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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
みんなの感想・レビュー・書評
押入の中で膝を抱え、薄暗がりの中で己の厚みを消し、 一寸五分の隙間から世間を覘いている木幡小平次。 女房のお塚からでさえも厭われるほどの陰気な男だが、 それでも小平次は曲がりなりにも役者であった。 とはいえ、普通の役はからきし駄目な大根役者。 彼にできる役はひとつだけ――幽霊だけであった。 普段から死んだように生きている小平次は ただ居るだけで、観ている者の心胆を寒から... 続きを読む »
巷説シリーズのスピンオフ的な作品。
又市、治平、徳次郎が登場。
伊右衛門とも絡みあり。
お塚の気持ちはよくわからないけど、流石よくできた作品。
又市シリーズのスピンオフ?
陰気で不気味な幽霊役者,小平次の話。
居るだけで嫌われて,酷い目にあわされて,ただひたすら理不尽な扱いだが,小平次は幸せだったんだろうか!?
2回目!
読み終わるとスッキリで
小平次が可愛く思えるんだけど
絶対、実際にこんな人がいたら嫌だ(・∀・)
伊右衛門の小平が名前だけ出てるー☆
この物語への引きこまれ方は、「嗤う伊右衛門」のあの心地よさだ。
登場人物が少しずつつながりを見せてくるときの爽快感や、妻であるお塚のラスト近いセリフの小気味よさ。
このストーリーは素晴らしいデザインのポスターに魅入られたときの感覚に似ている。
ストーリー全体がデザインされているかのように、芸術的な素晴らしさ、心地よさがある。
読後感が意外にもさっぱり!すっきり!皆物語が終わったときに何かを得ていて、今までにない終わり方だった。大体はおなじぐらい何かを失っているイメージがあった。
本当に良かった。
存在するだけで恐怖するモノがある。
パラリと揺れる火影に映った身は削れて、
籠絡された思潮は敷衍したコケットリー。
双眸に焼ける姿はただの死体と真紅の液体。
あなたは覘くことしかできない。息もできない。
蠢動、欲望、復讐、忌々しい、嗤う、歪曲された恋。
「妾は嫌がらせしたかったンだ。厭な厭な小平次にね」
だから一緒にいるんだというお塚のセリフに、潔さを感じます。
どんな形であれ、相手の存在がある事で自分の存在が認められる。
相手に依存してしまったり、思うが故に自分を見失ったり。そんな愛の形より、よっぽど深い想いを感じました。
愛憎は表と裏の紙一重なんだなぁ。
登場人物それぞれが抱える心の闇が、話が進むにつれ、1つにまとまっていく構成が巧み。
読了後の解説で知ったのだが、小幡小平次は、江戸時代の怪談話に登場する架空の歌舞伎役者。
物の人が書いた作品の登場人物を、別の切り口で組み立て、世界観に厚みを増す、京極夏彦の技術は名人芸の域だと思う。
ちりばめられる雑学も、描写が豊かになり、また非常に勉強になる。
切なくて考えさせられる話
他人に理解できなくても幸せは人それぞれだし、思うことも人それぞれですよね
あと、巷説とリンクしてるのでそっちのファンの人はそれだけでも楽しめるかも
面白い。初期のシリーズのような暑苦しさがなく、読みやすい。お岩さん、お菊さんなどの解釈物はそれぞれ、知っているが、それを独特の肉付でグラマラスに成長させている。
何の予備知識もなく読んだのですが、これは『嗤う伊右衛門』同様、古典怪談を扱ったお話だったのですね。
元ネタは知りませんでしたが。
そして『巷説』シリーズともリンクさせているという。
それだけで、かなり得した気分になりました。
各章が登場人物の名前になっており、その人物視点で話がすすみます。
同じ人物の視点でも、次に回ってきた時には名前が変わっているという。
その名称と心の変遷、そして人物同士のリンクが面白く、あっという間に読んでしまいました。
押入れに篭り、覗く小平次と覗かれる女房のお塚。
正式に結婚しているわけでもなく、嫌悪の対象でしかない小平次とどうして暮らしているのか?
ここのところが、最後まで読んでも私にはやっぱり理解できませんでしたが、まあそういう夫婦もあるということで。
これを読んだら、また『巷説』を読み返したくなってきましたよ。。。
爆発的に面白いとか感動するという内容ではないが、
この作者の文章は読みやすくてしっくりくる。
テーマは何だったのか?と考える。
前面に押し出されてはいないけれど、「夫婦の愛」なのかな?
物言わぬ小平次の「悲しみ」もじわじわ伝わる。
伊右衛門のイメージは、さいころ。で、小平次は玉突き。
ビリヤードの球がぶつかって弾き飛ばされて跳ね返ってくるイメージ。

嗤う伊右衛門に続き、覘き小平次。この2作は京極作品の中でもとりわけ得体が知れないと感じます。一番「怪談」を感じます。沼に落ちたのは小平次なのだけど、実際は、小平次の周りの者達が、昏い沼に落ちて行くよう...






