- Amazon.co.jp ・本 (530ページ)
- / ISBN・EAN: 9784043620029
感想・レビュー・書評
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僕に読書の楽しさを教えてくれた運命の1冊。
今回で読むのは3度目だけれど、読むたびに初めて出会った大学2回生(2004年)の夏を思い出す。
あの頃この本に巡りあっていなければ、今の自分はなかったと思う。
第130回直木賞を受賞した『巷説』シリーズのいちばんのおもしろみは、御行の又市一味が、江戸にはびこる悪事を妖怪がらみの大仕掛けで解決していくという時代小説風の凝ったストーリーにある。
しかし僕はそれ以上に、京極さんの言葉の使い方に魅了された。
圧巻は、「小豆洗い」でおぎんにさせているような一人語りだ。
1人の人物に対話者の発言や質問を代弁させ、それによってただ1人の言葉だけで会話を進行させていくというその手法を初めて知ったとき、僕は本当に感動した。
一方で、啖呵を切るようにまくしたてる又市のセリフも小気味よい。
小説家って言葉を操る人なんだなって思った。
1つ1つの文をなるべく短くすることにより、文が絶対にページをまたぐことがないよう編集されているのも意匠化である作者に似つかわしく、すばらしい(こういう美しさが僕は大好きなんだなあ)。
カバーの装丁も含めて、この本は1つの芸術作品であると僕は思っている。
シリーズで一貫して書かれているテーマは、人の世の悲しさだ。
恨み、妬み、嫉み、憎悪、あるいは想いが届かぬ苦悩。
理屈では割り切れない、ましてやお金では解決することができない人間の負の感情を丸く収めるべく、又市は悪を斬り、大掛かりな仕掛けをくり出す。
生きていくっていうのはこんなにも悲しいことなんだと、又市の背中は読者に訴えかけてくるようだ。
これからの人生で何百冊の小説を読んだとしても、この『巷説百物語』はきっと自分の中で「好きな小説トップ5」に入り続けているだろうな。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
伏線の張られ方、後始末の仕方・・・
又市ほか、影のある仲間たちの魅力。
引き込まれます。 -
一つ目の物語を読み終えた時点で、「あ、やばい」とは思っていた。
「これ、だめなやつだ」とも。
それでも何とか耐えてきたのに、最後の最後、「帷子辻」でもう、限界を超えてしまったらしい。
京極先生、私、ファンになります。
もう、「すげぇ」なんて阿呆みたいな言葉しか出てこない。
元々こういう話が好きというのもあるが、話の根底に流れているものが、好みど真ん中。
「帷子辻」の又市の語りには、もう首を縦に振ることしかできなかった。
怪力乱神を語らず、とは流石に君子ではないので言い切れないが、私自身、自分の目で見た事のない「あの世」は信じない性質だ。
いや、というより、稲田殿と同じように、「いちゃもんの通じないものを求めるからこそいちゃもんつけるタイプ」とでも言うべきか。
そんな私にとって、又市の言葉は、自分のかねてからの思いを代弁してくれたようなものだった。
それは、「御行為奉――」の時だけではなく、物語の最後の台詞も含めて。
上手く言えないけれど、心のどこかで、やっぱり、変わらないもの、終わらないもの、そういう何かを信じたい気持ちもある。
けれど、生きていくには、信じてばかりいられないのだ。
だからこそ、否定することで自分を納得させようとしているのかもしれない。
そういう思いを、どこか又市と共有したような気持ちになった。
だからこそ、「ドンピシャ」なのだ。
というわけで、ちょっと続編探してくる。 -
一番好きなのは最終話。<br>考えさせられるけれども、答えは見つからず。
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再読
音読でするする進む文章。
節回しが愉しい。 -
やはり、良いよねぇ。
又さんかっこいい。
読み返すのは
“小豆洗い”
「この先はおやめなせぇ」
江戸っ子訛りがうつりそうです。
あんなにかっこよく話せたら気持ちよいでしょう。
今年、最終巻が出ます。
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先生のファッション好きっすよ!
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ハードカバーからの再読。以前ハードカバーで読んだときは初の京極夏彦で、旧字体や京極夏彦独特の文体に、読むのに時間を要したが、再読までの間の時間に、いくつか京極さんの本を読んだおかげか、比較的すらすら読むことができた。妖怪話をもとに、人間の住まう『現実』を明らかにする、御行又市とその仲間たちご一行の活躍には目を見張るものがある。そしてこの作品を読んで一言。「やはり一番怖ろしいものは人間である」。