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この作品からのみんなの引用
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聞き手をまず不安な状態にしてから話を進めるのがペテンの基本で、この話ではそこが大事なのだが、テレビを通すとその力が弱まってしまうのだ。
― 19ページ -
僕たちは、便利さ地獄に陥っている。
便利な新製品のあとに、もっと便利な新製品が出てくる。すべての商品とサービスが、消費者を圧倒的な王様のような気分にさせてくれる。すべての人が自分を王様だとおもいはじめ、世界は王で満ちあふれ、混乱している。しかも世界は、自分が期待しているほど自分中心に動いてくれるはずもなく、世界と自分との折り合いがつけにくくなってしまった。都市で、人と人との肩がぶつかる回数が増えているはずである。昔は分をわきまえてお互いに避けていたものが、いまはぶつかっていくようになったのだ。
― 176ページ -
女の子の好きなものが、世界を動かし始めた
― 82ページ
みんなの感想・レビュー・書評
親世代・先生世代の方々がどんな時代を生きてきたか,この本を読むまで全く知らなかった。上の世代に対する見方がちょっと変わった。
ほぼ全部リアルタイムに知ってることばかりで追体験したみたいでなかなか面白かった。知らなかったことがひとつ。1997年頃から大学生の単位は「取る」から「来る」になったんだそうだ。これは知らなんだ。
非常に読みやすく、あっという間に読める。
殺しという言葉の与える印象と中身の文体が、まったく乖離している。
クリスマスがなぜ、今のように恋人同士のモノになったのか?
など、興味深い話が綴られている。
タイトルで損をしている。
『1983年のクリスマス』という章を、そのままタイトルにしてもよかったのでは。
以前、団塊の世代の方々とお話したときに、
「壊した後に何も作らなかったのがよくなかった」といったようなことをおっしゃられていたことを思い出してしまった。
若者であることはすばらしいとは、私は思わない。
「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だななどとだれにも言わせまい」とポール・ニザンもいっている。ということを、子どもや若者がいいといわれるときによく思い出してしまう。
堀井さんはカルチャーと絡めて、どんどん若者が食い物にされていく様子を浮き彫りにしている。その視点が面白い。ただ、どんどん女の子がお姫様化、恋愛至上主義化していくというのは、どんなもんなのだろうと思う。ただ、私が女子代表(メジャー)とはとても言いがたいので、女子の中心はそうなのかもしれない。
逃げろと堀井さんは最後にアドバイスをくれているが、さて、私はいったいどこへ逃げようか。
戦後日本から日本人が選んできた社会の気分とシステムをするどく指摘している。その選択の結果、坂の上にあったのは、自分の意志でうまく歩くこともままならない「不気味な灰色の平原」だと言うのだ。なるほどおもしろい表現だなとおもう。
若者は、そんな社会を自分のやりかたで受け入れる。「アンリアル」な捉え方とバランス感覚を持つ。大人は内世界へと逃げる。それぞれおの寄る辺のなさを支えていくのは回顧か関係か宗教か。現代が「祈りの時代」であることに、パズルのピースがはまるように再認識する一冊。
昔はクリスマス・バレンタイン、そんなものはなかったが、いつの間にかクリスマスは恋人同士が過ごす日、バレンタインの日はチョコをプレゼントする日となってしまった。
若者たちは、あたかも大昔からその習慣が根付いているように感じているその世界で生かされているのが不幸、といった内容なのかな(ちょっと違うかも)
こういったいつのまにか作られた固定概念って怖いなって感じた
題名から年長者の説教本ぽく見えるが、実は80-90年代の各イベントを著者のユーモアあふれる解説で、その状態の遷移を面白く語ってくれた本。題材が庶民的なので、ちょっとした脳休めにも良いと思います。
・若者は昔ほど得ではない.そしてそのことにまだ多くの年寄りが気づいていない.
・社会の要請から避けること.本書内では文化を身につけること.
→社会システムにしばられては搾取から逃げるのは難しい.
現代の若者の話かと思ったら、80年代、90年代の若者史だった。
さっくり読めるが、期待はずれだった。これも結局「昔は良かった」のひとつじゃないかなぁ・・・。
昔の若者が大人にならないから、次の世代の若者が若者になりきれない、と著者より上の世代を批判していたけれど、あなたの世代も大人になってくれないと困るよ、と思わず突っ込みながら読んだ。
・携帯電話は、人と人とをダイレクトに結びつけている。皆と繋がっているということは、逃げ場がないということ。昔は、電話はもともと一つの可能性だったが、携帯電話であれば、相手が出なければ、拒否されている可能性が高い。
2011.09.29 開始
2011.10.04 読了
良書。
1980〜90年代におけるさまざまなデータをもとに、いかに若者(日本の未来)が殺されたかが述べられている。
この本のどこかに、1983年に若者が殺された、というような表現があったのだが、見当たらなくなってしまった…。その年に3歳を迎えた自分、という視点でいろいろと考えてみたい。
現在のことを知りたかったが、残念ながら本書は2000年前後で終わっているので、現在とはかなり異なっている。
庶民の視点から振り返るバブルから現在の移り変わり。
着眼点が独特で、読み物として面白かった。
この著者のコラムをもっと読んでみたい。
ちきりんが紹介していたので読んでみた。
各年代の若者が置かれていた状況・空気感を、主観(体験談や感想)と客観(アンケートや統計などの資料)の両面から語る。戦後間もない頃は若者の自由度が高かった感覚、その後若者と若者文化が商売として取り込まれていく感覚が伝わってきた。
「社会システム60年説」が面白かった。「大敗戦後社会」の次は?考えるな、感じろ、という筆者からのアドバイス。伝統芸能を挙げていたのが新鮮な視点。
このハートフィールド文体はアリだな。文体の面白さが文章の推進力になってる。
身体論とか文化論を読んでみようかな?…やっぱあんま興味ないからやめとこう。私はこの本の内容にあまり興味がわかなかった。なので星一つ。
いつだったか本を読もうとして、しょっぱなからのけぞってしまったことがある。 書き出しが「一定以上の年齢の人は必ず知っているグリコ・森永事件」だったのだ。「あの」一大事件に注釈が必要な時代になろうとは、思えば遠くへ来たもんだ、である。 クリスマス・デート、ヴァンレンタインのチョコレート、TDR(いま『RかLか』を調べてしまった)、月9のドラマ、マンガとそれを取り巻く世評、ワープロ、携帯電話…... 続きを読む »
若者は消費に絡めとられることによってオトナ達に搾取されていると主張する内容。 年代別の描写は良かったけど最後に説教されたので気にくわなかった。若者よ逃げろと説教された。実際に逃げ出した団塊世代の前後の信念のないふわふわとした軽薄な行動を見ると同じように逃げる気にはなれない。同じ失敗はしない。 どれだけ今の団塊世代の前後が軽薄でアホなのかが分かる本。消費しかせずに何も生み出さなかったこと... 続きを読む »
本書は,80年代から90年代にかけて,若者がいかにして消費社会に組み込まれていったのかを,クリスマス,ディズニーランド,マンガ,トレンディドラマなどいくつかの事例を挙げて分析したものである。
現代の若者を覆う閉塞感の根源が,この時代に形作られたとのこと。テーマはシリアスだけど(それにしても本のタイトルは大袈裟すぎかな。)着眼点のユニークさと文章表現の巧みさに感心しながら,あっという間に読了できる。また,著者の実体験を踏まえて綴られているため,当時の浮き足だった空気がありありと伝わってくる。
北田暁大「嗤う日本のナショナリズム」で確か引用されていたので気になっていた。堀井憲一郎というと、僕には「テレビおじゃマンボ」でつまらないクイズコーナーを担当していた人、くらいのイメージしかなかったので、まさかそんな本に引用されるなんて思ってなかった。
読んだ。とても面白かった。良かった。別にアカデミックに裏打ちされた何かがあるわけではない。文体も軽快で、コラムみたいなものだ。ただ、1989年生まれの自分にはわかりえない生前から幼少期にかけての時代の「雰囲気」みたいなものはひしひしと伝わる。
クリスマスやディズニーランドが神聖化されていく渦中にいた人間の体験記として、平成生まれの人間が読んでおいて確実に損はしない。

新書としてはべらぼうに軽くて読みやすい。
恋人と過ごすクリスマスをはじめ、バレンタインデーのチョコレート、デートスポットとしてのディズニーランド、携帯電話、マンガ、月9ドラマ、単位が「来る」という表...






