ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)

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著者 : 正高信男
  • 講談社 (1995年12月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061492806

ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 別に悩んでいるわけではないのですが、わけあってこんな本を読んでみました。これが結構おもしろいのです。今まで自分の考えてきたことが、あるいは一般に信じられてきたことが、何の根拠もないことだということが分かってきます。たとえば、一番強烈なのは「スウォドリング」という子育ての習慣です。今ではほとんど行われなくなっていますが、アンデスの山奥の村などでいくらか残っているようです。それはどういうものかというと、生後間もない赤ちゃんを板にしばりつけておくというのです。動き回れません。「はいはい」もできません。そんなことしていたら子供は歩けなくなってしまうのではと心配されます。なのになぜそんなことをするかというと、まわりがそれほど清潔ではなく、動き回るとかえって危険なことが多いからというのです。そしてそれは、その村の人々にとっては大変合理的な子育ての方法なのです。でも、歩けなくなるのでは・・・ところが、そこが一番の驚きなのですが、実は「はいはい」をすることと歩くということは何の関係もないようなのです。実際、その村の子供たちは、その板から解放される1歳過ぎになるとちゃんと歩けるようになっているのです。それまで一切「はいはい」をしていないにもかかわらず。そして、日本でもお母さんたちにきいてみると「はいはい」をほとんどしなかったという子供たちが結構いることが分かってきたのです。さあ、私たちの子育てに関する常識は一体どこまで正しいのでしょうか。著者はもともとサルの研究者ですが、自分の子供が産まれたのがきっかけで人間の子供も調べるようになってこられたのだそうです。しかし赤ちゃんてかわいいですよね。なぜそんなにかわいく感じるのか、そんなことについても本書で述べられています。

  • 1:育児に対して父親は機会主義者であることを母親に理解してもらうことが大事。自分がやるぞ!と思ったときにしかやらない。いわゆる御都合主義なのだ。

    2:父親が威厳があり、一家の家父長であるという考え方は明治時代特有の輸入概念である。お父さんは決して威厳で家をしきるという役割ではなく、責任者(世帯主) ではあるが絶対君主ではない。

    3:個人の資質で最も大切なことは「活力」である。
    ラッセルの教育論より。

    4:子供中心の呼称性
    例えば◯◯くんのお母さんなど。世界中でこのような傾向がある。

    5:赤ちゃんにハイハイは不要?
    生物学的には不要だが、ハイハイをすることで親の視線が集まるということで良い効果をもたらす。体力もつくし、ハイハイはやっぱり必要な過程だ。

    6:4ヶ月くらいの子供はまだ、大人が発する声が自分の声に反応して帰ってきているものであることに気付いていない。しかし、もう少し成長してくると、自ら発した音に対して大人が真似して返していることに気づくようになる。真似るという行為がどういうことなのかを悟ると言葉を覚え始める段階に入っていく。

  • 子供によって親にしてもらう、とは良く言ったもので、言葉と視覚、聴覚で凝り固まった頭のまま子供になにかしようとすると上手くいかない理由がよくわかる。
    情報では手に入らない知恵、人間も自然の一部なのが根幹で、文化文明は枝葉とクリスマスツリーの飾りなんだな、と思わせる。

    子供と向き合うことでこれまでの自分を再構築し、さらに発達するための第二の礎にするあたり、なるほどと膝を打った次第。

  • 4061492802 207p 2004・4・9 5刷

  • 母親語の使われ方、母性愛という概念の成り立ちや、スウォドリングの実際(西欧ではなく本場ボリビアの話)などが興味深かった。ちょっと珍しい本かもしれない。

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ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)の作品紹介

「母親語」の力、の父親の役割、ことばの発達。赤ちゃん研究の意外な知見から、育児の常識を読みかえる。

ヒトはなぜ子育てに悩むのか (講談社現代新書)はこんな本です

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