7編からなるサスペンス短編集。
その半分くらいの話が俄探偵が活躍する話になっています。
「赤と白の賭け」
主人公の男は見知らぬ老人にビジネスホテルに呼び出される。
そこで老人にいきなり拳銃をつきつけられる主人公。
老人はかつて男がつき合っていた女性の父親だった。
拳銃を突きつけながら老人は言う。
「赤と白のワインの内、どちらかを選んで飲め」
と。
その内のどちらかには毒が入っていると言う。
しかし、今は亡き昔の恋人が男に宛てて書いた手紙にはどちらに毒が入っているか書いてあった。
男はどちらのグラスを選ぶのか-。
赤と白の賭けとは、男の命を賭けた賭けでもあり、老人の賭けでもあった。
男は亡き愛娘の言葉を信じるのかどうか-。
現実にはこんな事はないでしょう。
でも、たまにはこんな事があってもいいと思う。
人を踏みつけて平気でいる人間が思いがけない不運にみまわれるという事があっても-。
「石段の家」は殺人容疑で捕まった母親の容疑をはらすため、奮闘する幼い兄妹の話。
石段沿いに建つ家々。
そこで殺人事件が起こり、兄妹たちの母親が現場にいて凶器から母親の指紋が発見されたため、母親は警察に捕まった。
その少し前にその界隈ではお金が投げ込まれたり、下着が盗まれるという事件があったが、何故か兄妹の家だけはお金が入る事もなく、下着が盗まれることもなかった。
その事件と今回の殺人事件はどう結びつくのか-。
「幼い実」は、父親の先輩である老人にある依頼を受ける男性の話。
その老人とは地元の名士で、その亡き息子に隠し子がいると分かり、自分の孫かどうか調べて欲しいというものだった。
「ひなの首」は、雛人形の中から出てきたメモ「はんにんはなえだ」というメッセージに興味をもち、昔その界隈で起こった殺人事件を探る主婦の話。
「悪漢追跡せよ」は、母親の交際相手の男性にかけられた殺人容疑をはらすため、事件の真相を探る幼い姉と弟の話。
「黄色の誘惑」は、つい出来心で万引きをした主婦がそれを見ていた男に「自分の子供を母親の元から連れ出して欲しい」と依頼される話。
この話の中ではある一場面で主人公の母親が自分の子供を絶対に手元から離すまいとする場面が印象に残った。
それがこのお話のテーマだとは・・・。
はっきり言って、結末はかなりおかしいと思うもの。
それでも作者の言いたい事ははっきり伝わった。
「霧のむこうに」は記憶を無くし、女性と同棲生活をしている男性の話。
男性はコーヒーが好きだが、何故かコーヒー茶碗でコーヒーを飲むことができない。
それがどうやら過去に起こった出来事に由来しているらしいが-。
多分、物語の舞台はどれも昭和40年代。
だからどれも時代を感じるものだし、今の時代では成立しない犯罪がほとんど。
そして、素人が俄探偵となる事からも、そんな驚くようなトリックは存在しない。
例えば、「石段の家」では幼い兄妹が探偵となり母親を救うために奮闘する話だけど、今ならばそんな幼い子供が事件を聞き出すなら、もっと複雑な手順が必要になるだろうし、今の時代の知恵のある人間は危ういことに関わろうとはしない。
他の話でも今ならばこの犯罪自体が起きてないだろう、別の展開になっているだろう、と思うものばかり。
だから、この本は古臭くてつまらない・・・かと言うと、そうではないと私は思う。
素人ならではの目線で事件の鍵をつかむ。
その目線と登場人物たちの行動、細やかな情景描写がこの本の魅力だと思った。
例えば、「悪漢追跡せよ」の姉と弟の何げない遊びのシーン。
普段から子供の行動を見ていないとサラッとこうは書けないだろうと思う。
あ~、私も昔はこんな遊びをしてたっけ・・・と、とても懐かしく思えた。
やはり、一時は書店でフェアがあり、平積みされていた人気作だけあり、文章もストーリーもキッチリしている。
地味で昔感覚で今は忘れ去られようとしている本ですが、私は好きです。