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この作品からのみんなの引用
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哲学の才能とは数学や音楽の才能と同様きわめて特殊なもの、つまり全人口の一パーセントにも充たない人に割り当てられ、それがなくても生きてゆくのに全然さしさわりのない一つの特殊才能だ
― 48ページ -
哲学の大きな特徴は、足元にころがっている単純なこと--そのテーマはおのずから決まってくるのですが--に対して、誰でもどの時代でも真剣に考え抜けば同じ疑問に行き着くという信念のもとに、徹底的な会議を遂行することです。
― 44ページ -
「「自分自身になること」とは一生の課題であり、しかもそれはあなただけに与えられた課題ですから、誰も横取りはできない。たとえあなたが殺人を犯そうと、他人を不幸のどん底に追いやろうと、失明しようと、友人から裏切られようと、自分の能力に限界を感じようと、人生に失敗したわけではない。すべて「自分自身になる」すばらしいチャンスが与えられただけです。」
みんなの感想・レビュー・書評
中島義道さんの本は
基本的には好きなんだけど
今回はあまり
はまれなかったなあ
一語一語が
頭の中で上滑りしていく感じ
でも もしかしたら
あたしの頭の中に
哲学用の回路が
できあがっていないから
かもしれない
とりあえずは 簡単そうな
哲学ものを
あんまり選ばずに
さくさく読んで
回路を作ろうかなあ
どのような哲学があるかを論じるものではない。哲学とはどういうものか、どういうものではないかを論じるものではない。特に混同されがちな思想と哲学の違いについて説明している。
「哲学の教科書」というタイトルだけれど、哲学の入門書かと思ったら大間違い。ものすごくシニカルな哲学的思考の指南書。
哲学という特別なようで当たり前の「フィルター」を通して物事を捉え直した時、目の前にどんな世界が広がるか、そしてその世界のなんと豊かなことか!
活字を読むというより、活字に引っ張られるようにして読み進めたこの本。世の中のあらゆることを全て当たり前に受け入れ、それらを前提として喜怒哀楽と共に生きる多くの人にぜひ読んでもらいたい。
あなたが自分だと思っているその「自分」を、何故にあなたは自分だといいきれるのですか?
タイトルのまんま、『哲学』とは?と云う問いから、あらゆる『哲学的』な事柄が書かれている作品。
筆者の中島義道氏は、かなり虚無的なタイプの人間だと随所に感じられる。
個人的に、大好きな作品。
哲学が哲学たらしめるひとつのコタエを示してると思います。
また、読み返す時が来そう。
哲学に対する姿勢について考えさせられる.哲学者と哲学思想家との違いは言われてみればその通りである.
哲学的中身の取り扱いについては単純に賛同できないところもあるものの,この本の最も重要なところは「読者に哲学的思索を想起させようとしている」ところかと思う.
初めての「哲学」の本だったが、予想以上にのめりこめた。哲学は、おもしろい反面「深入りは危険」という狂気を孕んだ領域だということが少しながら感じた。
本書では、死とは、存在とは、言語とは、心とは・・・etcという哲学の命題を著者の経験を踏まえながら伝えているし、多くの示唆を与えてはくれるが、いかんせん難しい。内容はもちろんだが、哲学独特の表現は慣れないと読んでいくのはしんどい(自分だけかもしれないが)。
しかしながら、教科書と銘打っているだけあって、思想と哲学の違いや哲学研究者と哲学の違いなど興味深いテーマでひきつけてくれた。
巻末には引用文献やオススメ本なども載っており入門書としては十分だと思う。
本屋に行って、見つけるとニヤニヤしながら買ってしまう中島義道の本。
感想を書くのも結構骨が折れる内容です。
「あの人には哲学がない」
なんて人物評をしたことがある方は是非ご一読のほどよろしくお願いいたします。
↓貸出状況確認はこちら↓
http://yamato.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/ctlsrh.do?bibid=BB00004244&maxcnt=1000&listcnt=50
講談社現代新書にしては、文面が硬くなく柔らかいために、読みやすいと思う。
今回は自分の目的にあわずに読書を避けたが、哲学全体を再構成するには良い本でないかと思う。いつか、読んでみたい。
第三章がおもしろく、ためになった。
・「今があるのみ」であり、自責の念は不要。
・「思うこと」と「意志」の違い。
形や行動となって表れるものでしか、他人からみて、その人の「意志」は推察できない。
腑に落ちる本でした。
初めての中島義道。講談社学術文庫は学生には高いので我慢してた。先日ようやくamazonで購入。
当然ですが、哲学に教科書なんて存在しません。
この本もそういう内容をくどくど書いた本です。
初めて哲学の本を読む人や哲学に教科書があると思っている人にはおススメ。
(推薦者:篠崎)
――哲学の教科書、なんてものはない、ということを透徹した著者によってつづられた哲学の教科書は自己矛盾と自己批判を経てつづられていく。そのあたりにツァラトゥストラの匂いを嗅ぎとった。哲学者は総じて胡散臭いが(学者であろうとも)、俺が認める哲学者は、「自ら苦悩しその実感を基に哲学している人間」である。「実感」のない哲学などは所詮、教養でしかない。そこに知の好奇心はあっても圧倒的な生々しさは見出せない。... 続きを読む »
平易な言葉で<哲学>を語る。違和感や問題意識がなければ、ただ知識としての哲学を学んでも意味がない、という指摘は頷ける。これは哲学以外の学問にも通じる部分だが、人が生きるにあたって、哲学以上に真摯な姿勢が求められるものはないということでもある。 以下、気になった記述。 ・理想社会が現実化にあたって、現実化される前、現実化された後の人の死は問題にならないだろうか。 ・哲学と思想の違い=主観的... 続きを読む »
ライフデザインの副題は、「よく生きる」である。「よく」とはどういうことか。「「生きる」とはどういうことか。そういう問題を考える機会を大学生になった君たちには持ってもらいたい。このような問題に対して、哲学の立場から取り上げ、哲学を知識ではなく、思考の営みとして若い大学生の読者を想定して説いている。哲学や倫理学といわゆる人生論との違いとは何かという議論は啓蒙的である。(2010:小林茂之先生推薦)
批判的に読むことはまだ自分には難しいが、
少なくとも自分がいかにものを考えていなかったかを気づかせられた。
読者の人生体験によっていくらでも得るものが変わると思う。
"哲学に教科書はない","哲学とは何でないか"といった独自の切り口から著者なりの哲学観を明らかにする。
著者にとっての哲学とは、"自分とは何か","なぜ自己は存在するのか","存在とは何か"といった思考する者が抱く根本的な問い を発することであり、明確な答えや結果を求める芸術や科学とは一線を画すものである。
それゆえ、いわゆる"哲学的"と言われるような文化人に対しても哲学者ではないという態度をとり、科学に対しても思考の深さが断然異なるという態度をとっている。
私としては、根本的な問いを発するのが哲学であるというのは肯定するが、
もっと低いレベルな問いに対して答えを模索するものも哲学と捉えて構わないのではないかと思う。
「教科書」と銘打ってあるが、1ページ目にして「哲学には「教科書」などあるはずがない」と豪語し始める、一見矛盾に満ちた本。しかし、読み進めるにつれ「これは教科書であり、教科書でない」ことが段々わかってくる。哲学の体系的な知識が一冊で学べる本ではないが、哲学に取り組むにあたっての「姿勢」が学べる本。哲学って知識ではなく、人がどう考えるか、という学問。哲学を学びたいと思う人は、まずその考える姿勢そのもの... 続きを読む »
哲学を学びはじめてみてようやく中島先生の哲学的偉大さがわかった。人間的な問題はあるけれど、少しの間交われたことは幸運だったと思う。この本を読んで初心に戻ることができました。ありがとうございます。
哲学というのは、純粋には学問とは言えない。そこに執筆者の個人的世界への実感が書き込まれなければならない。客観的な自分の体験に沿ってごまかしなくかたることが、不可欠の要素。 カント本を時間をかけて解読する。=哲学研究者 あいまいにされている物事を考えていく(答えを必ずしも出すわけではない。)=哲学者 「緑の地球を守ろう!!」というスローガン自体はおかしいとは思わないが、このことは「... 続きを読む »

以下引用。
(略)カトリック哲学者稲垣良典は、次のような疑問を提起しております。
ところで、われわれが理想社会の実現をめざす種々の革命理論や未来論に接して、奇妙に感ずるのは、そこでほとんどの...






