虚無への供物 (講談社文庫)

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著者 : 中井英夫
  • 講談社 (1974年3月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (669ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061360044

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虚無への供物 (講談社文庫)の感想・レビュー・書評

  • ★★★
    水沼家で起きた水死とガス中毒死、老人ホームの火事、舟の沈没事件、
    これらは連続殺人か?
    人が死んでると言うのに妙に張り切る素人探偵たちの繰り広げる推理合戦。それらは推理小説を基にしているので理屈っぽくて全く現実的でない。そもそも「事故」と判断されたものを彼らは無理やり「密室殺人だ!」「犯人は読者よ!」、(作中では)現実の殺人事件なのに「そのトリックは推理小説では反則だから却下」なんて得意気にやってるんだが、読者としては「そもそも本当に殺人なの?」「殺人だとしてもそんな非現実的な話があるかい!」「犯人が読者だったらあなたたちの立ち位置はどこ?」と戸惑いつつ進める。
    現代風に言えば「中二病を拗らせた」登場人物の行動や、作中作品や、目くらましのようにパズルのように示される幻想的エピソード、姦しい素人探偵たちのおかげで無用にこんがらがる事件。
    素人たちの中では一人俯瞰的目線を持つ男が「解明したくないけど、しなくてはこの素人探偵たちが納得しないから仕方なく」事件解明。
    ★★★

    「日本三大奇書」と聞いて学生の頃に読んだのですが、ミステリーとしても小説としてもよく分からず、その時はそれっきりでした。
    その後中井英夫が久生十蘭のファン(ジュウラニスト)と聞き、改めて読んでみたらなんかある意味納得しました。植物学者だった中井英夫のお父様と、戦時中は記者だった久生十蘭に交流があったというので、中井英夫こそ元祖ジュウラニストというものなのでしょうか。
    さらに中井英夫の短編集に納められていた後日談では、本編から数年後に登場人物たちが集まっておしゃべりしています。本編では旅立った”あの人”も元気でやっているようで。ここで女性キャラクターの久生に対して本編主人公が「そういえばお前の名前って久生十蘭からとったんだろ?」なんていう問いかけもあります。
    そもそも「虚無への供物」は塔晶夫名義で出したものらしいですが、フランス語の「お前は誰だ(トワ・キ)」「おおっ!」の意味と言うので、これまた久生十蘭のフランス語を基にしたペンネームから影響でもされているのか。

    そんなこんなで、外連味溢れかつ深淵な十蘭の世界で育った作者が、いわゆる推理小説を超えた推理小説を目指して筆を滑らせてみたのかということでいいのだろうか。

  • 日本推理小説三大奇書の1つと呼ばれている。私は他の2冊、小栗虫太郎氏の『黒死館殺人事件』と夢野久作氏の『ドグラマグラ』は読んでいないが、これだけは読んでいた。
    確かきっかけはその頃各種ガイドブックを読み漁っていたのだが、そのどれにも本書が取り上げられ、しかも評価が高かった。そしてたまたま行きつけの書店の平台に青い薔薇の顔をした人物が市松模様の床に佇む表紙をあしらった文庫が置かれているのを見て、惹きつけられる物を感じ、そのまま手に取ってレジに向かったのがきっかけだった。いわゆるジャケ買いというやつだ。

    まず驚いたのは非常に読みやすい文章。他の2作品は書店でちらり見をしたことがあったが、なんとも古式ゆかしい文章で、改行も少なく、読み難くて取っ付きにくさばかりが目立ったので敬遠していた(これは今に至ってもそう)。つまり私のミステリマニア度の境界というのはどうやらこの辺にあるらしく、これらの2つは私のマニア境界線の外に位置する作品なのだ。

    氷沼家に伝わる因縁話を端緒に、その一家の1人藍司の友人でシャンソン歌手奈々村久生と、ゲイバーに居合わせた久生の友人、光田亜利夫が探偵ごっこよろしく、「ヒヌマ・マーダーケース」と称して勝手に捜査を始めたところ、第1の被害者が現れて、本当の殺人事件に巻き込まれるといった内容。
    本書の読みやすさはひとえにこの久生の明るく軽いキャラクターによるところが大きいと思う。ホームズ役を買って出て、友人の亜利夫をワトソン役にしたて、トンデモ推理を披露する。

    また本書はアンチ・ミステリと呼ばれており、どうも本書に初めてその名を冠せられたようだ。Wikipediaによればアンチ・ミステリとはその名の通り、作中内で過去の推理小説のトリック・ロジックについてその現実性、必要性などを論議して揶揄することという風に書かれている。今更ながらだが、これは今のミステリ、ミステリ作家ならば誰もがやっていることで、まず私が再びミステリを読み出すきっかけとなった島田氏の『占星術殺人事件』からして、シャーロック・ホームズの作品について痛烈な批判をしているから、これもアンチ・ミステリとなるだろう。アンチ・ミステリって何だろう?と思って本書を手に取ると、何がアンチなのか解らないだろう。実際私がそうで、読み終わった後、あれがアンチなのかと全く別のことで解釈していた。
    つまりアンチ・ミステリとはもはや死語であると云っていいだろう。

    物語の雰囲気は最初の舞台がゲイバーだったり、シャンソン歌手が登場したり、亜利夫の渾名が「アリョーシャ」だったり(これはけっこう恥ずかしいと思うが)、「サロメ」について語られていたり、幻想的でサイケなムードが横溢しているように感じたが、先に述べたように久生のキャラクターが見事な緩衝材、シンナーとなっていてマニアでなくともとっつきやすくなっている。
    しかし中心となる謎に関する謎解き、犯人などは期待に反して印象が薄く、これは見取り図が必要で、物語を読んでいるだけでは解らないぞと私は思わず溢したものだ(まあ、見取り図はつけられないんだけどね)。
    そして動機の部分。これは印象に残った。カミュの『異邦人』を思い起こさせる、観念的な動機であるが、私は受け入れることが出来た。私はこの動機がアンチ・ミステリなのかと当時勘違いしていた。なぜならこの動機は今までの捜査で得られたデータからは推理できないからだ。この文学的ともいえる結末は私の好みだった。

    この『虚無への供物』に纏わる話はつとに有名なので改めて語らないが、個人的な感想を云えば、あまりに世間の、ミステリ書評家たちの評価が高すぎるような気がする。それが逆に未読の人たちへ過大な期待をかけ、評価を低くしているようだ。歴史的価値というのはその後の亜流が出回ることで時が経... 続きを読む

  • もう何度読んだかわかりゃしない。
    読み終えて冷静に考えると、
    なんだこのヒトを小馬鹿にしたアホ長大小説わぁぁぁぁ
    って感じなんだが、いや、すこぶる面白い。
    だってこれってアンチミステリだもん( ̄ー ̄)。
    タイトルがすべてを語ってるよなぁ。
    でも、
    謎解き(←これがかなり頓珍漢でスットコドッコイなんだが)
    のために東京及び近県のあちこちを訪ねて回るところなんて、
    いい年した大人になった今となっては、
    とっても楽しそうで、
    登場人物たちが羨ましくなったりするです( ´ Д⊂

  • ミステリーズ・フリークの素人が突飛な迄の推理を始める所から始まり、奇々怪々な事件が次々と起こるのを更に追窮し、非現実被れした登場人物の眸に現実を一層狂おしく見せるという、奇抜な作品である。或る意味で、「黒死館殺人事件/小栗虫太郎」とは混沌としていくものが内と外で反対になっているとも思える。

    この小説には、現実のものが含まれ過ぎている。三大奇書と称される残りの二作や乱歩・外国の探偵小説、音楽、地名… まるでこの小説の中で起こる事件のみがフィクションで、それを書き上げる「現存在」のひとりの人間の感慨深い“日記”であるかのように。如何にも、この作品の中では推理小説を書くという描写が多々含まれているが。

    人間の悪意とは、どの点を指すのだろうか。現実の偶然は、何処まで繋がりを持つのだろうか。―或いは運命や偶然とは人為的な賚に過ぎず、疑念や固定観念を以て現実と照合すれば、必ず何かしらの―その人間の思惑に遵って―驚くような、或いは気味の悪いようなもの、狂気染みたものとして現れ出すのではないだろうか。意味有り気なものばかり拾い集め、そうして「偶然の一致」を探り出した人間は、それらの連なりに勝手な意味を孕ませ、「現実の思召し」として拵えて仕舞うのではないだろうか。

    この素人探偵たちの勝手な推理談が齎した顛末や、実際の被害者を思うと、胸が悪くなるような不愉快さを覚えずには居られず、★4つにしたい気持ちにさえなる。
    しかし、それさえもこの作品が世間一般の「ミステリー小説」でなく、人の世の苦々しさに対する作者の感傷を訴え掛ける為の作品だとすれば、これ程切なく痛ましい末路を辿る作品は他と無いだろう。

    斬新な発想や、ミステリー特有の練り込まれた展開論も然りだが、哲学的な意味でも、この作品は優れたものだと感じる。
    一見、読み辛いように思えるが、実際読み進めていくと無意識に次々と頁を捲って仕舞うような魅力を持っている。

  • ボリュームを含め、壮大なる実験小説である。探偵小説マニアな人々が集い、氷沼一族をめぐる変死とその犯人を推理しあう一見推理小説でも有る。

    読んでいる途中で気づいたのだが、「ドグラ・マグラ」「黒死館殺人事件」と並んで、日本の三大奇書と呼ばれている作品らしい。しかし訳の分からない文章でもなく、突飛な状況が起こるでもなし、さらには特異な隔離状態でもない。序盤を除いた全般にわたって平易な言葉で記載されているので、だれでも筋を追うことは可能だろう。

    しかし、ボリュームも相まって、読んでも読んでも進まないという状況が続くため、奇書と呼ばれている所以ではないかと思う。

    こういう本は全否定派と崇める派の2つにわかれそうなので、シンプルに内容を評価すると、紅、橙、蒼、藍、玄に緑と黄という色で表される登場人物や部屋が登場する。これはポーの作品のオマージュらしく、内容でも触れられているのだが、それが仇になって、登場人物のほとんどが記号化してしまっている。その他の登場人物は、全て作者の分身であり、探偵小説とシャンソンの知識をひけらかす以外のキャラクター付けがなされていないのは、なかなか読んでいて辛いところだ。

    さらに、要所要所で事件が起こるのだが、その事件を咀嚼するまでに、違うイベントが起こってしまうため、作品を俯瞰した時に、イベントの割に単調に感じてしまうのは否めない。

    文章は丁寧だし、イベントもわかりやすいのに、「読んでも読んでも進まない」と感じさせるのはその辺りにあろうかと思う。

    更に読者を遠ざけていると思うのが、特に序章での探偵小説の知識のひけらかしであろう。乱歩の続・幻影城を引き合いに出すのはいいが、いちいち固有名詞を形容詞化して、状況を語るのはいかがなものかと思う。

    個人的には奇書とは思わなかったし、「アンチ探偵小説」という読解も、最後の一言以外外れていると思う。しかし、少なくともこの本を読む前に、ドイル、ポー、クリスティー等の著作をある程度読んでおかないと、理解以前に挫折する可能性があるのではないかと思う。

  • 日本四大探偵小説のひとつ.馬鹿な探偵がいっぱい出てきます.耽美で美しい作品だとおもいます.

  • ミステリにおける位置とか意義など私にとってなんの問題にもならない。ただひたすら蒼司が好き。
    普通の小説で初めて萌えを味わった記念碑的作品である。
    中学生だった私にはおぼろげな萌えしかつかめなかったけれど、のちにこの作品の前身となるアドニス掲載作品を読んでからはもうどうしようもなく私の中で不動のキングオブ萌え。

  • 中井英夫氏の著作を初めて購入し読了した文庫本。多分澁澤龍彦氏の書評で知り求めたと記憶する。日本三大奇書の一冊だが内容は三冊の中で一番正常な内容。ただミステリとしてはミステイクな構成なのでアンチミステリという体裁なのかも。短篇を書くのが生来の中井さんが何を思ったのか全ての構想が浮かんで10年掛けて書き上げた長篇。実は途中まで書いて乱歩賞に応募した曰くつきの作品で結果は選外。実際は10年以上掛けていたらしく寺山修司にからかわれた趣味の執筆日々。私自身虚無を読むのは講談社文庫版、三一書房作品集版、東京創元社文庫全集版の3回で重複する度に再読している。

  • 再読(15年ぶり?)

    たまたま手近にあったので、なんとなく手にとってしまいました。内容は完全に忘れておりました。

    前回は全く気付いていなかったのですが…どうも洞爺丸事件というのがかなり大きな背景にあるらしいですね。

    洞爺丸事件というのは、

    洞爺丸事故(とうやまるじこ)は、1954年(昭和29年)9月26日に青函航路で台風第15号により起こった、日本国有鉄道(国鉄)の青函連絡船洞爺丸が沈没した海難事故である。死者・行方不明者あわせて1155人に及ぶ、日本海難史上最大の惨事となった。 Wikipedia より。

    という実際にあった事故だそうです。

    虚無への供物といえばアンチミステリの日本三大奇書であるだの、それまでのミステリのガジェットが詰め込まれてるだの、ポオやドストエフスキー、ルイス・キャロルなどの引用が氾濫しているだの、フィクション的な部分ばかりが注目されているように感じますが、このように現実に大きく影響されている面?もあった、というのが個人的に驚きました。

    というか、初読時は現実にあった事件だと認識していなかったような…

    まあ、ファンの間では有名なんでしょうけども。

    とりあえず言えるのは、ミステリを読み込むだけではこの作品を完全に理解するのは難しそうだな、ということでしょうか。

    まあ、のんびりとやりましょう。

  • 何日もかけてようやく読み終わった!!長いけど一度も飽きることなくどきどきしながら読んでいたし、そのせいもあってということか、終章では敬虔な気持ちにすらなった。アンチミステリの意味も実感したし。とっても好き。(2014/2/14)

  • 長い。長い。長いけど一気に読みました。
    登場人物が推理しまくって私を惑わし
    藍ちゃんがなんだか好きで藍ちゃんの推理を聞きたく
    ページをめくってしまったり。

    不思議の国のアリスがでてきたり(私の好きなティーパーティーとかとか)
    ドグラマグラがでてきたり。
    私の知らない色々がでてきたり(しってる人はもっと楽しめる)
    作品の中にでてくる藍ちゃんが口ずさむシャンソンを
    聞いてみたくなったり。

    虚無への供物は一体なんだったのか。

    いろんな推理が出てきて結果がこれだったらなーとか色々。思いました。

  • うわさに聞く「奇書」ではなく本格ミステリーの大傑作でした。自分のミステリー読解力がわかるような気分になります。

  • 読んでいて感じた印象は、文章が綺麗だなあ、ということ。駄文悪文の多い推理小説の中で、なかなかそういう文章には出会いません。周波数があってたのかな。作者が推理作家専門でないからでしょうか。

    『奇書』はどうにも、「よし!」と気張って読むせいか、肩すかしを今まで食ってきたのですが、これも思っているほどトンデモでは無かったです。
    確かに最初の推理合戦で「トリックは今まで見たことないもの!」とか自分たちで言っちゃいはじめて、「おおこれはこの後メタメタな展開になるのだな」と思っていたら、その後は結構普通に話が進む。
    推理合戦が繰り広げられる話だと聞いていて期待していたのですが、それも最初の推理合戦は理詰めというよりもトンデモ推理とか、でなければ案外普通の推理ばかりで、あれえこれはちょっと微妙かな…と思ったんですが、事件が積み重なるにつれて事態が転々と入れ替わっていくのは、まず第一に「推理小説」として形が良く整っている。
    「アンチ・ミステリ」としても、途中のあれやこれ、最後の流れなど、途中は普通の推理小説になったけれど、全編を通して見ると確かに推理小説でありながら推理小説を批評・批判していて、なるほど、と思うところも多い。

    『ドクラ・マグラ』、『黒死館殺人事件』とこれだったら、これが一番面白かったかな。
    うーんでもやっぱもうちょっと!かなあ。

  • 私の「2つの聖典」のひとつ。
    人間らしくあろうとする者にとって、この世はあまりにも異形の世界。

  • 氷沼一族に付きまとう因縁の数々と、彼らを舞台にして起きる4つの密室事件。様々な曰くで説を飾り立て、4者4様の推理合戦が始まる。


    ■そもそも事故死と判断された第1事件。
    だがこの本の探偵役たちはこれを密室殺人と捉え、得意げに推理をひけらかす。
    読者からすればまず他殺かどうかも疑問に思うところを、いつの間にやら遺族の気持ちを考えれば到底できそうにない、推理バラエティの聴講者にされてしまうのだ。

    話は探偵合戦の体で進み、新発見・前説の撤回・再利用、くるくると説が転回。どの推理を本筋としていたか、どれが否定されたのか、それともそれさえ嘘だったのか?段々わからなくなっていった。
    読むだけ読んで真相さえわかればいいかと気楽に構えていたのだが、結局それで正解だったかも。

    後半の "曰く" の絡みっぷりには、「どんだけだよ!」と思うほど感服 (*1)。
    随所で有名ミステリを挙げるので、知ってる人はより楽しめそう。


    ■普通の推理小説と変わってるなと思ったのは、探偵たちの突飛な発想の数々、さすがにそりゃ妄想だろーと思ってたものが実在しているという流れ。(五色不動や薔薇のおつげ、黄司や玄次の存在、紅司のABCD殺人輪舞など)
    後の蒼司の言葉を聞くと、これは動機にも深く関わっている事がわかる。


    ■毎日のようにニュースや新聞で取り上げられる陰惨な事故、事件。
    「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもので、現実は何もかもを飲み込んでゆく。
    全うに生きてきた人間が、ふいにぽっかりと空いた穴に落ちる。
    蒼司の父親の死は、まさにこれだった。

    蒼司は海難事故による父親の「無意味な死」を受け入れることができず、「父は人間らしい最期を迎えたはずだ」という妄想にすがる。そしてそれを現実化するために、橙二郎を殺したのだ。
    「そうだ。もし神が怖ろしい手違いをしたのなら、おれにだって訂正する資格はある筈だ。」

    その彼を、今度は聖母の園の火災事件が苛む。
    100人近いお婆さん達がカイロ灰の不始末で死に、さらになぜか死体がひとつ増えていたという事件。
    彼にとっては「この無意味な死を現実と認めよ。お前の父もこのように死んだのだ」と言われたに等しい出来事だった。

    前に牟礼田が言ったように、「現実の無意味な死」を認めないならば、その死になにがしかの意味を持たせなければならない。そうして蒼司は、火災事件を氷沼家に絡む大量殺人事件として描き、その犯人となる道を選んだのだった。


    この犯人は蒼司の空想でしかないが、もし我々が彼を捕らえ処刑するとすれば、それは彼のシナリオの現実化に手を貸すことになり(その際には、そのシナリオは "我々の" ものでもある)、橙二郎を殺した蒼司と同じ役割を演じることになるんだなと思った。
    裁く側が加害者と同じ役をこなすとは、ちょっと面白い。
    とにかく、蒼司は自ら望んで「意味ある死」を作り出す生贄となる。

    (だけどこの「意味ある/ ない」というのも、じゃあ殺人なら意味があって、事故は無意味かというとそういうものでも無いんだろう。
    "蒼司にとって" 当初船の事故は無意味と映り、死をなにがしかの方向へ捉え直したい、でなければ父の尊厳が保てない、というところから、"蒼司にとっての意味ある死" が動機付けられる。

     実際、聖母の園が放火だったにしろ事故だったにしろ、私には「こっちの方が意味がある」「こっちの方が人間らしい死だ」なんて言えない。
    ただ犯人がいるというのは、方向性の提示として、人を失った悲しみや怒り、やりきれなさを向ける場所があるとは言えると思う。原因究明・責任追及も方向性の提示のひとつではあるが、蒼司の言葉を聞くとそれをよしとしなかった事が伺える。
    彼は、出来事を... 続きを読む

  • ウチの大学の哲学の教授も太鼓判を押す一冊。読む前からかなり期待してた。
    読み始めてわずか30ページにして伝わってくる重々しい雰囲気・・・これは絶対名著だと確信。

    舞台が目白署と川村学園の裏側のピンポイントな地区なので学校帰りに思わず行ってしまった。

    前半から中盤にかけての不穏な空気は物凄い。一族にかけられた呪いが引き起こす4つの密室殺人・・・。未来の事件のトリックを予測してまだ何ら行動を起こしてない犯人を暴き出したり、犯行の証明を民間伝承や千年前のお経に求めたりするところが「奇書」や「アンチミステリ」と言われる所以なのかも。

    終盤はやや難解になるけどそれでも面白い!現実に起こった事件が幾つも絡むトリック、民間伝承や自然法則との奇妙な符号、推理小説の膨大な知識は圧巻!かの三島由紀夫もこの巧みな技法を絶賛したそうな・・・。

    キャラクターでは藤木田老と久生が特に好き。もちろんアリョーシャもw
    また、この本で初めて「ノックスの十戒」なるものを知って凄く興味深かった。

  • 中学生の頃ミステリばかり読んでいた時に出会った一冊です。年上のお姉さんから薦められました。アンチミステリの先駆け的作品です。しかしこれはミステリの部分を楽しむというよりも、時代背景や雰囲気を楽しむ作品だと思います(もちろんどんでん返しにも驚きましたが)。随分前にNHKでドラマ化もされたのですが(ヒロインは深津絵里!)、ぜひDVDにしてほしい作品であります。藍ちゃんが好きです!

  • 日本探偵小説史上における三大奇書の一つだそうで。

    氷沼家で繰り広げられる奇妙な殺人事件を、数名の探偵役がそれぞれ解き明かそうとする度に様相が変わってしまう。事件の全貌と犯人の動機は一体何なのか。

    と言うあらすじにすると、なんだか違う気がしますが…

    確かに、事件は奇妙だし結末は煙に巻かれたようには思います。

    ただ、最後の探偵・牟礼田の推理は、状況的にしょうがなかったとしても、まわりくどすぎて卑怯な気もするし、

    なにより久生の的外れっぷりと、それにも関わらず居丈高というか傲慢というか、そんな態度に辟易してしまいました…

    文章もきれいだし、最後まで読むといろいろ納得できるけれど、ミステリが特に好きとか得意だというひと以外にはおすすめしません…。

  • 四大奇書のうちきちんと読みきった記念すべき1冊目。
    (ドグラ・マグラを途中で投げ出している/黒死館殺人事件は積読)

    密室殺人のトリックや推理合戦はもとより、なんといっても登場人物が非常にチャーミング。それぞれとてもキャラが立っていて、私はミステリの部分よりも登場人物たちの振る舞いや台詞に引きこまれてぐいぐい読んでしまった。特にヒロイン(?)の奈々村久生が、どうしてもハルヒに似ている気がして、台詞が全てハルヒ声で脳内再生されるものだから若干うるさかった。楽しかったけれど。

    結末は予想通り...というか、特に新たな局面が出てくる訳ではなかったのでいまいちだったけれど、全編通してミステリを堪能できた良い一冊だった。

  • ミステリーを読む切っ掛けとなった1冊です。語りたくとも言葉が空回りしてしまいそうです。是非読んで頂きたい作品です。

  • 戦後十年の時代背景の下、薔薇・不動等の暗号で奇妙に繋がる事件、個性的な探偵役達により次々と展開される推理戦、作中で現在進行形で小説が書かれて居るかの様な不思議な感覚。終わってみれば確かに「虚無」への「供物」。 所謂「アンチミステリ」。『ドグラ・マグラ』『黒死館殺人事件』と共に三大、或いは『匣の中の失楽』を加えて四大ミステリに数えられる一冊。黒死館は未読なので存じないが、他の二冊に比べると読み易さの点では断然上。解説に「純文学」の言葉が用いられる様に、物語性が強い。…その所為かぶっちゃけ動機が理解できたかと訊かれると肯きかねる(笑)。 余談になるが後書と年譜に見られる作者の幼年〜少年時代のエピソード、7歳で江戸川乱歩を、13歳で小栗虫太郎・夢野久作を愛読し、7歳で「水少年」「足の裏を舐める男」と題した小説を書いたと云う話は面白い。「当時わたしは、足の裏というものを、人間の部品のなかでいちばん大事なところだと思い、そこに接吻する以外、人間を愛する行為なんてありえないと信じていた」

  • 読書の秋だしするから大作にチャレンジしてみようと読み始めたものの……一週間くらいで頑張って半分ほどまでは読み進めてきた。でも疲れちゃった。少しお休みして別の本を読みたくなっちゃったよー。面白くないわけではないんだけどね。
    ……そしてようやく読み終わりました。なんていうか…とにかく読み終わったということで。

  • この表紙と話の関係性は、わからない。

    ..が、心理描写として合っていると思う。誰のだろうか夢に出そうだ
    と思った。

    ストーリーの節々に歌、「シャンソン」があり、
    “虚無”という、
    テーマを雰囲気にまで溶け込ませた作品だと思う。

    私にとって印象的なのは、
    “誕生日が同じ"登場人物がいることだ。(4月18日)
    誕生石の話まででるという特別扱いのその人が気に入っている。

    主人公たちの“野次馬的”な、“事件との距離感”の描写、
    彼らの日常が、
    “けだるげな美しさ”を思い出すストーリーでした。

  • 牟礼田ちゃっちゃと喋らんかい
    犯人何言ってんだかわかんないよ

    読んでる間は面白かったです

  • たぶん二十年ぶりくらいで再読。今はもう講談社文庫からは上下巻の装幀も新しくなったのが出ているけれど、私が持っているのは昭和57年の重版ですでに黄ばんでシミだらけ。しかし読み終わってしみじみこの表紙眺めると、微妙に真犯人をネタバレしている・・・?という気もする。でもこっちの表紙のほうが新しいのより好きだな。

    あらためて大人になって読むと、若いころは唯一の女性主要キャラということで視点として読んだと思う久生さんが、かなり面倒くさい(苦笑)牟礼田さんと蒼司さんの関係が怪しすぎる(笑)

    その面倒くさい久生さんを筆頭に、複数の探偵役のミスリードと、真犯人を知っている人間(これも複数)が犯人を庇うためにつく嘘のせいで、どれが妄想でどれが本当のことか混乱して収集つかない(でもそこが面白いんだけど)

    シャンソンは全くわからないけれど、会話のはしばしに出てくる他のミステリーや文学作品、登場人物たちの名前のパロディ、さらに三島がモデルの藤間百合夫なんていう人物がちらりと出てきたり、氷沼家の曾祖父や祖父が作者自身の祖父や父の経歴をモデルにしていたり、細かい部分で遊びが多いのも楽しめる。

    しかしその分、解説で出口裕弘が言っているように、真犯人の動機が純文学的、つまり動機が弱い、という印象はやはり否めないですね。洞爺丸事件など実際におきた事件を多く取り入れいるのは時代の雰囲気を感じられて良かった。解説によると三島などはあえてそういった時代を象徴するものを排することで長く読まれるようにと配慮していたそうですが、逆にここまで時代の風俗を細かく描写してあるものはそれはそれで貴重な気がする。

    若いころはもっと想像力が柔軟だったせいか、コンガラ童子だのセイタカ童子だの、アイヌの蛇神だのをとてもリアルに想像したようで、まるで彼らが実在して犯罪に加担したかのような印象が残ってたのだけれど、読み直したら全然そんな重要な要素じゃなかったのが新しい発見でした。

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