日本人のしつけは衰退したか (講談社現代新書)

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著者 : 広田照幸
  • 講談社 (1999年4月15日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061494480

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日本人のしつけは衰退したか (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 現代の家族関係の言説の正当性について、歴史的過程を踏まえつつ再考を迫る。つまり「昔はよかった」の如き単純思考を、過去の男女差別の常態、家長制、絶対的レベルでの貧困問題等の諸事情を無視するものとして、著者は排斥し、その上で、しつけ・子育ての最終責任を家族だけに押し付ける結果に陥っているのが現在と指摘。◆至極納得の内容だが、動機不分明な少年事件(一般刑事事件にも妥当)が、戦前戦後期、現代と同程度に存在したかは、やや不明瞭。この解決策の提示が学校・家庭・社会に求められている中、もう少し深めたい。◆1999年刊。著者は東京大学大学院教育学研究科助教授。

  • 著者:広田照幸(1959-)
    内容: 近年の、しつけについての言説と日本の教育史。


    【目次】
    目次 [003-006]

    序章 家庭のしつけは衰退してきているのか? 007
    「家庭の教育力」は低下した?/教育力をめぐるイメージ/ある調査報告から/家庭の多様性をふまえて/家族と学校と地域/「しつけ」ということば/「教育力」ということばを考える

    第1章 村の世界、学校の世界 023
    「平凡と非凡」/村の家族としつけ/きびしかった「労働のしつけ」/「村のしつけ」は幸福なものだったのか/アウトサイダーと共同体/「学校は実用にならぬ」/「読、書、算」/都市の家族/外に追い出される子供たち

    第2章 「教育する家族」の登場 049
    親向けのガイドブック/新中間層の教育意識/学校の「よい生徒」=家庭の「よい子」/童心主義・厳格主義・学歴主義/「わが子の教育方針に関する悩み」の起源/「パーフェクト・チャイルド』/「教育する意志」/〈子供期〉を発見するということ/「教育する家族」の中の子供/「廊下すずめ」

    第3章 変容する家族としつけ――高度成長期の大変動 075
    三つの「家族の歪み」/ベストセラー『少年期』/塾とおけいこごと/山びこ学校/「子供にもっと手をかけよ」/広がる進学志向/職業によるしつけの特徴/高度成長は何を変えたか/『故郷』――ある開拓農村の世界/変わる農村/地域共同体の解体と家業継承の終わり/学校の黄金期/「教育する家族」の広がり

    第4章 変わる学校像・家庭像―― 一九七○年代後半‐現代 115
    「いま学校で」/学校不信の時代へ/親の自己実現としての子供の成長/「パーフェクト・ペアレンツ」/家庭に従属する学校/多様で矛盾した親の要求/子供の非行をどう考えるか/非行をめぐる図式/「教育する家族」の呪縛

    第5章 調査から読むしつけの変容 149
    しつけの階層差・地域差/うすれていく階層差・地域差への関心/親子の親密さとコミュニケーション/しつけの担当者は家庭か学校か?/しつけに対する価値観/階層と地域による違いということをどう考えるか/「家族の処方菱」は一通りではない

    第6章 しつけはどこへ 173
    「昔はしつけがしっかりしていた」のか?/社会全体に広がる「教育する家族」/しつけへの不満はどこからくるのか?/しつけ不安はどこからくるのか?/子供は周囲の環境から学び、育っていく/「しつけの衰退」という物語/しつけは家庭の責任か?

    あとがき(一九九九年一月 広田照幸) [201-206]
    参考文献 [207-214]



    【抜き書き】

    □□序章 家庭のしつけは衰退してきているのか? 
    □pp. 9ー10
      過ぎ去った「昔」はいつもセピア色の美しさに彩られている。一方、「今」に対しては、われわれはいつも目の前のささいなできごとに目が向き、大局を見失ってしまいがちである。そう考えると、流布しているイメージや予断に振り回されずに、きちんと歴史をたどって、「家庭のしつけの昔と今」を吟味してみる必要があるように思われる。これが本書の中心的なテーマである。
      ただし、本書はもう一つ副次的なテーマを設定している。しつけの問題にとどまらず、現代の教育・家庭問題全般がどのようにして形成されてきたのかを描くことである。家庭のしつけの歴史をたどるという作業は、必然的に、家庭や学校の変化、さらには日本の近現代の社会全体の変化をふまえたものにならざるをえない。
      〔……〕それゆえ、本書では、単にしつけの変化のみを論じるのではなく、しつけの変容という主題を幹の部分に据えつつ、枝葉の展開として、さまざまな教育問題や現代的な家族問題が登場してきた経緯とその性格を描いてみたいと思って... 続きを読む

  • いじめは昔もあったけど、最近のは陰湿化している。子どもの犯罪も凶悪化している。受験とか勉強のことばかり言って、基本的な親のしつけ方がなってないのではないか。昔は近所にこわいオヤジがいて、みんなをしかってくれたものだ。よく聞かれることばばかりです。でも、これって本当に正しいんでしょうか。どうも昔は良かったというように過去を美化する傾向があるのではないでしょうか。この本の著者はこんな思いで研究を始めました。明治にまでさかのぼって、田舎の村や都会、いろんなところで行われたアンケートや、雑誌の記事、あるいは当時の育児書などを調べていくうちに意外な事実が浮き上がってきます。基本的には家庭でのしつけはずいぶん良くなってきている。学校任せでなくなってきている。統計的にも昔の方が青少年の暴力事件なども多かった。どうも、マスコミが突出した事例ばかり取り上げ、大人が過去のわりと良かった部分と比較してしまう。そして教育の専門家までが、同じようなことを言い、各家庭のしつけをマニュアル化しようとし、子どもが犯罪を犯したりするのは、家庭のしつけに何らかの問題があったのだとする。しかし、実際にはそれぞれの家庭でようすは全く違うわけで、同じような育て方でいいわけはないのです。できれば、まわりの意見に振り回されず、そして、自分の育て方が悪かったなどと自信をなくしてしまうのでなく、前向きに自分なりの子育てに励みたいものです。と、自分にも言い聞かせてと・・・

  • しつけの歴史的変遷がよくわかる本。

  • 少し古い本だが、日本の家庭教育の変遷とか、地域、所得による類型化がなされた良書。同僚からの頂き物。ありがたい!

  • 地域社会が変容して都市化して行く中での、教育、しつけの言説の変化はわかりやすいが、処方箋的なものとか、結局のところどうした方がいいのかは明確には提示されていない。(最後に一応書いてあるけど)「よい」教育、しつけとは、とか。

  • 「最近の子供は親のしつけがなっとらん!昔の親はそうじゃなかった!」ってドヤ顔で語る人は、実はな~~~んにも分かってないので、相手にする必要なし、ということ。

  • しつけの部分、やっぱり気になりますね~。自分がするって意味でも、他人がしているって意味でも。必然的に自分に甘く、他人に厳しくなりがちなものだと思うし、巷の“最近のしつけは…”っていう話も、そもそも古い人が自分に甘く他人に厳しい結果繰り出される言葉、って気がする。本書にもあるように、最近の方が我が子に対する関心は大きいと思うけど、程度問題ってか、バランスにも気を付けないといけないな、と思った次第。

  • twitterで紹介されていたので古本で購入。
    ・昔のほうがしっかりしつけがされていた、というのは幻想
    ・少年犯罪は現在のほうが減少している
    ・現在の親にかかる育児の負担はけっこうでかい
    こんな感じだったと思う。

    メディアが親の不安をあおってるんだろうな。
    統計データを示しつつ話を展開しているので、説得力がある。気がする。

    子育て中の身としては、ちょっと救われる部分もあったり。

  • 昔の日本の村のしつけと現代のしつけの比較が興味深い。
    村でのしつけは結局労働と密接に結びついていて、学校は全然重要じゃなかったという下りは著者のほかの著書でも通底する歴史観。

  • 良い本ではあったのでしょうが、ちょっと古い知見・・・問題定義なので、
    いま読むと、教科書以上のことが書かれている気はしない、というところです。

    問題提議本の常套であり、またその為に「教科書的」に感じられるわけですが、この本では
    「"過去との比較において"、現代の「家庭の教育力」は低下しているのか?」
    という通時的な比較検討を行っています。

    比較対象になるのは、戦前(ざっくりと明治の学制導入後)~高度経済成長期までの「家庭の教育」です。

    (比較分析としての甘さが感じられるのは、学校教育に対置される村(地域)社会による教育を語るときの、「学校」、「村」が大分曖昧であること。
    このあいだ『試験の社会史』を読んでいて(あれは読み物としては細か過ぎて疲れましたが)、「小学校」も、特に「中学校」は短い期間に大きく位置づけを変えていることが書かれていたせいですが・・・)

    後に挙げる本田先生の著書のように一一データの前提が示されるようなものではなく、卒論くらいのノリでザクザクと「その時代の本・雑誌の題名」とか「その時代の学者はこう言っていた」ということが並べられるだけなので、ちゃんと学問的に見たら突っ込みどころがあってもおかしくはないんじゃないか、という気がしないでもないです。

    ただ、
    「きちんと歴史的な変化をふまえると、いま一般に言われているような「家庭の教育力の低下」、「むかしのしつけはしっかりしていた」という言説はノスタルジックな事実誤認を多く含んでいる。」ということ、
    そしてあまり「家庭の教育力の低下」を言い立てることは、「パーフェクト・ペアレンツ」への脅迫観念を多くの親たちに植えつけ、追い詰めることになるのではないか?

    また「家庭の教育力」を言うとき、それぞれの「家庭」により異なる状況、とくに階層格差が無視されている。
    実際には(主に階層に相関して)家庭ごとに可能な「教育」には違いがある。
    「家庭の教育力」を問題にするとき、それは「昔といま」の違い以上に、
    「中流」意識のもとで見えなくなっていた、階層ごとの違い・格差をこそ問題にする必要があるのではないか?

    といった問題提議は、その後の教育社会学において主に議論されている内容につながっているのではないかと。


    本当のとこ因果関係は分かりませんが、恐らく前後としてはこの本で提議された問題を踏まえて「では『いま』の実際は?」を突っ込んだところで、
    共に本田由紀先生主著ですが、
    統計データに基づく分析を行ったものとして『女性の就業と親子関係―母親たちの階層戦略』、
    インタビューを主とした質的調査を行ったものとして『「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち』が挙げられるのではないかと思います。
    (殊に『「家庭教育」の隘路―子育てに強迫される母親たち』については、力作であり、実際に母親になろうという一主体としては死にたくなれる本です)

    それに時期的にはこの本の以前~同時期から論じられていますが、教育政策の面から階層問題を扱ってきたのが苅谷先生、なので・・・

    そんなわけで、もうちょい早く読んでいたら感動したかもしれない本でした。

  • パオロ・マッツァリーノの著作に重なる部分があり、知識の補強になった。

  • 出版社/著者からの内容紹介
    礼儀正しく、子どもらしく、勉強好き。パーフェクト・チャイルド願望は何をもたらしたか。しつけの変遷から子育てを問い直す。

  • 「しつけ」なんてことを良く考える年代の方は参考に。
    これを読んで「正しいしつけ」を学ぶことは全くできませんが
    「家庭のしつけの昔と今」「教育全般の歴史的背景」
    は学ぶことができるかもしれません。
    「昔は良かった」というのは常に幻想が含まれている。

    高学歴・高階層の親ほど、わが子のしつけに「自信がある」
    と答え、にも関わらず、一般論としては「現代は家庭の教育力が
    低下している」と答える比率が高い。要するに「自分のところは
    上手くいっているが、世間はひどくなっている」という状況認識なの
    である。 P186

    どきっ、とした人が多いのではないでしょうか。

  • タイトル通り、日本人のしつけ観をまとめた一冊です。

    大まかな流れとして、子供のしつけの責任所在は
    ①周囲の環境
    ②学校
    ③学校と家庭(主に親)
    ④家庭(主に親)

    と変遷してきたようです。
    その背景には高度経済成長による貧困層の縮小及びそれに付随する親たちの余暇時間の増加
    としています。今の親たちはしつけがなっていない、等の世間的イメージや、
    昔は良かったとする懐古主義を否定し、
    寧ろこんなにも教育熱心になった親たち(子供のしつけは親に責任がある)が
    『熱心にならざるを得ない』逼塞した状態になっていると反論しています。
    少年の凶悪事件についても、マクロ的に見れば激減していて世間が過剰反応を起こしている。
    また凶悪事件も昔から多数存在していたと報告しています。

    道徳教育や教師の質の問題等、その問題の捉え方を根本から覆す様は痛快そのもので、
    橋本元総理や安倍元総理の教育改革に対し、
    言明はせずも暗に否定しています。
    この点に関しては山岸俊男氏と共通するものがあり先駆的です。
    総じて面白い。
    歴史の変遷を踏まえて発言しないと、言葉に重みが無いなぁ~(政治家に対して)と思いました。
    歴史を学ぶって、こんなにも重要だなと感心させられました。
    内容も良く、新書と呼ぶに相応しい一冊です。

  •  世間を賑わす少年犯罪が起こるたびに、訳知り顔のコメンテーターたちは「昔は家庭のしつけが厳しく、こういう事件は起きなかった」、「最近の親は子のしつけに無関心」などとメディアで発言するが、そういった言説の虚を突くのが本書。

     著者は明治時代など、主に戦前の史料をもとに、以下のような主張をする。

    ・旧来のしつけ観を残す山村地帯の家庭のほうがしつけを学校に依存する傾向が強いこと
    →村でのしつけは目上の者への忍従・隷属。村の掟に従わない者は村八分という、封建的・排他的なもの。今では考えられない、人身売買もあった。

    ・親がしつけの主体となる傾向は、大正時代に入ってから見られるようになったこと
    →学歴主義もこの頃から見られるように。

    ・「学校は要領だけ良くて自分の殻にこもりがちな子を作っている」という言説は戦前からあったこと

    ・「昔は良かった」という言葉には、誇張と歪曲が多い
    →意図的にしろそうでないにしろ、現在の風潮をけなして抽象的な「昔」を賛美する傾向が昔から顕著です。例えば昔から頻繁に言われる「若者のモラル悪化」の言説も大抵は、具体性や実証性に欠ける年寄りのやっかみだと思う。

     今流行りの「体罰をしなくなったから子供が調子に乗っている」論も信用できない。1879年の学校令で禁じられていたのに?昭和の戦争期や戦後間もない頃は頻繁に行われていたそうだけど。

     以上のことから、結局、現在のほうが親の子に対する配慮が強くなっていると言える。幼い頃からの教育に熱心な傾向から、昔より子の将来を心配していることが分かるだろう。「しつけ」という言葉が頻繁に取り上げられることも、人々の子供への「しつけ」に対する関心の高さを物語っていると思う。

  • [ 内容 ]
    礼儀正しく、子どもらしく、勉強好き。
    パーフェクト・チャイルド願望は何をもたらしたか。
    しつけの変遷から子育てを問い直す。

    [ 目次 ]
    ●「家庭の教育力」は低下した?
    ●「村のしつけ」は幸福なものだったのか
    ●「教育する家族」の登場
    ●童心主義・厳格主義・学歴主義
    ●高度成長は何を変えたか
    ●地域共同体の解体と家業継承の終わり
    ●親の自己実現としての子供の成長
    ●「教育する家族」の呪縛
    ●しつけの担当者は家庭か学校か?
    ●「しつけの衰退」という物語

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 「新しい時代を拓く心を育てるために」(1998)という、有名な中教審答申がある。サカキバラ事件を発端とした、心の教育ブームの火付け役である。
    この答申では、日本の現状は「家庭の教育力が低下してきている」「父親の存在が家庭になくなってきている」「家庭のしつけが衰退している」状態であるという。
    世論調査でも、こうした現状認識がされているようである。
    少年事件が起きると、学者・文化人・コメンテータが常識のようにマスコミで語るイメージである。

    しかし、こうしたイメージは正しいのだろうか。
    本書は、これらの命題を問い直すことを目的としている。

    「当然だ。常識だ」とされている前提を疑ってみる、という習慣をつけたいと思う。
    どうして「青少年の凶悪犯罪の増加している」と思われているのか。
    テレビがそう言うからでしょう。
    テレビというメディアはいつも事実に基づいたのメッセージを発信しているわけではない。
    本書のようなメディアを通して社会を見ることも必要なのではないだろうか。
    本書が絶対に正しいとは思わない。
    思い込みに負けずに、自分で考えることを学びたい。


    1.家庭の教育力は低下しているか。
     →歴史的考察から、「昔」より現在の方が家庭は教育力を持っている。

    2.家庭の教育力低下が、青少年の凶悪犯罪の増加を生みだしている。
     →青少年の凶悪犯罪は減少している。

    3.家庭の教育力を高めることが、現在求められている方向である。
     →現在は、子どもの教育への最終的責任を家族が一身に引き受けざるをえなくなっている。

  • しつけ本を読むなら、その前にこの本を読んだ方がいいかも。良かれ悪かれ人はしつけを受けて、今があり、先入観や、予備知識を持たない人はいない。だから、これを読んで、世にある「しつけ」というものを、一度ただしく認識するべきだと思う。

  • マスコミや世論で語られている「学校の教育の崩壊」「しつけの崩壊」がどのようなメカニズムで起こるのかの一考察が語られていると思います。もちろんこれが全てではないとは思いますが。序盤は少しつまらないのですが終盤非常に面白い論の展開が見られます。読む価値はありですね。

  • 「昔のしつけはしっかりしていた」というのは極めてあやしいということを順を追って冷静に検証していく書。家庭の形は多様であるから現在の社会問題が親の責任が原因なのか冷静に検討し直す必要があると結んでいる。
    メディアに簡単に踊らされてしまう私たち。本当の問題をきちんと見抜くことが出来なければ情報に飲み込まれてしまうんだろうなと怖くなった。

  • 卑近な例をもとに言説批判。

    本当にあなたは学者ですか?

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