ルイズ: 父に貰いし名は (講談社文庫 ま 10-3)

著者 :
  • 講談社
4.00
  • (1)
  • (4)
  • (1)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 20
感想 : 1
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061834446

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 大杉栄&伊藤野枝の四女、ルイズの半生記。
    著者の松下竜一さんは、やはりいい。文章にてらいがなく、真摯な人柄が伝わってくる。
    文献やインタビューをもとに、どうしたらこんなに丁寧で細かく、臨場感あふれるルポが書けるんだろう。取材ノートが見てみたい。

    関東大震災後の混乱に乗じ、大杉と野枝が甥の橘宗一少年とともに憲兵隊によって殺された時、ルイズはまだ1歳3ヶ月だった。
    戦中は「主義者の子」「非国民の子」、そして戦後は一変して「悲運なる革命家の子」として、つねに刺すような視線にさらされ、自分のアイデンティティはどこにあるのかともがきながら生きてきた姿が描かれている。

    それでもルイズは四女だった分、まだ良かったのかもしれない。
    長女で、良くも悪くも「サラブレッド」として育てられた魔子の変節は、さらに痛いものがある。

    大杉や野枝の豪胆な人柄や魅力は有名で、私も若い頃はちょっと憧れた時期があった。
    かっこいいではないか。
    「美はただ乱調にある。階調は偽りである。真はただ乱調にある」とか。
    「思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにはまた動機にも自由あれ」とか。

    けれど今はルイズや、野枝の母・ウメの生き方のほうに心魅かれる。
    娘を殺された後、幼い遺児たちを引き取って育てたウメは、1字も読み書きができなかったという。
    ルイズたちを「野枝のようにならないように」と育てながらも、折々で「あんたたちのおとうさんおかあさんは偉か人やったとよ」と大杉全集を眺める姿に胸が詰まる。
    中でも、「人の一生には血の涙の出るようなことが、一度や二度はある。そんなとき、この辛抱は自分じゃないとしきらんと思わんと、辛抱はできんたい」という言葉の重いこと…。

    それにしても気になるのが、大杉たちはどのようにして殺されたのか、である。
    本書でも、いたるところで大杉・野枝の魅力を感じることができるのだが、彼らの魅力が引き立てば引き立つほど、虐殺の現場がどのようなものだったのかが気になってしまうのだ。

    その日、彼らがどのようにして連行されたのかを想像してみる。
    そもそも、二人には日常的に尾行がつき、その尾行を巻いて楽しんだり、娘の迎えに行かせたりするような関係だったのである。
    当時の大物を見ていると、大杉たちのような左の人間も、頭山満のような右の人間も、人間的な器の大きさ、豪放磊落さは共通しているように見えるが、それが祟ったということか。

    ボコボコに殴られて、遺体は古井戸に投げ込まれていたということは事実のようだ。
    では、二人は同じ場で殺されたのか? どちらが先に? 相手の死にゆく様を見させられたのか? どのような言葉でなじられたのか?
    何といっても時代の寵児だ。公然と恋に燃え、思想に燃えた二人だ。
    殺しに節度などあるものではないが、そんな二人だからこそ虐殺の現場はきっと、それはそれは無残で、惨めで、恐ろしいものだったにちがいない。

    いや。
    やめよう。
    これ以上変な想像をするのは。
    胎教によくない。
    やめよう。

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

歌文集『豆腐屋の四季』でデビュー。豆腐屋を14年間続けた後、1970年、"模範青年"を脱皮して、作家宣言。生活(いのちき)の中の小さな詩を書き綴ったエッセイと、重厚な記録文学を書き続ける。「暗闇の思想」を提唱して豊前火力反対運動・環境権裁判を闘い、『草の根通信』を31年間発行、反戦・反核・反原発の闘いに邁進する。その闘いの原点は『豆腐屋の四季』にある。弱い人間の闘い方とは、局面負けたとしても、自分を信じ、仲間を信じ、未来を信じることである。3.11福島原発事故以後、若い世代にも「暗闇の思想」が読み直されている。「だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」

「2012年 『暗闇に耐える思想 松下竜一講演録』 で使われていた紹介文から引用しています。」

松下竜一の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×