成熟と喪失 “母”の崩壊 (講談社文芸文庫)

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著者 : 江藤淳
制作 : 上野 千鶴子 
  • 講談社 (1993年10月4日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061962439

成熟と喪失 “母”の崩壊 (講談社文芸文庫)の感想・レビュー・書評

  • [ 内容 ]
    「海辺の光景」「抱擁家族」「沈黙」「星と月は天の穴」「夕べの雲」など戦後日本の小説をとおし、母と子のかかわりを分析。
    母子密着の日本型文化の中では“母”の崩壊なしに「成熟」はありえないと論じ、真の近代思想と日本社会の近代化の実相のずれを指摘した先駆的評論。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 江藤淳氏のすぐれた仕事の一つ。すくなくとも文芸批評的なことをやりたい人は読んでいないと話にならない。

    戦後にデビューした「第三の新人」たちの作品を読み解きつつ、日本社会の変化を見る。

    取り上げられている主な作品は、
    ・『海辺の光景』(安岡章太郎)
    ・『抱擁家族』(小島信夫)
    ・『沈黙』(遠藤周作)
    ・『星と月は天の穴』(吉行淳之介)
    ・『夕べの雲』(庄野 潤三)
    など。


    《なぜなら「成熟」するとはなにかを獲得することではなくて、喪失を確認することだからである。(中略)いいかえればそれは、母が自分の手で断ち切ってしまった幼児的な世界の破片を、自分の掌のなかにいつまでも握りしめていたいという願望から生れる。しかし実は拒まれたものは決して純潔ではあり得ない。なぜなら拒否された者は同時に見棄てられた者でもあるからである。そして自分が母を見棄てたことを確認した者の眼は、拒否された傷口から湧き出て来る黒い血うみのような罪悪感の存在を、決して否認できないからである。
    「成熟」するとは、喪失感の空洞のなかに湧いて来るこの「悪」をひきうけることである。実はそこにしか母に拒まれ、母の崩壊を体験したものが「自由」を回復する道はない。》(pp.32-3)

    必読書。

  •  「成熟」するとは、喪失感の空洞の中に湧いてくる「悪」をひきうけることである(本文より) "母の崩壊"と"父の不在"というイメージはかつては文学上の虚構に過ぎなかったが、現代ではもはや完全に現実のものとなった。観念的に”母”を捨て、他人になること。その悪の意識を抱えたまま前進することこそが、成熟した人間として生きるという事である。

  •  1967年に発表された、戦後評論における屈指の名著と言っても差し支えのない一冊。エリクソン『幼年期と社会』で語られている米国の母子関係というものを日本のそれと対峙させ、日本の戦後文学で家族というものがどの様に描かれているかを分析することで、その社会構造が持つ問題点を炙り出す。
     本書では、日本の家族というものが農耕的・定住的な土壌による母子関係にあるものだと捉え、キリスト教のような絶対神というものが不在な故に父というものの象徴は欠けてきたのだと説く。そして、敗戦という経験が完全なる西欧化=母性の世界の崩壊をもたらしたにも関わらず、父というものは「恥ずかしいもの」として象徴されたままであり、人工的な環境だけが日に日に拡大していった結果、家族というものから様々な問題が生じてきていると喝破する。
     僕らは戦後日本の歴史というものについてほとんど知らない。それは幾つもの断絶を抱えたまま、放棄されている。そんな中で、戦後という枠組で一つ言える事があるとすれば、それは絶えず「家族」というものが問題を抱え続けたままでいるという事だろう。そう、一人の人が同時に父であること、夫であること、男である事というのは等号が成り立つけれども、母である事、妻であること、女であることというものには決して等号は成り立たない。そして、この不均衡な構造こそが、今も多くの問題を生み出している。そう、決して等号が成り立たないものを相手に求めようとするのは、やっぱり無理なんだよ。
     著者は本書で述べる。成熟するというのはなにかを獲得するのではなく、喪失を確認することであり、その空洞のなかに沸いてくる「悪」を引き受ける事であると。僕らはこのような問題を乗り越えて、成熟に辿り着くべきだろうか。それとも、その成熟が西欧的価値観である事を考え、成熟するのではなく別の道を考えるべきだろうか。いずれにせよ、戦後論から現代の家族論、果てはオタク論にまで射程を捉えた、読まれるべき一冊。

  • 江藤淳(本名:江頭淳夫)さんは、戦後の日本を代表する文学評論家であるが、自分にとっては(26年前頃)在学した大学で比較文化論の授業を受けた先生でもある。 
     
    文学家でありながら、なぜか東工大で教鞭を取り、ご本人からも理工系の学生たちの発想の豊かさが新鮮だと話されていたのを覚えている。

    授業の題材は、源氏物語の英訳2冊(サイデンステッカー版とウェイリー版)を比較しつつ、源氏物語の捉え方を比較するというもので、正解を探すものではなくそれぞれの意見を発表し合うもので、本当に楽しい授業だった。

    スタンフォード大学で、テーマだけを与えてディスカッションする風景を先日テレビで見たが、まさにあのような景色だったかと思う。

    個人の意見を尊重し、自由で、束縛しない、理解し合う、そんな授業は昔からあったのだと思う。 授業で一番目を輝かせていた江頭先生ノ姿が印象に残っている。

  • 第三の新人の小説を論じ、西洋(父性原理)に直面した日本(母性原理)が「成熟」(母子密着関係の「喪失」)を「急速に」強いられた結果、とり返しのつかない「母の崩壊」を招いた、と指摘する長篇評論

  • 自分が感じている不安を説明されたようだった。

    日本とアメリカの「母性」の違いの考察も途中でなされていて、欧米のジェンダー学と日本のジェンダー学が食い違ってしまうことに通じる気がします。


    上野千鶴子氏の解説つきで、文芸の知と社会学の知のうれしいコラボレーション。



    またあとでつづきかきます。

  • 再読して、上野千鶴子じゃないが涙を禁じえない。

  • 12/22
    妻=母という図式。
    役割が役割でしかないことに気づくとどうなるのか。

  • 言いたいことは理解る。母の崩壊、というより意識的な自壊、それは近代化が原因の不可避のこと。解決策として父の復権の持ち出すのは安直、それは滑稽に帰結。みたいな。実際面白いんだけど、いれこめなかった。それこそ「泣いた」と方々で発言するほどいれこんでいた上野千鶴子の解説だけで充分。

  • ■安岡章太郎『海辺の光景』、小島信夫『抱擁家族』、遠藤周作『沈黙』、吉行淳之介『星と月は天の穴』などを題材に近代日本の精神を分析した江藤淳の代表作。母性原理というそれ自体はありふれた日本人の精神的基盤から照射して、「父」の原理も「母」の実在も崩壊した戦後日本にあって、私たち日本人はいかに生きているのかを問う。■何にも守られない環境におかれた個人は、ただただ「〜であるかのように」生き続ける。「母であるかのように」「父であるかのように」「子であるかのように」。そんな虚構を維持するだけの個人は、生存のために、やがて「治者」であらざるをえなくなる。それぞれが「治者」であることを目指したとき、はたして「私」は「他者」と共存することができるのだろうか。

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成熟と喪失 “母”の崩壊 (講談社文芸文庫)の作品紹介

「海辺の光景」「抱擁家族」「沈黙」「星と月は天の穴」「夕べの雲」など戦後日本の小説をとおし、母と子のかかわりを分析。母子密着の日本型文化の中では"母"の崩壊なしに「成熟」はありえないと論じ、真の近代思想と日本社会の近代化の実相のずれを指摘した先駆的評論。

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