一色一生 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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  • 講談社 (1993年12月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061962569

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一色一生 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)の感想・レビュー・書評

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  • 2017年5月14日に紹介されました!

  • 草木染めと言うのだろうか?藍染や草や木の命をもらって布に再び命を与える。色を生み出す工程は、人生を切り開くにも等しい。苦しみさえも喜びに変えて、試行錯誤の重なり。
    色の鮮やかさと同じくらいに文章に貫かれた言葉の色も艶やか。

  • 志村ふくみさんが織物を始めたころのお話、その後の経緯、出会った陶芸家や芸術家、母や兄のことなどがつづられ、人となりがとてもよくわかる。
    深い思索に裏付けられた文章もエッセイとして読み応え十分。見事。
    バーナード・リーチの文章の引用や、柳宗悦さんのことなども出て来る。興味深い。

    お母さんは素人ながらもともと織物をやりたかったという芸術家肌の方。2歳で養女に出したふくみさんが30歳を過ぎて一緒に織物をすることになるなど考えもしなかったという。
    お兄さんは絵描きで若くして亡くなった。
    芸術を志向する家系なのだなと感じた。

    印象に残った箇所。
    P31、32
    一つの色には別個の、その色にしかない確固とした世界があります。一つ一つは孤独な色です。しかし、梅というその母胎の中から媒染によって、鼠や茶や、さまざまの兄弟姉妹が生れ、雑木や草花から染め出した鼠には、それぞれ違った色層の鼠の親族が生れます。
    この経と緯の関係を組合わせ配列しますと、無限の配色が生れ、一つの紗幕(ヴェール)がかかったように色と色は睦み合い、互いに離反することがありません。この一つの紗幕とは、植物の樹液とか夾雑物とか、科学では割り切ることのできないαがあって、色に奥行きをあたえています。
    しかし、ここで混同してはならないことは、世にいう草木染が、渋く、素朴であるというので、何でも草木を染め出して染めれば渋い色が出るという風に思われがちですが、実はわれわれが見ている昔の草木染めは殆ど褪色した色なのです。それらの染められた時点では、目のさめるような豪華な明るい色だったかも知れません。平安時代に襲色目(かさねのいろめ)が発達し、紋様を必要としないほど、色自体の世界で、四季の移り変りや、人々の心情まで表現し得たと言うことは、その時代の人々が、草木から色を染めることを信仰のように大切にしていたからです。人間を守る和霊(にぎたま)が宿るといわれる薬草から色を染め、その衣を着て、自らを守っていたのです。期せずしてそれは植物の精とも思われる色をみちびき出すことに通じ、純度の高い色であったと思います。
    ですからみだりに色と色とかけ合わせたり、まぜ合わせることはなかったと思います。もしかけ合わせる場合は、それなりの必然性があって、例えば藍と黄をかけ合わせて一つの色をうみ出すように、藍と紅とをかけて二藍(ふたあい)、梔子(しし)と紅をかけて紅緋、など、黒染には藍下、紅下があって、黒に藍をひくことによって品格を、紅をひくことで情をあらわしたのだと思います。

    P42
    (略)織ることはむしろ仕上げの段階に近く、工芸の場合、まずよい素材を得ることが最も肝心なことであり、根元となる部分の仕事、繭から糸を紡ぎ糸染をする――ちょうど大地に種子を蒔き、芽の生える頃が最も心躍る作業であるように、私の場合も(本当は糸紡ぎからしたいのであるが時間が許されないので)植物の花、樹皮、実、根等を炊き出して染液を作り、糸を染めるその段階が一ばん面白いのである。実にさまざまな色が染まるというより植物染料にかぎっては生れるという方が適切であるかも知れない。すでに自然がそこに準備し、貯えておいたものを導き出す手伝いをしているように思われる。
     この植物染料とは随分永い親身なつき合いであるが、どんな時も、何か犯しがたい法則に従っているような気がする。なぜなら、春の夕暮の山脈(やまなみ)がそこはかとなく霞みながらえもいわれぬやさしさにみちた藍紫の暈(ぼか)しであるのは、その時の京都の、湿潤な自然の醸し出す微妙な変化によるものであるから、それらの織色を出すことは至難なことのようであるが、朝夕それらの自然の移り変りに接し、ともに暮していると、風土が産み出すという言葉のごとく、それらを導き出す節理に人の心が結ばれるというのであろうか、ふしぎにいつとはなく生れて来るような気がする。それは工夫といったものではなく、自然に適(かな)うということのようである。

  • 終わりまで読んで、すぐまた初めから読みだした本です。
    涙ながらに(笑)

  • 草木で染めて織る。志村さんはそのことを続けてこられた方です。
    本格的に染めと織りを始めたのは、三十歳を過ぎてから。結婚に失
    敗してからの再出発でした。我が子を養父母に預けてまで修業に打
    ち込み、染織に身を捧げ、ついには前人未到の境地を切り開いてゆ
    くまでになる。本書は、そんな志村さんの人生の過程を辿りつつ、
    染めること、織ること、つくること、生きることについて、彼女が
    折々で考えてきたことを綴ってゆきます。

    久々に再読したのですが、染め、織る中で紡がれてきた言葉の数々
    は、何度読んでも、読むたびに発見があるなと改めてその奥深さに
    感じ入りました。

    この3年間、福島県南相馬市の人々と共に蚕を飼い、糸を紡ぎ、染
    め、織ることをしてきました。その中で、天然の絹の美しさに初め
    て触れたのですが、とりわけ印象的だったのは、自然の草木で染め
    た時の絹糸の変貌ぶりでした。蚕が命がけで吐いた糸と草木の命。
    その二つがかけ合わさった時に出る自然の色の絶妙な味わい。

    色というものを、本当の意味で意識したのは、南相馬で草木染めに
    親しむようになってからかもしれません。そして、昔、よく読んで
    いた志村ふくみさんのことを改めて意識するようになったのです。

    志村さんは、染織を志した時、「この道しかないとあなたが思うな
    らおやりなさい」と言われたと言います。離婚し、追い込まれての
    決断だったのかもしれませんが、それだけではなく、きっとこの天
    然の美しさに魅せられてしまったのだと思います。「この道しかな
    い」と思わせる力が、草木で染めた天然の絹糸には、確かにありま
    す。それは、自然の力と手仕事の力でしか辿り着けない世界です。
    その世界の凄みと深みを覗いてしまった人は、もう他の世界で生き
    ることは想像できなくなってしまうのかもしれません。

    自然の力と手仕事の力によるものづくりで生きていくのは、とても
    困難です。その困難な世界で、「この道しかない」と、道を求め続
    けてきた志村さんの言葉は、挫折や遠回りを経験しながらも、一つ
    の世界を突き詰めてきた人ならではの、厳しさと柔らかさに満ちて
    います。何かを志している人にも、何かに惑っている人にも、きっ
    と深く沁み入ることでしょう。女性には特におすすめです。

    ぜひ、読んでみて下さい。

    =====================================================

    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    私は今まで、二十数年あまり、さまざまの植物の花、実、葉、幹、
    根を染めてきました。ある時、私は、それらの植物から染まる色は、
    単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が色をとおして映し
    出されているのではないかと思うようになりました。それは、植物
    自身が身を以って語っているものでした。こちら側にそれを受けと
    めて生かす素地がなければ、色は命を失うのです。

    「いと」"いとうなり。その細きにより絶えるをいとうによりー"と、
    糸の語源にもしるされていますが、蚕にはその息づかいを糸にのこ
    して、小さな命とひきかえに、純白のつややかな糸をわれわれにあ
    たえてくれます。この一綛の絹糸を掌にすれば、あたたかく、そっ
    とにぎりしめると、内からの力がかえってきます。糸は生きていて、
    私にこたえてくれます。いとしいと思います。

    藍は建てること、染めること、守ること、この三つが出来てはじめ
    て芸といえるという。
    やっと建てられた段階である。ほんの序の口にある。無事藍を建て
    るまでに歩んだ歳月がこれからの仕事を支えていく。かつて一色に
    十年と思っていたが、この頃は一色一生と思っている。

    工芸の仕事はひとすら「運・根・鈍」につきるといわれました。
    「運」は、自分にはこれしか道がない。無器用で我儘な自分はこれ
    しか出来ないのだと思いこむようなもの。「根」は、粘り強く一つ
    ことを繰り返し繰り返しやること。そして「鈍」とは、材質を通し
    ての表現である工芸は、絵や文章のように、じかの思いをぶちまけ
    て表現するものを鋭角とすれば、物を通しての表現であるから、直
    接ものをいうわけにいかない「鈍」な仕事なのだ。しかしそこにま
    た安らぎもあると。これこそ工芸の本質についての教えなのだった
    と、二十年たった今ようやくその意味のふかさを思うのです。

    先生はその時、「私はあなたに織物をすすめることもやめさせるこ
    とも出来ない。ただ、もしこの道しかないとあなたが思うなら、お
    やりなさい」とだけいわれました。

    誰が名付けたのか、なぜそう呼ぶのか、群青と白群のあわいの色を
    秘色と呼ぶという。今まで私は秘色とは、なぞめいたふしぎな色と
    漠然と思っていたが、そうではなくて、ひそやかな奥深い色を昔の
    人はそう名付けたのであろう。

    わずか五、六十年前の農村の婦人が、労働に疲れきった体で、なぜ
    このように辛苦の多い手仕事を投げ出さずに続けてきたのだろうか。
    彼らの野良着や夜具が、無地であろうと縞であろうと文句をいう人
    はなかったろう。本当に辛い仕事ならとっくにすたれていただろう。
    野鳥や小鳥の柄を絣に織り込むとき、彼らはどんなに疲れていても
    楽しかったに違いない。それを着て喜ぶ者の顔を思い描けば疲れも
    いやされたのであろう。

    これらを織りなした日本の農民は慎み深く、奥行の深い文化を黙々
    と育ててきた。彼らは親身の者に着心地のよい、美しい衣服を着せ
    たいと、それのみに心を砕き、身辺の自然をまことに素直に、邪心
    なく織り込んできたのである。これこそ日本の文化の底辺をしっか
    りと支えてきた農民の心やさしい遺産である。

    人々の審美眼はそう甘いものではない。必ずすこやかな美しいもの
    は人の心を捉えるものである。

    農民が毎年季節になれば種を播き、刈り入れるように、中世の職人
    も同じものを何度も何度もこしらえてきた。こうして繰り返し仕事
    をするうちに、自我、我執、驕慢など作ろう作ろうとする作為が自
    然にすり減ってゆき、ものが自然に磨き出されてくる。この反復作
    業によってものを作る行為から、ものが自然に生まれてくる世界に
    知らず知らず行こうしてゆく。そこにいたるまで工人は、ひたすら
    仕事を続けていかなくてはならない。(バーナード・リーチ)

    物を創り出す前に計画が多すぎて、肝心の物はやせ衰えてしまう。

    物の生み出される世界では、それらの、人間の手ではどうすること
    も出来ない絶対的なものの比重が重ければ重いほど、深く人の心を
    捉える美しいものが生れてくる仕組になっているのか。

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    ●[2]編集後記

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    仕事の時間、家族との時間、友人との時間、地域の務めをする時間。

    その4つをバランスとるのは、なかなか簡単ではありません。仕事
    と家族と地域の務めだけでほとんど手一杯なので、どうしても友人
    には不義理をしてしまうし、家族の中でも親との時間は犠牲になり
    がちです。今年は実家の庭木の剪定をする時間もとれず、父親をが
    っかりさせていることでしょう。

    息子が4歳になって、いよいよ父親の出番ですが、息子と遊ぶ時間
    もなかなか満足にとれておらず、妻にはストレスを与えてしまって
    います。息子は息子で、「パパ嫌い、ママがいい」w。9歳になっ
    た娘は、勉強があんまり理解できていないみたいで、そこのフォロ
    ーもしないといけないし、なんかほんと時間がいくらあっても足り
    ません。。。

    ワークライフバランスとか言いますが、皆さん、どうやってバラン
    スとっているのでしょう??

  • 文章がとても美しい。

  • [ 内容 ]
    染織家志村ふくみ、数十年、さまざまな植物の花、実、葉、幹、根を染めてきた。
    それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が、色をとおして映し出されているのではないか。
    それは、人と言葉と表現行為と、根本的に共通する。
    芸術と人生と自然の原点に佇んで思いめぐらす。
    深い思索とわがいのちの焔を、詩的に細やかに語るエッセイ集。

    [ 目次 ]


    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 仕事に対する覚悟。染色や織物に対する感性と妥協のなさ。読み返すたびに学びがある。

  • 著者の活躍していた時代は、民芸運動の最盛期。
    着物の織物は衰退を示す一方で、伝統文化を残し、さらに発展させるために尽くしてきた有名な人たちが出てきます。
    貧乏でも仕事一筋で生きてきた人たちの様子を垣間見て、仕事とは何か、人生とは何か、と自問自答させられました。

  • 著者志村ふくみさんは、日本の染織家で、紬織の重要無形文化財保持者(人間国宝)である。
    『一色一生』はその彼女が染織について静かに丁寧に語る随筆。本書は穏やかで優しい雰囲気に包まれているが、仕事にかけるひたむきな情熱が心に響いてくる。

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