リズム (角川文庫 も 16-6)

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  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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  • Amazon.co.jp ・本 (129ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043791064

感想・レビュー・書評

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  • 学校生活最後の日である卒業式、そんな場であなたは泣いたことがありますか?私がハッキリ覚えているのは小学校の卒業式でした。体育館での式典がおわり、教室に戻って担任の先生が最後の話を始めた時、まず女の子が鼻をすすり始め、やがてクラス全体に広がっていく涙の連鎖。ちょっとワルだったアイツ、お調子者でみんなを笑わせてばかりいたアイツ、そしてクラス一の優等生だったアイツも、もうみんなが声を出して泣いていたあの時間。クラスメイトの大半が同じ中学に通うのに、学校がなくなるわけでもないのにどうしてあんなに切ない思いに囚われたのだろうか、と今でも思います。物心ついて初めて出会う別れの場、そして今まで続いてきた当たり前の日常が変化してしまう、そしてこの日常にはもう二度と戻れないんだ、というその思い。さらには、自分たちの前にぼんやりと見える漠然とした未来への不安が、あの時の涙となって現れていたのかもしれません。そんな十代前半の自分のことをふと思い出しました。そう、この作品はそんな時代を舞台にした物語です。

    『あたしには、わが家が、ふたつ、あります』という書き出しから始まる作文を『夏休み最後の日。引き出しの奥からなつかしいものが出てきた』、と見つけたのは中学一年生の藤井さゆき。『ずっと前に書いた作文。二年三組ってあるから、五年前のやつだ』というその作文には、『もう一つの家』という親戚の家に住む高志と真治のことも書かれていました。『たかしくんはもうちゅーがく三年生だから、あんまりあそんでくれない。でも、しんちゃんは、ちゅーがく一年生でも、いっぱいあそんでくれます』、そんな真ちゃんは『いじめられっこのテツを、よく、たすけます』、そして最後に『あたしはしょーらい、しんちゃんのおよめさんになります』と書かれていた作文。そんな さゆきは、八月三十日までに宿題を終えたら海に連れて行くという真治との約束を『多少キタナイ手は使ったものの、あたしはどうにか昨日までに宿題を終わらせることができた』と無事に果たし、真治の家に行きました。『見て、これ。なつかしいものを見つけたの』と、真治に五年前の作文を見せる さゆき。『昨日、テツから電話があってね、明日お誕生会をやるから来てね』と言われ、『断ったよ。だって今日は海に行く約束だったじゃない』と答える さゆきに、真治は『今日は予定を変えて、テツの誕生日を祝おう。海は逃げない』と結局、二人でテツの家に行くことになります。『あれ、今日は海に行くんじゃなかったの』というテツに『あんたがこんな日に生まれたからよ』とむすっとする さゆき。家には『弟一匹に妹が二匹。まるで動物園の運動会だ。あーあ…。こんなことならやっぱり、意地でも海に連れてってもらえばよかった』という さゆき。こうして、夏休みも終わり新学期が始まります。

    この作品は森さんが二十歳の時に書かれたデビュー作であり、講談社児童文学新人賞を受賞されている作品でもあります。そのため文章がとても読みやすく、ひらがながとても多いのが特徴です。でも、ひらがながくどいと感じることは全くありません。というより、意図して、ひらがなと漢字を使い分けられているようで、読書のリズムにひらがながと漢字がいい塩梅で組み合わさっている、そんな印象も受けました。また、ひらがなであるからこその、文章全体から醸し出される柔らかい雰囲気は逆にとても魅力に感じました。そして、風景、自然の描写もとても印象に残ります。『快晴。四角い窓からはみだしそうな青空だ』という短くも、これだけでその場面が見事に浮かび上がる描写、『玄関のドアを開けると、まばゆい夏の光線とともに飛びこんできた風が、あたしのポニーテールをさわさわとゆらした』という表現で文字の中から さゆきという少女が生きた存在として浮かび上がってくる描写。そして『校庭を彩る銀杏の葉が、ちらほらと黄色く染まりはじめた。いつのまにかすっぽりと、あたりを包みこんでいた秋』という季節の描写。いずれも、大人向けの作品であればもっと凝った表現もあるとは思いますが、いずれもとても素朴でやさしい表現、この作品世界にとても相応しいものだと感じました。

    中学生という多感な時代。さゆきは『古ぼけた校舎も、せまいグラウンドも、卒業前になると急にいとおしくなった』と小学校時代を振り返ります。『卒業式には、クラスのみんなと抱きあって大泣きした』という思い出。『変わらないものが、あたしは好き。風みたいに、空みたいに、月みたいに、変わらずにいてくれるものが好き』とこの先、中学を卒業して高校へと進んで行くことに漠然とした不安を感じる さゆき。特に何があるわけでもなく、毎日続く普通の日常。でもそんな普通の日常が何よりも大切だと気づくのは失った後になってからのこと。将来への漠然とした不安が先立ち、毎日続く普通の日常が壊される怖さに耐えられなくなる感情。まだ、中学生なのに昔を懐かしむなんておかしいと思うのは、おそらく我々が大人になりすぎてあの日々を忘れてしまったからではないでしょうか。もしかすると大人の我々以上に、昔を懐かしむ自分が過去にいた。あの時代、あの瞬間に漠然とした不安に押し潰されそうになっている自分がいた。この作品を読んでそんなかつての時代に想いを馳せました。一方で、現在進行形でそんな時間を生きている十代の方が読むと、この作品はどんな風に見えるんだろう、そんなことも考えてしまいました。

    『どんどん流れていく時間。あたしが眠ったり、笑ったり、あくびをしたりしているうちに、気がつくと今が過去になって、未来が今になっている』というように慌ただしく流れる十代の時間。そんな中で『さゆき、自分のリズムを大切にしろよ。それを大切にしていれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられる』と語った真治。十代という人生の中でも最も大切な時間、最も輝ける時間、そして、最も人生に深く刻まれる時間。『あたしたちはみんなもう二度と、あのころのようにはもどれない』、だからこそ、『あたしにしかできないこと。そんななにかを見つけることができたら…』と毎日を、それぞれの毎日を真っ直ぐに走っていたあの頃。自分が自分らしくあるために、自分のリズムを刻み始めたあの時代、そんな二度と戻れないかけがえのない日々。

    大人になってすっかり忘れていた大切なことを思い出させてくれたこの作品。短い時間に色々な感情が頭の中を駆け巡ったこの作品。丁寧に紡がれる十代の眩ゆい光の世界に、すっかり心を囚われた読書の時間をいただきました。ファンタジーでもなく、スポ根でもなく、普通の日常がやさしく描写される森絵都さんのデビュー作、素晴らしい作品だと思いました。

  • 家でずーっと眠っていた本。ページ数も少ないし年末で時間もあるしと読み始めてみたら2時間かからず読めてしまった。一冊の本というより短編集の1つといった感じのボリューム。
    一言でいうと「自分のリズムを大切にしなさいね」という話。1991年の作品ということだが、まったく古臭さは感じない。むしろ今の時代の子どもたちにこそ読んでほしい作品ではないかと思う。少なくともアラフォーのおっさんが読む本ではない笑
    子供が同じくらいの時期になったら読ませたいなと思う。

  • 大人になった今だって周りに振り回されて自分を見失いそうになる情けない私。真ちゃんの言う通り心の中でリズムを刻んでみようかな。

  • 本質的なものは不変。そんなことを教えてくれる児童文学。さゆきと真ちゃんとの遣り取りも素敵だが、三木先生がいい味を出している。お姉ちゃん、テツと脇を固めるキャラもいい。読後は明るい未来を思い描ける一冊。

  • とても短い軽い小説でパパッと読める。
    昔を思い出させるような中1とかのまだ幼い情景や心理描写が描かれており、当時の繊細な気持ちの揺れ具合がうまくにじみ出ている。懐かしい面持ちになった。
    登場人物の考え方や振る舞いは各それぞれだが、どの人物も迷いつつも自分なりに生きようとする綺麗な心を持っているためすごいすっきりとしたような読後感だった。
    気分転換にお勧めしたい。

  • 青春系短編小説

    主人公の女の子視点で語られる、心の揺らぎや、葛藤の表現が美しい
    「やりたいことやるために生まれてきたんだからな、おれたち」というセリフが、今の自分の悩みとも重なり、とても心に刺さりました(本当にそうかもしれない)
    自分だけの“リズム”を大切にしていきたいものですね

  • 1時間くらいで読めちゃうのに、読み終わった後に未来を生きてゆくことが楽しくなるお話。普段見ている自転車を立ち漕ぎをしている少年の後ろ姿の先に、「きらきらした未来が広がってるんだろうなあ」とか、そんなちょっと普段思えない感覚を持てちゃいます。夢や未来、甘酸っぱさや青春を吸い込めます。
    さゆきと同い年のときにも読んでおきたかった!

    「やりたいことが見つかったら、怖がらずにぶつかってけよ。体当たりでドッカンとさ。やりたいことやるために生まれてきたんだからな、おれたち」
    「未来はぽっかり空いているからいいのよね。できるだけすてきなことでうめていきたいわ」

  • いまのわたしに必要なことば
    いまのわたしが望んだ答え
    いまのわたしの希望がたくさんつまっていた

    ゆったりとした本が読みたくなって久しぶりに児童文学を手に取り
    最近読んだ森絵都さんの本は純文学でまた違和感を初め覚えたけど
    ひらがなの使い方行間などがすべてがやさしく心地よい

    児童文学だけあって易しい。そして優しい。

    わたしにも大好きな従兄弟がいてこどもなわたしたち兄弟にいつまでも公園やゲームで遊んでくれるような大好きな従兄弟がいて
    いまももちろん居るけど大人になるに連れ近いのに逢わなくなり記憶も薄れてった

    さゆきと真ちゃんの関係はわたしの理想で
    真ちゃんのように理解してくれるひとを望んでいる

    涙が止まらなかった
    苦しくなったときじぶんの心の中だけでリズムをとるんだよ
    赤の色鉛筆がないとおひさまが描けない

    おとなになってから読む優しい本です
    みんなに読んでもらいたい
    不安定になったとき
    どうしていいかわからなくなったときにこの本を手にとってほしい

    わたしはわたしでいられる、リズムを取り続ければ

  • まず三木先生がすばらしい。
    大人の感覚で生徒を見ていない。
    子どもの視点に立って生徒のことを考えてお話していて、憧れる。
    植物のお話が特によい。

    あとさゆきの大人を見る目の鋭さに感心した。
    よく観察してるし、考察してるなと思う。
    たぶん多くの子供たちも大人をよく観察してて、直感的に信頼できるできないとか判断してるのだろうな。と思うと子どもの前では誠実でいなきゃなと思う。

    あとお姉ちゃんの気持ちめちゃ分かる。
    上の子の性分だよなあ。
    ふらふらしてて、それで楽しめるのは羨ましい。そーゆーやつは大体次男。

  • 大切なのは、リズムだ。

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著者プロフィール

森 絵都(もり・えと):1968年生まれ。90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。95年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞及び産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、98年『つきのふね』で野間児童文芸賞、99年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞等受賞。『この女』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』『あしたのことば』『生まれかわりのポオ』他著作多数。

「2023年 『できない相談』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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