく台詞。

    本書は、「いちばん初めにあった海」と「化石の樹」の二部構成になっています。
    この二部構成に秘められた技法は、本当に巧いです。
    一見、無作為に散りばめられたかに見えた粒子たち。
    実は、綺麗な計算に基づいて配置されていたのだな、と最後に気付く。
    そういう、非常に後味の良い、爽やかな読後感です。

    「いちばん初めにあった海」のLast scene。
    初めて読んだとき、嗚咽が漏れるほどに号泣しました。あまりの感動で。
    そして、何度目か分からない再読で、また涙が伝いました。
    本当に素晴らしいsceneだと思います。
    そして、続く「化石の樹」の謎解きsceneもまた、極上の場面です。
    ここでもやっぱり、涙が頬を伝うのです。

    人の持つ弱さ。
    人の持つ優しさ。
    人の持つ信頼。
    人の持つ哀しさ。
    それらが交差して、紡がれていく。

    物語の力を感じられます。
    それは、静かに、内側から広がってくる力。
    傑作です。

  • 再読。

  • 中編が二つ収められています。
    最初の一編が表題作で、ラスト近くで不覚にも泣いてしまいました。
    面白い構成の作品だと思います。
    二編目、解説を読んでやっと気付いたというところがちょっと悔しかったけれど、解って読むと、やっぱり胸にぐっと来るものがありました。
    心洗われる気持ちになるというか、素敵な作品だったと思います。
    読後感の良さがいいですね。この作者さんを好きになりました。

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著者プロフィール

1966年福岡県生まれ。’92年『ななつのこ』で第3回鮎川哲也賞を受賞して作家デビュー。’95年に『ガラスの麒麟』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)、2008年『レインレイン・ボウ』で第1回京都水無月大賞を受賞。著書に『掌の中の小鳥』『ささら さや』『モノレールねこ』『ぐるぐる猿と歌う鳥』『少年少女飛行倶楽部』『七人の敵がいる』『トオリヌケ キンシ』『カーテンコール!』『いつかの岸辺に跳ねていく』『二百十番館にようこそ』などがある。

「2021年 『ガラスの麒麟 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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