- Amazon.co.jp ・本 (305ページ)
- / ISBN・EAN: 9784048737418
作品紹介・あらすじ
現世から隠れて存在する小さな町・穏で暮らす少年・賢也。彼にはかつて一緒に暮らしていた姉がいた。しかし、姉はある年の雷の季節に行方不明になってしまう。姉の失踪と同時に、賢也は「風わいわい」という物の怪に取り憑かれる。風わいわいは姉を失った賢也を励ましてくれたが、穏では「風わいわい憑き」は忌み嫌われるため、賢也はその存在を隠し続けていた。賢也の穏での生活は、突然に断ち切られる。ある秘密を知ってしまった賢也は、穏を追われる羽目になったのだ。風わいわいと共に穏を出た賢也を待ち受けていたものは-?透明感あふれる筆致と、読者の魂をつかむ圧倒的な描写力。『夜市』で第12回日本ホラー小説大賞を受賞した恒川光太郎、待望の受賞第一作。
感想・レビュー・書評
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読んだ日から、ふと、風わいわいを探してしまう。ホラーだと知らずに読んだけど、生き延びたいという人の気持ちが露わになる、前向きな小説だった。風わいわい、来ないかなぁ。来ないかなぁ、ぐらいだと、来ないんだろうけど。
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常川さんの「夜市」の不思議で幻想的な世界を読み、私の読書はこういった現実から少し遊離した世界に入れることが目的だったのかと強く感じた。成人し気持ちが落ち着いてからも女流作家の作品をあまり手にとらなかったしエッセイなどは遠巻きに題名を眺める程度だった。常川さんの虚像に近い世界だけでなく、常に本の世界はフィクションだと決め付けて、それが非日常の中に暮らす人々の姿に自分を繋げる手段だったかもしれない。
「雷の季節の終わりに」はその「夜市」に続いて書かれたものだったが迂闊にも知らずにその後の作品を読んでいた。
この話はどことなく世界観や雰囲気が「夜市」に似ていて別の作品の「風の古道」のようにも感じられる。
そんな雰囲気が受け継がれていて、馴染みやすかった。
古代ともいえる遠い時代から「穏」という街は存在していた。時空を異にしているので現実の世界からは見えず往来も無い。商人や一部時の隙間(高い塀で囲われているが)からたどり着いた人々の子孫が長い歴史の中で、育っていることもある。
そこには冬の終わりから春が来るまでの間に雷季というものがあり、雷雲に閉ざされ、大きな音が鳴り響くその季節を、人々は護符を貼って扉を閉ざし息を潜めてやり過ごす。
その年の雷季に、潜んでいた姉弟のうち姉が雷にさらわれて消えた。そのとき弟の賢也の隣りに抵抗なく滑り込んだ異物があった、「風のわいわい」と呼ばれる異界のものだが、彼はその気配を受け入れた。
忌み嫌われるこの憑きものは祓うことが出来なかった。
街(下界と呼ぶ)から来たと言う二人は老夫婦に育てられていた。「穏」は穏やかな暮らしやすい自然に恵まれた土地だった。
賢也が小学生になったとき、一緒に遊び、兄のようになついていた人を殺してしまう。男は殺人鬼と呼ばれるような裏の顔を持ち少女たちを殺していた。
賢也は禁断の塀の門をくぐり、高天原を通り、町を目指して逃亡する。そして苦難の末、現代の生活に逃げ込む。
賢也は過去を忘れているが、「穏」に来た経緯が別のストーリーで語られる。これも面白い。
最後は二つの物語がまさにきっちりとつながり、二つの世界に血が通ったような生き生きとした作品になっている。
「穏」の生活風景は鮮やかで穏やかで、そこに毎年短い奇怪な季節がおとずれる。
住んでいる人々は長い慣習を守って暮らしている。
賢也の逃げ込んだ外の世界は、現代の街の姿である。
追っ手は時空を行き来し、怪物の姿を垣間見せる。
「風わいわい」は時に人を導き、世間話をし、天空にある「風わいわい」の世界を話して聞かせる。
このなんともいえない不思議な世界、SFとも言えずホラーでもない、それでいて風景の繊細で美しい描写や人々の欲望や希望や生命の巡りなどが目の前に開けてくるような世界に引き込まれた。 -
◆先入観で8月だと思った雷季とは、冬と春の間にある神の季節。◆恐ろしかった。舞台描写は『夜市』同様キラキラと美しかったけれど、描かれている暴力の連鎖が恐ろしい。キュウちゃん・ナギヒサ・沙智子・トバムネキのおぞましさ。「殺さなければ殺される」…卑劣な暴力に立ち向かうため、思考を停止し、同じ土俵に立つことを強いられ、自らの手を血で汚すことを正当化せざるを得ない恐怖。◆高天原の草原の上を飛び交う風わいわいを想像することはとても素敵。本当にふと「穏」に迷い込んでしまいそうなその世界観は流石。◆読後、無性に『ゲド戦記』を再読したくなりました。【2013/08/27】
◆「風わいわい」…勝手にハシビロコウのビジュアルを当てて読みました(笑) -
「隠」という地図上に無い閉じた世界から始まる物語。
恒川氏の言葉選び、造語の妙と巧みな描写力で冒頭から物語の世界に引き込まれます。
古い因習・風習の残る「穏」という場所は郷愁を誘うけれども、閉鎖社会の息苦しさや余所を受け入れない頑なさがどこかリアルでもあり、まるで本当にこの世界と隣り合わせに存在するのではないかと思わせる。
現実世界との境界・歪みを表す描写も、目に浮かぶようでした。
中盤から少し色を変え、ラストはちょっと駆け足で過ぎた感はありますが、恒川氏の世界観は本当に素敵です。
本当に怖いのは人の歪んだ悪意。 -
恒川光太郎さんの本は、「夜市」を初めに読んだ。
寂しく、少し怖い、でも最後には涼やかな読了感が残る。
「穏」という、地図には載っていない土地には、雷の季節がある。
ある年の雷季に、賢也の姉は連れ去られてしまう... -
冬と春の間にある短い季節「雷季」、その季節に来る風の魔物「風わいわい」、そのほかにも、「闇番」「墓町」「獅子野」などの異共同体を彩る、さまざまな魅力的設定。 後半いささか物足りなさを感じてしまいましたが、叙情的な世界観は細部にわたり、見事なまでに異彩を放っています。
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穏という隔絶されていた村で暮らしていた私の回想録。
この世とあの世の狭間の国、家族のいない私。
虐められていた私に声を掛けてくれた穂高という少女。
厳格とも言える身分制度、外からやってきた私は最下層だった。
唯一居たはずの姉も雷の季節に拐われてしまった。
そして私に取り憑いた鳥。
やっぱりこの作者さんの世界観が好きだわ。
レイヤーが違う感じとか。
家出して居なくなってしまった姉のお父さんがどうなってしまったのか気になる。