愛国者は信用できるか (講談社現代新書)

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著者 : 鈴木邦男
  • 講談社 (2006年5月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061498426

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愛国者は信用できるか (講談社現代新書)の感想・レビュー・書評

  • 彼女が買ってきた本。

    著者は新右翼とされている人だが、アホみたいな何も考えていないネット右翼やその他の右翼はこの本を読めばいいと思う。

    ちなみにこれは不思議に思ったのだが、「国体を愛す」ということは、そのときの政権をも愛していることになり、政権が変わった日本で「かつての政権を愛していた人」は、果たして今も「愛国者」と言えるのだろうか?

  • 愛国者について知りたくて読書。

    類似するテーマとして『ぷちナショナリズム症候群―若者たちのニッポン主義』(香山 リカ)を少し前に読ませてもらったが、本書のほうが腑に落ちる。

    夏以降の韓国の常軌を逸した行動や中国のほぼテロリストな反日デモを見て、改めて愛国者とは、ナショナリズムとは何なのかを考える機会に増えた。

    そこで上記の香山さんの本も思い出すのであるが、過度なナショナリズムは危険だという点は一致している。思考停止に陥り、すぐに反日だ、売国奴だと一方的に叩く風潮は危険だ。まさに韓国と同じである。日本人はもっと謙虚で冷静な成熟社会だと思う。

    本当に国に誇りを持ち、好きな人間は愛国者なんて言葉を口にしないのではないかと著者は述べている。

    世界を見てみるとナショナリズムを全面的に押し出す国は国自体がまとまりがなく、共通目的として利用するための作られたナショナリズムであることが多い。

    確かにも日本も近年、ネットウヨ、ぷちナショナリズム症候群など右化傾向があるように感じる。日本の場合は、戦後、長い時間、健全な国家意識が排除されたことへの反動もあるように思う。しかし、長期間の不況やデフレ経済、社会への不満、将来への不満なども影響しているように思う。

    確かに著者が指摘する通り、国旗や国歌を強制するのはおかしいのかもしれない。日本はそんなことをしなくても、まとまった安定した国だから。”国歌は二十歳から”には失礼ながら笑わせてもらった。

    日本の教育の問題は、公教育で日教組などが偏った思想を児童へすりこむことにあると思う。ある程度、バランスよく、日本人として健全な教育を受けて成長するのであれば、二十歳で選択してもいいと思う。

    愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。口に出して言ったら嘘になる。また他人を批判するときの道具になるし、凶器になりやすい。だから、胸の中に秘めておくか、どうしても言う必要がある時は、小声でそっと言ったらいい。(p192)

    今の韓国、中国そのままな表現だ。日本は隣国の醜態を見て反面教師にする好機なのかもしれない。主張することはしっかりと主張した上で。

    本書はロサンゼルスのブックオフで購入しています。

    読書時間:約1時間

  •  愛国運動歴40年の著者が語る「愛国心」。

    気になった点

    ・あの三島由紀夫は「愛国心」という言葉が嫌いだった。これは官製で押し付けがましく、国を単なる愛玩物に貶める言葉だったからだという

    ・そんな三島は押し付けがましくて現状維持を是とする「愛国」に代わって、「この国はこのままでいいのか?」と憂う革新的な「憂国」を旨とした。だからこそ自衛隊に決起を促そうとしたのであろう

    ・明治時代の右翼団体・玄洋社は孫文の中国国民党や朝鮮の東学党を支援したことがある。玄洋社は国家権力なくしては民衆の権利は守れないと考えた。

    ・改憲派の憲法学者である小林節は、改憲案に愛国心を盛り込もうとした自民党に対して「いかがなものか」と言ったら学者仲間にはぶられた。愛国心は自然に育つもののはずなのに、わざわざ国の最高法規である憲法にいちいち明記することか?

    ・内ゲバというと、右翼団体より左翼団体の方に多く見られる現象のように思うが、右翼団体内にもあったそうな。大体は玄洋社のような伝統的な派と、今のネット右翼と同じようなことを掲げる派の二つに分かれていたという

    ・日の丸、君が代を式で強制したら、日の丸と君が代がかわいそう

    ・ドイツ出身の医学者でお雇い外国人ベルツの『ベルツの日記』にはよく言えば謙虚、悪く言えば自虐的な日本人の姿が描かれている。彼は日本人以上に日本が好きだったそうな

     保守派を自認する私の愛国心に関する見解は、著者である鈴木氏にかなり近いものがあります。愛国心があるからこそ、国民が一丸となって大業丕績を成し遂げることもあれば、とんでもない惨事を招いてしまうこともあるでしょう。鈴木氏の言う「愛国心は宝石にも凶器にもなる」というのはまさに至言。

     某F県では学校の通知表に「愛国心」という項目を導入したことがあります。日の丸を見て涙を流すほど感動したり、君が代を大声で歌うようなことをすれば愛国心があると見なされるのか… ましてや憲法に愛国心を盛り込む必要があるのか… 少なくとも私は反対です。 
     
     ちなみに私は日の丸のシンプルかつ鮮やかなデザインも君が代の厳かな雰囲気も大好きです。小中高時代は校歌より君が代のほうを大きな声で歌った覚えがあります。パフォーマンスでも何でもなく、自然的な感情に基づいた行動です。
     学校と愛国心というと、自虐史観うんぬんの問題になることが多いですが、近現代史は授業日数の関係で深くは扱わなかったし、日本だけが特別悪く書かれているということも感じませんでした。こんなことを言っている私って暢気なのかなあ…

     今でも一部の、いわゆる「ネット右翼」は排他的で偏狭で軽薄なナショナリズムを掲げ、自分たちと同じ考えを持たない人間に「国賊」、「売国奴」のレッテルを貼り、罵る。愛国心という言葉も人によって定義が大きく変わるから何とも言えない部分もあるが… まあ、彼らは不安だからこそ偏狭なナショナリズムに走るのだろう。

     海外から帰ってきたとき、懐かしい気分を感じると共に白いご飯や味噌汁を頂きたくなるだろう?野球やサッカーの国際試合では日本を応援するでしょう?それで十分愛国心と呼べると思う。

  • 別の本で内田樹が「そういう話を人前でするのは止めましょう」と書いていた。本書の最後も同じような言葉で締め括られている。「愛国心」ってそういうものなのだろう。

  • このタイトルで筆者は右ってのがまず面白い。

    三島由紀夫、その他色々な人の「愛国」に関する言葉・エピソードは興味深かった。
    ネットなんかやってると「左翼=売国奴」というイメージが強くなるけど、「左翼の愛国者」ってのも普通にいるんだよね。当たり前なんだけど。今じゃ右翼の代名詞ですが……

    三島由紀夫の憲法草案
    「日本国民は祖国防衛の権利を有する。」
    国防は義務でなく権利。うむむ……。

    玄洋社と頭山満の話は、夢野久作「犬神博士」でも読んでたか。
    杉山茂丸の話が出てこなかったのはちょい残念。

    全体通して、なかなか面白く読めた。この問題を本気で考えるには、もっと勉強しないと駄目だろうけど……

    「俺の恋人、誰かと思う。神のつくりし日本国」
    綺麗な言葉だなあ。

  •  右派の論客として理論構成が明解であり、また右左翼を問わず議論を尽くす著者が語る真の「愛国心」とは。

     格好だけのエセ右翼などとは違う。我が国の場合、右派の知識人が少なく左派の愛国者もまた少ない。この人は筋金入りの右翼であるが、暴力、革命を遠ざけており、充分に論議を出来る貴重な人物である。国旗を中心に、何を尊び何を排撃の対象とするのか。その主張の一端を垣間見ることが出来た。

  • 異色の新右翼が「愛国心」を語るという触れ込み。三島の「愛国心といふ言葉は好きじやない」という一節は興味深い。やはり彼は思索の人。あの挙にしても、天皇の神聖性固守と英雄的行為への憧れ(中村光夫との対談で再三口にしていたオリンピック選手への憧れ)が大きいのだろうが、その裏で冷静に自らを客観視する三島がいる。

    『天皇とプロレタリア』『国体への疑問」を書いた里見岸雄のことも知れて為になる。

  • 今の日本は歴史に誇りを持てといわれるがもっと謙虚さを身に付けるべきだ。

  • 安保とかあの頃の左翼、右翼、三島由紀夫のこと、時代の空気、維新からの流れなど今までよくわからなかったけれど、分かりやすかったです。

    書いたのは新右翼の鈴木 邦男氏。
    しかし、主張一辺倒と思いきや、すごく理性的でわかりやすい。天皇や日の丸に対して盲目的かと思ったらそうではない。
    女帝も反対していない。

    愛国を振りかざして利用するのは権力、体制であって
    本来の愛国心は強制されたり監視されたり評価されたりするものではない、内におのずから持つものである、
    愛国心を持て、と強制するより国民がおのずと恋せる国を造れ、と。

    愛国でなければ非国民となじられる、糾弾される、
    最近の風潮に危惧する、という内容でした。

    こぼれ話でも「へえ!」と思うことがいくつも。
    やんごとなきお方と三島とのデートとか、明治天皇のお座布団とか。。

  • 愛国心は自己愛に収斂するのではないか、と考えている私にとって、この本の結論はとっつきやすいものでした。著者は「新右翼」の人ですが、右翼にもいろいろいるんだな、と思いました。

  • 鈴木邦男さんは、「たかじんのそこまで言って委員会」という、なんでもありの討論番組にゲスト出演されてるのを見て知りました。

    余談ですが、この番組は日曜日のお昼にかかわらず、視聴率が20%を超える超人気番組です。あまりにも明け透けな発言ばかりなのと、司会者のやしきたかじんさんの意向もあって、関東では放送しない、というか、できないそうです(笑)関東在住で、この番組をどうしても見たい方は、DVDが出ていますので是非どうぞ。ちなみに私も買いました。TVで見てたのにも関わらず(笑)

    閑話休題。

    正直に言って、まともに読んだのは初めの50ページぐらい。あとは流し読みしちゃいました・・・。なんていうか、何が言いたいの?って感じでした。著者の考える「愛国」を、縷々と綴っているだけの平板な文章にしか思えなくてつまんなかった。

    愛国心といえば、教育基本法に「愛国心」という表現をもりこむという改正案が出ていましたが、そうしたところで愛国心が本当に育まれるのでしょうか?私はそれには懐疑的です。ただ「国を愛しなさい」というだけでは愛国心は芽生えません。国を愛する心を持てと言う前に、愛される国をつくることの方が大事なんじゃないかな。

    最近の日本人は、英語教育ばかりに力を入れて国語をおろそかにしたり、欧米に迎合して日本独自の文化やよさを無下にしている気がします。もっと日本語とか、日本の文化の素晴らしさを教えることに重点を置くようにしていけば、自ずと自分の国を愛するようになるのでは?

  • 最近TVでちょくちょく見かけた鈴木邦男の本。愛国心問題入門書として読めました。自身の活動家時代を振り返りつつ、昨今の諸問題について触れている点が面白いと思う。こっちの分野の知識が乏しい自分にも理解しやすかった。

  • 本書は、いま、日本でも中国でも熱く熱く語られる「愛国心」を論じたもの。
    著者の鈴木邦男さんは、新右翼の草分け的な存在だ。
    ワタシは、たしかSPA!の連載「夕刻のコペルニクス」でその名を知った。

    鈴木さんの印象は、ゴリゴリの右翼ではなく、考え方は相当柔軟であり、また、自己矛盾が少なそうなところか。たとえ主義主張に対立はあっても、暴力で解決はしないだろうということが、著作からうかがえる。そんなわけで、鈴木さんの著作を、たまに読んではいる。

    本書は、「君が代」「天皇」という、日本の「愛国心」にとっては欠くことのできない要素から、愛国心を考察している。そして、鈴木さんは言う。愛国心は、国家に強制されてはいけないと。また、「愛国心を教えよ!」と叫ぶ、右派論客を厳しく批判する。そして、本書の最後で、次のように言う。

    ◇愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。口に出して言ったら嘘になる。また他人を批判するときの道具になるし、凶器になりやすい。だから、胸の中に秘めておくか、どうしても言う必要がある場合には、小声でそっと言ったらいい。(p.192)

    鈴木さんは自己矛盾が少ない、とワタシが思う根拠は、たとえば皇位継承の考え方に見て取れると思う。鈴木さんは、女帝を論じた後で、ある天皇尊崇者の右翼を引き合いに出す。鈴木さんが、「娘を皇室にやるか?」と聞いたところ、くだんの右翼、「そんなところに娘をやれるか」。つまり、皇室はよいよいといいながらも、中は過酷な場所だとわかっているわけだ。これは、遂行的矛盾だろう。鈴木さんは、その矛盾を指摘し、つまり、自分がいやだと思うことを皇室に押し付けてはいけないということだが、女帝をも受け入れるもっと自由な皇室のあり方を主張してる。

    ワタシの政治的なスタンスは鈴木さんとは異なっているが、、愛国心については、基本的には、鈴木さんの考え方に賛同だ。

    しかし、本書には、つっこみどころもいろいろある。そして、これは、右翼の考え方に共通の問題だ。たとえば、天皇家が本当に2650年以上もの伝統を持っている(と本当に信じている)のか、とか、「日本的なるモノ」って、いったいいつの時代が基準なのかとか、とかとかである。

    そんなことも含めて、本書には、詰めが甘いなぁ、と思える箇所も、けっこうあるのだ。それゆえ、気楽に読める一書ではある。

    ほかにも、書きたいことはあるが、またいずれ。

    そうそう、ワタシ、「忠君愛国」って言葉嫌いです。
    聞くだけで、ぞっとします。

  • 邦男ーーー!!!好きだーーー!!!
    私が鈴木さんを尊敬した一番のとっかかりとなった、「謙虚なれ」ということが、ぎっしりと邦男さんの言葉で詰め込まれた本。
    私が一番邦男さんに書いてもらいたかった、「天皇制について」「愛国心ばら撒いてるヤツらってさ……」の話が中心に盛り込まれていて、満足度100%
    外人でも日本人でも関係なく、一度は読んでみたらいいと思うのです。今、日本で生きていることについて、考えることの出来る素敵な本です。
    ヤマトタケル並にオススメ

  • 特記すべき事項なし。本書を読んでみても、著者の激越とも見うる言動で、誰がどのような福利を享受しえたのか、誰がいかなるマイナスを被ったのか不明なままである。

  • 【目次】
    私の愛国心――まえがきに代えて [003-010]
    目次 [011-014]

    第1章 「愛国心は嫌いだ」と三島は言った 015
    「愛国心――官製のいやなことば」/「俺は愛国者だ!」と叫ぶ見苦しさ/われわれはとにかく日本に恋してゐる
    第2章 誰のものか――愛国心争奪の歴史 033
    愛郷心と愛国心の戦争/「下からの愛国心」と「上からの愛国心」/「国際主義こそが進歩的」の時代/文化大革命へのコンプレックス/愛国心の暴走をどのように止めるか
    第3章 愛国と憂国――その決定的な違い 053
    サミュエル・ジョンソンの有名な言葉/自己愛があるから国家への愛がある/三島は憂国の故に自決した/『腹腹時計と〈狼〉』に込められた憂い/「愛国心」の持つ危険性
    第4章 愛国者の条件 069
    憲法改正問題と国旗・国歌の法制化/日の丸・君が代にどっぷり浸かった大学時代/闘う「僧兵」と化した/国旗掲揚と国歌斉唱/愛国者の絶対量は達成した
    第5章 天皇制と愛国心 091
    国民の天皇への尊崇の情/岩倉具視が発端で御真影がつくられた/歴代天皇の肖像画/「日本国歴代天皇御真影」
    第6章 謙遜の日本史 109
    『ベルツの日記』に描かれた自虐的日本人/坂口安吾が『堕落論』で語る天皇制/ベルツを戸惑わせた「謙遜」/天皇の名のもとの「自己否定」/『古事記』や『日本書紀』の〈日本精神〉
    第7章 天皇論の革命 127
    「我々には天皇を基にした変革がある」/プロレタリア作家を殺した警察の間違い/竹中労こそが〈里見岸雄〉だった
    第8章 過熱する女帝論議 141
    右翼少年をテロに走らせた力/「右右論争」が突出する女帝問題/皇太子妃は「男の子を産む機械」ではない/陛下の御叡慮をこそ尊重すべき
    第9章 三島の改憲・女帝論 161
    「皇位の継承は男系子孫に限ることはない」/今日の問題を予言していた作家の目/三島が女帝を考えるようになったのは何故か/人間天皇への怨みごと/皇太子妃に押しつける国民の我儘
    第10章 「愛国心」の必要ない世界は来るのか 179
    辞典に見る「愛国心」の記述/藩から国へ、自分の家から国家へ/愛国心は小声でそっと言うべき言葉

    あとがき(二○○六年四月 鈴木邦男) [193-194]
    参考文献 [195-197]

  • ボクは国を愛している。本人が言うのだから間違いない(笑)言うまでもなく、それ以上に自分を、家族を、故郷を愛している。

    愛国がこじれると『日本以外はみんな屑』になってしまうんだろうか?愛国って、外に向けないと発露できないのだろうか?常々そう思ってきたので、『日本を守るのではなく、日本を守るべき価値のある国にする』という(私が達てに意訳してます)鈴木氏の主張には頷ける部分が少なくない。

    しかし、日本てなんだろう?日本にかぎらず文化や伝統や歴史なんて重層的で多元的で、「個」の集合体なのだから、「これこそが日本文化だ」なんてものは存在しない。和食だって歌舞伎だって着物だって、日本文化を構成する要素の内の代表的な(しかも比較的新しい)ものの一部でしかないのだ。だから、日本や日本の文化や日本の伝統を「こうだ」と決めつける人をボクは信じない。

    国を愛するということは、日本の中の多様性を守ることであり、それは畢竟世界の多様性を認めることに他ならない。そういう意味でも、私は愛国者でありたいと思わせる1冊だった。

  • ものすごく平易な文章で読みやすい。
    著者は右翼であるが、中立的な視点で公正な見方のできる人だと最初から最後まで感じた。
    愛国心というものは他者に強制するものではなく、自己完結的なものなのだ。
    右も左も他人を攻めることに忙しい昨今、この位のバランス感覚を持って議論してほしいものだと思う。

  • 一水会という新右翼とも呼ばれる団体を立ち上げた右翼の超大物が綴った作品。愛国者と自称する者がいかに危険であるかがわかる作品。
    まして彼がいうのだからその重みが明らかに異なる。

    愛国心の歴史、三島の思想、極左と民族派の意外な共通点など現代の諸問題に一石を投じた作品。

  • チェック項目14箇所。今の日本は、「ともかく愛国心を持て」「愛国心は常識だ」「愛国心さえもてばいい生徒、いい日本人になれる」と言っている、冗談じゃない、そんな単純なものではない、だから、この本では初心に返って愛国心とは何か、を考えてみた、愛国心は宝石にもなるし凶器にもなる、一面だけを見るのは危険だ。「愛国者」を自任する人は、家族や町、市、県からは孤立し、嫌われ、そのくせ「俺は愛国者だ」と言っている人が多い、三島の言うように、この共同体をピョンと飛び出して、国と自分が対等になって「愛している」と言っている、これでは思い上がりだし、錯覚だ。日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であって、「愛」ではない、もしキリスト教的な愛であるなら、その愛は無限定無条件でなければならない、従つて、「人類愛」といふのなら多少筋が通るが、「愛国心」といふのは筋が通らない、なぜなら愛国心とは、国境を以て閉ざされた愛だからである。三島は「愛」ではなく、「恋」でいいという、この二つはどう違うのか、僕が思うに、恋は一方的なものだ、相手がどう思っているか知らないが、一方的に思いを寄せる、人が結婚する時も愛ゆえだが、離婚する時も愛ゆえだ、「こんなに愛しているのに、応えてくれなかった」と自分の愛の大きさをでもって、相手の愛の小ささを攻撃する、また「彼女を一番愛していりうのは自分だ。彼女を幸せに出来るのは自分しかない」と思いつめる若者も多い、ストーカーも愛ゆえだ、愛は相手を縛り、拘束、時には暴力的になる。日本の場合は、二千年以上も国家を意識しないできた、明治維新以降、「西欧に追いつき追い越せ」で、急遽、近代国家をつくったのだ、憲法をつくり、国旗・国家をつくり、愛国心を教えた、西欧列強と肩を並べるために、近代国家・国民国家にならなくてはならない、アメリカのような愛国心を取り入れる必要がある、国の成り立ちが全く違うのに、そう思った、そこに無理がある。西郷軍が強かったのは西郷という強力なカリスマがいたからだ、こちらにはない、それで急遽、天皇を前面に持ってきた、それまでは「公家の代表」で雅びな天皇を、国家の中心にし、カリスマにしようとした、国家の求心力にしようとした。天皇独裁の国だったら戦争を止められただろう、しかし立憲君主国家だから、天皇も憲法のもとだ、国会が決めたことは覆せない、マスコミだって、「戦争やるべし!」と煽った、最後のギリギリになって、天皇の聖断にすがりつくしかなかった。まず愛国は保守的であり、憂国は革新的である、愛国はともかく美点を見つけ出し賞めなくてはならない、この日本のすべてを認め、愛する、現状容認だ、これを変えるのは嫌なのだ、現状維持的であり、保守的であり、受身だ、憂国は、この国の状態を憂うるのだ、もちろんこの国は好きだし、愛情はある、しかし、これでいいのかと怒り、憂うるのだ。憂国は暴発的な決起に結びつき、危険な連鎖のように見える、愛国は現状維持的で平和なように映る、しかし、一概にそうは言えない、憂国は、時に暴力的になり、暴発し、連鎖する、しかし、あくまでも個々人の自発的な意志に任されている。「尊重」と「強制」は全然違う、例えば僕は日の丸・君が代は好きだし尊重している、だからこそ大事にしたいし、やたらに強制してほしくない。国旗も国家も明治維新以後につくられた、実は初めは「五つの君が代」があったという、オペラ風のものもあれば、雅楽風のものもあり、讃美歌風のものもあった。明治維新は武士が中心になり幕府を倒した、っでは、武士が中心の世の中になったか、そんなことはない、刀を捨て、チョンマゲを捨て、藩まで捨て、武士という存在すべてを消滅させた、勝利者が自らを消滅させるなんて、歴史上、他にはない、「巨大な自己否定」だ。明治維新前は、日本人に「愛国心」はなかった、国への帰属意識も一... 続きを読む

  • この人の本は3冊目。
    過激な右翼活動を続けてきた著者が「愛国心」を批判。

    歴史の資料や、三島由紀夫の著作を丹念に読みそれらをもとに「愛国心って結局何?」ということをたどっていく。
    なんだか、新書というだけあって、他の氏の著作よりも難しかった。

    日本の愛国心なんていう概念は、藩が国だった江戸時代から、明治に移行する際に欧米に負けない為に天皇を中心として作られた概念だそうで。

    「優しさ」「謙虚」「寛容」が日本人の良さであり、美徳であったのに、それが押し付けがましい「愛国者」により踏みにじられているという。

    この日本という国とどう向き合うか・・・一人一人それを考えていきたいものだ。

  • 確かに過剰な愛国心は、危険だし、どこか不自然に見えるし、君が代の強制化や成績表の項目に「愛国心はあるのか?」という一文があるのは、野暮だと思う。けど、戦後から豊さを得ていく代償として、愛国心が失われ、個人主義な世の中になったのかなぁ、と。それを回復させていく過程にあるのかなぁ、反動みたいかなものかなぁと思ったり。

    確かに考えさせられる所もあったけど、この前に読んだ同著者の「遺魂」とカブる話も多々ありで、どう評価していいものか、よくわからないです。

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