疾走 上 (角川文庫)

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著者 : 重松清
  • 角川書店 (2005年5月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043646029

疾走 上 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 下巻と合わせて、何回も何回も読んでいる。
    正直、何回読んでも主人公の救いのない人生に切なくなって苦しくなってしまうのに、どんどん読み進んでしまう。
    この本だけは何回読んでも途切れることなく完走して読む。

  • 上下巻読み通しての感想
    「ひとり」で生きることを選んだ生き方と、「ひとり」で生きなければならない生き方では大きく違う。
    ただ、誰かとつながりたいと願っただけなのに…。
    自分に原因があるのなら諦めもつく。
    でも、シュウジには何の責任もない。
    もしも本当に人生がスゴロクで決まっているのだとしたら、そのサイコロを振っているのは誰なのだろう。
    自分が振ってもいないのに、悪いところにばかり止まってしまうとしたら…。
    いったい誰を恨めばいいのだろう。
    シュウジの祈りにも似た渇望が哀しすぎる。
    どんなに願っても与えられないものがあるとしたら、どう生きていけばいいというのだろうか。
    特別なことを願ったわけではない。
    誰かとつながりたい…ただそれだけの、本当にそれだけのことだったのに。
    BOOKデータベースにある感動のクライマックスという言葉。
    こんな辛い結末が感動なのだろうか。
    確かにシュウジによって希望は残された。
    でも、シュウジは?
    もちろん、シュウジ自身は納得している結末だろう。
    心の奥底に深く刻まれるような痛みと、そして光。
    あまりにも内容がハードなので、読む年代によっては辛いものがあるかもしれない。
    でも、逆にハードだからこそ残るものも多い。
    物語を読んでこれほど痛みを感じるとは思わなかった。
    間違いなく心に残る物語だった。

  • 主人公はただ走る。
    運命というレールの上を、『疾走』していく。

    話のテンポが良くて、一気に読んでしまった。
    常にどん底からまたその下に堕ちていく主人公が悲しい。誰かとつながりたい、ただそれだけが主人公の望みなのに、つながったと感じた瞬間、その細い糸はぷつりと切れる。
    何度も差別され、さげすまれ、裏切られ・・・。
    それでも主人公はつながりたくて、走っていく。

    疾走し続けた主人公は最後まで悲しいままで、だけどラストは主人公が求め続けた「つながり」と一緒に、ゆっくりとした時間が流れている。

  • 表紙が怖い。
    内容もどす黒い。

    高度経済成長期の日本。場所は中国地方か。村ぐるみの差別がまだ平然とある田舎。兄は放火犯で少年院行き。父は蒸発。母は博打三昧。主人公は中学校でいじめられる。

     不幸満載の主人公。中学生にして、孤立・孤高・孤独の違いについて実体験する。孤立している訳ではなく、「ひとり」で孤高に生きていくと決心しても、どこかで誰かと繋がっていたいと孤独を感じる。人間のプライドと弱さという奴か。
     万に一つもハッピーエンドを期待できない展開だけあって、せめて一つでも心温まる話が欲しい。重い話だが、引き込まれる。

  • タイトル通り主人公の中学三年までを疾走の如く駆け抜けた短い人生の話。主人公を「おまえ」と表記しており始めは感情移入しにくかったが慣れれば物語にグイグイ引き込まれる。兄の犯罪、いじめ、家族の崩壊、暴力、犯罪と崖を真っ逆さまに落ちる人生に救いはあったのか。何でもいいので誰かと繋がっていたい、二人じゃなく、ひとりとひとりでもいいから。アカネのこ、エリの開放が生きた証。全く救いがなかったわけでは無かったのかと思う。久々にあと引く読後感作品!

  • 心優しく、真面目なシュウジ。
    ある日、
    心の壊れた兄のシュウイチが赤犬(放火犯の蔑称)となって捕まることをキッカケにみるみる家庭が壊れてゆく。
    父親も母親も、親というだけで強くはなれない人間で、シュウジだけが現実にひとり 取り残される。
    東野圭吾の『手紙』を思い出す。
    家族が犯罪者だから嫌うのは差別だというのは誤解で、人はその血を本能的に、避けるのだと。
    あぁ、いじめられて、誰もかれもに無視をされ、居ないものにされてから自ら命を絶つ人は
    本当は誰かの心の中で生き続けたいのかも知れない。
    そうすることでしか存在出来なかったのかもない。
    自殺を思いとどまったのは、シュウジがふとあぁ春なんだ、と気が付いたから。
    そのシーンがとても印象的でした。

    忌み嫌われ、何かを失い、ひとりぼっちのシュウジは穴ぼこのような目でアカネを探し、人を殺し、エリを求める。
    事件に巻き込まれながらシュウジは死ぬ。死んだときにホッとしたんだ。
    もう、
    逃げなくて良いんだと思った。
    上下巻を読み終わってから1番はじめのページに戻る。
    シュウジは兄のシュウイチを慕う、
    心の優しい少年だったんだ。

  • 重松さんの本は、読後に優しい気持ちになれるので好きなのだが、この本は凄まじく悲しい気持ちになる。下巻では穏やかな気持ちになれるのだろうか?

  • 人が「ひとり」になっていく様を描く小説。世の中の孤独を気どっている奴はこの小説を読んで絶望を感じると良い。そして重松清の描写力が凄まじい。なぜこのような心理描写を描けるのだろうか?「お前」という1人称は宮原雄二の視点であろう。全ての伏線が利いている。どこへ向かい、どの結末に辿り着くのだろうか。上巻だけで大満足の小説。下巻が楽しみだ。作中名言「柿の実は全部とってはいけない。」

  • 機会があって、初めて重松清の本を読んだ。前から最初だけめくってはやめ、を繰り返していた作家。

    この本は中上健次?と思うところもあり、でもどこか劇画タッチで当事者感が無く(これは当たり前か)、視点が泳いで入り込めないまま読んだ。

    これは完璧に主観だけど、隣に誰かがいて、ツッコミいれられながら話が進行していく様な感じがある。一個一個感じることよりも先に、起こると決められてる事件が立て続けにやってきて、「あーあ、まただな。」というような。作家自体が傍観者的なのか、構造のせいなのか。でも矛盾するようだけど面白くて最後まで一気に読めた。

    大人になるに連れて何度も死んでは甦るような経験を繰り返し、穢れを身につけていくけど、この本ほど凝縮したものを身に受ける人ってなかなか居ない。けど、ここまで穢れても受け止めて、誰かがそばにいてつながることで、魂が生きるんだなというお話。絶対に無理!という事も高い所からみると乗り越えていける。

    あと不誠実さとか理不尽さを受けて、それでも誠実にいると酷い目にあう村社会の悪い構造も描いてたのかな。

    他の作品のオススメを頂いたので、読んでみようと思う。

  • 話す相手のいなくなったおまえは、たくさん本を読むようになった。新聞でも雑誌でも、折り込み広告でも、読む。言葉がすべて自分に向く。言葉はすべて、おまえに語りかけている。そんな錯覚に陥ることもある。本を読むと、言葉に触れると、不思議と気持ちが安らぐ。

    おれにことばはいらない。おれはからっぽになってしんでいきたい。からから、からっぽのおれだ。おれはおもうのだ、ことばがあるから、ひとはなやむ。ひとはことばでものをかんがえる。ことばでかこをきおくにのこし、ことばでみらいをおもいえがく。ぜつぼうはことばがうむ。きぼうもことばがうむ。つみはことばによってかたられ、ばつもことばがつくる。しあわせをせつめいするにはことばがいる。ふしあわせだとわかるのにもことばがいる。

    ことばさえなければ、おれはあんなにもくるしまずにすんだ。


    神父の弟も、おまえの兄も、語る言葉は平仮名だった。漢字のない言葉。言葉は人を救うのだろうか。おまえが死ねなかったのも、言葉があったからだった。そんなことを感じさせた上巻。
    ひとりでいる、人間の孤独がリアルに描かれている作品。

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疾走 上 (角川文庫)の作品紹介

重松清は、作風としては穏やかで心が安らぐことが多いですが、この疾走 上は少し感じが変わります。
少年を主人公に、さまざまな世界が描かれていきます。
大人の世界の残酷さが、非常な文体でテンポよく小説は進んでいきます。
最後まで、どのような展開になるのか予想ができない面白さがここにはああります。
また、違う作家の顔を見ることができる作品です。

疾走 上 (角川文庫)のKindle版

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