酒池肉林 (講談社学術文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061595798

作品紹介・あらすじ

中国の厖大な富が、大奢侈となって降りそそぐ。甍を競う巨大建築、万余の船を浮かべる大運河。果てしない宴と後宮三千の美女、美食と奇食、大量殺人・麻薬の海。そして贅のフロンティアを心に求めた精神の蕩尽まで。紂王・始皇帝・煬帝などの皇帝から貴族・大商人へと受け継がれ、四千年を華麗に彩った贅沢三昧のなかに、もうひとつの中国史を読む。

感想・レビュー・書評

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  • 中国の厖大な富が、大奢侈となって降りそそぐ。

    長い歴史をもつ中国では、ありあまる富、つまり過剰なエネルギーを盛大に発散し、想像を絶する贅沢や奢侈にふけった人々の例は、枚挙に暇がない。過剰なエネルギーの蕩尽としての贅沢は、功利主義者的に見れば、単なるムダにすぎない。しかし、こうした壮大なムダが、時としてすばらしい文化の花を咲かせることもまた、まぎれもない事実であると、井波律子さんは「まえがき」で述べられている。

    あらあら、大掛かりな贅沢ですこと……なんて、この時点でのわたしにはまだ余裕があった。
    さあ、どこからでも来なさいよ!どんな贅沢話だって受けとめてやるんだからっ。
    ……が、しかし、本文に入るとすぐにわたしは、「贅沢」の半端ないエネルギーの熱量に、「ドカーン!!」と後ろに吹っ飛ばされたのだ。余裕なんて言葉は木っ端微塵にされて跡形もない。
    そりゃもう、贅沢の規模が桁違い。想像の域を遥かに越えた贅沢なのだ。
    ちゅ、中国ってすごい……。
    今まで中国の歴史とかに無頓着だったわたしには、それ以上言葉が出ない。ただ一心不乱に井波律子さんの文章を読みつづけるだけ。
    お、面白い……!
    もちろん権力を握った者が贅沢三昧にふけることと同じくして、理不尽極まりない残虐非道な仕打ちがあちこちで行われている。だけど、4000年に渡り数々の王朝が滅亡と誕生を繰り返してきたなかで、その時代を生き抜いた人々は絶望したままで終わらなかったんだよ、きっと。だって王朝が滅びゆく陰で、轟轟と荒らぶる波のごとき彼らの力を感じずにいられなかったのだから。
    そんな想いも全部含めて、面白い読書だった。

    いかなる人々がいかなるスタイルの贅沢にふけったか。
    第1章 皇帝の贅沢
    第2章 貴族の贅沢
    第3章 商人の贅沢
    として、各階層固有の贅沢スタイルが探られる。
    第4章 贅沢のブラック・ホール
    では、宦官を始め、王朝末期時代のはざまにおいて、エントロピーを爆発させ悪魔的贅沢にふけった人々の例があげられる。
    第5章 精神の蕩尽
    ここでは物質的贅沢とはさまがわり、思いきり解放された精神の贅沢を満喫した人々の姿がとりあげられた。

    とにかく、この贅沢三昧の歴史には度肝を抜かれるのだけど、そのなかでも飛び抜けた贅沢はやっぱり「皇帝の贅沢」だ。
    第1章では、紂王・始皇帝・煬帝と、きわめつきの贅沢皇帝の奢侈の跡をたどっている。彼らの衝撃的な贅沢の数々全てを紹介したいけど、それではものすごい感想の長さになってしまうので、紂王のエピソードを頑張って何とかまとめて紹介しようと思う。

    古代王朝殷の第30代の天子・紂の贅沢は、基本的に即物的なものであった。
    金目のもの、食糧、珍奇なもの、美女など、なんでもかんでも手当たりしだいに全国から集めまくるのだ。さらには、「沙丘」という自分のためのレジャーランドを造り、ここに各地から集めた野獣や鳥を放し飼いにしていた。
    こうして紂は自らのもとに権力・富を一極集中させたあげく、派手な散財にとりかかる。
    レジャーランド「沙丘」に、酒を満たした池を造り、樹木に干した肉(当時は最高のごちそう)を引っかけて肉の林とした。そしてその間で、裸の男女に鬼ごっこをさせ、自分は姐己(征伐した有蘇氏から送られた類いまれなる美女)を侍らせて、長夜の宴を張って悦に入っていた、いわゆる「酒池肉林」である。
    さらに常軌を逸した欲望の蕩尽は、ともすれば残虐趣味、サディズムと結びつく。
    たとえば、反旗をひるがえした諸侯に対して用いられた「炮烙の刑」は、油を塗った銅の柱を横にして上から吊し、下からドンドン火をたいて熱くなったところを、受刑者に渡らせる。むろん受刑者は滑って下の火のなかに落ち、たちまち焼け死んでしまうというものだ。
    しかし、こんな無道がいつまでも続くわけはない。
    際限のない奢侈と淫虐の果てに、紂は周の武王の率いる諸侯同盟軍に攻め滅ぼされ、追いつめられて鹿台の宝物殿にのぼり、絢爛と宝石をちりばめた衣装を身にまとって、火中に身を投じて死んだのだ。

    この紂を嚆矢として、以降の中国の歴史では、亡国の天子が奢侈と淫虐に狂ったあげく自滅するというのが、王朝滅亡のパターンと化すに至る。
    極言すれば、亡国の天子ならずとも、秦の始皇帝や漢の武帝といった古代の皇帝から、隋の煬帝や唐の玄宗などの中世の皇帝を経て、明の万暦帝や清の乾隆帝といった近世の皇帝に至るまで、贅沢三昧で鳴らした無上の権力者たちの奢侈も、その基本構造においては、紂のケースと変わりはない。

    しかしながら、なぜに絶大な権力をおさめた天子は、際限のない贅沢に狂うことになるのだろうか。
    おそらく無上の権力というものは、それを手中にした者の神経を、おそろしい勢いで麻痺させるものなのであろう。権力が強化されればされるほど、彼らの心には逆に、いかにしても埋めることのできない真空状態が徐々に広がってゆく。独裁者の内なるブラック・ホールともいうべきこうした心の空洞をなんとか埋めようと、皇帝たちは、けばけばしい奢侈の物量作戦をエスカレートさせてゆくのだと、井波さんは解説する。

    『彼らの奢侈には、「地獄の思いで遊んでいる」といった、もの狂わしい凄絶さがあり、伸びやかな解放感がまったくないのである。』
    まさに、ヒリヒリとした業の深さを感じずにはいられなかった。同時に、贅沢とは一体何なのかを考えさせられるエピソードの数々であった。

    • nejidonさん
      地球っこさん(^^♪
      いやぁ、面白いですね!!
      私は高校の世界史の授業で「酒池肉林」の語源を教師から聞いたのです。
      クラス中大爆笑の渦...
      地球っこさん(^^♪
      いやぁ、面白いですね!!
      私は高校の世界史の授業で「酒池肉林」の語源を教師から聞いたのです。
      クラス中大爆笑の渦だったことも忘れられません。
      権勢を誇ることができるのも僅かな間ともしや知っているのでしょうか。
      思考経路がまるで違うので想像するしかないのですが、井波さんの指摘は鋭いですね。
      案外当人たちは死ぬまで楽しかったことしか思わなかった可能性もあります。
      日本人の頭で考えると間違いますね(笑)
      2021/01/19
    • 地球っこさん
      nejidonさん、ありがとうございます♪

      井波律子さんの本は全部読みたいと思ってます。
      面白いし読みやすいし。
      myjstyle...
      nejidonさん、ありがとうございます♪

      井波律子さんの本は全部読みたいと思ってます。
      面白いし読みやすいし。
      myjstyleさんのおかげで、井波さんを知ることができました。

      わたしが受けた世界史の授業は、黒板に先生がばーと書いてそれを写して終わり!みたいな感じだったので、全然覚えてません……
      面白くなかったです……
      もし「酒池肉林」の話が出てても、ノートに写すのが忙しくて、頭に残ってなかったと思います。
      やっぱり受け身では何も残りませんね。

      世界史も古典も、今なら授業も楽しく受けられそうなのに〰️

      そんな状態なので「酒池肉林」は、フィクションだと思ってました 笑
      と、いうか、この本の贅沢話は全部フィクションかと思ってしまいます。

      たしかに、日本人の頭で考えると間違いますね。
      柔らかく、想像力を持って。
      自分の国や自分を中心に考えてばかりではだめだなぁと思いました。
      そっか、だったら、井波さんの本を読んでおしまいではなく、そこからいろんな方向や他の著者の本にも挑戦してみよう(いつの日か……)!
      なんだか、自己完結した変なコメントになっちゃいました。( ´゚д゚`)アチャー

      ありがとうございました。
      2021/01/19
  • この書は、殷の紂王にはじまり、皇帝・貴族・商人など、中国における贅沢の諸相が書かれている。  高校時代に世界史の授業で聞いた話もあったが、初めて知った話もあり、なかなか楽しめた。個人的欲望が後々多くの人の役に立ったり、また逆も・・・。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「中国における贅沢の諸相」
      半端なさそうだな。
      井波律子の本は岩波ジュニア新書の「故事成句でたどる楽しい中国史」しか読んだコトがない。この本...
      「中国における贅沢の諸相」
      半端なさそうだな。
      井波律子の本は岩波ジュニア新書の「故事成句でたどる楽しい中国史」しか読んだコトがない。この本も面白そうだから読んでみよう。。。
      2013/01/30
  • 人間のおぞましさを垣間見た。欲望は追いかけても満足することはない。その結果破滅を招く。国が滅びる前には、散財する王が現れるらしい。そして、一度取り壊され、新たな世が生まれる。歴史ってこういうものなんだろな。

  • 中国史上の贅沢にまつわる人物を、いくつかのカテゴリーに分別して紹介した伝記集というべきか。初版1990年代ゆえ、殷の紂王や隋の煬帝の捉え方がステレオタイプな辺りに古さを感じる。最後の方の精神的充足を求めた人たちは、贅沢をしていると言われればそうなるのかもしれないが、本のタイトルに合致するかと言われると、ちょっと違うような気もする。

  • 中国歴代贅沢史。散財の仕方が豪快この上ない。最終章の精神の蕩尽は、要らないと思う。蘇東坡のエピソードは面白いけど。

  • 酒池肉林

  • http://naokis.doorblog.jp/archives/shuchinikurin.html
    【書評】『酒池肉林』中国のスケールの大きさ・黒歴史・恥部

    <目次>
    学術文庫版へのまえがき
    まえがき
    第一章 皇帝の贅沢
     1 酒池肉林
     2 狂気の不滅願望
     3 巨大建築マニア
    第二章 貴族の贅沢
     1 美意識の洗練
     2 女たちの幻想空間
    第三章 商人の贅沢
     1 欲望の自己増殖
     2 文化を「買う」
    第四章 贅沢のブラック・ホール
     1 宦官の呪われた贅沢
     2 血の快楽
     3 王朝贅沢史総決算
    第五章 精神の蕩尽
     1 酒浸りか薬漬けか
     2 流罪も楽し
     3 漂流する市隠
    主要参考文献
    あとがき

    2015.09.11 読了

  • 暴力的とも言える中国の贅沢のスケールの大きさを見せ付けられました。
    日本人の規格では思いもよらない豪快さ、猥雑さは呆れつつも凄いものだ、と妙に感心もしてしまいました。

    殺伐とした話が続き、最後の章の蘇東坡で妙に安堵してしまいます。

  • 甍を競う巨大建築、万余の船を浮かべる大運河。果てしない宴と後宮三千の美女、美食と奇食、大量殺人・麻薬の海。そして贅のフロンティアを心に求めた精神の蕩尽まで。紂王・始皇帝・煬帝などの皇帝から貴族・大商人へと受け継がれ、四千年を華麗に彩った贅沢三昧のなかに、もうひとつの中国史を読む。

    第1章 皇帝の贅沢
    第2章 貴族の贅沢
    第3章 商人の贅沢
    第4章 贅沢のブラック・ホール
    第5章 精神の蕩尽

  • [ 内容 ]
    中国の厖大な富が、大奢侈となって降りそそぐ。
    甍を競う巨大建築、万余の船を浮かべる大運河。
    果てしない宴と後宮三千の美女、美食と奇食、大量殺人・麻薬の海。
    そして贅のフロンティアを心に求めた精神の蕩尽まで。
    紂王・始皇帝・煬帝などの皇帝から貴族・大商人へと受け継がれ、四千年を華麗に彩った贅沢三昧のなかに、もうひとつの中国史を読む。

    [ 目次 ]
    第1章 皇帝の贅沢(酒池肉林;狂気の不滅願望;巨大建築マニア)
    第2章 貴族の贅沢(美意識の洗練;女たちの幻想空間)
    第3章 商人の贅沢(欲望の自己増殖;文化を「買う」)
    第4章 贅沢のブラック・ホール(宦官の呪われた贅沢;血の快楽;王朝贅沢史の総決算)
    第5章 精神の蕩尽(酒浸りか薬漬けか;流罪も楽し;漂流する市隠)

    [ 問題提起 ]


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著者プロフィール

中国文学者。国際日本文化研究センター名誉教授。07 年「トリックスター群像」で第10 回桑原武夫学芸賞受賞。主な著書に個人全訳「三国志演義」( 全4巻)「世説新語」( 全5巻)「水滸伝」( 全5巻) など。20 年5 月逝去。

「2021年 『史記・三国志英雄列伝 戦いでたどる勇者たちの歴史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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