日本書紀(下)全現代語訳 (講談社学術文庫)

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制作 : 宇治谷 孟 
  • 講談社 (1988年8月4日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (374ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061588349

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日本書紀(下)全現代語訳 (講談社学術文庫)の感想・レビュー・書評

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  • どうしてこれを読み始めたのか……読み終わってうっかりわからなくなる。
    推古天皇あたりからますます政治色が強まって、法律や階位の制定やなんやほんと退屈。しかたない。

    欽明天皇の時代にようやく仏教が渡来するわけですね。そのときのやりとりがいかにも日本人らしい。
    天皇「西の国から伝わった仏の顔は、端麗の美を備え、まだ見たこともないものである。これを祀るべきかどうか」
    (蘇我)稲目宿禰「西の国はみんな礼拝してるのに、日本だけ背いていいんでしょうか」
    物部・中臣「天皇がおいでになるのは百八十神(やおよろずの神のことだとおもう)をお祀りするためであります。いまさら仏を拝むとなると、国つ神が怒るのではないでしょうか」
    天皇「じゃあいっぺん試しに稲目宿禰に礼拝させてみよ」

    まさに日本・伝家の宝刀「折衷」。
    さてここから蘇我一族が仏教を政治利用することでどんどんのしあがっていくわけですね。

    用明天皇が病気になって弱気になると、「自分は仏・法・僧の三宝に帰依したい」とおっしゃって、やはり物部・中臣は「こんなこと今まで聞いたことない」と大反対。そこで蘇我馬子が「詔ですよ、みなさん。詔です。ご協力しましょうよ!」とこうくるわけですね。

    そして推古天皇の時代。聖徳太子が発案した?憲法によって「仏・法・僧」の三宝を敬うように、と明文化される。
    「仏教はあらゆる生きものの最後のよりどころ、すべての国の究極のよりどころである。いずれの世、いずれの人でもこの法をあがめないことがあろうか。人ははなはだしく悪いものは少ない。よく教えれば必ず従わせられる。三宝によらなかったら何によってよこしまな心を正そうか。」

    うーむ……けっきょく日本人にとって国つ神とはなんだったのか…。
    八百万の神といったところで体系的な法をもっていなかったわけだから、拠り所とするにはあまりにも不安定というか、むしろ漠然とした恐怖の対象にすぎなかったんではないか。
    しかしだからこそ根源的な信仰の在り方があるような気がしないでもない。

    強力な法秩序と論理とをもった仏教は、それこそ混沌とした未開拓地を照らす光だったと思うし、それによって影(国つ神)は隅のほうへ追いやられる。だけど完全に消え去ったわけではないと思う。やっぱり同時に「仏教信じちゃってごめんなさい」みたいな気持ち、ないわけじゃない。

    そういう意味で、天皇の仕事が国つ神を祀ることだというのは象徴的なことだなと。天皇が存在しているかぎり、国つ神も存在しつづけるわけで、やはり仏教と国つ神は極限においては妥協し得ないか、あるいはお互いに妥協しつづける他ない。

    たぶん日本文化にいうハイブリッドていうのはこの「妥協しつづける」ことなのだろうと思うんだけど。だからどうしてもガッチガチの法秩序や論理に従うってのがいまいち苦手で、「形式だけ」になりがち。にもかかわらずおかあさんの「そんなことしたら、バチあたるよ!」という叱咤にえもいわれぬ恐怖を感じてしまったり……

    案外でもやっぱり、この「バチあたるよ!」こそ日本の信仰の根源なのだろうかあ、と思う次第で。

  • 古代史の基本的な事実関係が知りたくて、まずはこれを買ってみました。一番興味があるのは額田王なのに、なんとこれが一行しかない!天武天皇の最初の子、十市皇女を生んだことだけで、額田も十市も生年不詳とは……出来るだけ、印象を弱くしたかったのがありあり。天武の皇后だった持統女帝で終わる日本書紀は、持統に至る天皇家の正当性を作り上げていく物だったんですね。政敵を葬り去る鮮やかさに脱帽!?

  • 女性天皇の高貴なこと。女性の場合、他に天皇となる人がいないから仕方なく、という奥ゆかしさがあって、そこがいい。

  • 現代語訳とはいえ読むのにけっこう骨がおれる。
    持統天皇の御代までが「日本書紀」には記載されている。
    「古事記」の完成からわずか十年弱(このあたりは諸説あるようだが……)しか時期の変わらない記紀。
    「日本書紀」は正当な歴史書とはいえ、どこまでが史実なのだろうか。そのようなことも考えてしまうのだが、もっと一般的に内容は知れ渡っているべきかもしれない。
    「続日本紀」も読んでみようかと思う。
    しかし、なぜ「日本紀」ではなく「日本書紀」なのだろう。

  • 文学として読もうとすると、後半のひとの歴史を淡々と読んでも面白くないなと。

  • この下巻では、欽明天皇から持統天皇まで載せられています。用明天皇と崇峻天皇の両天皇は一つの巻でまとまっていますが、天武天皇は上下巻の二冊となっています。上巻の第五巻の崇神天皇からは日本史の勉強でもでてくる事件や事柄等が出てきますが、この書籍からはその量が豊富となり、超有名人の「聖徳太子」や「蘇我馬子」などでてきます。歴史の勉強の資料にもある程度使えますが、その時は注意が必要と思います。

  • 天武天皇が編纂を命じただけに、日本史に素人の私にも壬申の乱や班田収受法のことが詳細に記録されている箇所をよめば、なるほどと理解できた。このほかにも聖徳太子や蘇我馬子や蘇我稲目などある程度知っている人がでてくるので、楽しめる。

    日本と深い交流があった百済、そして百済が支援していた加羅(任那)、高麗、新羅との交流、唐・新羅連合軍に敗れた白村江の戦いについてもその記録を少し垣間見ることができる。

    現代語訳、そして国造りから天孫降臨、神武天皇から持統天皇までの公式な歴史書として、読むのにこの本をお勧めしたい。

  • (2013.11.10読了)(2013.10.27借入)
    眠気と闘いながら、やっと目を通し終わりました。
    日本古代史に興味のある方は、手元に置いて随時参照するといい本かもしれません。
    この本は、欽明天皇から持統天皇まで、西暦では、540年から697年までのことが、天皇ごとに、在位時代のことが書いてあります。
    『日本書紀』の完成が720年とされていますので、書かれた時代に近いほど、だんだん詳しくなる、という印象です。
    上巻に比べると、日本史の教科書で、習ったような事柄がずいぶん出てくるので、なじみやすいかもしれません。ただ、小説ではないので、面白く読めるわけではありません。
    また、文字ばかりで、図版や写真もありませんので、理解を助けるためには、何か他の参考書が要りそうです。
    ずっと読んでゆくと、仏教が入ってきて、だんだん政治にとって重要な位置を占めていっているさまが、見えそうです。とはいえ、日本の伝統的な、吉兆占い的考え方もあり、悪いことが起りそうな前兆があったとか、善いことがありそうな前兆があったというような記述もあります。日蝕や地震の記述、火山活動によって新しい島ができた、というのもあります。
    朝鮮半島に関しての記述が結構あるのには驚きます。兵を送ったとか、兵を送ろうとしたけどやめたとか、朝鮮半島からの使節団がやって来たとか。
    奴婢という言葉が出てきます。奴隷制度があったのでしょうか。
    冠位十二階という朝廷でも位をはじめとしていろんな統治のための官位とか、儀礼制度とか、身分間での取り決めなどまで、細かく制度がつくられていったようです。
    日本の歴史を記述した最初の書ということなので、一通り目を通すことができたことで、一安心です。

    【目次】
    巻第十九 天国排開広庭天皇 欽明天皇
    巻第二十 渟中倉太珠敷天皇 敏達天皇
    巻第二十一 橘豊日天皇 用明天皇
          泊瀬部天皇 崇峻天皇
    巻第二十二 豊御食炊屋姫天皇 推古天皇
    巻第二十三 息長足日広額天皇 舒明天皇
    巻第二十四 天豊財重日足姫天皇 皇極天皇
    巻第二十五 天万豊日天皇 孝徳天皇
    巻第二十六 天豊財重日足姫天皇 斉明天皇
    巻第二十七 天命開別天皇 天智天皇
    巻第二十八 天渟中原瀛真人天皇 上 天武天皇
    巻第二十九 天渟中原瀛真人天皇 下 天武天皇
    巻第三十  高天原広野姫天皇 持統天皇
    あとがき
    付録(付表・年表・小見出し索引)

    ●仏教(36頁) 欽明天皇
    群臣に一人一人尋ねられ、「西の国から伝わった仏の顔は、淡麗の美を備え、まだ見たこともないものである。これを祀るべきかどうか」といわれた。蘇我大臣稲目宿禰が申すのに、「西の国の諸国は皆礼拝しています。豊明の日本だけがそれに背くべきでしょうか」と。
    ●聖徳太子(87頁) 推古天皇
    皇后(穴穂部間人皇女)は御出産予定日に、禁中を巡察しておいでになったが、馬司の所においでになったとき、厩の戸にあたられた拍子に、難なく出産された。太子は生まれて程なくものを言われたといい、聖人のような知恵をおもちであった。成人してからは、一度に十人の訴えを聞かれても、誤られなく、先のことまでよく見通された。
    ●こびへつらう者(94頁) 推古天皇
    こびへつらう者は、上に向かっては好んで下の者の過ちを説き、下にあえば上の者の過失をそしる。
    ●衆論(96頁) 推古天皇
    物事は独断で行ってはならない。必ず衆と論じ合うようにせよ。些細なことはかならずしも皆にはからなくてもよいが、大事なことを議する場合には、誤りがあってはならない。多くの人々と相談し合えば、道理にかなったことを知り得る。
    ●山背大兄王(145頁) 皇極天皇
    自分の一身上のことがもとで、どうして万民に苦労をかけることができようか。また人民が私についたために、戦いで自分の父母をなくしたと、後世の人に言われたくない。戦って勝ったからといって丈夫と言えようか。己が身を捨てて国を固められたら、また丈夫と言えるのではなかろうか
    ●墓制(176頁) 孝徳天皇
    およそ人が死んだときに殉死したりあるいは殉死を強制したり、死者の馬を殉死させたり、死者のために宝を墓に収め、あるいは死者のために生きているものが断髪したり、股を刺したりして、誄をのべたりする旧俗はことごとく皆やめよ。
    ●祓えの償い(177頁) 孝徳天皇
    辺境の役人が、任が終わって郷里に帰るとき、途中で病気になり路頭で死んだりする。すると路傍の家の者が、「何故自分の家の近くで人を死なせた」と責めて、死者のつれに対して、祓えの償いを強要する。
    ●水時計(211頁) 斉明天皇
    皇太子(中大兄皇子)が初めて漏刻(水時計)をつくり、人民に時を知らせるようにされた。
    ●高波(300頁) 天武天皇
    十一月三日、土佐国司が、「高波が押し寄せ、海水が湧き返り、調税を運ぶ船がたくさん流出しました」と報告した。
    ●日本紀(349頁)
    中国の例によると、書は記伝体の歴史を言い、紀は編年体の歴史を示すものであり、(中略)
    「日本書紀」は年代順による記述であるから、「紀」を用いるのが法に適っている。

    ☆関連図書(既読)
    「古事記」角川書店編・武田友宏執筆、角川ソフィア文庫、2002.08.25
    「楽しい古事記」阿刀田高著、角川文庫、2003.06.25
    「古事記」三浦佑之著、NHK出版、2013.09.01
    「日本書紀(上)」宇治谷孟訳、講談社学術文庫、1988.06.10
    (2013年11月10日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    本巻では、巻19の欽明天皇から巻30の持統天皇までの、大和朝廷が中央集権的な律令国家を完成してゆく波乱にみちた時代を描く。聖徳太子の17条憲法や大化改新、白村江の戦い、壬申の乱など歴史上よく知られている出来事が「古事記」と並んで古代史資料の原典ともいうべき本書「日本書紀」に記録性豊かにいきいきと叙述されている。国造りにかけた古代日本人の姿を、明解な現代語訳で鮮かに蘇らせた古代史研究の必携書である。

  • 講談社学術文庫『日本書紀』全現代語訳の下巻。本巻では『日本書紀』巻第十九「欽明天皇」から巻第三十「持統天皇」までの現代語訳のほか、付録として年表などを収録している。
    神話的要素の強かった上巻に比べると、下巻は「日本史」の領域にあると言える。仏教伝来や聖徳太子の治世、大化の改新や白村江の戦いなど歴史の授業で登場した様々な事件や事柄が登場する本著では、歴史上の事跡の詳細な(それこそ「教科書には載っていない」)経緯を記述している。執筆当時の歴史的バイアスも含めて、本著は古代日本にそのまま触れられる一冊と言えるだろう。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    文庫&新書百冊(佐藤優選)137
    戦争・歴史・天皇

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