電脳遊戯の少年少女たち (講談社現代新書)

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著者 : 西村清和
  • 講談社 (1999年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061494725

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電脳遊戯の少年少女たち (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 1999年刊行。社会学の範疇かな?「遊び」を取っ掛かりとして、現代の青少年の実態を切り取ろうとする。が、エビデンスが…。著者は埼玉大学教養学部教授。

  • 『電脳遊戯の少年少女たち』
    著者:西村清和(にしむら きよかず、1948-)美学.
    http://www.l.u-tokyo.ac.jp/schema/annual_report9/nenpo9.3.07bigei.html


    【内容紹介】
    現代社会を斬新に読み解く!
    虚構と現実のはざまで若者たちは何を見るのか

     テレビゲーム、伝言ダイヤル、プリクラになぜ若者たちは熱中するのか。電子メディア社会の中で「遊び」はどう変容したのか。斬新な視点で論じつくす。


    《極私の疑似共同体――インターネット上では、ニックネームにあたる「ハンドル名」でおたがいに呼びかけあいつつ、微細に分化し、自殺の方法や毒の入手まで相談しあう極私の疑似共同体が、まるでかつての遊び仲間のように自然発生する。……そうだとしても、これをもっぱら病理とし、そこからの治癒を、かつての共同体における原っぱでの仲間たちとの遊びにもとめても、それはおそらくのぞみのない処方だろう。むしろわれわれとしては、伝統的な共同体における遊びと現代の電子メディア社会における遊びとのあいだには、遊びであるかぎりでどのようなつながりがあるのか、しかしまたどのような変容と断絶があるのかを探りあてるべきである。》――本書より
    http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061494725


    【目次】
    第1章 “遊び感覚”とは何か
    鳥と少年
    「遊び」の簒奪
    当世「お買い物ごっこ」考
    笑いのエチカ

    第2章 「物語遊戯」の冒険
    ホラーの快楽――ケースM
    ポリゴンの迷宮――テレビゲームの快楽

    第3章 「メディアごっこ」の憂鬱
    誘惑のミミクリー
    「おたく」の反乱
    ポストモダンの“わたし”探し
    同調のメディア

  • 受験生のころ、問題文としてお会いしたことがある文章。

    「遊び」というものを捉えなおすのには、ちょうどいい読みやすい本だと思います。

    しかし、少し前の本なので、最近の本と合わせて読まれることをお勧めします。

  • テレビゲームやプリクラ、あるいはアイドル・マニアの生態を手がかりに、現代の「遊び」のあり方を論じたもの。著者には『遊びの現象学』(勁草書房)という著書もあるが、いわゆるサブカルチャー批評をメイン・フィールドに活動している論者ではなく、アカデミズムでオーソドックスな美学の研究にたずさわっている研究者である。

    たとえばシーソーで遊ぶ場合、この遊具を交互に上げ下げするという「遊び」の目的の中に遊び手は取り込まれることになる。ここでは遊び手は、シーソーの両端に置かれたおもりとなっている。それは遊びを構成するひとつの項にすぎない。「遊び」や「ゲーム」のルールは、単にその遊びの「文法」を規定するのみならず、その遊びに固有の目的へと人々を動員し、命じる機能をもっている。ルールが指定する行動をとり、それによって「ゲーム」と呼ばれる構築物を保持することが、遊びの「モラル」である。そして、こうした「遊び」の中では、「これは遊びである」というメタ・コミュニケーションが成立していると著者は述べる。

    現代の青少年が引き起こす特異な事件に対して、テレビゲームの悪影響を指摘されることが少なくない。他方、精神科医の香山リカは、テレビゲームの中で現実の自分とは異なった「新しい自我」が育成されるという議論を展開している。だが著者は、テレビゲームを危険視する側も擁護する側も、テレビゲームは現実のシミュレーションであるという誤った認識に立っていると指摘している。著者は、ゲームの中の主人公は、そのゲームの世界観を一定の遠近法のもとで見通すために指定された特定の視点であるにすぎないという。プレイヤーは、「個人」としての資格でゲームに参加しているのではなく、そのゲームの世界観の中で展開される、育児や戦闘、探索や謎解きといった個々の場面を構成する項として振舞うことが期待されている。現代の特異な事件を引き起こしているのは、現実と虚構を混同させるテレビゲームの悪影響というよりは、「これは遊びである」というメタ・コミュニケーションが正常に機能しない現代の社会の病理だと考えなければならない。

    本書で取り上げられる話題はかなり古びているものの、「遊び」の本質についての議論から考察を始めているところに本書の特徴がある。一見したところ華やかな現代のサブカルチャー批評が飛び越えてしまった問題に、真摯に向き合っている本だと思う。

  • [ 内容 ]
    テレビゲーム、伝言ダイヤル、プリクラになぜ若者たちは熱中するのか。
    電子メディア社会の中で「遊び」はどう変容したのか。
    斬新な視点で論じつくす。

    [ 目次 ]
    第1章 “遊び感覚”とは何か(鳥と少年;「遊び」の簒奪;当世「お買い物ごっこ」考;笑いのエチカ)
    第2章 「物語遊戯」の冒険(ホラーの快楽―ケースM;ポリゴンの迷宮―テレビゲームの快楽)
    第3章 「メディアごっこ」の憂鬱(誘惑のミミクリー;「おたく」の反乱;ポストモダンの“わたし”探し;同調のメディア)

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    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
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    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
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    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 図書館利用。
    高校新書レポート用。

  • 〈わたし探し〉の質の変化を分析して、面白い。(石原千秋氏推薦。『教養としての大学受験国語』233頁)

  • テレビゲーム、伝言ダイヤル、プリクラに
    なぜ若者たちは熱中するのか。
    電子メディア社会の中で「遊び」はどう変容したのか。
    斬新な視点で論じつくす。

    講談社現代新書(1999/10/20第一刷発行)


    ○〈遊び感覚〉とは何か
    鳥と少年・・・中空の遊泳
    「遊び」の簒奪・・・遊びと非行のはざま
    当世「お買い物ごっこ」考・・・ポストモダンの病理
    笑いのエチカ・・・笑いのダブル・バインド

    ○「物語遊戯」の冒険
    ホラーの快楽・・・歌舞伎のもつ「遊戯性」
    ポリゴンの迷宮 テレビゲームの快楽・・・現実と虚構の境界侵犯

    ○「メディアごっこ」の憂鬱
    誘惑のミミクリー・・・アイドル・マニアの擬態
    「おたく」の反乱・・・「大衆化するマニア」のアイデンティティー
    ポストモダンの〈わたし〉探し・・・顔の拡散
    同調のメディア・・・「主体性ゼロ度」の擬態

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電脳遊戯の少年少女たち (講談社現代新書)の作品紹介

テレビゲーム、伝言ダイヤル、プリクラになぜ若者たちは熱中するのか。電子メディア社会の中で「遊び」はどう変容したのか。斬新な視点で論じつくす。

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