新しい科学論―「事実」は理論をたおせるか (ブルーバックス)

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著者 : 村上陽一郎
  • 講談社 (1979年1月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061179738

新しい科学論―「事実」は理論をたおせるか (ブルーバックス)の感想・レビュー・書評

  • ○この本を一言で表すと?
     常識的な科学論とその前提について再検討している本


    ○この本を読んで興味深かった点・考えたこと
    ・最初に予め「常識的な考え方」に賛成しない立場を表明しておいて、第一章で「常識的な考え方」について丁寧に説明し、それはそれでしっかりした考え方だという意見だと感じさせながら、第二章でどうひっくり返すのだろうという期待をさせるという、上手い構成で書かれた本だと思いました。

    ・出版された1979年の「科学者=超越的な人」という感覚が、医者や教師などの他の職業に対する感覚と同様に今とは違う感覚で述べられていて、時代の変化を感じました。

    <第一章 科学についての常識的な考え方>
    ・帰納法と演繹法について、かなり丁寧に分かりやすく説明されていました。データ量が仮説を強化する話も丁寧で分かりやすかったです。帰納法に基づいて立てられた仮説が反証によって崩れる話は、「ブラック・スワン」で「白鳥は白い」という常識が一羽の黒い白鳥で崩れる話と同じで、かなり先取りして書かれていたのだなと思いました。(第一節 帰納)

    ・知識の「蓄積性」、科学の「進歩」、法則の「包括性」について、それぞれ丁寧に説明されていました。古い法則が新しい法則に上書きされるわけではなく、例外に対しての追加の理論づけとなっていることをニュートンの発見した法則とアインシュタインが発見した法則で説明していてかなり分かりやすかったです。(第二節 常識的科学観の特性)

    <第二章 新しい科学観のあらまし>
    ・常識的な科学観が、科学の進歩は直線的に進んだ、という考えになりがちで、例えば宗教に対する超克が無神論や化学に繋がったと考えたがるのに対し、実際には宗教の中で偶発的な要素も込みで科学が生まれるケースもあったこと、錬金術など迷信とされる学問の発展として生まれた科学もあることなどが述べられていました。(第一節 文化史的観点から)

    ・常識的な科学観が、「データが客観的である」という観点からスタートし、「ありのままの姿」を得られていると考えになりがちなことに対し、そもそも観測者である人間の認識が客観的でなく、「ありのままの姿」で観測できないことを、錯覚効果や人間の近くの限界、前提知識の有無による判断の違いなどから述べられていました。(第二節 認識論的観点から)


    ○つっこみどころ
    ・この本で言う「常識的な科学観」も、特定の環境下においての仮説として、経済学などで検討される分野であったり、物理現象の実験・検証に現代でも使われたりしていると思いますが、読み手が「常識的な科学観」を否定する方向にこの本の内容を受け止めると、「常識的な科学観」に基づく学問の否定に繋がって、それはそれで支障が出そうだなと思いました。

  • 科学系シントピ。フォトリーディング&高速リーディング。

  • 後半は観測の理論負荷性について。
    議論のテクニカルなところで、「見る」を知覚と認識に言い分けてほしかった。先入観によってセンスデータが変わると書いているが、厳密にはセンスデータに対する認識が変わる、だろうと思う。

  • 新しい科学論についての本。著者である村上の主張が示されている。
    常識的な科学論の説明も丁寧で、かなり読みやすいと思う。

    著者自身は中高生にと言っているが、読めなくはないが難しいんじゃないかと思う。

  • 「新しい科学論」について述べた本。出版年は30年以上前だが内容は現代でも十分通じる。第1章では一般的な科学論の確認、つまり、科学は中立的・客観的であり、データが蓄積する事で理論を包括的に捉える事ができ、進化していくという流れである。第2章ではそれをひっくり返す、すなわち、宗教と科学の関係、人間という媒体を通した主観性(ア・プリオリ)、ゲシュタルト崩壊と科学革命とつながっていく。科学は手段ではなく人間の営みであり、見直すべきものは解釈する人間の方であると締めくくられている。優しすぎず難しすぎず、第1章から第2章への大きな転換は科学論の捉え方としても読み物としても面白かった。

  •  人間にとっての「科学とは何か」という命題を問い直した本。

     戦後、科学者をお茶の水博士のような「白衣の聖職者」という具合に人間社会の発展という崇高な理念だけを掲げている人々と見なす風潮があった。しかし著者は、科学は人間的な営みだと主張する。

     スピノザが「神すなわち自然」、ガリレオが「自然は神が書かれた書物」と表現したように、神が作った自然=世界を説明するツールとして科学が発展した。コペルニクスの地動説も、ニュートンの万有引力の法則も元々はキリスト教の信仰から出発したものだった。厳密に言うと、近代科学はキリスト教の他、古代ギリシアやアラビアの自然学(代数、幾何学、錬金術)の影響を受けているが。

     科学の世界においてはデータの集積が重要である。データというのはギリシア語の”dare(与える)”が語源であり、「与えられたもの」を意味する。

     集積されたデータから理論を導き、理論から事実(fact)を作り出す行為は人為的である。そしてfactとfictionは語源("造り出す"の意)が同じというのにも驚き。

     たまには、こういう科学もいいな、と思った。

  • 2010/04/23読了

    結構キツかったっす。
    また再読しよう…。

  • 題名は、「科学論」ですが、科学的とは何か、ということだけでなく論文作成にあたって、データの収集方法、分析方法、理論構築、まとめ方を非常にわかりやすくまとめた一冊です。もちろん、報告書作成にも十分活用可能です。by T.K

  • 序章 科学的なもの、人間的なもの
    1 科学についての常識的な考え方
      1.帰納
      2.常識的科学観の特性
    2 新しい科学観のあらまし
      1.文化史的観点から
      2.認識論的観点から

    科学理論の本というよりも、哲学の本のような気がした。
    第一章で相対性理論やマルクシズムと小難しい展開でしたが、
    第二章でのひっくり返し方は見事にやられてしまいました。
    このひっくり返し方は、「食い逃げされてもバイトは雇うな」と『食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い』のような感じで面白かったです。第一章で後でひっくり返すと何度もおっしゃっておられましたが。
    科学も所詮は人のなせる業なのですね。

  • [ 内容 ]
    人間にとって科学とは何なのかを考える。

    [ 目次 ]
    序章 科学的なもの、人間的なもの
    1 科学についての常識的な考え方
      1.帰納
      2.常識的科学観の特性
    2 新しい科学観のあらまし
      1.文化史的観点から
      2.認識論的観点から

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 演繹 帰納 データ

    科学についての常識的な考え方を、客観性のゆらぎを指摘した哲学な話

  • 「データ―帰納―法則―演繹―検証(反証)―理論の改良というサイクル」がなされてこそ科学だと思っている人は,根底からその考え方が覆されます。モデルという観点が入っていないという意味でこの本はやや不十分であると思いますが,「30年も前の古い本だ」と片付けてしまうのは勿体ないぐらい,この本の副題の指し示す事柄は非常に重要です。特に,データが「判決を言い渡す裁判官」のような役割を担うと考えているならば是非読むべきです。

  • 帰納法、演繹法みたいなことから科学を分析している本。
    「科学」という言葉は常に客観的で正しいといった偏見を分かりやすく解いてくれる。
    いくら事実を積み重ねていっても絶対的に正しいとはな言えないし、あくまでもそれは仮説でしかない。その仮説を考えてるのは人間だし、その人間はある時代の中に生きており、その時代の常識からはなかなか抜けられない。

    この人の技術者論が読みたかったのに読む本を間違えてしまった。

  • 知らなくてもいいけど、知ると少し見方が変わる、そんな一冊。

    ブルーバックスなのでさらっと読めるのがGOOD!

    長年、理系からも、文系からも「うちの分野じゃない」と思われてきた不遇な科目「科学哲学」に不覚にも興味を持ってしまうかもしれません。

    自分はこの本をきっかけに、不覚にも、大学の科学哲学、科学史の授業をとってしまいました。

    哲学系だとクーンやアベントの導入編としても、よいかもしれません。

  • 題名どおりの本。
    内容もとても読みやすく、
    本の大きさや重さもちょうどよい。

  • この本を読んでいると、理解できてなるほどと思う箇所と、なんのこっちゃって箇所があった。
    サブタイトルの「事実は理論をたおせるか 」に関することも自分の読解力・理解力不足から述べられない。
    そして要点をまとめて感想を書け、と言われても自分の頭では無理なので、
    とりあえず、自分がなるほどと理解できた箇所・そういう考え方もあるのかと意表をつかれた箇所を記録するに
    留めたい。

    ●人間が五感を使って感じている(感じ取れている)ものは自然の中のごく限られた範囲である。
     →つまり人間がいまの人間の姿・特徴であるからこそ感じる世界であって、犬やコウモリや細菌には
      また違った世界がある。人間が知覚(色を認識したり、臭いをかいだり)できる世界は世界全体から見ると、
      本当に限られた範囲なのである。
    2009-03-21

  • 20年くらい前、大学生のときに読んだ本を読み返した。演繹と帰納、科学の進歩とはなにかという根源的な問いに、人間の認知という側面を取り入れて論じている。科学をやる人は読んでみるとよい。

  • 「事実は理論をたおせるか?」これで大学生の時にガーンとヤられました。科学論の草分け村上陽一郎さんの古い古い新書なんですが、科学論の入門書として古くから最適の一冊。大学の一般教養のレポート課題で指定された人だけでなく、科学と名のつく所にいる人もいない人も「真理を探求する営みとしての科学」という認識の人には読んでほしい。

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