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みんなの感想・レビュー・書評
思ったよりカタい中身。
上から目線でなく、読者と同じ立ち位置から、個々の自我の存在を肯定する。そういうスタンスが好きです。
80年代にポストモダン的なふわふわした「私」を肯定していた日本人は、90年代になって、「どこかに確かな“本当の私”があるはずだ」という自分探しへと方向転換していった。「本物の私」というのはいったい何なのだろう。私たちは幼少期特有の、全能感にあふれる「誇大自己」を大人になっても追い求めているのではないか。
癒しブームや心の病の増加など、言われてみればそうかもしれない、という話が多かったです。彼女のわかりやすくスマートな文章は好きですね。
多重人格、癒し、自分探し等、ありきたりなテーマだと思い読みすすめていたが、最後に発刊年度を見てびっくり・・・。1999年。古いですねぇ。逆に言えば、その当時から心の病は問題として上がっていたということでしょう。当時、自分も若かったので、社会に対する関心は薄かったのだけれども、今から思い返せば、問題は顕在化こそしていれど存在はしていたのだと思った。 上記に挙げたような、今ではありきたりなテーマ... 続きを読む »
[ 内容 ] 「アイ・ラブ・ミー?」だれも自分がわからない…… 多重人格、癒し等、こころをめぐる現象に映るほんとうの私とは? 臨床的・私的体験から考える。 [ 目次 ] ●「ほんとうの私」はどこにある?──「私探し」の時代 ●「もうひとりの私」を求めて──サブカルチャーとしての多重人格 ●「かわいそうな私」の物語──ストーカーとアダルト・チルドレンを考える ●「癒し」の正しい選... 続きを読む »
自分がよく分からなくて買ってみた。
自分探しが流行るまでの、社会の流れが分かった。
多重人格、オタク、ストーカー、アダルトチルドレン、癒し、ニューエイジ、マインドコントロール、などなど。
一人旅して人生観が変わるとかいうのは一時の流行だったんだと、
今の自分とは違う自分がいると思うの現実逃避なんだと、
流行に流されてたんだ自分とか、
誇大自己を持ちがちなんだとか、
素晴らしい自分を探す、私探しはストレスじゃんとか
ここにいるのが私なんだと、今の自分を優しく受け入れようと思う。
精神医学とサブカルに精通している、香山さんならではの視点。やっぱ、深く掘り下げて興味を持てる分野が複数あると、ユニークでいいな。全然本の主旨と関係ない考察だけど。
初版時に読了。恋や仕事で失意のどん底にいる時は
「自分のしてきたことはすべて無意味だった」と全否定しがちだが、
そこを著者は「うまくいかなかった所だけちょっと変える。
急激な変身をしない。心のテーブルをひっくり返さないように」と
ゆるやかにアドバイス。
解りやすく納得しやすい。
マスコミでコメントすることの多い著者だが、
この本によって香山リカという精神科医のイメージが変わり、
とても受け入れやすくなった。
苦しい時ちょっとお世話になった本。ありがとう。。。
今の自分は、本当の自分でないと思っている方に。
自分探しは、サブカルチャーなものであり、本当の私を探す要因が、多重人格や、アダルト・チルドレン、自己愛からとらえられると・・・
確かに、いやなことや解決できない(と、思いこんでいる)事が壁になったとき、その原因を自分以外に求めていることは、簡単にできることです。しかしながら、筆者が最後に書いているように、
「一回ずつ平等に与えられた人生は、ひとつひとつがきっと独創的で、エキサイティングで、これ以上ないほどに美しいものだと思います」
そう、自分探しをするより、自分づくりに時間を割くべきでしょう。自分探しは、流行みたいなものですから、
(マインド・コントロールを解説した部分は、護身の意味で知っておくべきでしょう)
ほんとうの自分って?
自分らしさって??
自分探し??
…こんなの考えてる人にいいかも。
この本を読んで私はやっと気付いた!
私が探していたものは
“本当の私”
なんかではなく。
“誇大化した私”
目に見えない、間違った『自己愛』を脱するために。
これからさき、『等身大』の私で生きていくために。
「アダルトチルドレン」「シンデレラ症候群」という言葉の意味を、
ずーっと勘違いしていたことに気付かされました。
お恥ずかしい。
いろんな形の「私探し」「自己愛」の動機を80年代カルチャーに持って行くのはちょっと強引な気もしますが、
とても文章がやさしくわかりやすくて、勉強にもなりました。
精神のことをかいてる本はなるべく客観的な目でみて鵜呑みにしすぎちゃいけないと思ってたけど、この本は自己啓発の類の本ではなかった。80年代の社会現象のことを中心にかいていて、このころを生きていない私にとってこの部分は分かりにくいものだった。ただ、共感できる部分はあった。今の時代でも自分を探し続している人はいる。今の自分のほかになにか新しい自分を発見するという気持ちは結構たくさんの人が抱いている気持ちではないのかなっと思う。あとはその程度の問題だと思う。ヒッピーなどはその程度がけっこう高いほうのものなのではと思う。少し前の時代にも自分探しの現象は存在していたということが分かると、そんなみんなの行動に親しみがわいてきた。
自己愛の関連から80年代以降の個人の精神構造を見て行く。面白いが、だからどうしたという感じも。サブカルチャーに限定せず、普遍的に考えた方が面白いかも。

なぜ「じぶん」を探さねばならないのか。





