国境の南、太陽の西

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著者 : 村上春樹
  • 講談社 (1992年10月5日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062060813

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有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
村上 春樹
村上 春樹
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

国境の南、太陽の西の感想・レビュー・書評

  • 個人的には、村上春樹の長編作品の中では一番の作品だと思っています。

    ストーリー自体は、ありがちなものの気もします。
    現状に対しては不満を抱えていない「僕(ハジメ)」の前に、「島本さん」という少年期に好きだった女性が現れ、彼女への想いを捨てきれないハジメは、彼女の「側」へ行こうと決意するが、突然島本さんは消えてしまう。ざっくりだとこんな流れです。

    そんなありがちかもしれないストーリーですが、
    本編に登場する印象的なフレーズと、村上作品を支える「文体」、もしくはそこからもたらされる「独自の雰囲気」がもっともマッチした作品だと思います。

    男性は(女性はどうかわかりませんが)、なんとなくみんな「島本さん」のような存在を、どこかでひきずっているというか、秘めているような気がします。
    それが幸か不幸かはともかく、多くの人が抱えるものを、うまく、素敵に、この作品は「代弁」してくれているような気がします。

    都合がよすぎるかもしれませんが、島本さんに対する気持ちも、有紀子に対する気持ちも、全部が本音なんです。男の。

  • 「ジャズを流す上品なバー」を経営する、絵に描いたように幸せな僕の前にかつて好きだった女性が現われて―。

  • 初めてこの小説を読んだのは私が高校生のときで、当時は正直あまり好みではないと感じました。しかし大人になって再読してみると、意外とおもしろいと感じました。時間が経つと小説への感じ方がこんなにも変わるものなのだと驚きました。

    小説は、まず一人っ子の「始(はじめ)」が、小学校の六年間を通じて出会ったたったひとりの一人っ子、島本さんに異性としての好意を抱くところから始まります。しかし別の中学校に進んだことで、二人は会わなくなってしまいます。

    大人になった始は、島本さんではない女性と家庭を持ち、仕事もうまくやっていました。
    けれど長いあいだ、島本さんに対して“心の中の特別な部分(p23)”をあけていました。小学校卒業から二十年以上経って、島本さんに再会した始は、ぽっかりと欠けている部分を埋めることができるのは彼女だけだと気付きます。

    奥さんと二人の娘のことを愛していると言いながら、島本さんのことを愛している、どこにも行ってほしくない、と言う始は、人を傷付けてしまうことのできる、身勝手で残酷な人間です。始も自分でわかっているのだと思います。それでも“その力に打ち勝てるという自信がどうしても持てない(p287)”不完全なところが、人間らしさなのかもしれません。

    島本さんがいなくなったことで、“僕は君(妻有紀子)と別れたくない(p287)”という始は、やっぱり自分勝手だと思います。傷付けられたはずなのに、それでも“私はあなたのことが好きよ(p290)”と言ってくれる有紀子と出会えた始は、幸せ者だと思います。“明日からもう一度新しい生活を始めたい(p291)”と言う始の言葉を、信じたいです。

  • よくわからない。大人の本。何が言いたいんだろう。セックスの描写がリアル。

  • あらすじ[編集]
    バブル絶頂期(1988年 - 1989年頃)の東京が主な舞台となっている。小説の前半3分の1ほどは、主人公が会社を辞めバーを開店するまでの半生が描かれている。
    「僕」は一人っ子という育ちに不完全な人間という自覚を持ちながら、成長と共にそれを克服しようとする。義父の出資で開いた「ジャズを流す、上品なバー」(文庫版、95頁)が成功し、二人の子供を授かり、裕福で安定した生活を手にするが、これはなんだか僕の人生じゃないみたいだなと思う。そんなとき、小学校の同級生だった島本さんが店に現れる。
    登場人物[編集]
    始(ハジメ)=僕
    1951年1月4日生まれ。一人っ子。大都市郊外(近畿地方と思われる)の中産階級の住宅地から大学入学を期に東京に移る。教科書出版社を退職後、港区青山にジャズバー「ロビンズ・ネスト」を開業。バーを2軒経営する。
    島本さん
    小学校5年生の終わりごろ、「僕」の学校に転校してきた同級生。一人っ子。生まれてすぐに患った小児麻痺のせいで左脚を軽くひきずっている。「僕」とは別の中学校に進学する。
    有紀子
    「僕」の妻。5歳年下。教科書出版社勤務時代の夏休みの旅行の時に出会う。「僕」との間に二人の娘をもうける。
    有紀子の父
    中堅の建設会社の社長。子供が3人いる(兄、有紀子、妹)。「正規の教育はほとんど受けていなかったけれど、仕事に関してはやり手だった」と「僕」は記している。
    大原イズミ
    「僕」の高校生時代の恋人。父親は日本共産党員の歯科医師で、3人兄弟の長女、妹、弟がいる。「僕」がイズミの従姉と関係をもったため深く傷つき、「僕」と別れる。
    大原イズミの従姉
    京都在住。「僕」の2歳年上。「僕」が高校3年の時に出会い、関係をもつ。

  • なんとなく再読(多分4回目)で初の感想。
    男が浮気ではなく本気になっていく様子が愚かしく悲しく虚しい。運命的な再会を前にした時の無力感やら絶望感もよく表れている。
    建設会社の社長がいかにも土建屋らしく前面に押し出てくる動的な印象に対して、他の登場人物が全て一歩引いた感じで静的だった。それと島本さん、もしかするとこの人は初め(12歳時点ではなく店に現れた時)からこの世に存在してなかったのではないかなと思った。雨の夜がお好きみたいだし。
    これを読んで今度はスプートニクの恋人を再読したくなった。

  • 何というか、他人事とは思えない物語。読み始めて数ページでそう思ったけれど、ずっとその気持ちは続いていて、ラストで最高潮に達し、ラスト一行まで続いた。思い切り感情移入し、先を読む手が震えるような気がした。

    もちろん、主人公と僕は違う人間だし、個々のディテールにおいて同じであることは、当然ながらあり得ない。僕は彼のような人生を送っていない。しかし、彼の持つ人生への違和感と、自分自身への不快感は、ディテールを超えて僕に響いてくる。だから思うのだ。「これは僕自身の物語だ」と。

    没入しながらも、語り手と主人公の間にかすかな揺らぎがあって(語っている「僕」は、いつの「僕」なんだ?)、それが時々違和感となる。まあ、僕の読みが甘いのだろうけど。それもこれも、まるで自分自身の物語として、僕自身が読んでしまったからかもしれない。

  • 12歳の頃に惹かれあっていたハジメと島本さん。
    20年以上が過ぎ、2人は再会してしまう。

    妻子があるにも関わらず、ハジメは島本さんのこと以外考えられなくなり、島本さんと一緒になろうと決意するが、島本さんが何も言わず居なくなってしまった。

  • ずっと拒否してきた作家さんでしたが、図書館のおすすめコーナーに置いてあったので、なんとなく借りてきて半日で読んでしまいました。
    今まで感覚的な作家んで合わないと思っていたのですが、やっと分かるようになってきたみたいです。言葉の、やり取りだけで話を進めてゆく小説ではない感覚で読者に語りかけてゆく感じが、ひょっとしたらこの人らしいのかな?と思ったり

    なんか気に入ったので、他の作品も次に読んでみようと思う。

  • 読みながら、村上春樹は表現したいことを書いているのか、こう読んでほしいと思うままに書いているのかどちらなのか分からなくなった。でも、個人的には後者のような気がする。読み方はあなたに任せますよ、ご自由に解釈なさい、なんて生易しい作品じゃなくて、病的なまでの倒錯した愛情を生々しいままに読みなさい、その狂おしさと儚さを存分に味わいなさい、ってガツーンと提示されたような印象です。読ませ方を熟知してるのかな。細かいところ突っ込んだらキリがないけど、彼女を片足不自由にしたのも、そこに必然性があったんだろうな。それが治癒したことにもきっと。因果関係ではなくて、そのことが作品に与える影響から感じなければいけないな。演繹法じゃ答えは出ない。

  • こんなにも女性のことを好きになることがあっただろうか?と読みながら自分の過去のことがちらちら思い出されて落ち着かない気持ちになった。

    初恋の人、島本さんからハジメくんに、タイトルになっている「太陽の西」の意味が語られる場面。

    シベリアの農夫の話。
    毎日毎日、地平線しか見えない畑で働いて、ある日心の中の何かがぷっつり死んでしまって、鍬を放り出し太陽の西に向けて歩き続けて、そのうち死んでしまう、それがヒステリア・シベリアナ。

    この話し、人生か何かの比喩なんだろうけど、その日々があまりにも今の自分に近すぎて、なんか無性に泣けてきた。真夏なのに寒気がするくらい。

    太陽の西って、どんなところなんだろう。

  • 高校時代に読んだ。当時はいまいち大人の世界というかよくわからなかった。しかし今も主人公にも足が悪い彼女にもいまいち共感できない部分が…(苦笑。

  • 最初タイトルだけ見て、遠くの広大な土地への旅の話? と思った。内容はそうじゃないけど、全部読んだ感想としてはそれでもだいたい合ってる気がする。

    初恋の人ってそれほど引きずるものですか。そこまで運命なんですか。

    主人公、小学生のハジメは、転校してきた島本さんのお世話係的なことから仲良くなって家に招かれて一緒にいままであまり聴いたことのない音楽を聴いて…たしかに濃密な時間を過ごしている。一人っ子同士だったというのもある。でも要は初恋で、最初に意識した女の子で、刷り込みみたいなものじゃないのかな。中学生では別々の学校になり、何時の間にか疎遠に。そして彼女は綺麗な思い出の中だけで生きていた。

    高校生になって付き合ったイズミ。酷い別れ方をする。
    会社員になって知り合い結婚した有紀子。娘2人と幸せな家庭を築いている。

    この時点で島本さんには何も伝えてないけど、皆に同じように愛してるとか好きだとか言ってるような。こういう男は若い頃だったらまずこれで嫌いになってた。でも話の流れは面白い。どうなるのかなと思う。

    島本さんと再会して時々会って話をしたり、突然会えなくなってまた彼女のことを考えると止まらなくなったり、それでまたやっと会えればそれはかなり運命の人だと思うよね。感動だよね。でも他の女性たちは?

    なんというか皆、男にとって都合のいい女達。理想的ですね。ちょっとした浮気相手も含めて。

    男性からするといろいろあっても上手くいってる男の話だけど、女性目線で見るとさらにいろいろありそう。

    島本さんが消えたのは、いまのハジメの生活を壊してまで幸せになりたくはなかったのか。なにか許されない状況、例えば家庭の事情があったり、体調(死亡説?)だったりしたのか。
    それともいっそこの人のことは全部夢や幻想オチとか。それなら同時にお金が消えた謎も解決するんだけど。

    妻の有紀子があんなに出来すぎなのは、実はもっとすごい体験をしたのでは。義父の言及だけでははっきりしないけど、有紀子とはそういうところから惹かれ合ったのかもしれない。

    一番最後まで気になったのはイズミと従姉のこと。決して身体を許さなかったイズミ。イズミと付き合いながら、ハジメの初体験の相手だった年上の従姉。
    勝手な想像だけど、この従姉の死因はイズミにあったのでは。直接ではないにしてもイズミがしたなにかがきっかけで従姉が亡くなって、ハジメのことに加えて、それでイズミは病んでしまったのかなと。ハジメは自分だけのせいだと悔やむことではないかもしれない。

  • 20150412

    妻子がいるのに他の人を好きになっちゃうんだ。
    でも誰にでもある弱さの話。
    自分の選択に覚悟を持てないのはだめ人間だと思うけど、結局私も同じだな。
    春樹はそれを肯定的にナルシスト的に書くけど、よくないからね。
    文体とか雰囲気とか世界観とか好きですけど。
    あと、最後まで読ませる力は本当にすごいなと思う。
    結局明かされないけどイズミのいとこの死因とか、島本さんの背景とか気になりすぎて最後までよんじゃう。

    子供の頃の話から学生時代の話と、ラストシーンが好きでした。
    真っ暗な海に静かに降る雨と島本さんのイメージが結び付いて、少し切なくなる話だった。
    結局手に入らない謎に包まれたまま人ほど魅力的に見えるものはないんだと思う。

  • 読み手によっていろんな解釈ができると思う。
    村上春樹のふわふわしてるけどどこか軸があるようなこの世界観がすき

  • 最初に読んだのは大学生のころ。こういう村上春樹らしい日常の中にある、あちら側こちら側に別れた感じは好きだったなぁ。なんとも切ないというか、救いがないというか。そんな感じに惹かれてきっとまた読むのだろうな。

  • わからんけど嫌いじゃない

  • 好きな映画を何度も見たくなるように、この小説を手に取った。性描写が鼓動を高鳴らせるような、ただ性的であるシーンを超越し、そこに至る小学生の頃からの流れが、全てはそこに集約するかのように、何しろ、その印象が強く残る小説だった。二度目なら。何か違った世界を感じ取れただろうか。

    ロビンズ・ネストという場所を少しだけ、この本を読むことで分け与えられた気になる。なぜ、10万円が消えたのだろうか。平和な家庭に訪れた一つの事件。それは、主人公の認識にしか、存在しなかったのではないだろうか。恋愛や好き嫌いは、認識論の問題である。いや、人間の存在そのものが、認識論の問題なのかも知れない。

  • 以前、別れた恋人と復縁したいと思いつつ、迷いがあった際に、友人に勧められて読んだ本です。そのような状況だったので、主人公の気持ちには共感しながら読み進めていきました。

    この本を読んだことは、過去に踏ん切りをつけ、これからまた自分らしく生きていく為のきっかけの一つとなったと思います。

    ただ、描写に関しては所々生々しい部分があり、私個人としましては苦手なものがありました。(しかしそれもまた村上春樹さんの良さなのでしょう)

  • 自分には何か決定的に欠けたものがある。そのかけた部分を埋めてくれる「モノ」や「誰か」を求める主人公が到達した結論とは。
    村上春樹らしい表現とストリー。まあまあ面白いかな。わりとすんなり読める。

  • 恵まれた生活のなかで、満たされない思いを抱えて生活するハジメ。
    彼は小学生のときに親しくなった島本さんをずっと求めていた。

    高校生活ではその満たされない感情をイズミとその従姉に求めてしまい、イズミを傷つける。

    喪失感を持ったまま、学生運動の時代を超え、バブル前夜まで流されるように生きるハジメ。
    バブルとともに豊かな生活と幸せな家族を築くが、20数年ぶりに現れた島本さんに、ハジメは心を奪われる。島本さんが何者なのかわからないが、ハジメはすべてを捨て、彼女と一緒になろうとする。

    ---------------------------------------

    とてもとても豊かなのに、満たされていない男、ハジメ。
    子どもから大人になる頃に欠損した関係を、ずっと求めている男っていう構図が『色彩を持たない~』と似ている感じがした。

    いちいちかっこつけすぎだけど、生活とか女のひととの会話とか、そういうスタイルが羨ましいほどかっこいい。

    物質的ではなく、内面的な豊かさを求める話ってことでいいのかな。
    高校生の頃から何度も読んでるけど、いまだに明確な答えが見つからない。


    (イズミさんがかわいそうだった。ハジメのせいでそこまで壊れてしまったのか?)

  • 初めて読んだ村上春樹
    不思議な女性像に引き込まれた。
    魅了されながらも、理解できず困惑するのは、漱石の女性像に通じる。夢十夜や三四郎の美禰子、彼岸過迄。

  • 20131210.すっきりはしない。こんなに人生の大部分を占めるほど人を思い続けることが出来るのかと疑問になる。記憶にはもやもやしたものがたくさんと、くっきりしたものがひとつなのとある気がする。いろんな記憶を辿って僕は苦しかったんだろう。

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