- Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
- / ISBN・EAN: 9784048739016
感想・レビュー・書評
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「あなたの獣」。タイトルが素敵ではないか。
助詞「の」は、並列の「の」と捉えて、「あなたという獣」(つまり、あなた=獣)と解釈できる。または「あなたの中の獣」くらいの。
表題と、表紙の色が好きだなあ。(中身いっさい関係ないw)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
櫻田という男の人生における女性遍歴の連作短編集。
櫻田が小学生の頃から、死んで骨になるまでが時系列ばらばらに書かれていて、どれも不穏なかんじがする。
妻の奈央子、劇団で知り合い捨てた昌、ストーカーのように執着した璃子。
その他にも小学生の時の音楽の先生、息子に会いに行くのに道案内させた若い女など。
特に、知り合いと思い込んでいるように装って知らない女に声をかけ、相手の女もそれに合わせていた「声」がドキッとした。
タイトルに惹かれて読んだものの、「獣」はどこにも感じなかった。 -
井上さんの本、もういいや~と思いつつ、また読んでしまった。
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ゆらゆらと漂う男がどこか幽霊のように感じ、取り巻く女達は一見普通に見えつつも不安定な狂気を感じさせる。緩やかで巧妙なこの時間軸の中で徐々に垣間見える人物たちの心情や距離、面白かった。
「飴」「祭」「声」「骨」が好き。 -
ギリギリと迫ってくるわけでは決してない。けれど、切れ味なんてものが微塵もないような赤錆びだらけのナイフの先を突き付けられているような、底知れぬ鈍い痛みを予感させる何が迫ってくる。あるいはその恐怖心にも似た感覚は、主人公である櫻田という男の存在がまるで鏡にふと映ってしまった自分の本性をみるようである、という思いに依拠しているのかもしれない。そんな居心地の悪さがシンシンと積もってくる。いつもは上手く隠していた、いや隠していると思っていた、自分の別の顔つきを不意に見出してぎょっとする、そういう恐怖心がつのってくるのである。
何も、男が起こしてしまう一つ一つの出来事に似た何かを自分自身が経験しているという訳ではないのだ。しかし、その恐怖心は何気ない男の行動から勝手に体が感じ取ってしまうものなのである。回りくどく言うならば、男がするするとはまっていくような落とし穴は、実のところ誰の心の中にもあるはずで、普段はそんな穴にはまったりしないように、理性だとか常識だとかを総動員して人は進んでいくものなんだろうと思う。それは時として余りに常識的であり、そんな回避行動を自分がとっているということすら意識に上がらないようなものだと思う。ところが、そういう落とし穴は確かに存在していて、しかも引力がある。ぼんやりしていると抜け出せなくなってしまう程、深く深くはまっているという状況に気づくことにもなりかねない。そのことをうすうすと感じ取っていくと、恐怖心が芽生えてくるのだ。
ぼんやりと、と言ったけれども、櫻田という男は常に目の前の選択肢から何か一つを選びとるのに必死である。それのみで生きている。そんな状況がはたしてぼんやりかと問われれば少し違うような気もする。しかし穴にはまらないようにするためには、随分と前から穴の存在を予想し、然るべき迂廻路を設定しなければならない。それはやっぱり、ぼんやり、の正反対にあるような状況だろうと思うので、常に目の前にある選択肢にばかり気を取られている男の態度はやはり、ぼんやり、と呼ぶのがふさわしいように思うのである。
そのぼんやりは一見すると無害とも見える態度にも映る。人によってはそれを優しさと受け取る可能性もある。しかし実はそれが究極的なところで、獣の本性であることを、井上荒野はするどく見せつける。獣という表現には、なにか凶暴性を伴う恐ろしさ、あるいは悪意を喚起する種があるけれど、実際には獣はもっとずうっと受動的な生を生きている。そしてもちろん、悪をなすつもりは少しもないのである。
それが悪に変容するのは、全て結果が生じてからのこと。結果に対する責として悪が立ち上がってくるだけなのだ。行為の意図の底に悪があるわけではないのに、結果は悪をなされてしまう被害者を生みだす。その構図に気づくと、この連作につけられたタイトルの意味するところが急に鮮明に浮き彫りとなり、加速度をつけて迫ってくる。そうして翻って、自分の本性を今一度眺め確かめたところで、何もなかったようにはもうふるまえなくなっていることに気づき、そら恐ろしくなってしまうのである。
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すごく後味が悪いです。でも好き。
最初から最後まで主人公は同じだけれど時間が行ったり来たり
しながら色々な人とのかかわりを描きつつどうやら人を殺した
らしいとか妻もいて恋人もいたのに本当に好きだったのは違っ
たらしいとか段々明らかになっていき、で、主人公の今はどう
なっているのかとやきもきし。
趣向もおもしろい。