さいはての彼女

著者 :
  • 角川グループパブリッシング
3.72
  • (55)
  • (119)
  • (116)
  • (7)
  • (3)
本棚登録 : 634
感想 : 115
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784048738774

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 仕事を愛し、仕事に生き、どんな時も仕事を最優先する女性、それを指す”バリキャリ”という言葉。常にキャリアアップを目指し、前へ前へ、上へ上へと高い意識と情熱を持って突き進む毎日。それが成果となって現れ、自己実現がはかられていく日々。『自分なりの究極の人生設計図』を描き軌道に乗ったはずの充実の人生。でも、そんな時にこそ『ほんのささいな出来事をきっかけに、うまくいっていたすべてのことが、ドミノ倒しのように連鎖して反対側に倒れていく』といったことが起こりがちなのが人生の本当の怖さです。そんな私たちの人生を思う時、『思ったとおりに人生を生きていける人間が、いったいこの世の中にどのくらい存在するだろうか』という問いかけがあったとしたら。その問いかけにあなたは自分自身をどちらの側にいる人間と捉えるでしょうか。『自分はそのごく限られた中のひとりなんだと信じる』ことができるでしょうか?

    4つの短編から構成されるこの作品は、
    ・25歳で起業し、六本木ヒルズに本社を構える会社の社長
    ・35歳で大手広告代理店の課長
    ・35歳で日本を代表する大手都市開発の課長補佐
    というように、世の中では”バリキャリ”とも呼ばれ、仕事に邁進し、思ったとおりの人生を闊歩していく女性たちが主人公となって登場します。そして、そんな順調な、軌道に乗ったはずの人生が、ほんのささいなことをきっかけに傾き出し、崩れてしまう、そんな時、彼女たちは様々な理由で旅に出ます。それは北の大地であったり、伊豆の修善寺であったり。そして、そんな場所で彼女たちが出会う美しい自然とあたたかい人の優しさに触れる時、彼女たちは何を考え、何を思うのか。旅情溢れるシーンの中にゆったりと流れる時間、この作品はそれぞれの主人公と共に旅をする感覚で読み進めることができます。

    そんな4編の中で私が圧倒的に魅力を感じたのが表題作でもある〈さいはての彼女〉でした。『羽田空港の出発ロビーは、夏の帰省客で通勤ラッシュの新宿駅並みの混雑ぶりだった』というある夏の日。『ルイ・ヴィトンのキャリーケースを手荷物検査機の上に載せようとしたが、ぱんぱんに膨れ上がって持ち上がらない』という事態に『ちょっと。ぼうっとしてないで手伝ってくださいよ。飛行機出ちゃうでしょっ』と大声を張り上げて検査官に手伝わせるのは主人公の鈴木涼香。『優雅なサマーヴァカンス』に沖縄へと出かける涼香は『「有能な秘書」のせい』で『泣きたいくらい大ドタバタ』な出発前の状況に苛つきます。『昨日は「日本アントレプレナー協会」主催の講演会でメインスピーカーを務め』、その後も会社経営者たちと懇親会、そして会社へと戻り午前二時までの激務をこなした涼香。それが『今朝「有能な秘書」高見沢諒子が車で自宅に迎えにきたのは、予定の三十分遅れ』という最悪の事態。『帰れ』と怒鳴りつけそうになるも『ま、いいか。彼女、今日限りで退職するんだから。「一身上の都合」で』と我慢した涼香。『申し訳ありません』という高見沢に対し『私は羽田までの道中、ひと言も口をきいてやらなかった』という涼香。空港に着き『レンタカーの手配は大丈夫なのね』、『はい。ご指定のBMWのZ4です』、『ホテルは?結局、ブセナテラスは取れたの?』、『はい。オーシャンビューのスイートを』という確認を終えた後、『今日でお別れね。長いあいだ、お疲れさま』と形だけの労いをする涼香。『ファイナルコール』を聞き、急いでゲートに辿り着いた涼香は『女満別行きです。お急ぎください』という係員の言葉に『どこ行き、ですって?』と聞き返します。『女満別…ですが』という返事に『自分の手に握られている搭乗券の半券を、その日初めて見た。「女満別」の文字がある』という衝撃の事態。『私は携帯を取り出し、高見沢の番号を押した。「…電源が入っていないためかかりません』というジ・エンドの状況。『お急ぎください、出発します』という係員に引きずられるようにして、『私は機中へ連行された』という笑劇の旅立ちから始まる物語。そんな涼香に、はからずも訪れることになった北の大地で、その後の人生に大きな影響を与えることになる人物との出会いが待っているのでした。

    この作品には4編の短編が含まれているというのは前記の通りですが、4編目の〈風を止めないで〉は、この〈さいはての彼女〉のスピンオフのような短編となっていて、実質この作品の半分は〈さいはての彼女〉であると言ってもいい構成です。そんな〈さいはての彼女〉の一番の魅力は『雄大、というのはこの風景のためにある言葉だ。正面に堂々とした山がある。私たちを迎え入れるように、広々と裾野を広げている。そこに向かって一直線にひたすら延びる道』という北の大地の、周りに遮るもののない広大な風景の描写がまず挙げられます。そんな雄大な風景に触れると人は何故か自分自身を第三者的に見ることのできる気持ちの余裕が生まれてくるものです。しかし、原田さんはそこにもう一つ要素を加えます。それは、『速い。風景のすべてが、緑色の絵の具になって飛んでいく。全身にびりびりとくる、痺れるようなエンジンの振動。張り詰めた大気に、がむしゃらに突っこんでいく』という動きを見せるものでした。大地の”静”に対して、”動”の象徴として登場するのが『ハーレーダビィッドソン』のバイクと、それを操る女性との出会い。”静”と”動”が描く背景の上に人が持つ優しい心の触れ合いが描かれていきます。それは『夢かあ。考えたこともなかったな。なんだか、ただがむしゃらに生きてきたって感じ』、といつからか余裕をなくしてしまった涼香に立ち止まりと振り返りの時間を作ってくれるものでした。『父を、社会を見返してやる。誰よりも高いところに立って』という自らが歩んできた人生。しかし『それが、私の夢だったんだろうか』とふと感じる瞬間の到来。そして『いつのまにか、周りが見えなくなっちゃって』と気づく瞬間。そこで涼香が発するのは『いったい、何やってたのかな、あたし』という自然な感情の吐露でした。この感情の大きくて、それでいて滑らかな変化を極めて自然に描いていく原田さん。原田さんの作品は20冊程度読んできましたが、そんな中でもこの短編が描き出す人の心の機微はピカイチだと思いました。そして『湧き上がる入道雲めがけて、私たちは走り始めた』という北の大地を駆け抜ける涼香、そんな涼香が見せる結末の爽やかな表情。ああ、小説っていいなあ、と感じた良作でした。

    『だって、「線」があるんだもん』という人と人との間に引かれた目には見えない『線』の存在。人は何かとこの『線』にこだわる生き物だと思います。年齢や性別、既婚・未婚、子供の有無、肩書の上下などなど。自分が勝手に引いた人と人とを区切る『線』。その『線』の存在に疲れて『いったいなにやってたのかなあ』と気づくその時、その瞬間にそんな『線』の存在自体が馬鹿らしくもなります。『そんなもん、越えていけ。どんどん、越えていくんだ』という感覚。『どんな遠くまでも、さいはてまでも』と駆け抜けて行く人生に見えてくる『線』を意識しない世界。

    仕事に少し疲れた人生、家庭に少し疲れた人生、そして意気込みすぎる毎日に溜息をつきたくなった時、そんな瞬間に、ふと、気軽に手を取ってみたくなる作品。爽やかな風に吹かれ、人と人との触れ合いを求めて無性に旅に出たくなってしまう、そんな自分を感じる作品でした。

  • いつの間にか世界の大きさは
    自分によって決められていた。

    家から西はスーパーまで。
        東なら学校まで。
        北西はおじいちゃんがいる施設まで。なんて。

    世界は私を中心にして、四方に壁を作り初め、
    少しずつ、少しずつ小さくなっていった様な…気がするのだ。

    四話の短編集である今作品の主人公はみな、
    およそ壁とは縁が無さそうな感じのいわば、デキる女性達。

    しかし、
    シャンと背筋を伸ばし、迷い無く颯爽と歩いている彼女達にも
    見えない壁は作られていた。
    それがもう、
    どうにもならなくなって、
    飛び出し(あ、旅立ち・・・)た事によって知る、
    どこまでも、どこまでも広い世界に心がじん、となった。

    旅立とう、と決意もしなければ、
    決して出会う事も無かった、
    自分のなかの空白を埋める事の出来る人達や雄大な景色。

    『さいはて』
    という、気が遠くなりそうな言葉が此の世にあった事を、
    改めて思い出し、なんだか嬉しくなった。

  • 端から見れば、颯爽としてかっこよくデキる女の人たち、の羽根休めのひと時が、しっとりと清々しく描かれています。
    子持ち主婦のわたしとは隔たりのある存在になってしまったけど、結婚願望のまるでなかった若かりし頃は、主人公たちのような女性に憧れていたな。
    マイナスの状況の中でも凛としてかっこいいですね。
    最後の話はなんかぴんと来なかったけど、その前の3話はどれもよかった。

    20代の頃はわたしも仕事や人間関係に行き詰ると息抜き兼ねて、遠くへ旅立ったものです。
    彼女たちほど仕事に誇りや責任はなかったけどね。
    旅好きとしては、なんとなく共感。

    物語全体から気持ちのよい風が吹いていて、明日もがんばるかーって気持ちになれます。

  • 短編集。仕事でそれなりの地位を得た女性が旅に出るというお話が二つあるけれど、何と言っても「ナギ」がキラキラ光って素敵でした。風を感じる文章でした。
    仕事女性の編については、ギスギスしてたり暗かったり、イヤーな雰囲気がなく書かれてて、それがよい印象でした。全体的に爽やかな本。

  • 仕事に挫折して一人旅する女性、旅を通じて出会った人や風景に明日への希望を見出だすお話でした。原田マハさんの文章がとても好きなのでこの作品も心地よく読むことが出来ました。

  • きっとマハさんはこの作品に描かれている風景をすべて自分の目で見てきたのだろうな、と思いながら読みました。

    日常を離れて旅に出ることって必要なことだと思います。
    そこでしか見れない景色や出会いがあって、また仕事や勉強を頑張れたり、日常を見る目が変わったりするものですよね。


    「線」の話は私にも当てはまるなと感じました。
    人間関係だけでなく、自分の可能性や好奇心に対して「線」を引くのはいつだって自分自身です。
    私なんてどうせ、と思って諦めるのは簡単ですがそうやって引いてしまう「線」を越えた先でしか見えないものがある、と思い出させられました。

  • 好きだなぁ、やっぱり読み易くて情景が思い浮かびやすい気がする原田マハさん。読んだ瞬間、来年は絶対夏の北海道に旅にでようと心に決めました。誰かバイクのせてくれないかな?笑

  • 爽やかな読後感。
    最終話の、妙に「女」を出してくるナギの母の話はなくてもよかった。

  • 読書って、読んでいる時の自分の状況や気持ちのあり方で、感じ方や受け取り方が変わってしまうって実感した。短編集、どの物語も嫌いではないのに、なんだか心に留まらずにすっと流れてしまった気がする。でも、傷ついたり、悩んだりしても、ふとした出会いから気付くこともあって、気付くことができると人って変わることができるんだなって思った。

  • 読んでいて気持ちのいいお話だったなあ。
    旅する凪ちゃんの連作短編かと思っていたので、ちょっと残念な気持ちも。

    でも先日読んだばかりの「あなたは、誰かの大切なひと」に出てきた旅先の二人が出てきてびっくり。

    表題作と「冬空のクレーン」がすき。北海道行きたくなった。

    スズカさん、お高くとまっているなあとも思うけど「最悪な事態に直面したとき、一時間後に立ち直ってる自分を想像できるか。それができる人は、一年後、十年後、必ず成功する人です」って考え、素敵だなあって思う。

全115件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1962年東京都生まれ。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒業。森美術館設立準備室勤務、MoMAへの派遣を経て独立。フリーのキュレーター、カルチャーライターとして活躍する。2005年『カフーを待ちわびて』で、「日本ラブストーリー大賞」を受賞し、小説家デビュー。12年『楽園のカンヴァス』で、「山本周五郎賞」を受賞。17年『リーチ先生』で、「新田次郎文学賞」を受賞する。その他著書に、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『常設展示室』『リボルバー』『黒い絵』等がある。

原田マハの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×