幸せの青い贈りもの (メディアワークス文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784048924856

作品紹介・あらすじ

──この箱からは、人生を変える何かが出てきます。
 海沿いの街で将来の進路を悩む真由。海は広がっていてどこにでも繋がっているのに、
自分は一生この街から出られないのか……。
そんな想いを抱える中、見つけたのは不思議な文字が書かれていた箱。
そこから出てきたのは、ガラス作家が作った、海が閉じ込められたペンダントだった。
 手作りの一点ものには作り手の想いが込められる。
学生運動時代に手にした青い薔薇のハンカチーフ、太平洋戦争開戦直前、恋い焦がれた女性への最後の贈りもの……。
これは、時代を越えて綴られる、繋がる想いを辿っていく物語。

感想・レビュー・書評

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  • あなたが大切にする『一点物』。そんな『一点物』を作った人の想いをあなたは知っているでしょうか?
    
    この世はモノに溢れています。現代社会で当たり前に行われる大量生産は、均質に効率よくモノを生産できるメリットと引き換えに、生産された一点一点の相対的価値を下げているようなところがあります。この世に存在する同じモノの一つが手元にあるだけ。そんな中では友だちと何かしらのモノが重なったという経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。これでは、モノに対する愛着の度合いも深くなりづらいものがあります。

    一方でそんなモノを作る側の気持ちはどうでしょうか?機械化された生産現場、ベルトコンベアーに乗せられてその一つひとつを特定しようもなく次から次へと流通の流れに乗っていく中では、送り出していくモノたちへの愛着という感情もやはり深くはなりづらいのではないでしょうか?

    とは言え、今の世の中にあって大量生産の考え方から撤退するようなことは考えられないのだと思います。

    しかし、そんな大量生産が当たり前の世の中にあっても『一点物』という言葉が存在します。自らの時間をそのモノを生み出すために捧げる先に誕生した『一点物』。他に同じモノは存在しない、この世にたった一つしか存在しない『一点物』。そんな『一点物』には、大量生産で生み出されたモノたちとは違う存在感があるように思います。そこに、『手先を通して祈りや想いが込められる』『一点物』の存在価値があるのだと思います。

    さて、ここにそんな『一点物』の存在に光を当てる物語があります。意図せず『一点物』を手にした人の人生が描かれるこの作品。そんな『一点物』を生み出した人の人生が描かれるこの作品。そしてそれは、時代と場所を超えて、モノで繋がる人と人の想いの深さを読者のあなたがしみじみと感じる物語です。

    『何でもあるって、何にもないのと同じな気がする』と『いつものショッピングモール。マックの席に陣取って、辺りを見渡す』のは主人公の真由。そんな真由は『私たちは四人とも帰宅部だ』という夏音、絵凛、そして中学二年生からクラスが五年連続で一緒の穂乃香と放課後の時間を過ごします。そんな中、『そういえば、もうすぐ真由と穂乃香も進路指導でしょ?』、『もう、進路希望の紙に何か書いた?』と夏音に訊かれ、『全然。まだ白紙。特にやりたいこととかないし』と『憂鬱な気分でストローの先を弄ぶ』真由。そんな真由に『だったらさあ、私が選んだエステの専門学校、一緒に行こうよ』と言われ『エステかあ』と『ぼんやりと相づちを打ちます。そして、『エステ』か『トリマー』の話で盛り上がる中、『うちら、このショッピングモールがなかったら生きていけないよね』という話に『だよね』と同意する面々。駅前の商店街がさびれ、『この場所以外は、お昼でも街が眠っているみたいに静か』という『海沿いの街』で暮らす真由は、憂鬱さが増していきます。そして、『カラオケでも行っちゃう?』という夏音の誘いを断り一人になった真由。『私は、本当にエステティシャンかトリマーの専門学校に通って、このモール内』で働くのだろうかと考える真由は、『私の一生は、このショッピングモールで完結してしまう』と思い『気怠い気分で歩』きます。そんな時、『ガチャガチャがずらりと並』ぶ一角に『一つだけ大きな四角い鉄箱みたいなものが置いてある』のに気づきます。『ボタンも何にもなくて、時計回りに回すらしいつまみ』がついているだけの『褪せた青色』の鉄箱には『この箱からは、人生を変える何かが出てきます。』と書いてありました。『怪しい… モールの人に通報しようかどうか迷うレベル』と思い周囲を見回すも誰もいません。そして、立ち去ろうした時『千五百円だよ』と言いながら一人のお婆さんがやってきました。『私、興味ないんで』と言う真由に『人生、変えたいんでしょう?それとも、私の見当違いだったかしら』と返すお婆さんとやりとりをする羽目になった真由は『五百円』でいいと言われて『つまみを回し』ます。そうすると『リボンで結ばれた小さな袋』が現れ、中からは『ペンダントらしきもの』が出てきました。『まさか、それが出てくるとはね』というお婆さんは『あなたが、その海の持ち主になるのねえ』と続けます。『小指の先くらいの細長いガラス』のそれは『中を覗くと、まるで砂浜に波が寄せた瞬間を切り取ったように見え』ます。『ガラス作家の一点物よ』と語るお婆さんは『そのペンダントにはね、海が閉じ込められているのよ。特別な、とっても特別な品物だから、大事にしなさいよ』と続けます。そんな説明に『でも、このペンダントで人生変わるわけないですよね』と反論する真由ですが『ああ、いやだいやだ。これだから想像力のない子は』と言われてしまいました。『でも、たった五百円にしては』『とても綺麗だ』とペンダントを気にいった真由は、『ペンダントを首から下げると、いつもよりはほんの少しだけ軽い気持ちで、家路に』つきます。高校卒業後の人生に迷う真由。そんな真由にひとつの転機が訪れる物語が描かれていきます…という短編〈海を閉じ込めたペンダント-真由〉。高校三年生のとても繊細な心の内を鮮やかに描き出した好編でした。

    “市井に埋もれている手作りアートに隠された想い、物語。それがもしも、誰か見知らぬ人の手に渡り、別の人生の物語と交差したとしたら?そこにはまた、新たな物語が生まれてくるような気がしませんか?”と語る成田名瑠子さんは、そんな想いからこの物語を書き始められたと続けられます。大量生産、大量消費が当たり前になった現代社会。私たちはお店でモノを買いますが、そのモノが置かれていた場所には奥から出されてきた同じモノが再び並ぶだけです。一方で、そんな今の世の中にも『一点物』と呼ばれるモノが存在します。そんな『一点物』は、それをこの世に生み出した人がこの世のどこかにいて、何かしらの思いを込めて作ったものであるとも言えます。そんなモノを共通として人と人を結びつけて連作短編として構成されたのがこの作品です。一般的に連作短編は人を共通とするものが大半です。一方で人以外のモノを共通とする作品と言えばスーツケースがいろんな人の元を巡る近藤史恵さん「スーツケースの半分は」、オカメインコを共通とする小川糸さん「リボン」、そしてなんと神様を共通とする青山美智子さん「ただいま神様当番」などがあります。そして、この成田さんの作品では『ペンダント』と『ハンカチ』という二つのモノを共通として連作短編を構成しています。しかもその構成が今まで650冊の小説ばかりを読んできた私にとっても全く初めて見るものでした。では、そんな物語の構造と共に二つのモノが結ぶ二編ずつの連作短編の内容をご紹介したいと思います。ただし、受け渡す側の物語こそがジワッとくるのがこの作品最大の醍醐味でありそれに触れることはネタバレと考えるため、そちら側には敢えて触れないことにします。

    ・①〈海を閉じ込めたペンダント-真由〉: 『日本海沿いにある地方都市』に暮らす高校三年生の真由が主人公。『ここには何でも揃っている』一方で『私の一生は、このショッピングモールで完結してしまう』と思う中に将来自分がやりたいことがわからなくなった真由。そんな真由はモールの中でお婆さんに勧められ、『人生を変える何か』が出てくると説明された機械から『五百円』で『海が閉じ込められている』ように見える『ペンダント』を手にします。そして、進路相談に臨んだ真由は、前の順番で教師と話す友だちのまさかの進路を聞いてしまいます…。
    → ④〈海を閉じ込めたペンダント-エドワード〉で描かれる物語で『ペンダント』を受け渡す側の物語が描かれます。
    → ⑤ 〈エピローグ〉で完結します。

    ・②〈青い薔薇のハンカチーフ-吉川〉: 『僕は絵に描いたような苦学生だ』というのは母親が親戚に『頭を下げて借りたお金と、故郷の県からの奨学金、そして新聞配達と中華料理店のアルバイト代で何とか』生活している主人公の吉川。そんな吉川は六年での医学部卒業が必須にも関わらず政治を変えると息巻く学生たちの活動のせいで『大学で講義が開かれないという異常事態がつづいて』授業を受けることができません。そんなある日、『ノートを貸して』欲しいと長瀬という学生が声をかけてきました。『礼は珈琲』と、『ジャズ喫茶』へと赴いた二人の元に洋子という長瀬の女が現れます。
    → ③〈青い薔薇のハンカチーフ-小夜子〉で描かれる物語で『ハンカチ』を受け渡す側の物語が描かれます。

    上記で構造を書いた通り、物語は①②③④⑤の五つの短編が、連作短編のキーとなる二つのモノによって、『ペンダント』がキーになる①④⑤の物語と、『ハンカチ』がキーになる②③の物語がそれぞれ繋がっていきます。

    そんな物語は内容紹介に”時代を越えて綴られる、繋がる想いを辿っていく物語”と記されてもいます。そう、これがこの作品のもう一つの特徴です。どの作品もはっきりと何年何月という記述があるわけではありませんが、記述されている内容からおおよその時代がわかります。

    ・①真由の物語: 『うちらのママたちが女子高生だった頃』が『バブル』→ 現代

    ・②吉川の物語: 『学生運動が広がっている』→ 1960〜1970年代?

    ・③小夜子の物語: 『大好きなその刺繡を、戦時中でも控えたくなかった』→ 戦時中

    ・④エドワードの物語: 『日本が真珠湾を攻撃したそうだ』→ 戦時中

    ・⑤〈エピローグ〉: 現代

    戦時中が二編の他、学生運動真っ只中の時代、そして現代と大きく分けて三つの時代が描かれるのが大きな特徴です。上記で挙げたモノを共通とする連作短編の数々はいずれも時代が変わりません。それに対して同じくモノを共通としているにも関わらず、この作品は戦時中と現代を繋いでいくという大胆な試みを入れています。これが人であれば大河小説的に親子三代に渡る連作短編という形もあり得ますが、モノを使って70年もの時を経て物語を繋いでいくのは画期的だと思います。

    そんな構成で紡がれる物語はエピローグは別として残りの四つの短編それぞれに読み応えのある深い物語が描かれていきます。それこそが、”本編には四人の主人公が登場し、それぞれ、謎の女性を介してある手作り作品を受け取ったり、託したりします”という物語の根幹です。上記した通り、『一点物』を託した側の物語はネタバレを避けるためにこのレビューでは触れません。一方で『一点物』を受け取った側の物語①では、地方都市に生まれ育ち、『私の一生は、このショッピングモールで完結してしまう』と、”見えてしまう未来”に悶々とした思いを抱く高校生の真由の物語が描かれていきます。未来に漠然とした不安の中に生きる真由は、『私は普通だ』と自らを分析する中に、将来を考えることから逃げ回る日々を送っていました。このような経験は誰にでも多かれ少なかれあるようにも思います。そんな真由が④の物語によって託された『ペンダント』を受け取る側に回る物語は、青春のほろ苦さを感じさせもするまさしく”青春物語”です。一方、物語②では、学園紛争真っ只中の時代に、医学部の苦学生として学びが止められることに困惑する吉川の物語が描かれています。今までに650冊の小説ばかりを読んできた私ですが、学園紛争の時代を背景にした物語は初めてです。噂に聞く『大学で講義が開かれないという異常事態がつづいている』という描写は今の世からは全く想像できないものでもあり、その時代の中で、あることをきっかけに人生の危機に陥っていく吉川の物語は、そんな時代だからこそあり得た設定なのかもしれません。そんな吉川も③の物語によって託された『ハンカチ』を受け取る側に回ります。『タバコ』、『ジャズ喫茶』がやけに似合うこの時代の純朴青年の物語がそこには描かれていました。

    『ペンダント』と『ハンカチ』という、『一点物』で繋がるそれぞれの物語は、それぞれの主人公たちが直接繋がるわけではありません。しかし、その『一点物』に込められた深い想いを読者の想像力が強く確かなものとして繋いでいきます。モノで繋がる連作短編という構成を実に上手く活かした、読者の想像力次第で、味わいが深まっていく物語だと思いました。

    “彼らの人生の物語が交錯する時、新たな物語が始まっていく。その様子を楽しんでいただけたら幸いです”

    そんな風に語る成田さんが描く五つの短編から構成された物語では、さまざまな時代をモノで繋げるという構成の上手さが光る中に、その時代を必死で生きた主人公たちの物語が描かれていました。一見、ファンタジーと勘違いしそうにもなるこの作品。そんな作品に秘められた奥深い物語に心動かされるこの作品。

    一つのモノに込められた想いと、そんなモノを受け取る側に回った者の想いがモノで繋がるこの作品。なんとも面白いところに目を付けた作品だと思いました。

  • どのお話しもじんわり心にしみわたる世界で、読み終えた後余韻に浸りながら、また是非成田さんの本を読みたいと思った。

  • くじを引くとあなたに1番適している一点ものに出会えて運命が変わる。胡散臭いと誰もが思うが、全ての人が人生が代わり、自分も引いてみたい!と思いました。

  • いい話で伏線も回収されたんだけど、個人的には好きではなかったかな。

    成田名璃子さんの本は2冊目なんだけど、前の作品の方がおもしろく感じました。
    たぶん、期待しすぎたのかもしれません。

  • 人生を変えることができるものが出てくる箱。その箱から出てきたものを受け取った人と、それを作った人の不思議な話。人生を変えることができる箱なんて目の前にあっても、信じるのは難しい。そこから出てきたものも、「人生」と関係なさそうものだったし。それでも不思議となにかが変わっていく。本当に不思議なものなのかハッキリとは分からないけど、信じた方が何だか幸せになれる。そんな本だった。

  • それぞれが繋がっている4つの短編集。次に話に夢中になり忘れていたころに前の話と繋がるのが心地よい。ちょっとうまくいっていない主人公たちの閉そく感、そこから思いがけないことで好転するところが気持ち良いです。時空を超えて受け継がれていく手作り品も素敵。

  •  手づくりの一点物がそれぞれの生き方を変えてくれる。しみじみします。

  • 【作り手の想いがこもった一点物。時代を越えて綴られた想いを繋ぐ物語──】

     ──この箱からは、人生を変える何かが出てきます。
     海沿いの街で将来の進路を悩む真由。海は広がっていてどこにでも繋がっているのに、自分は一生この街から出られないのか……。そんな想いを抱える中、見つけたのは不思議な文字が書かれていた箱。そこから出てきたのは、ガラス作家が作った、海が閉じ込められたペンダントだった。
     手作りの一点ものには作り手の想いが込められる。学生運動時代に手にした青い薔薇のハンカチーフ、太平洋戦争開戦直前、恋い焦がれた女性への最後の贈りもの……。これは、時代を越えて綴られる、繋がる想いを辿っていく物語。

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著者プロフィール

1975年青森県生まれ。東京外国語大学卒業。『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』で電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞し作家デビュー。シリーズに『東京すみっこごはん』『今日は心のおそうじ日和』がある。著書に『ベンチウォーマーズ』『ハレのヒ食堂の朝ごはん』『坊さんのくるぶし 鎌倉三光寺の諸行無常な日常』『世はすべて美しい織物』『時かけラジオ 鎌倉なみおとFMの奇跡』『いつかみんなGを殺す』などがある。

「2023年 『月はまた昇る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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