動物にとって社会とはなにか (講談社学術文庫 169)

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著者 : 日高敏隆
  • 講談社 (1977年8月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061581692

動物にとって社会とはなにか (講談社学術文庫 169)の感想・レビュー・書評

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  • 動物行動学の立場から、さまざまな生き物の本能に規定された行動が、種という「社会」の維持にどのように役立っているのかを解説している本です。多くの印象的な例が引かれていて、一般の読者にも理解しやすいように工夫されています。

    また、人間の社会的行動の特異性について、著者自身の思想が語られています。著者によれば、人類には他の動物が持っているような「本能的社会」というものは存在しません。これまでは、飢えと病気が人口調節機能の役割を果たしてきましたが、文明が進むにつれ、人類はこのような調節がおこなわれることを退けるようになり、現実的に調節の役割を果たしているのは戦争だけだという、ペシミスティックな結論を導いています。

    著者の弟子筋に当たる竹内久美子のトンデモ本のせいで、いささか評価を下げた印象のある著者ですが、分かりやすい文章を書く才能は、特筆するべきものがあるように思います。

  • 動物の行動と社会を切り口にした本。
    1970年代に書かれているので、若干考え方が古い。
    今の流れだと、群淘汰、利己的な遺伝子、環境と遺伝・・・うんぬんで語られるテーマだろうか。
    同じ内容について、その類の本で解釈を読んだ気がする。

    動物の行動は時代とともに変わってはいない(人類が”研究”などというものを始めた期間においては。)だけど、その行動はさまざまな切り口から解釈される。人間は、遺伝子の進化異常に、文化を進化させる生き物だね・・・。

    本書の考え方は、確かに新しいものではない。作者自身、再版にあたって、そのことを憂慮している。が、考え方はとてもニュートラルで、独断の少ないものだと感じた。こうした研究を元に、また新しい解釈が生まれる。そういった意味で、とても面白い本である。

  • タイトルに「社会」とあるので,読まねばと思って読んだのですけど,こりゃあ面白いねぇ。

    生物学はやっぱり面白いねぇ。
    チョウもカエルもバッタも面白いねぇ。

    特に,個体と種のことについて,明確な定義と共に書いてあるのが良い。
    そして,同種異性を見つけることがいかに大切か,ということについて,しっかりと考えないとなぁ,という気になる。

    これを読むと,社会というのは個体とは別のレベルに存在する,というのが明らかであるように思えるのだよな。それを人間社会に当てはめて良いのかどうか,批判的に検証しなければならないだろうけど。

    人間は,他の動物とちがって,本能的にやっていることを社会化してしまって,自然のコントロールから外れている,というのが著者の主張。言い換えれば,人間は動物的でなくなっているっていうのが結論なのかもしれない。少なくとも,人口のコントロールが人工的にも出来てない,という点は読み手に「人間が作った社会というのは何か」という問いを突きつけるのだ。

    それが,「心」「内部状態」「意識」「自己」「自我」というものの存在と表裏一体の関係にあるように,思えるのだ・・・。

  • 僕がこの本を読んだ理由は、人間社会の理解に際して何かしらのヒントになりうるのではないかと思ったからだ。
    人間と動物の違う点をどれだけ挙げ連ねたところで、人間は多分に動物的なところがあると僕は信じている。
    だからこそこの本のタイトルを見て、手に取るに至った。
    動物は、その種を維持するために様々な工夫が行動に凝らしてあるらしい。
    バッタが増えすぎたと認識したら形を変えて移動する話とか、イトヨの縄張り性の話とか、種が存続してきたのにはそれなりに理由があるらしい。
    そしてこれを読みながら僕は、国際社会の話を思い出していた。
    すなわちバッタとイトヨの事で言うなら、ホブソンの帝国主義論や、主権国家体制が思い当たった。
    この理解がどれほど本質的であるかは生物学に疎い僕には想像できないが、妄想力が逞しければそれだけ色々な類推な可能な気がする。
    きっと面白いです。
    ただ、行動生物学というのは、科学としては非常に危ういとも思った。

  • 人間って、変態だったんだなーと しみじみ思った本。男とか、女とかで悩んでいる人におすすめしたい。
    地球上に生息するあらゆる種には、社会があり、生態がある。
    いくつか知ることで、今の自分の悩みが小さく思える(かも?しれない)。

  • (2005.09.08読了)(2005.03.21購入)
    単行本「動物にとって社会とはなにか」至誠堂、1966年11月刊行。
    「ニワトリの卵」は、ニワトリですか?「モンシロチョウの幼虫は、モンシロチョウそのものなのですか?」「仔犬は犬ですか?」われわれは、一つの標本を一つの種の代表と見る癖がついている。多くの場合、その動物の親を持ってその種の「本来の」形とし、幼虫や仔や卵はその前段階とみなして別扱いにしていた。しかしそれは真実とはおよそかけ離れたものである。
    「種というのは相互交配可能な個体からなる個体群である」
    「いろいろな動物の交尾がどのように行われているかを研究してみると、異種の間で交尾の行われること自体が、慎重に避けられていることが分かる。動物の雌雄が近づきあったとき、彼らは互いに相手が同じ種かどうかを確かめ合う。」
    ●今西錦司氏の社会の定義
    社会とは「同種の動物個体がその働きあいを通して成り立たせている(種の)生活の組織」である。
    ●日高敏隆氏の社会の定義
    社会とは「同種の動物の種個体群にみられる個体間関係の全体」である。
    (すべての動物に社会があることを前提としている。)
    ●死が正常
    性比が一、つまりオス、メスが同数いるずついる動物では、一匹のメスが産んだ卵から、平均二匹のものが次代の親となれば、それで個体数は元と同じに維持される。したがって、例えばヒキガエルのように、一匹のメスが一万個もの卵を産む動物では、一万のタマゴのうち、おたまじゃくしや子蛙の間に9998匹が死んでしまってもそれでもともとという計算になる。
    ●周りの個体数で変わるバッタ
    実験室で群集相のバッタの産んだ卵から孵ったばかりの幼虫を二つのグループにわけ、片方は一匹ずつ別々に、もう片方は群集状態で育てると、前者は緑色で太った、翅や肢の短い、孤独相型の親になり、後者は典型的な群集相の親になる。
    ●レミングの伝説
    レミングはスカンジナヴィア地方に住んでいるが、何年おきかに猛烈に繁殖し、草地を丸坊主にしてしまう。どの個体も興奮して、やがて大群をなして、北へ北へと移動を始める。やがて海へ落ちて厖大な数の個体が死ぬという。レミングのこの「伝説」をすべて信じ込んでは危険である。相当数の固体が生き残り、それが分布圏の拡大に役立つといわれている。
    ●共食い
    6月ごろヒキガエルのおたまじゃくしが変態して、小さな子ガエルとなってピョンピョン陸上にあがってくる頃、池の近くにいる親ヒキガエルを解剖してみると、ずいぶんたくさんの子ガエルを食っていることが分かる。魚類生態学者の指摘するとおり、大きくなった魚は、同種の稚魚を食べてしまうことが大変多い。

    主に昆虫の事例を挙げながら、動物の社会の維持継続の仕組の様々について考察している本です。生き物の不思議な機構について興味ある方にお勧めです。

    著者 日高 敏隆
    1930年 東京生まれ
    東京大学理学部卒業
    専攻 動物行動学

    内容紹介(amazon)
    動物たちは、行きあたりばったりに喰(くら)い争い、まるでけだもののように生きているのだろうか。そんなことはない。本書で著者は、ゾウリムシやチョウ、トゲウオやオオカミなど興味深い具体例を挙げながら、動物たちが実は、「社会」と呼ぶほかない複雑精妙な関わり合いの中に生きていることを明らかにする。翻ってヒト社会の諸問題をも照射する著者の視点は、本書を、今日の先端的な人間の問題を考える優れた文明批評の書ともしている。

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