- Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061963849
作品紹介・あらすじ
芸妓村上八重と著者との30年にも及ぶ恋愛を題材に小説家牧と芸者三重次とが互いの人生の浮き沈みを越えて真摯な心を通わせ合った長い歳月の愛を独得の語りくちで描いた戦後の代表作・読売文学賞受賞「思い川」、なじみの質屋の蔵の中で質種の着物の虫干しをしながら着物に纏わる女たちの思い出に耽る男の話・出世作「蔵の中」、他に「枯木のある風景」の3篇を収録。
感想・レビュー・書評
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収録作品は宇野浩二の代表作で、趣の異なる3作品だった。「思い川」は作家と芸妓の30年に及ぶプラトニックな恋愛小説。心情描写が少ないが2人の心の通う様が伝わってきた。「蔵の中」は書き出し一文だけで引き込まれる。解説と作家紹介にかなり助けれ、良い意味で難儀な読書体験となった。
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伊藤整の「小説の方法」で「蔵の中」が紹介されていたので読んでみた。
「蔵の中」は出世作と言われているらしいが、今風に言うと自虐っぽく、一人漫談のような語り口で、進んでいくが、それに似合わず、クライマックスではこんな場所でこんなに幻想的なシーンが描けるんかと前衛的な印象さえもたせる。
私はそれよりも「思い川」が気に入った。
「浮雲」と併読していたので最初登場人物や筋を整理するのに苦労したが、途中からはどんどん引き込まれた。筋のうねりやギャップで惹きつけるのではなく、美しいものを美しく見せるという王道で持っていかれる。
中でも私はこの物語の淀みが素晴らしく美しいと思う。普通はすじが停滞すると退屈になるが、この物語の淀みは濁りを含まず、むしろ底まで透き通らせて見せる。ゆったりと海へ向かう川の流れのように二人の思いはよりそうて流れてゆく。
てなところか。 -
文学
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「思い川」
普通なら私はこういう小説を好きになることはないが、この小説は特別だ。いつもなら忌み嫌う恋愛要素に感動しているのだ。この小説を読むことでなぜか自分の知らなかった一面を知ることとなった。 -
『蔵の中』モデルは作家の近松秋江氏だそうです。近松氏も軽みのある文体でしたが。共通するところも多いですが、こちらのほうがまっとうな重みがあると感じました。
着物版・「失われし時を求めて」といった趣です。質屋の蔵のなかにある自分の着物を手入れしながら、昔日起こった事件や女性のことなんかを思い出していく話です。よく源氏物語なんかで意味の分からない「かさねの色目」なんかを延々描写されてヘキエキすることがありますが。ああいう衣装に対するフェティシズムは女性ならではのもんだと思っていましたが、男性でも着物に執着する人がいるのですね。今と違って昔は着物をあつらえたりするのは大変手間のかかることであっただろうから、無理もないのかもしれませんが。男物の和服のことはちょっと現代人にはよくわかりません。
そんなに大事な服なら質にいれないで大事にしておけばよいのにと思わないでもありませんが、それも現代人の感性なのでしょうか(苦笑)。 -
「思い川」と「蔵の中」、同じ作者とは思えない…。断然「蔵の中」がいい!
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芥川龍之介「或阿呆の一生」の中で「彼の友人は発狂した」と紹介される
この発狂した友人というのが宇野浩二なんだそうだ
山川直人「澄江堂主人」では、たいへん仲のよい二人として描かれてるが
人妻に手を出して神経をおかしくした芥川にくらべ
芸者との不倫づきあいを堂々と小説のネタにする宇野のずぶとさは
まったく正反対の資質であるように思える
ちなみに、芥川の死後、宇野の狂気は快癒している
「思い川」
関東大震災のあった大正12年から、敗戦の昭和20年まで
20年以上にもわたる不倫恋愛を書いたものである
それは、恋愛を生業とする芸者と、恋愛に小説のネタを求める作家の
いってみれば「働く男女のホモソーシャル」的恋愛であり
一種の利害関係を成立させてもいるわけだ
そこにこの恋愛のイノセント性を垣間見る一方、
不倫関係に甘えた言い訳を添えているだけじゃないか
という気はしないでもない
ただし、淡々とした文章の運びが、読み手に嫌味を感じさせないだろう
そしてまた、この小説の要点はそういう部分だけにとどまらない
・・・年月とともに二人の関係が変化していくことはまぬがれず
特に、芸者として海千山千を相手せねばならぬ女にとっては
恋の一途さに殉じること自体たいへんな試練なのであるが
これを横目に時間をやりすごしていく作家は
それによって自らの「書けなくなる問題」をも乗り越えていくことになる
これは、「或阿呆の一生」へ向けた、宇野なりの返答にもなっていると思う
なお、この小説には芥川の死についても書かれているのだが
芥川に「発狂した友人」と呼ばれた人が、
芥川の神経衰弱ぶりを子細に観察している様は
想像しただけで吹き出してしまうおかしみを持っていると思う
「枯木のある風景」
絵画の世界に題材をとっているものの
死んだ画家の「仮面」について思いを巡らせるくだりは
やはり芥川龍之介に対する批判と見るべきだろう
人間が社会的な生き物である以上、
仮面を外した者は、人間をやめねばならないのかもしれぬ
たとえそれが、屈辱にまみれた道化の仮面であったとしてもだ
だけど、彼を愛してくれていた人々のために
仮面をかぶり続けるという選択はなかったのか
「蔵の中」
主人公は、愛着ある着物も蒲団もぜんぶ質屋に入れてしまう
それは、遊ぶ金が欲しいためである
にもかかわらず、愛着を断ちきれぬあまりに
ずうずうしくも質屋に頼み込んで
みずから蔵の中の着物や蒲団を虫干しするという
なんだかなあ…なお話
なんというか、天然素材の味です -
杉井ギサブロー監督のオススメ作品
「蔵の中」
杉井監督レビュー
淡々とした日常の生活風景が宇野浩二の手にかかると文学世界として描かれるのだと、不思議な思いをさせてくれた作品。何もないゆるさが良い。 -
8/19