ドゥルーズの哲学 (講談社現代新書)

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著者 : 小泉義之
  • 講談社 (2000年5月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061495043

ドゥルーズの哲学 (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

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  • とりあえず、ドラゴンボールとか、エヴァとかそういうの出すのやめてほしい。東浩紀もそういう理由で避けている。別にサブカルを蔑視するつもりはまるでないのだけれども、そういうの組み合わせないでほしい。だって、そういうことすると飛びつくだろうが、サブカルの連中が。で、大事なところ(その哲学者や思想化が何ゆえそれをそれほど追い求めたのか?とか、その哲学者や思想家にとって哲学や思想は何だったのか?とか、彼らの明晰な思考経路とか)を無視して、彼らの主張の要点だけをかいつまみ、それをこれ見よがしに現代のサブカル文化と組み合わせて、得々と語っていそうでそれが嫌なんです。逆を言えば、自分も小さい頃からあれこれつまずいて、あれこれ考えてきてなければ、きっと同じことしていただろうから、だからそういう意味での同属嫌悪みたいなのもこもっているんだろうと思う。一時、サブカル文化に傾倒していたこともあったし、今はもうすっかり手を引いてしまったけれども。


    で、個人的に著者のドゥルーズ論はへー、というくらいの印象しか持ち得なかった。一言で言えば、「差異」この言葉に尽きる。つまり、差異を見ろと。我々は人間の側から、人間中心的に「正常」と「異常」を決めるわけだけれども、実際には二つのグループがあってその両者に差異が見られるというだけのことであり、そこにあれこれと主観を織り交ぜてしまっているわけである。それも、自分を中心としたパースペクティブ主義的観点から、ということになる。これは、場合によってはより広い人間中心主義となり、例えば人間にとって都合のよい神を作り上げるというところにもかかわってくるのだろう。これはスピノザなのだが。ともかく差異に注目すべし、と。だが、結局はその差異を見るのは我々人間であるし、我々は我々が存在することにより、かつては自然が差異を選別していたところを、今現在では我々が自然とともに選別する役目を持っているというところで、我々の立ち居地も難しいものとなっている。つまり、我々は人間として、しかし人間中心的なパースペクティブ主義には陥らずに純粋に差異を選別しなければならない、ということになるのだろうか?本著の構造としては前半部は微分について語られている。世界はカオスであるが、しかしカオスの中にコスモスがある。つまり、混沌とした調和がある。これはローレンツから始まる、複雑系の根本概念であり、このカオスモスのキーファクターとなるのは微分なのだそうだ。つまり、積分は現実化され可視化されるものだが、微分はありとある可能性を含みうるものであり固定化できるものでもない。早い話接すればいいだけなのだから、それは無数の接し方があろうというものだ。そして、自然現象の多くにはこのような無数の可能性が孕まれ、それがカオスモスとして機能しているのだから、この微分を基にして世界の差異を認識しなければならない。だが、この無数の可能性なるものは可能性として終わらせばいいというものでもなくて、ここに現実性を持たせなければならない。それが今現在科学で使われている手法であろう。無数の計算式から比較的単純なものを選び出して、計算から近似値を出して、その近似値が破綻しないものであるとすれば、つまり一定の枠に収まっていれば正しいとする手法である。とまあ、こんな感じでドゥルーズはカオスモスを重視しているわけだけれどもそこには構造があると考えている。だが、それはレヴィストロースが言うような可視化されうる単純な構造ではなくて複雑系としての構造である。後半部は倫理学に収まっており、ニーチェを踏まえての議論がなされている。ただ、主要な論調は「我々は我々の差異を認識した上で肯定しなければならない」とするというものである。ちなみにこのあたりの倫理観は永井のそれに近しいところがある。ニーチェを評価している点も、彼の哲学観というよりはルサンチマンや力への意志をはじめとする倫理観であるというあたりも近似しているかもしれない。だが、永井よりはかなり浅いものにとどまっていると言えよう。ここでは永劫回帰がなんなのかについては語られておらず、ただ永劫回帰を意志するのだという、そしてそれが反復されるのだという、永劫回帰をあるものと見なしてそれをどうするかという形式が語られてしまっている。ただ、これだけニーチェとドゥルーズを持ち上げながらも、結局のところ、ニーチェもドゥルーズもルサンチマンを乗り越えられはしなかったとあっさりと認めてしまうあたりには好感が持てた。しかし、ルサンチマンを持っていることを肯定すれば、ルサンチマンを持っていることから逃れられなくなりそれは反復されるがそれすらも肯定するとやはり、ルサンチマンは反復されそれすらも肯定する。つまり、我々はどれだけ肯定しようがルサンチマンからは逃れられはしない、だがそれを肯定することはできる、つまり永劫回帰を意志することはできる、そうして永劫回帰を意志することが永劫回帰され、永劫回帰を意志する力も永劫回帰される。まあ、なんともはやである。

  •  現代フランス思想の巨人、ドゥルーズ。ということだが、興味が全くなかったので取りつく島もない。そういうわけで、まずは入門書から。ドゥルーズ哲学の射程は広く、細胞核から宇宙まで、森羅万象の真理を考察の対象にしている。このスケールが、何かメルロ=ポンティなどと違うところのように思う。とにかく、言っていることが大きい。

     ドゥルーズ哲学の基盤をなしている考えは、主著のタイトルでもある『差異と反復』。従来、西洋哲学史では普遍性を追い求めてきた。そのため、個別一般からずれるもの、普遍性という軸から外れる事柄に関しては異常、異端だと言うレッテルを張り、考察の対象外として追いやってきた。それに対し、ドゥルーズは異を唱える。個物間に差異が存在するのは当然のことであり、一般概念を基準にした優劣は存在しない。むしろ、このような優劣によって、異常といった差別的なヒエラルキーが生じてしまう。

     個人的に、やはり印象に残ったのは、微分の話で、いくらか文脈は違うだろうけど、ドゥルージアンしかり、ベルクソニアンしかり、ロジシャンしかり、微分が哲学を探究する上での鍵となっていることが何とはなしに分かった、ような気がする。(まあ、ロジシャンが微分を学ぶという文脈は、論理学者が解析を通っているからというバックグラウンドがあるかららしいのだが)とにかく、微分方程式最強、と言った感じか。問題を解決することはできないかもしれないが、その問題になっている事柄を数式化することが可能になる。つまり、何が問題になっているかが明確になってくる。統計からの類推や仮説演繹法では到達できない境地、なのだ、ろうか(後者に関しては明言していないが)。

     統計から導きだされたデータの集積から何らかの法則性を見出し、それに則って事象を測ろうとする科学的手法を批判するスタンスは非常に共感した。「科学は二次的表現にすぎない」と言及したメルロ=ポンティと通じるものがある。「現象はシーニュであり云々」という件も、メルロのスティルの概念と非常に似通っているような印象を受けた。両者は15年ほどしか歳を違えておらず、ほとんど同世代と言えるだろう。不勉強のため明言できないが、ドゥルーズは現象学者ではないはずで、実存主義者でもないはずである(サルトルの影響を受けたが、それは思想的なものではないらしい)。しかしながら、両者がどこまで共通性、親和性があるのか気になるところである。

     他にも、ツリーとリゾームについて。生物の分類に関して、アリストテレス的なカテゴリを基盤にした思考をツリー的なもの、その対局にあるプラトンの分類をリゾーム的なものとする考え、その他諸々。まだまだ理解できていないことが多すぎるが、主著のいくつかを挑戦してみたいと思った。

  • おぇ〜…ちょっと行き過ぎじゃない?

  • 難しくてほとんど頭に入らなかった、というのが正直な感想。だ、と言い切りたいところだけれど、実際ななんて実践的な言葉の数々なんだろうと驚いた箇所がいくつもあった。「差異と反復」の果てに、人間がバトンを渡す彼方までを射程に、数学・生物学・哲学を貫く。んだろうけど、ぼくの読解力では、それが正しい感想なのかも解らない。そんな中で印象に残ったものと言えば「シーニュ」について書かれていた箇所だ。これはぼくの仕事=知的障害者・発達障害者へのケアに、実践的な意味ですごく印象的だった。「シーニュ」と「力」の「交流」とその「肯定」。この本でその部分に出会えたことこそ「理想的で偶然的な」出来事なんだ。

  • 日本のドゥルーズ研究者と言えば、弟子であり数々の邦訳を手掛けている宇野邦一氏を始めとして、國分功一郎氏、そしてこの本の著者小泉義之氏の名前が浮かびます。最初にこの人に触れるきっかけは河出書房新社の文庫版『意味の論理学』の邦訳でした。現代思想の授業の中心テクストだったその本にお世話になったきっかけで、この新書も手に取ったと記憶。

    文体は攻撃的です。そして、よりによって『差異と反復』の話なので、もしこの本をドゥルーズ入門ということで手に取るとしたら初見殺しにも程があると思います。ドゥルーズを読んだことのない人には取っ付きにくいかと思われます。いっぺんドゥルーズを読んでみて、結構刺激的だったけど、同時によく訳もわかっていなくて、消化不良のまま本を閉じたきり読まなくなった私のような人向けかなと。とりあえず「あぁ、もう一度読もうかな」という気にはなりましたよね。

    第一部については、やはり元の『差異と反復』が難しい本ということもあり、ちょっとついていけませんでした。ドゥルーズの自然哲学を具体的に現代科学の現状も踏まえて論じているようですが、如何せん、「そこまで言っていいんか?」という記述が多々あります。
    私は数学にも分子生物学にも高校程度以上にはさして通暁していません。ですから、2000年に公刊されたこの新書における科学に関するかなり具体的な指摘・批判がその通りなのか問題が多いのか、古いとしたらどの程度古いのかは、判断しかねます。それでもやはり「言い過ぎなんじゃないかなぁ?」と首を捻る部分も多くモヤモヤする。まぁ、そこら辺については、私よりそこそこ知識のある知り合いに読ませて検討を仰いでみましょうか。

    第二部は打って変わって分かりやすい。無論、ドゥルーズの著作に直接当たるよりはまだ分かりやすい、という程度なのですが。
    ドゥルーズに関しては、『アンチ・オイディプス』の共著者、あるいはフランス五月革命の思想的中心人物という側面が有名です。しかし、哲学研究者として、ヒューム、スピノザ、ライプニッツ、カントなどの伝統的な哲学に対して斬新な解釈をしていたことは比較的知られていません。
    実は第一部でのドゥルーズ特有の自然哲学は下地として哲学研究、特にライプニッツの研究などが生きているのですが、そこのところを伝えるようには書かれていません。それでいて、いきなり遺伝子の話や微分の話に入っていくものだから、本当に一度原著を読んだ人向けだなぁ、と思ってしまうのですが。
    その点第二部は、ドゥルーズの初期からの仕事である哲学研究も有効に活用して、「出来事」という重要概念を論じられているなぁと思います。話としても、とても勇気が出る。いや、ドゥルーズの持ち味は、読む人をいつの間にか肯定していて、何だか知らないけど心の底から勇気付けるような、そういうパワーを持った思想であるところにあるのですが(まぁ、ニーチェ由来と言えばニーチェ由来ですが)。そこの持ち味を上手く伝えられているような気がします。

  • 読みにくい。分かりにくいではなくて、読みにくい。

    著者か編集どちらのせいか分からないけど章分けと実際の中身に解離が見られる部分があって、その部分が頭を非常に混乱させた

    話そのものは分かりやすかったのでその点はよかった

  • これはよろしくない。実に。そう思う。

  • どぅるーず本。

    ちょう面白かった

    微分の概念を援用して世界を切ったり、そこから今度は同一性に固執するのではなく、差異の重要性を説いたり

    小泉さんの個人的な思想もかーなーり入り込んでるように見受けられるが、それも面白いからいいと思う

    どぅるーずが書いた本もふつうに読みたいなぁと思わされた

    オススメできる

    が、一読しただけだとちょっとわかりづらいかもしれない

    一回ざっと読んでわからなくても2回3回と読むうちにわかるようになる本

    おもしろい。

  • 難しくてほとんど頭に入らなかった、というのが正直な感想。だ、と言い切りたいところだけれど、実際ななんて実践的な言葉の数々なんだろうと驚いた箇所がいくつもあった。「差異と反復」の果てに、人間がバトンを渡す彼方までを射程に、数学・生物学・哲学を貫く。んだろうけど、ぼくの読解力では、それが正しい感想なのかも解らない。そんな中で印象に残ったものと言えば「シーニュ」について書かれていた箇所だ。これはぼくの仕事=知的障害者・発達障害者へのケアに、実践的な意味ですごく印象的だった。「シーニュ」と「力」の「交流」とその「肯定」。この本でその部分に出会えたことこそ「理想的で偶然的な」出来事なんだ。

  • 確かに、ドゥルーズ自身の思想なのか著者の意見なのかわかりづらいところはままありますし、脈略なくドゥルーズと直接関係のない引用を挟んだりと問題はありますが、全体的に思考の流れは一貫してますし大胆で瑞々しいその思想は魅力的だと感じました。

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ドゥルーズの哲学 (講談社現代新書)の作品紹介

二人の人間の間には差異がある。自然界には差異がひしめいている。そこからどんな哲学が立ちあげられるだろうか。主要著作を読み解き、最高の哲学者の核心に迫る。

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